Lメモ・テニス大会エントリーしま〜すッ! 投稿者:セリス
  ガラッ!!


「男女混合テニス大会の話、聞きました?!」
「…いきなりだなディアルト君。部屋に入るときは、普通『失礼します』などと言うものじゃないか?」
 入り口のドアを開けるなり口火を切ったディアルトへ、セリスはややうんざりしたような言葉を返した。
 何か書き留めていた書類から目を上げ、出入り口に立つディアルトへ視線を向ける。
 しかしディアルトはお構いなしに足を進めると、自分が入ってきた部屋――ジャッジ本部を見回した。
「あれ? セリスさんしかいないんですか?」
「ああ。他のみんなは巡回に行ってるよ」
「へぇ〜…。でも、校内では誰にも会いませんでした。
 みんな揃っていなくなるのも珍しいですね。
 うちも今や結構な大所帯なのに」
「ははは…。たまにはこういう事もあるのさ」
 そう言って笑うセリスだが、その笑みはどこかぎこちない。
 ディアルトはめざとくそれを見抜く。
「どうかしました?」
「みんながどこに行っているのか、教えてあげようか?」
「…? 校内の巡回じゃないんですか?」
「これを読んでみよう」
 セリスが差し出したのは、一枚のチラシ。
 受け取るまでもなく、内容を見て取ることができた。
 チラシの真ん中にデカデカと

『ピザ食べ放題、お一人様千円!
 本日限り!
 〜喫茶店エコーズ〜』

との文字が踊っていたからだ。
「もう良いです。分かりました」
「いーや良くない! こうなったら君には、
『誰が留守番するか選手権』で繰り広げられた熱闘あみだくじバトルの話を、延々三時間に渡って
超スペクタクルロマン調に仕立て上げ、とっくりと話してあげよう!」
「え、遠慮しときます」
「まぁそう気を使うことはない。
 どうせ彼等はあと三時間は帰ってこない、時間はたっぷりあるんだ」
「い、いえ…」
 何とか逃れようとするディアルトだが、そうは問屋…じゃなくセリスが卸さない。
 憂さ晴らしの格好の標的を易々と逃がすほど彼は甘くないのだ。
「あ…そ、そう!
 選手権と言えば、テニスの選手権があるんですよ!!」
 一方のディアルトは、なんとか話を逸らそうと懸命に抵抗を続ける。
 ここで捕まれば、彼の青春の貴重な一ページはセリスの愚痴で埋め尽くされてしまうだけに必死だ。
「テニス?」
「そう、男女混合テニス大会があるんです! 混合です混合!」
 だからどうしたと言わんばかりのセリスの言葉を無理矢理遮る。
「ふむ、男女混合…」
「そうなんです! 暗躍生徒会主催のテニス大会ですよ!
 だからセリスさんマルチと一緒に出場したらどうですか?!
 きっと優勝できますよ、ええ間違いありませんジャッジボス直々とあらばもう…!」
「暗躍生徒会?!」
 その言葉を聞いた途端、セリスの表情が一変した。
 後輩をからかって遊ぶ先輩から、学園を守るジャッジのリーダーとしての顔になる。
「暗躍生徒会絡みか…」
「あ、あの…セリスさん?」
 あまりの豹変ぶりに驚きながらも、控えめに声をかけるディアルト。
 しかしセリスの耳にはもはや届いていないようだ。
「暗躍生徒会か…奴等、今度は何を…」
 ひたすら思考を巡らせ、最善の策を模索する。
「……………」
 手持ちぶさたになったディアルトは、先のチラシを手に取ってみた。
「ピザ食べ放題が千円…確かに安い。
 私も行きたかったなぁ、待っててくれてもいいのに。
 …ん?」
 その時ディアルトは、ある事を思い出した。
 そしてそれを確認すべく、その事実についてもっとも詳しいと思われるセリスに向き直る。
「セリスさん」
「………暗躍生徒会か…これは放置してはおけないな…」
「セリスさん!」
「…むむむ…」
「…はぁ」
 軽く息を吐くと、
「セリスさん。マルチのことなんですが」
「ん、マルチがどうかしたのかい?」
 今度は即座に反応する。
 ディアルトはその変わり身の早さに内心ため息を吐きつつ、次の言葉を口にした。
「みんなこのピザを食べに行ったんですか?」
「ああ。まったく…12人であみだくじをやって当たりを引く確率なんて、10%以下だぞ。
 どうしてわざわざ当たりを引いてしまうかな、ぼくは…」
「12人?
 そんなにいたんですか?」
「ああ。
 ぼく、マルチ、信、ひなた、冬月、貴姫さん、SOS君、瑞穂さん、桂木さん、吉田さん、美加香、綾波さん。
 これだけ大勢でやってどうして外れるんだか」
「え、マルチもですか?
 でもピザを食べられないんじゃ…」
「マルチはロボットだけど、みんなと一緒にピザ屋に行って楽しくワイワイ盛り上がることはできるだろ?
 ピザを食べることはできないけれど、それ以外の面ではぼく達となんら変わらないだから」
「…そうでした。
 すみません、メイドロボだと言うことで、無意識の内に…」
「はは、いいよ。
 ぼくに謝ることでもないだろ?
 今後気をつければすむことさ」
「…はい、そうですね」
 ディアルトは頷きつつ、密かに感心していた。
 今までセリスを、ただ単にマルチマルチと連呼するだけの人間だと見ていた節もあったのだ。
「…で、マルチがどうしたんだ?」
「あ、はい。
 マルチもピザ屋に行ったのかな、と思ったんですけど…余計な勘ぐりでしたね」
「そうでもないさ。
 何にでも疑問を持つのは良いことだ。
 …まぁ今回の件に限って言えば、確かにいらない考えではあったけどね」
 そう言って、セリスは軽く笑った。
「さて、ぼくは書類整理に戻るけど、君はどうする?
 留守番役は一人で十分だから、何かあるなら行っていいよ。
 なんなら、今からピザを食べに行っても良い」
「いえ、私も特に用事はありませんから。
 付き合いますよ、セリスさん。
 一人では何かと不便でしょう」
「そうかい? それじゃ、この書類を校長室まで届けてくれないか。
 急ぎの書状ではないけれど、早ければ早いほどいいからね」
「はい、分かりました。
 すぐ行ってきます」
 セリスが差し出した書類を受け取ったディアルトは、ふと思いついたように尋ねた。
「…ところで、何の書類なんです、これ?」
「来期の予算案と新型情報機器購入の承認請願書さ」
「…行ってきます」
 ディアルトはそういった事に口を出す気はなかった。
 来たときと同じように出入り口を通り、校長室へ向かう。
「………」
 それを見送ったセリスも、無言で再び書類に目を落とした。
 程なくして、


