L学園の長い日 セリス編 投稿者:セリス
「さて、まずはジンがどこにいるかだが…」
ジャッジ本部を出たセリスは、腕を組み、側を歩いているマルチを見た。
「マルチ、心当たりは…あるはずないよね。ずっとぼくと一緒にいたんだから」
「はい…。すみません、お役に立てなくて…」
セリスのつぶやきに対し、生真面目に謝るマルチ。
「ああ、いいんだよ、ごめん。気にしなくていいよ」
慌てて謝るセリス。
「…とりあえず、さっき多くの人が倒れていたところへ行ってみよう。他に当てもないしね」
「はい、わかりました」
マルチは素直に頷く。
そのまましばらく歩くうち、程なく倒れ伏している生徒が目に入ってきた。
もちろん、ただ倒れているわけではない。
皆ことごとく負傷しており、その苦痛で倒れているのだ。
床には血溜まりが点々と連なっている。
「…何度見てもひどい光景だ…。くそっ、ジン…どういうつもりなんだ?! 事と次第によっては、
お前でも許さない!!」
激しい憤りにかられたセリスはそのまま歩を進めようとしたが、マルチは動かない。
傷つき、うめき声を上げている生徒達を見つめている。
「…マルチ? どうかした?」
「皆さんを手当してあげなくて…いいんですか?」
セリスの問いに対し、返ってきたのは、マルチの悲しげな瞳だった。
「あ、ああ…、そうだった…。ごめん、マルチ。事態の異常さに気をとられすぎていた。
ぼく達ジャッジは「正義を守る」ための組織だからね。負傷者の手当も、当然の仕事だ」
言いながらセリスは一瞬両の手の平に意識を集中させると、
「SS不敗流・白陽!」
言葉と同時に両手を上にかざした。
セリスの上方に白い球形の物体が一瞬出現し、そして弾ける。
バラバラとなった白光は、辺り一帯で苦しんでいた生徒達に降り注ぎ、傷を癒やした。
「わぁ、セリスさん、お見事ですぅ〜!」
「いやいや、これくらいなんでもないよ」
無邪気な笑顔を浮かべて拍手するマルチに、照れたように頭をかくセリス。
一瞬和やかな空気に包まれるが、すぐに厳しい表情を戻す。
「マルチ。ぼく達には、情報が決定的に不足している。少しこの辺りの人たちに話を聞いてみよう」
「で、でも、その間にも…」
心優しいマルチは、情報収集している間にジンが新たな被害者を出すのではないかと心配しているのだ。
そして、セリスはその事を誰よりもよく分かっている。
「マルチ…。君の心配は分かるが、闇雲に動き回ってもかえって効率が悪くなるだけだ。だから、
その気持ちを抑え、まずは情報を…」
「――その必要はありません」
「…え?」
突然背後から聞こえてきた声に、セリスが振り向くと…。
「Dマルチ! どうしてここに?!」
そこには来栖川警備チーム、Dセリオ、Dマルチ、へーのきの三人がいた。
「――一応、私達もいるんですが」
「Dマルチの名前だけですか?」
揃ってジト目でセリスを見る。
「あ、いや、発言したのはDマルチだろ? だから、つい…」
「………セリスさん」
しどろもどろに言い訳するセリスと、それを見つめるマルチ。
「そ、そんなことはどうでもいい! 今は非常時なんだ、こんなことで時間を潰している暇はない!」
「――誤魔化しましたね」
「うるさい。…で、警備保障チームは、この事態に対していかなる策を?」
「――いえ、私達は学園の警邏を行っているんです」
セリスの言葉にDセリオが答える。
「警邏って…、この状況で学校をうろつくだけなのか? たくさんの負傷者が出てるんだ!」
「――私達の任務は、学校を守ることです」
涼しい顔で答えるDセリオ。
「てっ…てめぇ! よくそれで「警備保障」なんて…」
「まぁまぁ、セリスさん…」
思わず激昂し、Dセリオにつかみかかるセリスを止めたのは、へーのき。
「あれがDセリオ流の言い方なんです。学校を守ることがDセリオの大義なんです。だから、
ああ言ってはいますが、実際はこの事件を何とか解決したいと思ってるですよ」
「…本当か? 君がそう言うのなら、そうなのかもしれないが…」
「もちろんです。そのために、オレ達警備チームを集合させたんですから」
「…そうか。興奮してすまなかった。ジンの事で頭に血が上りすぎていたようだ」
「いえいえ、お気になさらずに」
