Lメモ「五月雨、Leaf学園堂移転計画――後編」 投稿者:佐々木 沙留斗


 場所は再び五月雨堂。
 店の前にはスフィーと健太郎がいた。
 どうやら掃除をしているらしい。

「ふ〜んふ〜ん…はぁ、良い天気だね。けんたろ」

 スフィーは軽く空を見上げ、太陽を拝む。
 暖かく照るそれに負けないほど、スフィーの笑顔は輝いていた。
 彼女は手には竹箒を持って、くるくると踊るように当たりを掃いている。
 その様子を、健太郎はどこか楽しそうに見つめていた。

「そうだな、こう良い天気だとやる気も出てくるよな」
「あははっ、そうでしょ? あたしも何時もより頑張っちゃうんだから」
「おお? 頼もしいな〜。じゃぁ、後頼むわ。俺は店の中を整理するからさ」
「は〜い、まかせてよ」

 自信たっぷりな様子で健太郎を見送るスフィー。
 健太郎が店に入った後は、より一生懸命に掃除を始めた。

「ふふ〜、ちゃんと綺麗にしないとね♪」

 ちょこちょこと歩いてゴミを掃き、しゃがんでは雑草を抜く。
 そんな動作を繰り返しつつ、店先回り10m程度を綺麗にしていく。
 普通の若者なら嫌がるであろうその作業だが、スフィーは実に楽しそうにこな
していた。

「なんてったって、今日が始めてだからねぇ…印象良くしとかないとお客さん来
ないしね……って言っても、魔法使っちゃってるから来る人にとっては始めて、
じゃないんだけど」

 テヘッという感じで笑みを漏らす彼女。
 ある意味とんでもない類の事をいともあっさり言っている。
 この当たりの抜け具合が、スリーのスフィーたる由縁だろうか。

「よぉし、お店の前の掃除は終わりだよっ」

 そうこうしているうちに、スフィーは一通り掃き終わり、綺麗になった店先を
ぐるりと見回た。
 そして大成功といった感じの笑顔を見せる。
 店周りの地面には、小石一つ雑草一本も無くなっている。
 此れだけ綺麗にしておけば、来客に対する印象も随分違うだろう。
 それが分かっているからこそ、スフィーは頑張ったのだし、出来上がった自分
の仕事に満足できた。

「さあ、ど〜んとこ〜いっ! お客さん達っ」

 気合充填、いざ行かんという、その瞬間。
 まさに計ったようなタイミングで。

 ドガァァァンッ!

「うきゃぁぁぁっ!?」

 スフィーの前の校舎が弾けて飛んだ。
 彼女には盛大な爆音と共に、黒い塊が数個高速ですっ飛んでいくのが見えた。

「うりゅぅ〜〜…な、なになに、一体なんなのぉっ?」

 スフィーが驚きの声を上げたその一瞬後、砕けた壁を更に叩き壊し今度は大き
な影…人影が転がり出てくる。
 何事かを言い争うように叫びつつ。

「くそっ! このマッチョ忍者ぁっ! 便所の最中とはいよいよ節操が無くなっ
てきやがったなっ!!」
「何の事だジンっ! 俺はただ、貴様の排泄行為の手助けをだな…」
「そういう怪しい事言うなってんじゃ変態マッチョぉっ!」

 鬼の形相を叫んでいるのはジン・ジャザム。
 学園切っての熱血漢(サイボーグ)である。

「ロォクゥェテットパンチャァァァァッ!!!」

 その彼の、叫びながら振り上げる手が一瞬後に分離、飛翔する。

「おおっ! 良いぞジンっ、そのちょ…(ベグゥッ)」

 その鉄拳を、狂気と歓喜とも付かない声を上げて実に嬉しそうに食らうは、マ
ッチョな忍者、秋山登。
 良い感じで首がねじれているのがとってもグロテスクである。

「うりゅりゅ〜〜! き、気色わるいぃ!?」

 対するスフィーは、突然振って沸いた戦場に、おろおろしつ混乱してわたわた
して居た。泣き出したりしないだけ気丈と言えるかもしれない。
 そんなスフィーをよそに(と言うか視界にすら入ってない)、ジンと秋山は争い
を続行している。

