>5月23日。 午前11時3分。 誌立Leaf学園第二購買部私室。 初代beaker。 『――で、折っちゃったわけですか』 「君の頼みは、確か”あの刀の回収“であって、無事に、とは一言も言ってないのじゃな いか?」 『いや、でもですね、先生』 「そもそも、何であんな刀を打ったんだ? それが、儂には解からんのだがね?」 『それはですね、先生。面白い鉄だったからですよ、あの鉄は。打って見たら水が染み出 るので、”水呼(すいこ)“って、銘にしてですね』 「面白いって……確か、鬼騒動の時に、多数の死に掛けた兵士が、逃げ込んだ湖の底で取 れたんじゃろ? あそこは、死体漁りの野党やら、追い掛けて来た鬼やらで死人だらけだ ったちゅー話だったと思うが」 『あぁ〜それで、やたらと刀やら鎧やらの残骸が落ちてたのか。ははぁ、そう言えば人骨 も結構在ったなぁ』 この台詞を聞き、初代beakerは思わず手にした受話器を見つめて黙り込んでしまった。 「君、知らんかったのか?」 『ええ、まったく』 「……何でも、その時の兵士達は、鬼の妖力で火攻めに遭ったとか。その時酷い火傷を受 けた兵士とかが逃げ込んでるんじゃからなぁ。それに、追い剥ぎを返り討ちにしたり、殺 されたりと、当然あっただろうしのぉ。そりゃあ、あぁもなるか……」 『いやぁ〜ははっ、それだけ僕の腕が良いって事ですかねぇ』 「……長瀬源二郎君。ちゃんと作った物には責任を持つように」 『はい、先生。それでは、また何かありましたら電話させていただきますね。では――』 プツッ。 ツーツーツー……。 「ありゃー……まだ何かしでかしておるな。まったく……」 かつて受け持った生徒の、長い顔を思い浮かべながら苦笑いと共に受話器を置く。 「さて、お手伝いをした孫に少々ご褒美でもやろうかのぉ。あぁっと、勇者の嬢ちゃん達 にもか。何をやるかの……っと」 そう呟きながら、初代beakerは私室を後にした。 >5月23日。 午前11時49分。 隆山市郊外某所。 研究員達。 「――以上が、この件について、48(フォーエイト)からの報告です」 言い終えて、白衣の男は眼前の、同じく白衣を纏った壮齢の男に一礼した。 「なるほど。では、被害者及び、加害者にこの件についての記憶は一切ないのだな?」 「はい。報告によるならば、被害者が負った傷も跡形もなくなっており、更に治療を受け た跡すらも存在しなかった、と言う事です。そして、被害者の”消失“と言う形により、 この件による、警察の調査も打ち切りとなった模様です」 「ふむ……実に興味深い素材だ。が……あれでは、完全に機能を失っているだろうな」 そう言いながら、ちらりと男は会議用のテーブルに置かれたモニターに視線を送る。 そこには、ティリアが手にしたフィルスソードで黒い刃を断ち折る様子が映し出されて いた。 「彼女達は、何者なのでしょうか? あの様な力は見た事がありません」 男は微かな驚きと、そして強い好奇心をその瞳に映し壮齢の男と同じようにモニターを 見つめた。 「さて……ね。それも、48に頼むとしよう。ご苦労だった。もう作業に戻ってくれ」 「はい。では、私はこれで」 男はそう言うと、壮齢の男に一礼し部屋を後にした。 男が去ってしばらくして、 「……まったく、ご苦労な事だ」 壮齢の男は呟くように言うと、モニターの電源を消した。 >5月23日。 午後12時39分。 試立Leaf学園リネット棟裏手。 ジン・ジャザム。 学生服に鋼鉄を身に纏い、自己主張の激しい髪型。 そして、多機能ゴーグル。 それが、彼――ジン・ジャザムの基本スタイルだった。 (なんか……寝みぃな。ちぃと昼寝でもするか。さぁて、ここなら誰にも邪魔――) ”それ“に出くわしたのは、欠伸混じりに、そんな事を考えながらリネット棟の角を曲 がった時だった。 「おいおいおい、またまたそうやって丸くなるのかよ、ダッセェ〜」 「ほらほら、カメさん出ておいでぇ〜ッ」 「オラッ! つまんねーぞ! たまには、なンかしてみろってのッ!」 ジンが出くわしたのは、いわゆる『虐めの現場』と言う奴であった。 いつもの彼なら、こう言う場面に出くわせば問答無用で虐めている側をぶん殴るところ だが、その時の彼は少し違っていた。 彼は、棟の角で少年達が、気弱そうな少年を殴り、蹴り、嘲るところをじっと見つめて いた。 やがて、少年達が気弱そうな少年一人を残し去ったところで、彼はようやく動く。 ずかずかと大股で歩いて近づくと、 「よう。見てたぜ」 そう、不機嫌そうにジンは、よろよろと立ち上がった少年に言う。 「えっ……?」 気弱そうな少年は、急に声を掛けられた事と、そしてジンの不機嫌を隠そうともしない 物言いに、動揺を隠せないようだった。 そして、そんな少年にジンは拳を無言で、そしていきなり繰り出す。 ガッ。 「うわっ!」 少年は、いきなりな事とそしてジンのあまりの拳の威力に吹き飛ばされ、ごろごろと地 面を転がって行った。 「……痛ぇか?」 ジンはゆっくりと少年に近づきながら静かに、そう尋ねる。 