学園祭Lメモ「楓祭’98/工作部出典:リーフ・フォーミュラ 第7章:”ファイナルラップ”」 投稿者:Sage
第7章:「ファイナルラップ」
−−−学園祭初日、特設サーキット−−−

「ちくしょう!!!」
 トップを走る悠朔は、ストレートに入ると暴れるマシンをコントロールするのに懸命
だった。
 フロントタイヤを支える金具のねじの1つがゆるんでいた。
 そのため、ハンドルを切っているコーナーでは安定するのだが、ストレートでタイヤ
がぐらつき、そのためスピードが上げられなかった。
 ナットにはネジ止め剤が塗ってあったのだが、おそらく先の接触の時の衝撃で緩んで
しまったのだろう。
 落下防止のピンがついているので、完全に抜け落ちる心配はないが、本来ならピット
インすべきトラブルである。
 しかし、レースは残り3周。悠はピットせずにこのまま行くことに決めた。

 一方、コースアウトしたハイドラント、東雲忍、藤田浩之の3台は、オフィシャルの
手伝いを受け、なんとかコースに復帰した。
 2位ハイドラント、3位東雲忍、4位藤田浩之。
 くしくもコースアウトする直前と逆の順番での復帰となった。



 1位、そして2位集団がメインスタンド前に戻ってくる。
「3台のトラブルによって、独走態勢に入った悠選手、独走態勢となりました・・・。
おっと?ラップタイムががくんと落ちているようです。何かトラブルでしょうか?」
 実況の長岡志保は、手元に差し出されたメモを見て、マイクに向かってそう言った。
 スピーカーから流れる彼女の声を聞いたスタンドがざわめき立つ。
 勝負はついたと思い、席をはなれた観客達も、シートへと戻ってくる。
「現在のラップタイムからすると・・・・2周でぎりぎり追いつくかどうかですっ!!
工作部主催カートレース!!なんと、残りわずかの局面に来て、勝負は全くわからなく
なってしまいました!!!」
 観客席でレースを見ていた緒方理奈は、思わず隣に座る兄、緒方英二の顔を見つめた。
「・・・兄さん、予知能力でもあるの?」
 レース好きの英二の予想は、今のところ100%的中していた。
「ふむ・・・・今度、F1のトトカルチョでもやってみるかな。」
「やめときなさい。」
 間髪入れずにきっぱりと理奈は言った。
「でも、悠くんは、なんで急にラップタイムが落ちたのかしら。」
「ストレートで車体が左右に振られている。たぶんハンドリング関係のトラブルだろう。
あまりひどければオフィシャルに止められる可能性もあるが、残り3周、最後まで走ら
せてやってほしいものだな。」
「そうよね、ここまでがんばったんだし。」
「・・・そうだな。」
 内心では『いや、その方が面白そうだからさ。』と思った英二であった。



「もう我慢できねぇ・・・・」
 残りラップ2周。
 浩之はいらついていた。
 3位の忍が、徐々に3位のハイドラントに遅れ始める。
 後ろから見ていても覇気がない。
 コースアウトのショックから闘争心が消えてしまっているようだ。
 ならばコースを譲ってくれればよいのだが、忍は浩之には抜かれないようにしっかり
とガードしてくる。
 右へ左へ、果敢にアタックするが、やはり車については一日の長が忍にはあるようだ。
 おいそれとは簡単に抜かせてくれはしない。
「残り2周・・・前半はタイヤを温存してきたが・・・。えぇい!どうせ抜けなきゃ、
表彰台にはのれねぇんだっ。やってやるぜっ!!」
 ハイスピードコースの出口、浩之は強引にインに割り込む。
「おりゃああああああ!!!!!!!!」
「ばかなっ!オーバースピードだぞ!!」
 また、巻き添えになるのをおそれ、あわてて急減速する忍。
 浩之もフルブレーキング、タイヤがグリップの限界を超え、がたがたと車体が暴れる。
 そしてコーナーに侵入、浩之は忍の目から見て、まだオーバースピードだった。
 だが、
「なにっ!!」

