「五月雨、Leaf学園堂移転計画――前編」 投稿者:佐々木 沙留斗


 試立Leaf学園の校門を入って、広い校庭を抜けた右手正面の奥。
 その方向…校舎と図書館の間には、ちょっとしたスペースがある。
 テニスは出来るがサッカーは無理……其の程度の大きさの空き地が。
 いや、あった。
 今はもう無い。
 そこには小さな建て物が出来ていた。

「…なあ。あんなもの此処に有ったか?」

 桜が葉桜に変わる頃。
 そろそろ新入生の初々しさも和んできてた、そんな5月の初め。
 大勢の登校者が溢れる校庭で、校門を抜けてきた2人の男子の片方…目付きが
悪く何処と無くやる気がなさげな方が、童顔で爽やかな感じのする相方に呟いた。

「え? なに、浩之」
「いや…あの家」

 そういってだるそうに指差す方向には、築10〜20年と言う感じの木造二階
建て、一階部分は何かの店舗になっている一軒家が建っている。
 入り口上の当たりに何かの看板が有るが、目付きの悪い方は目つきだけでなく
目も悪かったので、その文字を見る事は出来なかった。

 学校の中、校舎と図書館の間にある民家…非常に場違いな光景である。
 もっとも、何処をどう取ってもおかしいこの学園では、馴染んですら見えたが。
 だからかどうかは分からないが、登校するものは誰も気にせず…いやむしろ、
数人かは実に何気ない足取りで其方へと向っている。
 何か買い物でもするのだろうか。
 しかし、目付きの悪い方は其の事に違和感を持っているようで、しきりに首を
かしげていた。
 昨日まであんな物はなかった。何かおかしい。
 彼の記憶はそう訴えている。
 だが、問われた相方の方は、一瞬きょとんとしてから笑い出した。

「あはは、馬鹿だなぁ、浩之。もうずっと前から有るよ?」
「そうだったかぁ?」
「そうだよ、僕たちが入学する以前からあこに有ったじゃない」
「俺達がここに来る…前よりか?」
「うん、五月雨堂でしょ?」
「さみだれどう? う〜ん…記憶にねぇぞ…? でも雅史がそういうなら……
そうなのかもな」
「くすっ、変な浩之」

 爽やか〜と言う効果音が付きそうなくらいの微笑を向け、童顔の少年が言う。
 其の笑顔に押されるまま、目付きの悪い方も自分の疑問を忘れる事にした。
 何か、そうした方が自然な気がしたから…

 実際のところ、こういう会話は100人に1人の割合で起っていた。
 何かおかしくないかと友人に問うが、違うと答えられ大人しく納得する。
 しかも、そう言われるとごくあっさりと信じてしまう…
 今朝から、そんな現象があちこちで起っていた。
 生徒、教職員を問わずに大体同じ割合で疑問を持ち、しかも、謎を持った人間
の全員が知人等に訂正されて、あっさりと納得していると言う現象が。
 しかし、極一部、納得しない人種が存在していた。
 俗に言う、SS使いと呼ばれる者達だ。


 Lメモ「五月雨堂、Leaf学園移転計画」



「おはようございます」
「あ。おはよ〜beaker」

 朝方の第二購買部。
 細々とした朝の整理を坂下がしていた時、店長のbeakerがやってきた。
 beakerの手にはいっぱいの荷物が持たれている。
 減った分の在庫を補充しに来たのだろう。

「ああ好恵さん、居たんですか、早いですね……おや? なんだか今日は商品の
出が悪いんじゃないですか?」

 ゆるりと店内を見し、beakerはそう呟く。
 いつもと同じ感じの大小様々な物品が並ぶ店内。
 しかし見た感じ、家具や棚、食器など大き目の物の出が悪い。
 通常の店では大きい品は出難いものだが、事Leaf学園では物が壊れやすい
ので、大きな物でも大抵店頭品はすぐ売れる。
 しかし、今日は何個も売れ残ってしまっているのだ。
 明らかにおかしい。

「やっぱわかる? 客があっちに取られちゃってさぁ…今日はさっぱりだよ」
「…あっち…?」
「ん〜。五月雨堂の方。なんだか知らないけど、セールをやっててねぇ…」
「……五月雨堂?」
「あれ? beaker知らないの? ライバル店のチェックを漏らすなんて、らしく
ないぞ? 今朝からセールだって言ってたじゃない」
「……はぁ?」