  ガラッ。


「ただいま戻りましたぁ〜」
 ドアの開く音と共に、元気のいい挨拶の声が聞こえた。
「…早かったね」
 書類を読みながら答える。
「はい、私はピザ屋さんには行きませんでしたから」
 その言葉に違和感を感じ、ふと視線を上げたセリスは驚いた。
「ま、マルチ?」
「はいっ、マルチです〜」
「どうして、マルチがここに?
 エコーズに行ったんじゃなかったの?」
「はい、みなさんも一緒に行こうと言って下さったんですけど…。
 私はピザを食べることが出来ませんし、セリスさんお一人にお留守番をお願いしたくはなかったんです。
 ですから、私は校門のところでお別れしてきました。
 そのあと、校内を少し掃除しながら帰ってきたので、遅くなってしまいました」
 たったそれだけの事を、すごく嬉しそうに話すマルチ。
 一生に一度の幸運にでも出会ったかのように。
 セリスもまた嬉しかった。
 マルチが自分の事を気遣い、皆の誘いを断ってまで帰ってきてくれたのだ。
 彼にとって、これに勝る喜びはなかった。
「ども〜、行ってきました〜」
 その時、ディアルトが帰ってきた。
「あれ? どうしてマルチがここに?」
 セリスと全く同じ疑問を口にする。
「あはは…、ちょっと早めに帰って来たんだよ。
 ね、マルチ?」
「はいっ。
 皆さんは今頃、ピザ屋さんにいらっしゃると思います」
「ふ〜ん…まぁ別に良いですけど」
 ディアルトが入ってきたとき、セリスの頭がピンと閃いた。
「ちょっと待てよ。
 ディアルト、さっきのテニス大会、暗躍生徒会主催だって言ってたな?」
「え? ええ、まぁ。
 広告にはそう書いてありましたが…それが何か?」
「ふ〜む…よし、ぼくもマルチとペアを組んで出場する」
「…は?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔、とはこういう物を言うんだろう。
 今のディアルトの顔を見たら、百人が百人そう思うに違いない。
「あの…今何と言われました?」
「ぼくとマルチでペアを組んで出場する。そう言ったんだ」
「ほ、本気ですか?」
「もちろん。さっき、君も薦めていたじゃないか」
「いや、アレは言葉のアヤってヤツで…ちゃんと聞いていたんですね、あの言葉」
 妙にあたふたするディアルト。
 一方のマルチは分かっているのかいないのか、ただにこにこ笑っているだけだ。
「え、と…セリスさんと私とで、何に出場されるんですか?」
「テニス大会さ。マルチ、テニスって分かるだろ?」
「はい。実際にやってみたことはないんですけど、知識としてなら…」
「オッケーオッケー、それで十分さ。よし、早速エントリー申し込みに行こう」
「はい」
 言うが早いか本部を出ようとする二人。
「ちょ、ちょっと待って!」
 ディアルトが慌てて呼び止める。
「なんだい?」
「あの、本当に出るつもりなんですか?」
「もちろん。エントリーするのに何か資格が必要と言うこともないだろう」
「でも、…勝ち目があるとは思えませんよ?
 マルチの運動性能は、決して高いとは言えませんし…」
 セリスの真意を探るように、恐る恐る口を開く。
 マルチの事で失言してしまった直後だけに、同じ轍を踏むのを避けているようだ。
「なに、心配するな。マルチの分ぼくが頑張れば済むだけの話だ」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
 生真面目にぺこりを頭を下げるマルチ。
「良いんだって。それよりディアルト、話はそれだけかい?」
「え、あ、はい…」
「そうか。それじゃ、しばらく留守番を頼む。
 エントリーしたらすぐ戻るから」
「行ってきますね、ディアルトさん」
「あ、は、はい…、行ってらっしゃい…」
 半ば茫然自失といったディアルトを残し、セリスとマルチは暗躍生徒会へと向かっていった……。



 同日中にエントリーは受理。
 セリス・マルチペアの出場が確定した。