 コーナー入り口、浩之は意図的に体重を外へとずらす。
 遠心力と、浩之の体重移動により、イン側の負荷が急激に減ったカートは、横転しそ
うになる。
「てえぇぇぇいっ!!!」
 カートが垂直方向に起きあがろうとする、その刹那、浩之は思いっきりからだをイン
にもどし、まるでウインドサーフィンの選手や、サイドカーのレーサー達ががするよう
に、腕のみをハンドルにあずけ体をカートのイン側に乗り出す。

  ふわっ・・・・

 浩之のカートのイン側のタイヤが宙に浮く。
「か、片輪走行!!!」
 タイヤは普通に走っていれば中央部分が早く削れて行き、周辺部分は比較的摩耗が少
ない。
 たしかに片輪走行ならその部分を有効に使えるが、接地面積が非常に少ない分、ちょ
っとでもコントロールをミスすれば、即スピン・・・いや、横転の危険性さえある荒技
である。
 コーナーをまわりきり、浩之がハンドルを少しゆるめると、ドスンという衝撃ととも
に、カートは着地する。
「あ、あぶなかったぁ・・・・・・」
 自分でやっておいて、浩之はすでに汗まみれになったヘルメットの内側に、冷や汗を
追加した。

「藤田選手、コーナーで東雲選手をパースッ!!!!!3位、3位ですっ!!!1位の
悠選手のペースもここに来て落ちていますっ!レースはまったくわからなくなってきま
したっ!!!そしてレースはまもなくファイナルラップに入りますっ!!!」
 メインスタンドの熱気は最高潮に達していた。
 スピーカーの志保の声にも、力がこもる。
「忍くん・・・・」
 ピットからモニターを見つめる千鶴の表情は浮かなかった。
 彼女にも、2度のトラブルですっかり忍が精彩を欠いているのがわかった。
「ちょっと、これ、借りますね。」
「え?」
 突然、横から女の子の声がし、千鶴は驚いた。
 その少女はピットに立てかけてあったボードになにやら書き込むと、それを持って、
ピットレーンに出た。
「ちょ、ちょっと、危ないわよ・・・」
 千鶴の制止も聞かず、その子はすたすたと進んで行く。

 ぱぁぁぁぁん・・・・

 先頭集団が最終コーナーから飛び出してくる。
 相変わらず車体を左右に大きく揺らしながら、1位の悠がスタンド前を通り過ぎる。
 そして2位集団。
 接触せんばかりのテール・トゥ・ノーズとなったハイドラントと浩之。
 そして少し離れて忍が続く。
 各ピットからボードが差し出される。
 そして、忍に向けて差し出されたボードには・・・

 「にげるなっ!!!」

 一瞬、忍にはなんのことだかわからなかった。
 だが、ボードを持つその少女のなぜか怒ったような顔を見た瞬間、自分に失われつつ
ある物に気づいた。
「恋・・・。わかったよ。」
 いつも無愛想で、今日のレースも『見になんていかないからねっ。』と言っていた妹。
 でも、ちゃんとレースを見ていて、闘争心をなくした自分にハッパをかけにきてくれ
たのだ。
「わかったよ。レースはまだ終わってないんだし、コースアウトしたのは他の選手も同
じだもんな。それに、ここであきらめたらジンさんに怒られるし。」
 脳裏に親指を立て、にやっと笑うジンの姿が浮かぶ。
「たまには・・・カーレースぐらい、僕だってヒーロー目指したっていいよな。」
 忍は第1コーナー、絶妙なコーナリングであっというまに浩之との差を詰めた。



「ちいぃぃぃっ!!」
「こなくそっ!!」
「てぇぇいっ!!」
 ハイドラント、浩之、忍は三つ巴の戦いを繰り広げていた。
 タイヤとタイヤ、バンパーとバンパーが激しくぶつかり、ともすればコースアウトしそ
うになりつつ、限界ぎりぎりのバトルが繰り広げられた。
 志保が実況で説明するのが追いつかないほど、めまぐるしく順位が変わる。
 ペースは予選並に早まり、ストレートでスピードの出ない悠に、ハイスピードセクショ
ンの出口近くで遂に追いついた。