 何の事だ?
 beakerの頭にその単語が浮かんだ。

「でも、5月入ってすぐになにセールやってんだろうねぇ…あちらさん。時期外
れも良いとこじゃないのよ」
「あの……好恵さん?」
「え? なに、beaker」

 何気なく聞き返してくる坂下に、beakerは困った顔を見せた。
 そして、自分のうちにあるその疑問のままに、言葉を紡いでみる。

「つかぬ事をお聞きしますが……その、五月雨堂って何ですか?」
「…………」
「…え? あの、好恵さん? どうしたんですか、固まったりなんかして……」

 急に固まった坂下に驚き、beakerが声を掛ける。
 しかし、問い掛けられても坂下はまったく反応を見せなかった。
 ただこう…この世に有っては成らないものを見てしまった、と言う風に目を見
開いている。
 無論、視線の先にはbeakerしか居ない。
 すると、じっとみつめている瞳が揺れ始め、じょじょにその唇が戦慄いていく。

「あの、好恵さん? 僕の顔に何か付いてますか?」
「び……」
「び?」
「beakerがおかしくなったぁぁっ!?」





「…で…納得していただけましたか?」

 ふかーいため息とともに、beakerが言う。
 あの後、叫びだし暴れる坂下を宥め、その影響で散々に荒れた店内を整え、自
分がおかしくなったわけでないことを説明して、現在に至るまでに要した時間、
約30分。
 ある意味手慣れて来ている自分にちょっと寂寥感を抱きつつ、beakerは返答を
待った。
 それに対し坂下は、何処か気だるそうに口を開く。

「あんたの言い分は理解できたわ…」

 気だるそうにと言うより、何処か呆れた感じで続ける。

「でもね、それはあたしの中じゃ有り得ないのよ。あたしの記憶じゃ、間違いな
くあの五月雨堂はあたし達が入学する前からあこに有ったし、ずっと此所とライ
バル関係だったわよ」
「う〜ん…ですがねぇ。僕の記憶にはそんな店は、昨日まで確かに無かったんで
すよ。そもそも、五月雨堂と言う名前すら初耳です」

 困った様子で返すbeaker。
 困る理由は、坂下が担いでいる訳でも正気を失っている訳でもないと理解して
いるからである。眼を見れば分かる、大真面目だと。
 しかし、自分の言ってる事も間違っているとは思わない。
 互いの意見が何処か大事な部分ですれ違っている…いや、書きかえられている、
そんな気がしてならないのだ。

「じゃあなに? あたしかbeakerのどちらかがおかしいとでも言うの?」
「ふむ……そうですね……」
「あたしはおかしくないわよっ、絶対に」
「そんな事言ったら僕だって……って止めましょう、また同じ事の繰り返しにな
ります…」
「むぅ……じゃあさ、他の奴に聞いてみましょうよ。あたし達以外の誰かにさ。
そうしたらハッキリするでしょ?」

 埒があかないと言う感じで切り出す坂下。
 行動派な彼女らしく、考えるだけと言うのは性に合わないらしい。

「まあそうでしょうけど…でももう授業ですよ?」
「だぁかぁら。今度ここに来るまで…そうね、昼までに何人かそれと無く聞いて
みるのよ。その後、改めて話し合いましょうよ。あたし達だけじゃどっちが正し
いかわかんなさそうだしさ」

 坂下の成案を聞きしばし。
 beakerは軽く考えた後、言った。

「ん…そうですね。ではそうしましょうか…」

(どうもきな臭い…いや、おおざっぱかな? 特に悪意とか策謀を感じはしない
ですが…何か、有るようですね)

 直感でしかないが、beakerはそう思った。
 だが彼の直感は良く当たる。
 故に、彼はその直感を信じた。

「っと、もう時間です急ぎましょう、好恵さん。話し合ってて授業に遅れるのも
馬鹿馬鹿しいですから」
「あっと。じゃ、beaker、ちゃんと聞いてきなよ」
「好恵さんも、お願いしますね」