「ちぃ、効きやがらねぇっ!」
「ふはぁっ! まだだ、まだだぞジンっ! 貴様の熱い魂、もっと俺に食らわせ
るがよいっ!!」
「寄るな変態っ!! ゲッタァービーィッム!!!」
 
 叫びとともに、ジンの腰の当たりから赤いビームが放射、秋山へと向う。
 迫り来るビームに対し、しかし秋山は不敵な笑みを浮かべた。

「甘いぞジンっ! その程度では満足できんわぁぁっ! ひっさぁつっ!
光線白刃取りぃぃっ!!」

 飛び来るビームをその手でキャッチ、そして有らぬ方向へ投げ捨てる。
 大きく弧を描いて宙を飛ぶそれを見やりつつ、ジンは唸る様に吐き捨てた。

「ちぃっ! この非常識野郎めぇ…」
「ふふふ……さあ、ジンよ……こんなまどろっこしい物ではなく、その拳で、そ
の熱き魂で俺を倒せぇっ!!」
「ああ畜生、望みどうりにぶった切ってやらぁっ!! ゲッタァーサイトォッ!」

 身長よりなお大きい鎌を取り出し叫ぶジン。
 対する秋山も自分の忍刀を抜き払った。
 二人の争いはさらにヒートアップしていく。 

「あぅあぅあぅ……死ぬ、死んじゃう…殺されるぅ…」

 そんな中、這いずるように其処から逃げ出していくピンク色の塊、スフィー。
 此所に居ては死ぬ、と訴える生命に従い、芋虫の如く這いずり待避行動をとっ
ていた…其の時。

「って……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? か、看板がぁっ!?」

 彼女の目の前に、真っ二つに裂かれた五月雨堂の看板が眼に入った。
 実は、さっき秋山が投げはなったゲッタービームが直撃していたのだ。
 運良く(?)上空から下に向ってゲッタービームは落ちて来たらしく、看板を割
った以外は店に傷はない。
 無いが…

「だ、大事な看板を……看板……あたしと健太郎の…お店が…」

 呆然と手を戦慄かせ、その看板に触れ、抱きしめる。
 焼き切られた断面が焦げた匂いを放ち、スフィーの鼻孔を擽る…

 その匂いをかぎ、スフィーの表情が呆然から驚きへ、そして真摯な物へと変化
していき…

「ふ……よくも…よくも、よくもよくもヨクモォォッ!!」

 最後に怒りの形相となって、折れた看板を更に砕かんばかりに抱きしめ始めた。

「絶対、ぜぇったいゆるさなぁ〜〜〜〜〜いっ!!!」

 いまだ戦う2人に向け、怒りの一瞥をくれた後。
 スフィーはすっくと立ちあがり、叫ぶ。

「この悪人たちぃっ! 成敗してやるぅぅぅ!!!」





 スフィーが叫んでいる頃、ジンと秋山の戦いも佳境に入っていた。

「ふはははぁ! ジンよぉ、良いぞ、良い感じだぁっ!」
「貴様に喜ばれても嬉しくはねえぜぇっ!」

 ジンの振るうゲッターサイトが秋山を捉えようとすれば、秋山がその忍刀で受
け弾く。返す刀で切りつける秋山の忍刀を、今度はジンがその鉄拳で払いのける。
 まさに一進一退の攻防…だが、必死のジンに対し秋山は恍惚とした顔で応戦し
ていた。気合と言う意味ではジンが勝るが、余裕と言う意味では秋山が勝る。
 ある種気負い過ぎているジンの攻撃を、秋山は焦らすように避け続けた。

 くるくると位置を変えながら剣劇(?)を繰り返す2人は、知らずのうちにその
位置を五月雨堂の前まで変えていた。
 そして、ジン、秋山、五月雨堂と言う位置に並んだ時。