「テクニカルセクション!!ここさえ守りきれば、俺の優勝だ!」
 1位、悠朔が、トップを切って、校舎の間のコースに入って行く。

「くそっ。奴らをコースアウトさせたのが、まるまる無駄ではないかっ。こうなったら、
俺がトップをとるっ!」
 2位のハイドラントは、既に悠をいつでも抜ける位置についていた。

「たのむぞっ、もってくれよ・・・」
 次第に失われつつあるタイヤのグリップを案じながら、3位の藤田浩之が果敢にハイ
ドラントを攻め立てる。

「まだチャンスはある・・・トップを取ってみせる!!」
 4位の東雲忍も隙あらば浩之をパスしようと後ろにぴったりとつけていた。

 そして最終セクション、タイトな直角コーナーが続く、校舎の間をぬうように設けら
れたテクニカルセクションへとへと4台はもつれ合うように飛び込んで行く。
「もらったっ!」
 最初に動いたのはハイドラントだった。
 常にハンドルを切っていないと不安定なため、アウトに大きくマシンを振った悠の、
イン側をつく。
 だがそれは、アウト・イン・アウトのコースをとった悠との接触コースに乗ったに過
ぎなかった。
「じゃまだっ!!」
 マシンコントロールに余裕のない、悠は、ハイドラントをさけることができなかた。
 インに切れ込んできた悠とハイドラントがガツンと接触する。
 はじかれあう、両者。
「チャンスッ!!」
 ハイドラントと悠の間、わずか1台分の間隙に浩之は飛び込んだ。
「させるかっ!!」
 ハイドラントが故意にアクセルを踏みしめ、リアタイヤを空転させ、マシンをドリフ
ト状態にもって行く。
「どわっ!!」
 行く手を遮られた浩之は、あわててブレーキを踏む。
「今だっ!!」
 運命の女神は忍に微笑みかけた。
 ハイドラントが浩之をブロックするためにアウトに膨らんだのを見て、すかさずイン
を突く。
 1位東雲忍、2位悠朔、3位ハイドラント、4位藤田浩之。
 めまぐるしく順位が変わる。
 だが、次のやや緩いコーナー、悠がアウトいっぱい、大外から忍に仕掛ける。
 摩耗しきったタイヤのグリップ限界で、コーナーをまわる両者。
 徐々に膨らみ、コーナー出口では縁石に車体をぶつけながらも、悠は忍に並んだ。
 次のコーナー、今度は悠がイン側となる。
 攻守逆転し、こんどは忍が大外から悠を攻める。

「サイドバイサイドォッ!!!文字通り火花を散らしておりますトップ集団!!残りは
あとわずかっ!!果たして先頭でチェッカーを受けるのは誰かっ!!」
 絶叫の様な志保の声さえ、スタンドの熱狂に埋もれそうになる。
「きゃぁっ!!あぁっ!!!」
 理奈も我を忘れ、カートがぶつかり合うたび、悲鳴を上げた。
 英二も中継モニターをにらみつけている。
「がんばって、あと少しよ、忍くんっ!!」
「お兄ちゃん・・・。最後まで逃げちゃ駄目。がんばってっ!!」
 ピットで、柏木千鶴と東雲恋が祈る。
「部長!負けるなゆーさくっ!!しっかりしろっ!!!がんばれえぇぇ!!!!」
 スピーカーから、もう公私をわきまえず長岡志保が叫ぶ。
「さあ、見せて見ろ。主役の意地を・・・・」
 菅生誠治がモニターを静かに見つめる。

 そして運命の最終コーナーが近づく。

  どっくん・・・・

 全ての動きがスローモーションになる。

   どっくん・・・・

 観客の声援、スピーカーからの声、エンジン音、タイヤのきしむ音、全ての音が徐々
に消えて行き、静寂が訪れる。

    どっくん・・・・

 一つ手前のコーナー、東雲忍と悠朔はもつれ合うように飛び出してくる。

     どっくん・・・・

 忍のすぐ後ろにハイドラントが続く。

      どっくん・・・・

 浩之は、あえてすこし距離を取る。最終コーナーをベストのラインで駆け抜けるため。

       どっくん・・・・

 そして最終コーナー入り口・・・
 イン側に悠、外側に忍。サイド・バイ・サイドのまま最終コーナーに突入する。
 ハイドラント、浩之は、ともにアウトいっぱいまで車体を寄せる。