「……あっ、あっ、うぅあぁ……」 少年は突然の事にパニックを起こし、ジンの言葉に答える事が出来ない。 だが、ジンは尚も少年に尋ねる。 「……痛ぇか?」 「う、ううぅ……い、痛いです」 少年は、これ以上殴られたくない思いで、素直にジンの言葉に答えた。 「なら、何故言わねぇ」 「……えっ?」 「俺じぇねぇ。奴らにだ」 「……で、でも、言ったら、言ったで……」 「また、殴られる……か?」 ジンの言葉に、少年は静かに頷いた。 「……だったら、お前と同じ思いをさせてやれ」 「えっ?! む、無理ですよ、だって、あ、相手は3人もいるし……」 「……やってみたのか?」 「えっ? いや、やってませんけど……でも――」 「そんな事はどうでもいい! やってないんだな!?」 少年の言葉を遮って、ジンの一喝が棟の裏に響く。 「は、はい……やってません……」 「なら、やれ」 「えっ、で、でも!」 「バカ野郎! そんなんだから、舐められんだよ! いいか、奴らはお前を舐めきってい る。そう言う輩(やから)を黙らせる方法は一つ!」 「そ、それは……?!」 ジンの言葉をじっと、期待の眼差しで少年は待つ。 やがて、口を開いたジンは、 「俺にチョッカイ出すと、面倒な事になるぞ、って思わせるんだよ。そうすりゃーあの程 度の奴らは、すぐにちょっかいを出さなくなる」 と、少年の眼を見ながら言った。 「……僕に、できるんですか?」 「できるか? じゃねぇよ。やるんだ。いいか……力で負けても、心が折れなきゃそれは、 負けじゃねぇ。強さは、力じゃねぇんだ。最後にモノ言うのは、ここだ」 そう言いながら、その鉄の拳を少年の胸にとん、と当てる。 「……じゃあな、俺はもう行くぜ」 「…………」 少年は、ただ無言で去って行くジンの後姿を見つめていた。 (さて……こっからは、いつもの俺だ!) 瞳を金色に変貌させ、ジンは先程の3人を探し、歩き出す。 一回殴らないと、収まらない。 これこそが、ジン。 ジン・ジャザムであった。 >5月23日。 午後12時46分。 試立Leaf学園中庭。 神岸 あかり。 「浩之ちゃ〜ん。もぉ、一緒にお弁当食べようって、言ってたのに……」 ちょと不機嫌そうに言いながら、セミロングの赤い髪にリボンをした少女――神岸(か みぎし)あかりは、中庭をきょろきょろと見廻した。 お昼時とそして晴れている事もあり、辺りには人が大勢いる。 その中を縫うようにして探していると、やがて人もまばらな方へと来てしまった。 (さすがに、こっちにはいないか。よし、戻ろう) 辺りに、浩之の姿が見えない事を確認すると、あかりはもう一度中庭の方を探す為に戻 ろうとした。 その時。 「あっ、大丈夫?」 あかりは、ふらふらと歩いて来る少年に気が付き、慌てて少年に駆け寄った。 「……えっ? あっ」 「あっ、血が出てるよ。えっと……これ」 何故か、驚いた顔でこちらを見ている少年に、あかりはスカートのポケットから取り出 した、クマがプリントされたハンカチを取り出し、少年の傷口にそっと当てた。 「あっ」 「あっ、ごめんね。痛かった……かな?」 「い、いえ。あの、ありがとうございます」 「うん。あっ、でもちゃんと保健室行った方がいいよ」 「はい、これからいきます」 そうあかりに答え、少年はゆっくりと保健室の方へと歩き出す。 「一緒に行かなくて、大丈夫?」 「はい、平気です。あっ……これ、洗って返しますから」 「うん。あっ、引き止めてごめんね」 「いえ。ありがとうございました」 小さく礼をすると、少年はまた保健室へと歩き出した。 「大丈夫かな?」 あかりは、心配そうな顔で、少年が無事に棟の中へと入るまで、少し寂しげな少年の姿 を見つめる。 やがて、無事に少年の姿が見えなくなると、 「いっけない! 浩之ちゃん探さないと」 やや急ぎ足で歩き出した。 >5月23日。 午後4時51分。 試立Leaf学園リズエル棟科学部部室。 気弱な少年。 「……こ、ここか」 放課後の科学部部室の前に、気弱そうな少年がいた。 その少年は、何処か思い詰めた表情で、科学部部室の前に立っている。 (色々考えたけど、や、やっぱり……) 少年は、昼休みの出来事を思い出していた。 ジンに殴られ、そして言われた事。 仄かに憧れていた人に優しくされた事。 そして、また考える。 最近になってからずっと気に掛かっている言葉。 力と強さ。 自分には力がない。 だから虐められるんだと、そう思っていた。 だが、それは違う。 力は必ずしも強さではない。 誰かが、そう教えてくれた。 そして、その誰かは自分を強いと言ってくれもした。 でも、正直少年にはまだ良く理解できていなかった。 「それでも……あの人を見ていれば、それがわかるかも知れない」 そう思い、ここに今自分はいる。 それをもう一度自分に言い聞かせるように呟くと、少年は科学部の扉を開き、 「すみません。入部したいんですか。あの……僕は、koseki。kosekiと言います」 科学部部室へと入った。 それは、小さな一歩だが気弱な少年――kosekiが強くなる為に自分で踏み出した、確か な一歩だった。 誌立Leaf学園の私闘 「力と強さ」 了。