「ぬっ? 建物かっ!」

 秋山が背後を断たれるのを嫌い、一足飛びに位置を離そうとした。
 その時、秋山に僅かな隙が出来た。

「そこ、うかつだなぁっ!」
「なにっ!?」

 ジンはその隙を逃さず、足を払うようにロケットパンチをうち放った。
 体勢を崩していた秋山は、避けられずにそれを直撃で食らい、転倒する。
 その一瞬を突いて、ジンが間合いを詰めた。

「うっしゃぁ! もらったぞっ! 秋山あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「がぁっ! じ、ジンやるなぁっ!?」

 そしてジンが血の叫びを上げ、今まさに彼のゲッターサイトが秋山を両断しよ
うとした瞬間。

「こぉらぁっ! 其処の悪人どもぉっ!! よくもけんたろの店…じゃなった。
五月雨堂さんを破壊しようとしたわねっ!!!」
『お?』

 二人の目の前…五月雨堂から、甲高く若い、女の声が響いてきた。

「よりにもよって、このあたしの目の前で堂々と五月雨堂を壊すなんて言う悪行
を行うとは…此れほどまでにLeaf学園は乱れてるのねっ!
 ちょうどいいわ、この学校でのお披露目ついでに、成敗してあげるっ!」

 気を殺がれた感じで争いを止め、その方向にジン達が目をやると…
 声のとうりに若い……見た感じ20歳前後と言う女が、すっくと店の上、2階
ベランダ付近に仁王立ちしていた。
 その服装は、茶色の短パンにクリーム色の長袖の上着、それと同じ色の短いマ
ントのようなものを肩から羽織り、頭にはこれまた同じ色の、まるでウサギの耳
の様に後ろに2つに別れた形の帽子を被り、胸元には翡翠色のペンダントが輝き、
手には70cmばかりのステッキを携えていた。
 見た目はナイスバディーで綺麗な部類なのだろうが、如何せん、怒りの表情が
其の魅力を半減させている。
 ちなみに持つステッキの先には、小さな福ダヌキの手先にドリルとクローを付
けたものが鎮座ましましている。
 所謂、魔法少女然とした女…いや、少女が立っていた。

『…………』

 なんだあいつは?
 ジンと秋山があからさまにそういう視線を向け…しばし。
 言葉も無くその様子を見詰め、その姿を吟味した後、ジンが口を開いた。
 とっても嫌そうに。

「秋山……お前の関係者か…? ツーか出来ればそう有ってくれ」
「ふ、愚問だなジン、何故あのような輩と俺が関係しなければいかんのだ?」
「いや……世の中の不条理とか不自然とか、運命とかを問う対象が、残念ながら
今はキサマしか居ないからよ……」
「ジンよ、世の中から不思議が無くなるとつまらんと思わないか?」
「いやな…俺が言いたいのは、何でああいう輩がぽこぽこと俺の周りに増えてい
くんだって事で…」
「其処っ! なにこそこそやってんのよ、あたしを無視するんじゃなぁいっ!」

 名乗りを聞かれなかったのがお気に召さなかったか。
 その少女は実に子供っぽい仕草でぷんぷんと話し掛けてくる。

「まったくっ!! 人の話もまともに聞けないの? 此れだからきょうびの若い
物は…」
「むぅ、あんたも十二分に若いと思うが? なあ、ジンよ」
「あーはいはい…知ったこっちゃねーよ…で、あんたは一体何なんだ?」

 少女と秋山の言葉を、もう勝手にしてくれという感じで聞き流すジン。

「ふ、良くぞ聞いたわね……そんなに知りたいなんて仕方ないわねぇ。其処まで
言うなら……教えてあげるわっ!!」
「別に聞きたかねぇって…」

 ジンのうめき、いやさ魂からの要求に、残念ながら少女は応じなかった。

「よっく聞きなさいっ! あたしこそはこの学園を守るため、遠くは魔法世界、
グエンディーナからやってきた、愛と正義の魔法使い…
 魔法の王女、プリンセス☆スフィー! 平和を守りにちょう登場!」