 最終コーナー中盤・・・
 全てがスローモーションの様に流れて行く。
 遠心力のために、徐々にアウトに膨らむ悠。
 そしてそれに押されるように、同じくアウトに膨らんで行く忍。
 カートより、わずか広い程度の空白が出来たインをめがけ、ハイドラントが飛び込む。
 そして、浩之もインを目指す。

 運命の最終コーナー終盤・・・

  じりっじりっと、イン側の忍が悠の前に出る。

   だが、さらにイン側、ハイドラントが悠をとらえ並びかかる。

    そして、もっとも内側。

     縁石とハイドラントの隙間、わずか50cm程。

      カートが割り込めるとは考えられないその隙間。

       そこに突っ込んでくるマシンがあった。

        イン側のタイヤを完全に浮かせ。

         カートの重量をアウト側2つのタイヤだけに預けて。

          体をヨットでも操るように傾かせ。

           藤田浩之が、もっともインを突く。


「なっなっ・・・ならんだああああ!!最終コーナー出口で横一線!!加速勝負!!!!」

 トップで最終コーナーを飛び出した悠。
 だが、彼のすぐ外側に東雲忍。
 忍の逆側には、アウトから切り込み、最終コーナーにスピードが乗ったまま飛び込んだ
ハイドラントが、わずか車体半分の差。
 そしてもっともイン側、グリップ限界ギリギリのハイスピード片輪走行を見せた浩之
が、最後尾ながらももっとも速いスピードで、最終コーナーを脱出してくる。
 直線部分。
 ゴールラインまであとわずか。
 じりっじりっ・・・・
 悠は、まっすぐ走れなかった。
 コーナー出口で外側いっぱいにわざとカートを膨らませ、そこから徐々に反対側へと
向かう。
 忍は、悠に押し出される形になり、縁石ギリギリまで追いつめられる。
 しかし、アクセルをゆるめることはせず、悠に並びかける。
 内側から、猛然と突っ込んでくるハイドラントと浩之。



      そして、

       ゴールラインを、

        4台のカートが、

         駆け抜ける・・・・



「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルッ!!!!!!
 トップはハイドラントォォォォォォ!!!!!!!」

 わぁあああああああああああああ・・・・。
 メインスタンド、コース周辺に陣取ったギャラリーたちから声援があがる。
 いつ用意されたのか、紙吹雪がコースに舞う。
「ゴールインです!!接戦につぐ大接戦。この激戦を制したのはハイドラント選手!!
2位は予選8位と、苦しいポジションからのスタートをものともせず、藤田浩之選手が
ゲットしました!!3位に入ったのは、マシントラブルにも関わらず、果敢に攻めた悠
朔選手!東雲忍選手は、本当にあとわずか。数10センチの差で4位になりました!」
 わぁぁぁわぁぁぁぁ・・・・
「ふう・・・・・おわったわね。」
 緒方理奈は、まるで自分がレースに参戦していたかのように、頬に汗を流しながら、
座席の背もたれに体を預けた。
「ああ。面白かったな。結局、最終コーナーに同時に入ってしまった悠くんと忍くんは、
コーナリングに無理が出てしまい、結果的に脱出速度が遅くなってしまった。これに対
して、ベストなコースでインを突いたハイドラントくんが1位。そして、片輪走行とい
う大技に出た浩之くんが2位というわけだ。」
「でも、みんなよくやったわ。」
「そうだな。さて、工作部チームにお祝いの言葉でもかけに行ってやるか。」
「そうね。」
 英二と理奈は、熱気さめやらぬスタンドをあとにした。



−−−レース後、表彰式−−−

 表彰台の上、高さの異なる3つのポジションに、男達が立った。
 ハイドラントに宮内レミィから、藤田浩之に保科智子から、悠朔に赤十字美加香から、
それぞれトロフィーが受け渡される。
 そして、
「コングラチュレイション!!!おめでとうネッ!!」

