「美味しぃ〜〜っ!」 ここ、試立Leaf学園の放課後の家庭科室で、私――隆雨(たかさめ)ひづき――は (恐らく幸せそうな顔で)そう言わずには、いられなかった。 それは何故か? それはもちろん決まっている。美味しいものを、たとえ試食とい えども食べさせてもらい、そう言わずにいられるワケが無いからだ! …はっ! 思わず熱くなってしまった。 私は食べ物の話になると、ついつい夢中になってしまう。私にとって、食べる事は 幸せに繋がる。しかも、その幸せの一時を美味しさで彩ってくれる…そんな料理を口 にしたならば、私は「美味しい」と言わずにはいられなかった。 …あっと、また話がそれてしまった。 …つまり、今我がお料理研究会同好会は、部活動中なのだ! <L学園の転校生―ひづきがんばる!―ステップ2> 「そ、そう? そう言ってもらえると嬉しいけど…」 私の台詞に、このクラブの部長であるショートカットに黄色のへアバンドをし、整 った顔立ちの、柏木梓ちゃん――本当は先輩だから”ちゃん”なんて呼んだらいけな い、と思うんだけど、私は何故かそう呼んでる――は、照れたように頬を指で掻いた。 梓ちゃんは学園の三年生で、私の片想いの相手である柏木耕一さんとは従妹の関係。 それで色々訊いてみたところ、何と! 耕一さんが初恋の相手だったらしく、私が耕 一さんを好きだと言うと、それ以来何かと相談に乗ってくれたり、耕一さんが幼い頃 の話をしてくれたりと、何かとお世話になっている。 …実は、料理もできて私の目から見ても綺麗な梓ちゃんは、密かに私の目標でもあ ったりする…。 梓ちゃんは私にとって、そんな先輩だ。 「さっ、あとは煮込むだけっと。…そうだ、ひづき。待ってる時間になにか料理を教 えてやろっか?」 「本当?! やったっ! …何がいいかな? う〜ん…。じゃあ、簡単にできるもの がいい…かな!」 「簡単なもの…ねぇ。何がいいかな? う〜ん…取り合えず、準備しといてくれる?」 「了解!」 私は、梓ちゃんの申し出に嬉々としてそう応えると、制服の袖を捲り直して料理を する準備に取りかかった。 「うん。美味しいよ、川越さん」 「本当ですか? うわ〜い! ありがとうございます、神岸先輩☆ うまくできてた よ〜、電芹☆」 「良かったですね、たけるさん」 そんな声に、ふと見るとそこでは、セミロングに黄色のリボンがワンポイントの優 しげな顔立ちの1年先輩のあかりちゃん――本当は彼女、神岸あかりちゃんも先輩だ から”さん”付けで呼ばないといけないんだけど、またも私は”ちゃん”付けで呼ん でいる――が、小皿にすくったスープを味見していた。 何故ちゃん付けで呼ぶのか? と訊かれたら…何となく、としか言えない。これは 多分、私の性分なのだろう。 と、話を戻さないと…。あかりちゃんは、とても気さくで面倒見も良く、とても丁 寧に料理を教えてくれる。だから、後輩の私たちはあかりちゃんをすごく慕っていた。 そして、どうやら料理を見てもらっていたらしい黒く長い髪をピンで留め上げた、 ちょっと幼い感じのする、川越たけるちゃんと、いつもたけるちゃんと一緒の、恥ず かしがりやな、セリオ型のHM(ホームメイド)の電芹(これは通称らしい)ちゃんが、 たけるちゃんと一緒に喜んでいる姿が見えた。 ちなみに、学年は私と同じ一年生だ。 この二人(私はHMも人間と変わらないと思っている)は、本当に仲が良いと思う。 始めて会った時、私は外見はまったく違うのに、この二人を姉妹だと思った。 そして、「二人は姉妹なの?」と、思わず尋ねてしまった時の、たけるちゃんの屈 託無い笑いと、そしてとても嬉しそうに微笑んだ電芹ちゃんの顔を今でも覚えている。 「こらっ。ひづき、早く準備しなって。時間そんなにないよ」 おっと、いけない。そう言えば準備中だったんだっけ。 「はぁ〜い! ごめんね、梓ちゃん」 私は舌を出しながら、梓ちゃんに謝った。 「ほんとに…ま、解ったんならいいさ」 そう言う梓ちゃんの顔は、何処か諦めたようで、それでいて可笑しそうだった。 私は、手を洗い直し、必要な調具を用意すると、梓ちゃんを呼んだ。 「用意できたよ、梓ちゃん」 「ん。解った。え〜っと…忍、これ見といてくれる? あたしは、味オンチに料理 教えるからさ」 「ぶぅ〜…どうせ私は味オンチよ!」 私は、むくれたフリをして、梓ちゃんに応えた。 梓ちゃんの言った事は、どうやら本当らしい。が、何故か私は自分の料理にだけそ うなる…と言うやっかいな味覚をしているらしい。おまけに、私は見た目だけはほぼ 完璧に出来上がるので、物凄く性質が悪いそうだ。 …どうしてなんだろう?? 