 ちょんと片足を上げて左の指を頬に当て、右手のステッキでこちらを指しつつ、
実に爽やかな笑顔をカメラ(?)に向けて微笑んでくる。
 おまけに背景には花すら咲いている。

「世の為人の為、そして祖国の為…この学園に平和をもたらす為っ! あたしの
魔法で悪を懲らしめてあげるっ! まずは其処の2人っ!! 破壊活動に勤しん
だ門で成敗するわっ!!」

 その様子を、ジンは特に感動する事も無く…いやむしろ、盛下がる感じで見詰
めていた。
 その表情は何処か悟りを得た聖人の様にすら見えるほど、この世の一切の無常
を感じ取っているかのようだった。
 そんな悲しみとも諦めとも狂気とも付かない視線を向けたまま、ポツリと呟く。

「やっぱ、魔法少女か…もう嫌だなぁ……こんな生活……」

 目の前の人物が、(何処までも否定したかったが)予想どうりだった為、心底落
胆するジン。
 眼には涙すら輝いている。
 そんなジンの肩に秋山が手をおく。
 そして妙に快活に、そして熱っぽい視線で語り掛けた。

「ふ…ジンよ、新たなライバルではないか…こうなったらお前もマジックナイト
となって迎え撃つしかあるまいっ! さあ、貴様もあの美しい姿となるがいいっ!
 そしてこの俺の愛を受け取るのだぁぁっ!!」
「それが嫌だとゆっとんじゃこのくそボケがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 今度こそ全力で、0距離発射のロケットパンチ・メテオを放つジン。
 一分の隙も無いほどに、その豪腕は秋山の身体を打ちぬいた。

「ぬがぁぁぁぁっ!!! そ、その調子だぞぉっ!! ジンンッッッ!!!」

 喜びとも悲鳴とも付かない声を上げつつ、秋山が景気よくすっ飛んでいく。
 背後の五月雨堂まで。

「ぁ……やべぇっ!!」

 秋山もろ共一直線に其方へと向うロケットパンチの大群。
 叫んでももうどうにもならない距離に、ジンは崩壊した五月雨堂を思い浮かべ、
ホンの少しだけ遺憾の念を抱いた。
 その瞬間。

 ジュギュィィィンッ!

 と言う鈍い金属音が響き…五月雨堂に向ってきたロケットパンチが、有らぬ方
向へとはじき飛んだ(ついでに秋山も)。
 後には、まったく無傷の五月雨堂と……それを包む淡い光の膜が残る。
 数瞬後にはその膜も消え、何事も無かった様に佇んでいた。

「な……なにぃっ!! 馬鹿な…今の全力だぞぉっ!?」

 あまりにあまりな事に、ジンは目を白黒させた。
 最近ロケットパンチの威力がシナリオ的(謎)に落ちてきているとはいえ、それ
でも全力の此れを防がれるとは、思っていなかった。
 と言うか、並みの力では、あこまで完璧に防げる筈はない。
 それだけの威力を(怒りとともに)込めた自信があった。
 事実、食らった秋山は肉片となって散乱している(既に再生し始めているが)。
 だがしかし、それは目の前で、店を守る壁に弾かれた。

(つまり……並みじゃない力だったって事か? あれを防いだのは…)

 よくよく見ると、店の上の少女がステッキを振りかざし、荒く息を付いている。
 ステッキの先は……丁度、綺麗な地面とクレータの残る地面の境。
 ロケットパンチ・メテオと先ほど間であった光膜との爆心地を示している。

「はぁ、はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと貴方っ! いきなりまた何するのよっ!
人が名乗り向上を上げている時に攻撃するなんて反則じゃないっ!」
「……まさか、今の貴様が?」

 ある種呆然と、だが直感的に確信しつつ、ジンが問い掛ける。
 状況的にそうとしか言えない…が、いくら不条理が売り(?)の魔法少女でも、
こんな事が出来るのか? と言う疑問が浮かんでは消える。
 しかし少女は聞いてはいなかった。
 と言うか、バックに炎を背負っている。
 どうやら怒っている、と言いたい様だ。
 その怒りに身を震わせたまま、少女が押し殺した声を上げ始めた。