 ちゅっ。

 ハイドラントの頬に、レミィの唇と同じ赤い印が突く。
「ひゅーひゅー!!」
「いいぞ〜!!」
「わーい、ハイドさーん!!色男〜!!」
 照れつつも、声援にガッツポーズで答えるハイドラント。
 観客席から拍手が巻きおこる。

 舞い散る紙吹雪。
 秋ももう終わりだというのに、まるで桜吹雪のようであった。



−−−レース後、忍のピット−−−

「惜しかったわね、忍くん。でも、よくやったわ。」
「ありがとうございます。千鶴さん。」
「とりあえずは、シャワー浴びてらっしゃい。今晩は慰労会開いて上げるから。」
「あ、いえ、せっかくですが・・・。表彰台にも乗れませんでしたし。」
「そんなこといいのに。がんばったお祝いなんだから。」
「いえ、そんな、悪いですから・・・それに今日はちょっと。」」
「そう・・・ね。学園祭もみたいでしょうしね。わかったわ。後日、ジンちゃんとかも
呼んで、反省会でもやりましょう。」
「はい。そのときはぜひ。それじゃ、僕はこれで。」
「はい。ごくろうさま。」
 ヘルメットを持ち、タオルを一つ掴むと、顔を拭きながらピットの裏手に出る忍。
「お疲れさま・・・・」
 不意に横から声がかかる。
「・・・・・」
 声のしたほうを見ると、恋が立っていた。
「な、なによ。」
「・・・・・あ、いや。」
「ま、まあ、めずらしくがんばったわよね。ほら、飲み物、買っといてあげたから。」
「・・・・ありがとう。」
 イオン飲料の入ったカップを受け取る忍。
 ごくっごくっごくっ・・・
 それを一挙にのどに流し込む。
 恋は、男っぽいその仕草を、すこしぽっとしながら眺めていた。
「ぷはぁ・・・、生き返るよ。ありがとう。・・・・どうした?」
「え?な、なんでもないわよっ。」
「ふうん・・・・・。」
「なによ・・・・。」
「いや・・・べつに・・・・。」
「このあとはどうするの?」
「うん・・・とりあえずシャワー浴びて、軽く食事して、他のイベントでも見て回るよ。」
「・・・だれかと一緒にまわるの?」
「いや、べつに誰とも約束してないけど・・・」
「じゃ、じゃあ、私が案内して上げる!」
「え?・・・あ、ああ。ありがとう・・・」
「さ、ほら、とっととシャワー浴びてきて。」
「お、押すなよ。わかったから・・・」
「さぁさぁ、急いで急いで!」
 忍をせかす恋。
 恋は、いつもよりも兄の背中が大きくなったように感じていた。



−−−レース後、ピット裏−−−

「よう、綾香。」
「あら、浩之、2位おめでとう。」
「あぁ。あと少しだったんだけどな。」
「まあ、来年レースがまたあったらがんばればいいじゃない。」
「そうだな。またやりたいな。」
「それが準優勝のトロフィー?」
「ああ。いい記念になるよ。優勝者には、レミィのキスが副賞についたけどな。」
「くすっ。2位にはキス、なかったの?」
「ああ。トロフィーをもってきた智子さんに、キスはないのかって聞いたら、かわりに
げんこつもらいそうになった。」
「あははははは。しょうがないわね、んじゃ・・・」
 ちゅっ。
 綾香の唇がは浩之の頬に軽く触れた。
「あっ!」
 それを見ていたのか、女性の声がした。
 声の主をみると、みなれた顔がそこにあった。
「葵ちゃん・・・」
「あら、葵。ちょうどよかったわ。ちょっといらっしゃい。」
「あ、あの、綾香さん、わ、私、先に行ってますから・・・」
「い・い・か・ら・いらっしゃい!!」
「は、はいっ」
 綾香の命には逆らえず、ぎくしゃくと歩いてくる葵。
「さ、葵からも、2位のプレゼントをしてあげないとね。」
「え?ぷ、ぷれぜんとですかっ!?わたしなんにも・・・」
「あるじゃないの。ほら、浩之もしゃがんで。」
「え?ああ、そういうことか。んじゃ。」
 察した浩之が、葵の顔の高さに自分の顔をさげ、綾香のリップマークがついてない側
の頬を突き出す。
「えっ・・・えぇ!?」
「ほら、早くしなさいよ。それとも誰か来るまで待ってるの?」
「あうっ・・・・わ、わかりました・・・それでは失礼して・・・」
 ちゅう。
「やっほーいっ!!」
 大げさに喜ぶ浩之。
 葵は顔を真っ赤にした。
「くすっ。んじゃ、私は葵と行くところあるから。このあと祝勝会でしょ?楽しんでき
なさいね。」
「ああ。んじゃ、またなー。」