 そう言い合って、2人は自分の教室へと駆けていった。





 一方その、話に上がっていた主、五月雨堂。
 横の図書館や校舎に比べると手狭に見える、一軒家の一階店舗部分。
 朝から賑わっていたその店内にはもう殆ど人影も無く、店員と思しき影が2つ
だけが忙しく動いている。
 大きな方の影が帳簿を付け在庫の確認をし、小さな影はモップやはたきで、店
内を埋める骨董品のあいだを手際良く清掃していた。
 しばし其の侭ちょこまかと動いていたが、一段落したのだろうか。
 その大きな影…若い青年風の男子が、12,3歳ほどのピンク色の髪をした小
さい女の子に声を掛けた。

「おーい、スフィー。その辺で一段落して休憩しようぜ」
「え、なんで? まだ開店して1時間ぐらいだよ? お客さんは来るでしょ?」
「そりゃ街での話だって。此所は学校だから、今は授業中で誰もきやしないよ」
「あ、そっか……えへへ」
「分かったら休憩しようぜ。休める時に休むのも商売人てもんだぞ」
「は〜い。うふふ〜今日のお菓子はなんだろなぁ☆(だだっ)」
「おま……はぁ…食う事ばっかりは1人前なんだから…いや、5人前か?」

 凄い勢いで住居側にすっ飛んでいく少女を見守りつつ、青年が軽くため息を吐
いた。

「まぁ……スフィーのあんな調子を見てたら、ここでもやっていけそうだな…と
は思えるけどさ」





「……やはりおかしい……」

 時が流れて昼休み前。
 beakerは、少々早いが授業を切り上げて購買部に戻って来ていた。
 もうすぐで坂下も来るだろう。
 早めに、話したい事が出来たのだ。

「……彼等は知っていた。だが、この人達は知らなかった……」

 シャープペンで紙を突つきつつ、呟く。
 紙の上には数人の名前が、2つに分類されている。
 beakerが尋ねた人物の名前だ。
 2,3人と聞いていくうちに……彼は、五月雨堂についてのある法則が有る事に
気付いていた。

「つまり、此れは……」

 beakerがある仮説を立てた時。
 入り口に気配が現れた。

「beaker、来たぞ〜、おまけ付きだ」
「ああ、好恵さん、早かったですね…… って何ですか、それ」

 購買部に戻ってきた坂下は、後ろに何か引き摺っていた。
 一見するとずた袋の様に見えるが、どうやら人らしい。
 全身がボコボコに蹴られたり殴られたりしているようだが。

「ん? ああこれ? 沙留斗」
「……はぁ? なんでまたそんな姿に……」
「いや、こいつ何か隠してるみたいでさ……で、吐かせようとしたんだけど、ち
ょっとやり過ぎちゃってさ」
「……うぅ……鬼……」
「やかましっ。(げしっ)」
「はぐっ!」
「……」

 グロッキーな沙留斗に蹴りを入れる坂下を見たbeakerは、表面上落ち着きつつ
背中には冷や汗を流していた。

「えと…まあ其の件はおいおい…それで、好恵さんはどうでした?」
「ん? 多分そっちと同じ…知ってる奴と知らない奴がいたわ」
「そうですか…やっぱり」
「あたしは、綾香、葵、梓、T-star-reverse、陸奥、佐藤…とまあ、格闘部や其
の周りを中心に聞いて回ったんだけど…綾香と葵、梓はあたしと同じ、それ以外
はあんたと同じ結果だったわ」
「ふむ。僕の方はきたみち君と芹香さん、雛山さん…とまあ聞いていったんです
けど…やっぱり似たような物です」

 こんこんとさっきまで弄くっていた紙を指す。
 坂下がそれを取り上げ眼を通すと……やはり、ある法則が有る事に気付いた。

「つまり…」
「ええ…此れは、僕たち…つまり、SS使いは知らず、それ以外の人全員は知っ
ている、という事です」

 合わせて数十人の生徒、教職員に聞いた2人だったが…
 圧倒的に知っている方が少なく、しかも知っている側は所謂SS使いしか居な
いのだ。
 それ以外の者は、全員が全員、知っていると答えた。

「ただ、知ってる側も、なんか違和感が有る…ていう奴がごく偶に居たわ」
「こっちもですね。2人ほどそういう人が居ました。でも、やっぱり知っている
という答えが返ってきました。ですが……」
「SS使いは、知らないと言い切ったわ」
「ええ、一体どういう事でしょう?」
「さあね。その辺はこいつが握ってそうだけどぉ?」