「解りました…」 そう言って今のところ、このクラブ唯一の男子部員である、ちょっと長めの黒髪で、 見方によっては女の子にも見えるかもしれない、梓ちゃんと同じく三年生の忍くん― ―やはり、私はくん付けで呼んでいる――が、淡々とした感じで、梓ちゃんに応える と、お鍋の前に移動した。 私は、忍くんが少し苦手だ。忍くんは、容姿も良いし、性格も良い方だと思う。で も…何と言うか、忍くんを纏う暗い雰囲気が苦手なのだ。 前に梓ちゃんにちょっと訊いて見たところ、忍くんがああなったのは、過去に辛い 事を経験しているかららしい。 正直言って、私は忍くんがどんなに辛い目にあったのか解らない。でも、せめて微 笑んでいて欲しいと思う。そう、どんなに辛い過去(こと)だって、現実(いま)に は決して代えられない、大切な宝物(もの)だと思うから…。 と、思っているんだけど…私は未だに言えずにいる。この言葉は私では無く、忍く んと一緒に歩けるような人が言うべき事のような気がするからだ。 まあ、私に出来る事は、ここにいる間くらい和ませて上げる事くらいだろう…なん て、ちょっとおこがましいか。 等と、そんな事を考えていると梓ちゃんが、 「さっ、ちゃっちゃといくよ! ついてこれないと知らないよ」 と言いながら、料理を作り始めたのだった。私は、それを見ると慌てて、 「ちょ、ちょっと待って! え、え〜っと、メモ、メモはっと〜…」 と、待つようにお願いしたが、梓ちゃんはいたずらっ子な笑みを顔にに浮かべただ けで、手を休めようとはしなかった。 「ははっ、訊こえない、訊こえな〜い」 「もう! 梓ちゃんのいじわる!」 「ほらほら、無駄口叩いてる暇があったら、手を動かす」 「あっ、とっ…もうッ! いじわる」 私は膨れっ面で梓ちゃんに言う。そんな私達のやり取りを見ていたらしく、いつし か家庭科室に皆の笑い声が響いた。暖かく、穏やかな空気の中、いつしか私も皆と同 じように笑顔で笑っていた。 それからしばらく経った後、出来上がった私の料理は…くすん…。 「じゃあね!」 「それじゃあ!」 「さようなら…」 「また明日!」 紅い夕日がもうそろそろ見えなくなるころ、私達のクラブ活動は終わりを告げた。 皆それぞれ思い思いの挨拶で別れを告げる。 私は、この瞬間、とても寂しく感じられる。わずかな名残とともに終わりを告げる この瞬間に…。 皆にはそれぞれの現実(せいかつ)があり、私には私の現実がある。頭では解って いるものの、やっぱりこの瞬間は…寂しい。この学園は毎日がお祭りのようで、とて も賑やかで楽しくて…そして…。 考えてみれば、不思議だと思う。それぞれの現実を生きている皆と、私の現実が学 園と言う形で共有されているのだから。それは私にとても素敵な事を与えてくれ…そ して、もの悲しさも与えてくれる…。 私は、しばらくの間、そんな事を考えながら校舎を眺めていた。 (さて、こうしててもしょうがないかッ。さ、帰ろっと) そう思い、歩き出そうとしたそのとき、 「あれ? ひづきちゃんか。どうしたんだ、こんなところで突っ立って」 「あっ…」 そう言って私に声をかけてきた人は、私の憧れであり、大好きな人だった。そう、そ の人は…。 「耕一さん。今…帰るところなんですか?」 「えっ? ああっ、今日は寄らせてもらおうかと思ってさ」 「そうなんですかッ?」 「うん。ひづきちゃんも帰るところなの? だったら、一緒に行こうか?」 「はいッ、そうしましょうか」 そう言って、私達は歩き出した。星が夜空に見え始める中、色々な事を話しながら歩 いて行く。私の話を笑顔で訊いてくれる…そんなちょっとした事で、私の心は不思議な 暖かさで一杯になる。 私は、この人――柏木耕一さんに恋をしている。どうして好きになったのかは、正直 に言って解らない。でも、それで良いと思う。でも…私は、耕一さんの眼差しにひかれ たのは、はっきりと自覚できる。あの、とても優しい眼差しに…。 今も、耕一さんは、私に優しげな眼差しを見せてくれている。でも…それは、多分知 り合いの生徒、と言う理由が一番強いだろう。梓ちゃんや、家族の人に向けるときの眼 差しとは…やっぱり違う。 そう、私にはその違いが解ってしまう…。そう思うと、私はいつも悲しくなる。 …でも…。 「どうかした? ひづきちゃん」 私が、急に黙ったので、心配してくれたのか、耕一さんがそう尋ねてくる。私は、す ぐに笑顔を浮かべると、 「なんでもないですッ! さ、早く行きましょ☆」 癖であるウインクしながらそう言うと、私は耕一さんの先に立って歩き出した。そう、 まだ焦る事はないと思う。この気持ちをゆっくりと育てて行けば良いと思う。何故なら、 今日が終わっても明日があるから。そして、いつかはきっと…。 隆雨ひづきは、がんばります! <L学園の転校生―ひづきがんばる!―ステップ3へつづく☆>