「ふ…………ふふっ……」
「お、おい…あんた? 聞いてるか??」

 少女に向ってジンが問いかけた瞬間。
 ズビシッ! っとでも効果音が付きそうな勢いで、少女はステッキ(タヌキ側)
をジンに向ける。

「罪も無いお店を、しかも2回も続けて破壊しようとするなんて、それ即ち紛れ
も無い悪…だったら、愛と平和を守るため、その悪に裁きを与えるのが正義の成
す事ねっ! ならばこのあたしが正義を代行する者として早速与えてあげるわっ!
 愛と正義と平和の鉄槌、今こそくらいなさいっ!!!」

 怒りに爛々と眼を輝かせ、少女がジンを睨み付けてくる。

「お、おいおい待てよ、あれはただの事故で別にその店をどうとか言うんじゃ…」
「問答無用っ!!! Re……Unt……Kio……De……」

 慌てて弁解に入るジンをよそに、少女は短く叫んだ後、不思議な言葉を発し始
めた。
 それと共に彼女の身が白く輝き始める。

(え…………なっ、呪文……魔法っ! マジのかっ!?)

 今までの魔法少女のような理不尽ではない純粋な呪文、それによる魔法の行使。
 ある意味正攻法な、だから故に不意な出来事。
 頭の中で、相手はまた理不尽系魔法少女だろうと決め付けていたため、ジンの反
応が僅かに遅れる。
 その瞬間、少女の呪文が完成した!

「マジカルサンダー・ブラストォッ!!」

 叫んだ直後、振り上げた指先から小さな雷撃が天へと伸び、一瞬の間も置かず、
雲すらない筈の天からいく条もの雷電が降り注いだ。
 その全ての標的はジン、回避は間に合わないっ!

(マジィ、直撃するッッ!!)

 無駄と知りつつも腕で顔を守り、しゃがみ込むジン。
 この雷撃をこんな方法で防げる筈はない。
 ある種、死すら覚悟したその瞬間。

「ジィィンンッ!!! 俺はまだ満足してないぞぉぉぉっ!!!」

 吹き飛ばされた筈の秋山が、ジンの上空へ覆い被さるように飛び込んできた。
 何故か裸で、しかもマッチョで、加えてふんどし姿だった。

『あ』

 ジン、そして少女の声が重なった瞬間。

 ズギャドグォォォォォォッッッン!!!

「ぬぎゅわおべばぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! よしっ、十点満点を…(ジュッ)」

 空気さえ焼き切れるほどの雷撃が秋山を直撃。
 その凄まじい威力の雷撃をくらい、最後以外は人と思えない言葉を発しつつ、
秋山は真っ黒な炭と化し…
 数瞬後には、その炭も灰となって宙を舞った。

『…………』

 あまりにあまりな展開に、ジンと少女、そして何時の間にか集まっていた傍観
者達はその様子を呆然と見詰めていた…
 気まずい風が、皆のあいだを駆け抜けていく…(ついでに秋山の灰を運んで)

 そして暫らく後。
 妙に爽やかな様子で少女が再び口を開けた。

「ふ……なんだか間違っちゃったけど、怪しい格好をしていたあれも、良く見れ
ばさっきの悪人だったじゃない。成敗してちょうど良かったわ。ああ……常に正
義は正しい道を歩ませてくれるんだね…」
「ちょっと待て、今の所業をそれで済ますつもりか? おい」

 焼けこげて灰になってなお、わさわさと纏わり付いてくる秋山を払いのけつつ、
ジンは少しだけ緊張しつつも、恍惚とした表情を見せる少女に向け、問う。

「え〜? 何を言ってるの? だってあたしは愛と正義の魔法使いだよ。つまり、
私のすることはどんな事でも、すべて正義に決まってるじゃない」
「思いっきり悪人の台詞じゃねぇかよ……」

