Lメモ「運命の4月28日(前編)」 投稿者:Sage
・・・この作品を、レザムヘイム時空と現世とをつないだ、風見ひなたさんにささぐ。


            (本SSは、「赤十字美加香過去編」をご覧になってから、
              お読みになると、いっそう美味しく召し上がれます。)


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Lメモ「運命の4月28日(前編)」

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 その日は、朝から薄曇りで、5月も近いというのに冬に戻ったような陽気だった。
 窓際にぬいぐるみが並ぶ部屋で、少女は洋服ダンスを開いた。
「・・・・ママァ、私のコートは〜?」
 大きな声で、階下の母親に問いかける。
「もう、クリーニング出して、しまっちゃったわよぉ。くまさんのがあるでしょぉ?」
 台所から声がする。
「え〜、かっこわるいからやだよ〜。」
「なにいってるのよぉ。今日しか着ないんだから、がまんしなさい。」
「もぅ・・・」
 しぶしぶ、中学の制服の上からスタジャンを羽織る。
 熊のアップリケの付いた、ピンクのスタジャンである。
 昔は、結構気に入っていたのだが、ちかごろは子供っぽい気がして、ぜんぜんきな
くなったものだ。
 小銭入れをジャンパーの内ポケットにいれ、鏡で髪の具合を確認する。
 肩にぎりぎり掛かるくらいのショート。
 昔はもっと短かった。
 高校に入るまでには、もっとのばすつもりだった。
 "Maki"と書かれた鞄を手にし、ドアをあけ、階段を下りる。
 廊下には母が封筒をもって待っていた。
「はい。じゃあ、お願いね。なくさないように気を付けてね。」
「もう、子供じゃないんだから大丈夫よ。」
 そう言いながら封筒を受け取る。
 『来栖川エレクトロニクス』
 そう書かれた茶封筒だ。
 先日から会社に泊まっている少女の父が、持っていくのを忘れて、学校に行く前に少
女に会社まで持ってきてくれるよう、頼んだものである。
 少女は父から電話で頼まれたとき行くのを嫌がったが、お小遣いをだすという条件と
交換で、しぶしぶ了解した。
 靴を履き、玄関を開ける。
 やはり空はどんよりと曇っていた。
 天気予報では、雨は振らないと言っていたが、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
「・・・ま、いっか。」
 少女はドアをしめると、大通りに向かって歩き出した。



 来栖川電工中央研究所。
 複合企業、来栖川グループの、研究施設を一つの敷地内に集めたこの施設の中に、少
女の父の勤める、来栖川エレクトロニクスもあった。
 正門前の警備小屋に向かい、中にいた守衛に父の名を告げる。
 守衛は、しばらく内線でだれかと話すと、少女に向かって、来栖川エレクトロニクス
の施設のある建物まで行くように、少女に告げた。
 少女は守衛から研究所内の地図を受け取ると、指示された建物へと歩き始めた。
 来栖川電工、来栖川発動機、来栖川セミコンダクター。
 少女もよくしっている会社から、聞いたこともない会社まで、いろいろな会社の研究
棟が並んでいた。
「えっと、ここを左ね。」
 地図をみながら歩いていた少女だったが、曲がるには1本早かった。



 しばらく歩くと、少女もなにかおかしいことに気が付いた。
 右に曲がる道が現れるはずなのだが、いっこうに見つからない。
「まちがっちゃったかなぁ・・・。」
 立ち止まり地図を眺める。
「どうかしたのかい?」
 突然後ろから声がかかる。
 振り向くと、スーツの上に白衣を羽織った男性が立っていた。
「あ、えっと、来栖川エレクトロニクスに行きたいんですけど、迷ったみたいで・・・」
「ああ、それなら、もう一棟向こう側だよ。」
「あ、そうなんですか・・・。」
「つい先週、このブロックが増築されてね。その地図じゃちょっとわかりにくかっただ
ろう。いっぺん、T字路までもどって、ぐるっとまわらないと、行けないんだ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
 ぺこりと少女は頭を下げた。
「いや。それじゃ。」
 男性はきびすを返すと、少女に背を向け歩き出した。
 少女も来た道を戻る。
 いや、戻ろうとした。
 だが、何かに押されるような感じがして、体が動かなかった。
(な、なに?)
 ついさっきまで、あれだけ寒かったのに、周囲をなま暖かい風が吹き抜ける。
 この道を来たときには感じられなかったから、エアコンの排出口などがあるとは考え
づらい。
 なにか、嫌な、重苦しい感触が、少女のまわりにあった。
 背筋がぞくっと震え、頬を冷や汗が伝う。
(なに?なんなの!?)
 少女は、それほど霊感の強いほうではなかった。
 だが、この異様な雰囲気は、少女にさえ感じる事ができた。
(たすけて・・・)
 声も出ない。
(そ、そうだ、さっきの男の人・・・)
 先ほど道を教わった男性の事を思い出し、少女は振り返ろうとした。
 体が鉛のように重い。
 全てがスローモーションのようにしか動かなかった。
 だが、なんとか振り返る。
 男性の姿を探す。
(いたっ。た、たすけ・・・)
 やはり声が出ない。
 いや、声を出す努力をする前に、目に入ってきたもののために思考か停止してしまっ
た。
 男性はそこにいた。
 こちらに背中を向けて。
 だが、両手はだらりと下がり、手にしていた書類が道路一面にばらまかれていた。
 そして男性のすぐわきに、その禍々しい瞳があった。
 少女を睨み付ける一対の瞳。
 その瞳をもつものは、人ではなかった。
 そして、少女が知る、さまざまな動物とも異なっていた。