 そう言いながら、坂下は沙留斗の襟首を持って高々と持ち上げる。

「はぐぅ…ぼ、暴力反対…」
「だったら隠してることを言ったらどぉ?」
「べ、別になにも隠してなんか…」
「ほほう、まだしらを切るか」
「うぐ…」

 冷や汗をだらだらと流す沙留斗。
 眼が泳いで出来損ないの口笛すら吹いている。
 あからさまに何かを隠しているのが見え見えである。

「まぁまぁ好恵さん、脅しちゃいけませんよ…」
「なによbeaker、このくらいで…」
「ああ、マスター…助けてくれるんですね…」
「もちろん。但し…何を隠しているか言わないと、給料全額カットですよ?」
「…………」

 実ににこやかに言うbeaker。ただ、眼が笑っていない。

「……諦めた方が良いんじゃない? あたしよりbeakerを怒らす方が怖いって分
かってるでしょ?」
「はぅ…分かりましたから其れだけは勘弁してくださぃ…マスター…」

 沙留斗、敗北。

 それから大体10分後。

「まぁ…其の…特に隠してるとかそういう訳じゃないんですけど…」

 一応、傷の手当てをしてもらってから、沙留斗が改めて話し出した。
 ただ、どうしても歯切れが悪い。

「ただね、その…だから…」
「ハッキリしなさいよハッキリッ!」
「まあまあ…好恵さん…で、何が有ったんです? 沙留斗」
「……その……最後まで聞いても怒らないって、約束してくれますか?」
「はぁ? 其れってどういう意味? って言うか、そういう内容な分けね……」
「わ〜わ〜!! い、言いませんよ、怒ったら絶対言わないんですからねっ!!
謎が謎のまま次回に続いて良いって言うなら殴っても良いですよっ!! 謎が全
て解けなかったり犯人が分からなくても私は知りませんからねぇっ!!」

 言葉の勢いとは裏腹に、盛大に腰が引けている沙留斗。
 あまつさえガタガタと震えてドアの陰に隠れていたりする。

「……なんか、哀れよね……ああなっちゃ男として……」

 そんな彼を見つつ、坂下は「何か大事な物」を失うと言う事はこういう事かと
悟りそうになっていた。






「えっとですねぇ……その、何です……」

 不承不承、そういう言う感じで口を開く沙留斗。

「取りあえず…マスター達の疑問から解決しますか……」
「疑問って言うと…僕と好恵さんでは、何故認識が違うのか、ですか?」
「まあ、そうなります。で、結論からいけば、間違っているのは坂下さんです」
「なにぃっ! 其れってどういう意味だよっ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいよっ、説明しますからっ!」

 今にも襲い掛かりそうな坂下を制し、沙留斗が話し出す。

「まあ、間違ってるとは言いましたけど、全部が全部でもないです。そして、別
に坂下さんがおかしくなった訳でもないです。むしろ、おかしいのは私達の方で
す。私達……SS使いと呼ばれる者達が」
「……何か、知っているのかい?」

 beakerの問いにたいし、しばし考え…

「えっとですね…其の前に、当の五月雨堂と私の関係を軽く言っておきますね」





「でもさぁ。けっこう上手くいったね」
「え? なにがだ?」

 視点は再び五月雨堂。
 店内の掃除が終わり、店の中の整頓が始まっている。
 其の最中に、身長と同程度の壷を抱えた少女が、青年に向って話をしている。

「んっしょっと…だからぁ、この学校に来るの。おっきなお店を丸ごとこっちに
持ってくるなんて、ホントは出来るかなぁって思ってたんだけど」
「出来るかなぁっておい……自信たっぷりじゃなかったか? お前」
「えへへ…実はちょっと心配だった」
「…また無理したんだろ」
「ちょ、ちょっとだよぉ? 身体もあんまり縮まなかったし…」
「縮んでるんじゃないか……まったく」
「えへへ、ごめんね、けんたろ」
「まあ良いけどさ、気をつけろよ? これからは」

 しょうがないなあという感じの視線を送りながら、青年…けんたろ――正確に
は、健太郎がため息を吐く。

「ん〜……でも思ってたよりずっと楽だったよ。それに、ここの皆に掛けた人心
操作の魔法も、大体完璧だし…しかも簡単に出来たし。何でかな?」
「そりゃ俺が聞きたいね。スフィーやリアンの方が分かるんじゃないのか?」