 軽い目眩を覚えつつ、(律義に)ツッコミを入れるジン。

「あまいわね、『けっかよければすべてよし』って言う大法則を知らないの?」
「良くあるかぁっ!! あんなモノ食らえば下手すりゃ死ぬぞ、こらぁっ!」
「当り前じゃない、殺(や)るつもりだったし☆」

 くるくるとバトンを回しながら、空恐ろしい事をさらりと言い放つ少女。
 あまつさえかわいらしくポーズを取ってウィンクすらしてくる。
 そのテの人種が見たら間違いなく「萌え〜」とか叫びそうなポーズである。

「……ヲヤ?」

 なぜかジンは、その光景を見た事が有るような気がしてきた。
 別に萌えた訳ではない。だがなんとなく心に浮かんだのだ。
 何処か思い出したくない類で克つ、自分に(如何ながら)非常に関係あるものを。

「ともかくっ! 今度は外さないわっ、正義の雷、その身で受けなさいっ!!」

 ほうけるジンをよそに、ばっと身構え詠唱に入る少女。
 その口からは先程と同様の、不可思議な詠唱が流れ、紡がれる。

「ってちぃ、ボケてる場合じゃなさそうだなっ」

 対してジンは、軽く腰を落とし回避に供えた。
 そして冷静に、そして即座に分析を始める。

(外見に騙されちゃいけねぇな…アイツ、かなりやりやがる)

 あの防御力、そして、あの雷の威力。
 特に雷撃……あの秋山をも瞬時に分解し、いまなお再生も出来ないほどに(死
んではない様だが、まだ纏わり付いてくるし)痛めつけた力。
 そんじょそこらの魔道師では為し得ない物を、簡単(でも無いのだが、実際は)
にやって退けた。

(大した威力じゃなぇか……ちったぁ気合入れねえとな…)

 流石の彼といえども、あの雷撃を食らってはかなりヤバイ。
 ましてや、自慢のロケットパンチはどうやら弾き返されるようだし、他の飛び
道具も今は携帯していなかった。ゲッタービームも多分防がれるだろう。
 つまり、間合いが開いている今は、ちと分が悪い。

(となれば接近戦しかねぇが…)

 だが今仕掛けても間合いが地面と屋根の上。
 あまりに開き過ぎており、うかつに接近は出来ない。
 もし動いても、先に相手の雷撃が襲い掛かって来るだろう。
 故に、有効な手段は相手が狙いをつけるその瞬間。
 その一瞬を見切って躱し、反撃に転ずるのみ。
 無論、しくじればあの雷撃を直撃で受ける。

(何とも分がわりい勝負だな…しかし…)

「…女を殴るのはシュミじゃねえが……おいたが過ぎる奴には、お仕置きをしな
きゃなんねえしなぁ…」

 だがジンは、その状況下でも不敵な笑みを浮かべる。
 楽しいのだ。
 たとえ女で、(トラウマのある)魔法少女が相手でも、強者と死合えるのが。
 女でありながら、下手をすれば自分の身を屠り得る力を持つもの…
 その事実が彼を興奮さしめていた。
 血が騒ぐ、鬼の…エルクゥの血が。