 『妖魔』

 レザムヘイム時空の住民である彼等を知る者があれば、少女にそう教えてくれたであ
ろう。
 その妖魔は、男性の頭を鷲掴みにしていた。
 男性の体は痙攣を繰り返しており、すでに息絶えているようだった。
 そして・・・

 『ぶしゃっ』

 トマトを握りつぶした時のような音がする。
 妖魔につかまっていた男性の体が、頭を失いどさっと地面に崩れ落ちた。
 その体を踏みつけながら、妖魔はゆっくりと動き出した。
 少女の方に向かって。
(に、にげなくちゃ・・・)
 少女はそう考えた。
 だが、体が動かない。
(逃げなきゃ・・・殺されちゃう・・・・)
 瞳から涙がぼろぼろこぼれる。
 体を動かそうと思うのだが、足はがくがく震え、体も力がはいらない。
『ずしっ・・・ずしっ・・・』
 ゆっくりと妖魔が近づいてくる。
(いや・・・・いや・・・)
 ぺたん。
 腰が抜け、地面へとへたりこむ少女。
『ずしっ・・・ずしっ・・・』
 妖魔は少女のすぐ目の前までやってくると、動きを止めた。
(いやぁ・・・・いやぁぁぁ・・・)
 ゆっくりと、長く鋭いつめの付いた手を振り上げる妖魔。
「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」
 少女の悲鳴と同時に、研究所全体に警報のサイレンが鳴り響いた。



 楠誠治は、自分のラボでメイドロボの改造を行っていた。
 市販のセリオタイプのボディーをベースにした、施設の警備、案内用メイドロボ。
 来栖川警備保障から依頼を受けて開発しているガードマン役のメイドロボである。
 楠はいくつかの改造を行った。
 フレームの強化、重要パーツの防弾化と対電対策、皮膚組織の対薬品対策、視界不良
時に対応するための各種センサー搭載、スタンガンの装備。
 これに、警察ロボ用データを流用したソフトウエアを流し込んで、作業は終了する。
 通常のセリオとの外見の違いは、黒い髪。
 使用する無線系統の違いから、系統の異なるアンテナ。
 そしてなにより、婦警のような警備服に身を包んでいることである。
「どうだい?気分は。」
「──ハードウエア、および、ソフトウエアの動作チェック終了。異常は認められませ
ん。おはようございます。」
「おはよう。これで一通り作業は終わったな。一応、性能チェックをしてみるか。試験
室にいこうか。」
「──はい。」

『ビーーーーッビーーーーッビーーーーッ』

 突然、警報が鳴り響いた。
「どうした!?」
「──少々おまちください。──来栖川エレクトロニクス、長瀬ラボで、重大な事故が
発生した模様です。Cブロックに進入禁止命令が発令されました。防火隔壁が強制的に
閉鎖されます。警備部に第1種出動命令が発令されました。」
「だ、第1種!?火器使用自由だと!?」
「──長瀬ラボの本日の実験予定は、『高エネルギー誘導実験』となっております。」
「・・・まさか、召還に失敗して、妖魔があふれだしたのか・・・。」
 楠はそうつぶやくと、ロッカーへと向かった。
 洋服などが入ったロッカーの脇に、金庫のようなロッカーがあった。
 鍵を差し込み、がちゃりと重たい扉を開ける。
 中にはずらりとライフルなどが並んでいた。
 すべて『試験用』の名目で、正式に楠が手に入れた物である。
 下の方からケブラーを編み込んだ軽量防弾ベストと、マガジンホルダーが付いたベル
トをとりだし身につける。
 棚からオートマチックを1丁手にし、弾の入ったマガジンを入れ、腰のホルスターに
納める。
 もう1丁同じように弾を込めると、楠はそれを黒髪のセリオに差し出した。
「装備しろ。命令だ。俺を守れ。」
「──了解しました。楠主任をガードします。」
 黒髪のセリオは銃を受け取ると、スライドを引き、初弾を装填すると、セイフティー
をかけ、腰の背骨の部分に備え付けられているホルダーへと銃をしまった。
 楠は予備のマガジンを、自分とセリオに用意すると、ショットガンを手にし、それも
セリオに渡すと扉を閉めた。
 そして別のロッカーから、スタッフジャンパーを取り出し、袖を通すと、救急救命キッ
ト手にし、すでに閉鎖された屋内の移動を諦め、窓から表に出た。