 少女…スフィーと呼ばれた彼女は、ちょっと考える仕草をした。

「う〜ん…まあ…なんて言うか…ここ、変なのかな?」
「へん?」
「うん…なんだか、いろんな力が満ちてる感じ……魔力とか、それ以外の力が…
なんだかぐちゃぐちゃに混じってて…それが影響したのかも」
「ふぅん、よく分からんいけど、それってイイコトなんじゃねーの?」
「ん〜〜…多分」
「おいおい、ずいぶん曖昧だなぁ…」
「えへへ…でもま、良いじゃない。取りあえず上手くいったんだし。それに、マ
ナの溜り具合は実感できるほどに早いよ」
「はぁ、そっか。取り合えずは良いのかもな。でも沙留斗やリアンがいってた事、
気を付けなきゃいけないぞ?」
「うん…魔法、効かない人が居るんだよね、沙留斗みたいに…」





「ま、関係といっても客同士の関係ってだけですけどね」

 またまた戻って購買部。
 ひょいと肩を上げつつ、沙留斗が話している。

「トレジャーハントで仕入れた物の中で、購買部じゃ捌けない物を引き取っても
らってた、という奴で」
「つまり、お得意様ってやつ? アンタとあの店の関係って」
「そうです。ただ、あちらさん……五月雨堂さんとはもうずいぶん前からの関係
でして。マスターに知り合う前から、あの店は知ってましたし、使ってました。
ただ、ここ最近顔を出しにいってなかったんですが…」

 沙留斗はこりこりと頭を掻きつつ、坂下に答える。

「でぇ、なんのかのと纏まった数の絵とか西洋アンティークが出来たんで、久し
ぶりに行って来たんです。先日」
「先日ってどれくらい前だい?」
「はぁ…大体昨日かおとついですか?」
「そりゃまた…ずいぶんと最近じゃない」
「まあ、ね。でぇその時、ですよ…珍しいもの…って言うか、人を見たのは」
「ひと…? 人っていうと?」
「魔法使い」
『はぁ?』

 唐突な沙留斗の声に、beaker達は思わず間抜けな声が漏れてしまった。

「あのね…沙留斗。Leaf学園じゃないんですからそんなのが近所其処らにほ
いほいと居る訳は……」
「いやまあマスター、私だってそう思いますよ。でも居たんですから仕方ないじ
ゃないですか…あちらさんも、『何で魔法が効かないのぉ?』って驚いてました
けど…」
「ちょっと待って。話がいまいち繋がらないから、整理して良い?」
「え? はいどうぞ、坂下さん」

 軽く額を押さえながら、坂下が言葉を用意する。

「えっとねぇ、あたしの記憶じゃ、あこには今は3人の人が居て、そのうち2人
が店員だったはずよ。確か、20ぐらいの兄ちゃんと、13ぐらいと16ぐらい
の女の子が一人ずつ。店員は、男と若い方の子の筈よね」
「はぁ、確かに先日いった時は3人でしたけど…」
「ふむ。で、其の内の誰が、其の魔法使いなの?」
「ん……その若い女の子二人です。でも、俺が見た時は20歳の女性と16歳ぐ
らいの女の子でしたよ?」
「……なんかまた意見が違うわねぇ……その辺ハッキリさせてくれない? それ
と、『何で魔法が〜』ってどういう意味? 其の当たりを聞いておきたいわね」
「はい…じゃあ…まあ」

 ここから先が面倒だ。
 そんな感じの顔をして、沙留斗は続けた。

「先に魔法からいきます」
「え……どうしてだい?」
「前者の説明が、後者の説明をかねているからです、マスター。手間が省けて良
いでしょ?」
「ん…分かった。話してくれ、沙留斗」
 
 beakerに促され、沙留斗は一呼吸置いて、切り出した。

「魔法、についてですが……この当たり、私自身良く分からないんですけど…ど
うも、彼女達――五月雨堂に居た2人の女の子達――の使う魔法の内、人心操作
系の魔法だけが、私には効かないらしいんですね」
「ふむ……順を追ってくれないか? いきなりじゃ良く分からない」
「あっ……はい。じゃあまずその2人の魔法使いの女の子なんですけど……どう
も彼女達、異世界から来たって事らしくて。それで、其の正体を明かすと面倒な
事になるって言うので…五月雨堂にホームステイしてきた外国人、という設定の
元の生活してるらしいんですよ」
「な〜んか良くあるシュチエーションねぇ……」
「好恵さん、其れをいっちゃぁお終いですよ……」