「ふふ〜ん……なんだか自身たっぷりのようだけど…悪人にやられるほど、私は
弱くないわよ?」

 詠唱が終わったのか、ある種の余裕を持って少女が語り掛けてくる。
 対するジンは、軽く見上げる感じでその少女を見た。

「俺もな…女子供に負けるほど腐ってねぇさ……さあ、きやがれっ!!」

 互いの視線が交わり、気が緊張する。

「ふふっ…この学園の平和を守る為、まず手始めに…悪である貴方を倒すわっ!」
「くく…良いだろう……貴様の炎、見せてもらおうかぁっ!」

 揃って不敵な笑みを浮かべ…そして気が弾けたっ!
 その瞬間。

 ぽこ〜んぽこ〜んぽこ〜ん…

 少女の胸のペンダントが赤く明滅し、妙な音が聞こえ始めた。

「え……えっ!! も、もう時間なのっ!?」

 急に少女が構えを解き、合わせて溜まっていた魔力も霧散する。

「えっとえっと、と、時計は??」

 いそいそとポケットを探り、時計を探し出し、それを見てまた慌てる。

「あぅっ、もう10分? うりゅ〜、こっちじゃ思ったより時間が短いんだ…」
「……を?」

 実に困った表情の少女に対し……ジンはどうとも動けずただ呆然とその様子
を見詰めるだけだった。

「くぅ、もう戻らないと…」
「……は? おい貴様…一体どういう…」
「ふん! きょ、今日のところは見逃してあげるっ!! でも覚えてなさいよ、
今は引くけど、正義はいつか必ず勝つんだからねっ!!」
「おい……こら待て」
「サヨナラよっ!! あいるび〜ば〜っくっ!」

 展開を追いかけようとするジンを無視し、焦った様相で少女は身を翻した。
 次の瞬間、まるで虚空に消えるように…いや、実際に虚空へと消え去った。
 そして、後には光の欠片と……

「…………」

 ジンが取り残されていた。
 呆然……まさにそうとしか言い様の無い顔をする彼だけが。
 あまつさえ、取り残されたジンに風(及びたゆたう秋山の灰)が吹き付けてくる。

「……なにか? すっぽかしか……? 人がせっかくシリアスに決めてたっての
に……ええ? おい……」

 笑顔……と言えるか分からないが、そういう風に口を歪め、少女が消えた方を
見詰めるジン。

「ふ…………ふふふ…………クククク…………」

 彼が哄笑を上げ始めた時……(まだ見ていた)傍観者達は思った。

 ヤバイと。

 しかし、其処に達するまでの思考展開は……少しばかり遅かった。

「魔法少女なんて……大嫌いじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 ナイトメアオブソロモン発動。
 今日もまた校舎の半分は露と消えていく…





 ジンの慟哭が台地を盛大に揺らしていた頃。

「…………(汗) また外では凄い事になってる気が……」
「だ、大丈夫ですよ……爆音は遠いですから……」

 とうの五月雨堂の中では、被害を恐れてかはどうかは分からないが、住人はリ
ビングに待避していた。
 店に居ては危ないと思ったらしい。
 そのリビングには若い青年――健太郎と、向かいに青い髪の少女が座っている。

「どっちにしろ、なんだか騒がしいところにきちゃったみたいだな。(ため息)」
「くす……でも姉さんは、なんだか楽しそうですね」
「まーな。何せ全力で暴れられるみたいだし」
「くすくす…」

 店の中から伺っていたさっきの様子を思い出し、青年と青髪の少女が話す。

「でも…」
「でも……何? リアン」
「クスッ、でも楽しそうな姉さんを見るの、なんだか私も嬉しいです」

 リアンと呼ばれた少女が、にこっと微笑んだ。
 まるで天使が微笑んだように綺麗な笑顔である。

「ははっ、だな。あいつの元気な姿を見てたら、此れからの不安も吹き飛んじま
ったよ。店も守ってくれた事だし…あいつにゃあいつの仕事も有るんだろうし」
「クスッ、そうですね」
「じゃまあ、此れからここで頑張りますかぁ。死なない程度に、さ」
「あ…あはは……それは…ちょ、ちょっとだけ怖い…かな?」

 ある種能天気な健太郎に、リアンは困った様子を見せる。
 だが、今更遅い。
 もうここへ……Leaf学園に来てしまったのだから。

「何とかなるさ、スフィーもリアンも居るんだし」
「……はい」
「まあ取りあえず、飯にしよっか。そろそろスフィーも戻ってくるし…」
「あっ、私もお手伝いしますね、健太郎さん」
「そう? じゃあお願いするよ。今日は引越し記念だしね、パーっと派手にいこ
うかぁっ」
「はいっ」

 こうして、五月雨堂一同はLeaf学園に来る事になった…
 果たして、彼等は正しい選択をしたのだろうか?
 それに答えるのは…

「グオォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!」

 鬼と化し夕日に向って吠える、ジンの雄叫びばかりだった。




                 END? No…Let’s Start
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