『パタタタタタタタタ!!!』
「頭だ!頭をねらえ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
 怒号、悲鳴、そして銃声があたりを満たしていた。
 本来、結界の外には出てこないはずの妖魔が、研究所の中を血に染めていた。
「ちっ」
 楠は舌打ちした。
 1匹や2匹の妖魔なら、銃で何とかなると思ったが、これほど大規模な戦闘になって
いるとは思わなかったのだ。
「とりあえず長瀬ラボに向かう。実験設備から妖魔が来ているだろうから、そこを迂回
するルートを設定してくれ。」
「──了解。このまま右手に進み、給水塔を左に迂回してからラボに向かいます。」
「よし。いけっ。」
 楠の合図で駆け出す二人。
 幸い開いては遠距離攻撃のできない妖魔達だ。
 遮蔽物を探す必要もなく、通りの真ん中を最短距離で駆け抜ける。
『ガシャコン!』
 セリオが給水塔がある広場に出る直前、ショットガンのスライドを動かした。
『だっ。』
 広場に出た瞬間、ショットガンを腰だめに構え、あたりをうかがう。
 右・・・左・・・右・・・
 安全を確認し、数m手前で立ち止まった楠に手招きする。
 楠が駆け寄る。
 そして、楠が合流する直前に、セリオは再びダッシュし、次のポイントまで移動。
 ツーマンルールのフォーメーション。
 先ほどインストールしたデータは正常に動いているようだ。
 再びセリオが手招き。
 楠がダッシュする。
 が、楠は不意に風を感じた。
(まずいっ!!)
 そんな予感がして、とっさに横に体を投げ出す。
『ずしゃぁぁぁ!!!』
 突然、真上から何かが振ってくると、地面をえぐった。
(妖魔!!)
 給水塔のてっぺんに隠れていたのだろう。
 妖魔は地面から爪を引き抜くと、楠の方を向いた。
『ズバァン!!ズバァン!!』
 セリオのショットガンが火を吹く。
『バム!バム!バム!』
 楠も倒れたまま銃を引き抜くと、妖魔の目に向かって連射した。
「ぐぎゃぁぁぎぎゃあああああああ!!!!」
 顔に銃弾をあび、雄叫びを上げて倒れる妖魔。
「大丈夫ですか!?」
 あわててかけよってくるセリオ。
「あぁ。ありがとう。」
 彼女の手を借り、楠は体を起こした。
「まずいな。こんな所にまで・・・急ごう。衛星からの情報も使え。赤外線だけでは妖魔
は追いきれない。」
「──わかりました。」
 再び走り出す二人。
 遠くでは火災でもおこったのだろう。
 火の手が上がっていた。



「た、たすけてぇ!!だれかぁ!!!」
 少女はまだ生きていた。
 サイレンに気を取られた妖魔の隙をついて、駆け出したのである。
 だが、右に逃げても、左に逃げても、そこかしこに無惨な姿になった研究員や、警備
員のすがたばかりだった。
「あっ!!」
 足がもつれて転ぶ。
 アスファルトにつっこみ、膝をすりむく。
「ひっく、ひっく、いやあぁぁぁ、こんなのいやぁぁ、パパぁぁ、パパぁぁぁ」
 痛む膝をかかえ、声を上げて泣く少女。
『ずしゃっ』
「ひっ!」
 不意に後ろでした音に振り向く少女。
 そこには片腕がもぎ取られた手負いの妖魔がいた。
「ぐるぐるぐるぐる・・・」
「ひいぃっ」
 あわてて逃げ出す少女。
 だが、転んだときに打った膝に力が入らない。
 這いずるように進む少女。
 だが、それで妖魔から逃れられるはずは無かった。
 すでに人間の血で真っ赤に染まった手を振り上げる妖魔。
『ぶうんっ!!』
 風を着る音は、少女にも聞こえた。
『ざしゅっ!!!!』
 まるで野球のボールになって壁にぶつけられた時のような衝撃が、少女を襲った。
(な・・・なんで・・・どうしてこんな・・・・)
 急速に薄れゆく意識の中、少女はなぜこんな事になったのかさえ思い浮かばなかった。


 続く。


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誠治「・・・・なんか、自分で書いてて、歯止めがきかない・・・」
黒芹「いつものことでしょう。リーフフォーミュラもそのせいで予定の2倍・・・」
誠治「今回はなんとか前後編で納めます(汗)」
黒芹「ストーリー説明したほうがよいのでしょうか?」
誠治「そうだね。一応、設定は、ひなたさんのLメモと、同時に起こった事件を表し
   ています。
   美加香がマルティーナを目覚めされるために開いたゲートから、妖魔があふれ
   だしてくる。
   そのほとんどは、風見ひなたと緒方英二の手によってころされるんですが、数
   体の妖魔が研究所内に逃げ出します。」
黒芹「その数体の妖魔が事件を起こすわけですね。」
誠治「うん。さて、初の戦闘物にチャレンジしたんだけど、どんなもんかねぇ。」
黒芹「・・・・感想聞くのが怖いですね。」
誠治「・・・・うん。」
黒芹「・・・・ところで、この話が終わったあと、私の出番はあるんですか?」
誠治「さあ?」
黒芹「しくしくしく・・・」


 ★黒芹:作品中に出てきた、黒髪のセリオ改。
     服装等のイメージは、サイレントメビウスの香津美です。




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