 beakerと坂下は、揃って『なんだかなぁ』、と言う顔を見せる。
 そんな2人を見つつ、沙留斗は話しにくそうに続ける。
 
「えと……其れで、五月雨堂さんで生活を始めた其の女の子達なんですが…その
ままじゃどうしても違和感が有るっていうんで、ちょっとした魔法を働かせてた
らしいんですね」
「違和感? 違和感って何よ?」
「えと……あれですよ。何で外国人なのに日本語が流暢なんだとか、国は何処?
とかそういう物ですね。そういうの急っつかれると、ぼろが出たりするでしょ? 
ですから、そうならない様に認識を狂わせて、其の違和感を消してたらしいです」
「へぇ……そんな事が出来るんだ」
「らしいですね。何でも、人心操作系の魔法は得意中の得意技だって、其の女性…
20歳ぐらいのピンク色の髪をした人は言ってました」
「でも其の魔法、沙留斗には……」
「効かなかった、っていうのね?」

 確かめるように呟く坂下。
 それに対し、沙留斗はこっくりと頷いた、

「はい……ようは、私が久しぶりに五月雨堂に行ってみると、見た事ない女の子
が居るなあって思ったんで、色々と聞いてみたんです。出身地とか、国の事とか、
色々と。まあそら、ねえ、気になりますし…
 で、こっちは何気ないつもりで色々と話していたら…そのうちなんだか話に矛
盾が出て来て…ついに向うがどうにもならなくなった時、さっきの台詞が」
「魔法が効かない……か。でも何故なんだい? 沙留斗、お前は別に魔法使えた
り耐性が高かったりする訳じゃないですよね?」
「ええ。むしろ良く効く筈ですけど……で、まあ此れに付いて色々聞いて来たん
ですけどね。あちらさんの見解」
「へぇ、それってどんなものなの?」

 坂下の問いに、沙留斗は記憶を探るように頭を押さえ…
 そして言った。

「えっと…その、魔法使いの女の子達の話では…私は、世界を織り成せるから、
そういう外部から人心を操る魔法が効かない、という話です…」
「……世界を……織り成す? 其れってどういう意味?」
「さあ、私も分かりません。何せ話してる事の殆どが理解できませんでしたし」

 問い掛ける坂下に対し、ハッハッハと明るく笑う沙留斗。
 何も考えてはいない底抜けな笑顔だ。

「……(ため息) で、まあ、アンタには効かないと…其の魔法とやらは」
「どーも私だけが特別、じゃなくて、私のような人が、ならしいです。さっきマ
スター達が言ってたように、SS使いには同じ効果が働くみたいですね。此れは
あちらさんと話し合った結果、出た答えですが」
「なるほど……世界を織り成す、ですか……意味は良く分かりませんけど、ニュ
アンスはなんとなく……」

 考えるような楽しむような笑顔を見せるbeaker。
 そんなbeakerに沙留斗はかる〜く言う。

「気にしないでも良いと思いますよぉ。問題はむしろ、私達には魔法が…心を弄
くる魔法が効かないという事実ですし……裏を返せば、私達以外には全員、効く
訳ですよ」
「で、事実そうだった、と。つまり、あたしとbeakerとの意見が食い違ってるの
も、あたしの記憶がアンタ達と違うのも……」
「その心を操る魔法の所為、って訳ですね?」
「そういう事ですマスター……五月雨堂さんは、其の力を使って皆の心を書き換
えたんですね」
「ふむ……なるほど」

 頭の中で色々と整理を付けつつ、beakerがそう呟く。
 頭の中の考えとは無しの無い様が一致してきた時、彼は一番の疑問を、聞いて
みる事にした。

「それで、其の事実と彼等がこのLeaf学園に来た事とは……結局どう繋がる
んですか?」
「ぇ…? いや、その……」
「…おい。此所まで来て何を隠すのかな? 沙留斗?」