 浩之は綾香と葵の二人と別れ、自分のピットに戻った。
「ただいまー。」
「あ、浩之ちゃんっ!!!おかえりっ!!2位おめで・・・・・」
 ピットで待ち受けていたあかりが、浩之の方に駆け寄ってきたが、途中でぴたりと止
まった。
「浩之ちゃん・・・・そのほっぺたのは?」
「ほっぺ?あ、ああ。ちょっとな。」
 あわてて口紅を落とす浩之。
「ちょっと・・・・なに?」
 あかりがにじり寄る。
「2位のお祝いに・・・ちょっとね。」
 おもわず後ずさりする浩之。
「だから、ちょっと、なんなの?」
 ごごごごご・・・・・
 あかりの怒りの炎が燃え上がる。
「えっと・・・・俺、ちょっとシャワー浴びてくるわ。」
 浩之は脱兎のように逃げ出した。
「こらっ!浩之!!待ちなさいっ!!!!」
 後を追うあかり。
 校舎の影へと浩之は駆け込んだ。
 だが、そこには行く手を阻むように人垣が出来ていた。
「おわっ!!」
「ふっふっふっ。待っていたぞ。藤田浩之。」
「な、なんだぁ!?」
 ずらっとならんだ男達。
 先頭にはハイドラントと悠もいた。
 中には女や女もどきも混じっていた。
「浩之・・・綾香の唇を奪った罪、万死に値する・・・」
「浩之!!貴様、よくも葵ちゃんのくちびるをっ!!」
「青い人のキスした所を、俺によこせぇぇ!!!」
「青い人っていうなぁぁぁ!!!!」
「ダァリィィィン!!!私の唇もうばってぇぇぇ!!!」
「浩之ちゃんは、私とキスするのっ!!」
「あうっ、わたしも浩之さんとちゅうしたいですぅ!!」
「どわあぁぁぁ!!!結局こういう落ちなのかぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
 涙を流しながら逃げまどう浩之。
 それを追う集団。
 これも”キス責め”と言うのだろうか・・・・

「ヒロ、相変わらず元気ねぇ。」
「まったく。まわりの連中も、よく飽きないもんや。」
 ヤックのハンバーガーをかじりながら、志保と智子は、日常茶飯事となった風景を眺
めていた。
「でも、こういう風景が毎日続くと、楽しいね。」
「そやな。」
「さて、出店でもあさりにいきますか。まずはクレープ屋さんよね。」
「いや。出店と言ったらたこ焼きにきまっとる。」
「えぇ〜。きょうびの女子高生はクレープよ。」
「ずっと昔から、出店と言ったらたこ焼きや。」
「クレープッ!!」
「た・こ・や・き!!」
「いいわよ、勝負しようじゃないの。10人に街頭アンケートよ。負けた
方がおごる。それでどう?」
「ええよ。ま、勝ちはきまっとるけどな。」
「ふん。今度はおごってもらうからね。」
「ふふん。2回連続でおごる羽目になるにきまっとるけどな。」
「むきぃぃぃ!!!いくわよっ!!あ、そこのお嬢さん!!」
「なあなあ、そこのねえちゃん!!」


 ここでもいつもと同じ風景が繰り返されていた。

 だが、この風景も、少しずつ昨日とは異なっている。

 少しずつ成長し、少しずつ変わって行く。

 生徒達は走り続けているのだ。

 平凡な日々、同じ様な風景というラップを重ね。

 卒業というゴールに向かって・・・



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