 せっつく坂下に対し、沙留斗は非常に気まずそうに視線をあちらこちらとちら
つかせ…

「……さっきの約束……守って下さいよ……」

 そして、観念したように口を開き出した。

「…其の後…まあ、色々意見を交換した後……妙に其の女の子達と息が合って…
話に花が咲いて…ついつい、ここの――Leaf学園の事を話しちゃったんです
よ……だいぶ」
「ふぅん……それで?」
「えっと……まあ、そのうち……なんて言うか……この学校、魔力が結構満ちて
るじゃないですか、素人目で見て分かる感じに。それで……関係する事を、色々
と話してたんですよ。知ってる限り…すると、其の、20歳ぐらいの女性が、急
に其処に行きたいとか言い出してですね……」
「ほぅ…なるほど…」
「な、何でも魔力が満ちてると色々と助かるとか何とか言う話で……で、その…
なんて言うか……『じゃあ、Leaf学園に来てみたらどうですか?』 と、…
軽いつもりで…誘ってみたんですよ……」
「……」

 其の言葉を聞いて、ぴくり……と2人の眉が動いた。

「で、で…其の…なんて言うか……こっちは冗談のつもりだったんですけど…」

 2人の反応を見て、額に冷や汗が浮かぶ沙留斗。

「何時の間にか……転入手続きとかを俺が受け持つ事になってて……な、なんだ
かもう断れないぐらいあっちは乗り気で……ですから其の……し、仕方なく……」
「…………」

 無言なまま座るbeaker達…
 其れに圧倒され、沙留斗は、言ってはいけない言葉を口に出してしまった。

「いや、でも其の……店まで来るなんて言う事は……その…予想できなくて……」

 其の瞬間、beaker達のプレッシャーに殺気が篭った。

「い、いや……其の……あっ、そ、そうそう。この学校の名前言った時妙な反応
してましたよ? なんだかすっごく驚いて、それにその、何でか『ティーナって
言う子が居る?』とか聞かれてっ! 居るって答えたらなんだか凄くこう、不敵
な笑顔で笑ってましたよっ、其の20歳の女の人ぉっ!」
「……へぇ」
「そりゃ、楽しいわね……」

 焦る沙留斗に対し、beaker達が口を開いた。
 凍えるような怒気を含んで。

「いやそのっ!! あ、あちらさんの勢いがなんだか凄くて……で、ですからそ
の…俺が悪いんじゃ……」

 冷や汗をだらだら流しながら、何故か弁解する様に話し始める沙留斗。
 すると……beakerが朗らかに口を開いた。
 怒気を鬼気に変えつつ。

「そうですか……いやぁ沙留斗。分かってるじゃないですか」
「な、何を……ですか?」
「自分が悪いって。そりゃぁ、そうよねぇ……好き好んで、わざわざ、第二購買
部のライバルになる様な店を、連れて来てくれたんだしねぇ」
「はぅぅっ!!」
「いやぁ、有りがたいですねぇ、好恵さん……わざわざ、第二購買部の売り上げ
を下げて下さるライバルを連れて来てくれるとは…沙留斗もなかなかに気が効き
ますよねぇ」
「そうよねぇ、beaker…思わずお礼とかしたくなっちゃうわよねぇ」
「ぁ……いや……さ、さっきの約束はぁ…?」
『却下』

 泣きそうなくらいに脅える彼に対し、坂下とbeakerはきっぱりと言いきった。
 beakerは銃を手にして弾を調べ、坂下はナックルガードを付け始めてたりする。
 そしてじりじりと逃げ出そうとする沙留斗の退路を、断った。

「沙留斗、給料カットは取りあえずしないで置きますよ、有りがたく思って下さ
いね、ただし」
「それ相応の落とし前は、付けてもらうからねぇ」
「お、落とし前……とは、な、何でしょうか……?」

 顔面蒼白になり、聞きたくない疑問を聞いてしまう沙留斗。
 そんな彼に2人は、ニヤリ…と獲物を見据える狩人のような視線を向けた。

「裏切り行為は……(チャキ)」
「死を持って……(ギュッ)」
「たぁ、たす……」

『償えこのアホォォォォォォォォッ!!!』
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 叫びとともに、無数の銃声と打撃音、そして沙留斗の絶叫が当たりに響いた。

 其の後の昼休み、何故か第二購買部の床には塵が散乱していたという。