謝罪するセリスににこやかに微笑み返すへーのき。
「…Dマルチ。必要がないって、どういうことなんだ? 今ぼく達にはジンを探すための情報が
必要なんだが」
「――ジンさんの現在位置は、ジャッジ本部からの吉田さん・桂木さんからの通信連絡により
私が把握しています」
「…あ、そうか、あの二人がいたんだっけ…。…しまったな、通信機器を持って来るんだった」
「――私が方向を指示します。そちらへ向かって下さい」
「オーケー、Dマルチ。頼りにしてるぜ」
セリスはDマルチに軽くウィンクした。
「あ、でもDセリオとへーのきさんはどうするんだ?」
「ちょうどオレ達もジンさんを追っていたところなんです。な、Dセリオ?」
「――私はあくまで警邏の途中です。その際、ジンさんが校舎を破壊しているような事があれば、
彼を止めます」
へーのきの言葉に、やはり平然と答えるDセリオ。
「なるほどね。じゃあ、一緒に行動しよう。お互いの目的は一致していることだし」
「…利害の一致だけですか?」
ちゃかすようにへーのきが言う。
「ば、バカ。他に何があるってんだよ。ぼくだって、TPOはわきまえているつもりだ」
「へぇ…じゃあ普段は『非常時にはとれない行動』をしているって、自覚しているんですね」
「…言ってろ」
セリスはマルチに視線を戻すと、
「と言うわけだ、マルチ。ここからは彼等と共に行こう」
「………」
セリスの言葉も聞こえないのか、マルチは下を向いている。
「マルチ? どうかした?」
「…あっ、は、はい、すみません」
顔を上げにっこりと笑うマルチは、いつものマルチだった。
「…? じゃ、行こう、マルチ」
少し気になったが、とりあえず今は現状をなんとかするのが先だ。
そう思ったセリスは、深く追求もせずに話を打ち切った。
それは、マルチにとって、ありがたく、そして辛い事だった。
「ところで、Dガーネット、Dボックスはどうしたんだ?」
「――彼等は別行動中です。一団となって動くより、手分けした方が効率がよくなります」
「効率ねぇ…。何の効率なんだか…」
Dマルチと話しながら先を急ぐセリスを、マルチはただ無言で見つめていた。



その頃、ジン。
「ふふふ…。さぁ来いセリス…お前が俺を追ってくるのはわかっている。今こそ、長年の宿縁に
決着をつける時だ…」
つぶやき、右手の爪から滴る鮮血を、ペロリと舐め上げた…。



「…そう言えばDセリオ」
警備隊チームと共に進むセリスが、ふと思い出したようにDセリオを振り向いた。
説明しておくと、彼等の隊列は、Dマルチが先頭となって方向を指示、次いでセリスとマルチ、
後尾がDセリオとへーのきである。
「――何か?」
「DボックスとDガーネットだけじゃ、迷子になっちゃうんじゃないか?」
「――問題ありません」
「問題ありません、って…大丈夫なのか?」
セリスの疑問はもっともである。
Dガーネット、Dボックス、共に情報処理能力はかなり低い。
このような状況下にあってはなおさらであろう。
「――大丈夫です」
「ふーん…それだけ信頼してるってことなのかな?」
いささかも動じないDセリオに、一旦は納得しかけたセリスだったが…。
「…いや、そうでもないんですよ」
セリスの耳に口を寄せ、小さな声で話しかけるへーのき。
「DガーネットとDボックスにコンビを組ませるなんて、無謀もいいところです。
平時のDセリオなら、絶対にそんなことしません」
「は? でも『大丈夫だ』って言ってるけど?」
「だからですよ。Dセリオも焦ってるんです。少しでも早く解決したいから、敢えて二手に
分かれたんです。我々は、ナビゲーション能力があるDマルチを中心に、事態の根源を排除する。
Dガーネット・Dボックス組は、根源以外の悪因排除を目的とする。また、これはオレの想像ですが、
Dセリオは再戦を望んでいるのかもしれません。奴には一度敗れていますから、今度こそ一対一で勝敗を
決したいのかも…」
へーのきは饒舌に語る。
「でも、君達はジンを追っていると言わなかったか?」
「ええ。…というか、何度アクセスしてもジンさん以外のデータはDマルチへ送られてこないんですよ。
それで、ジンさんに実際に会って、話を聞いてみようと思いまして」
「…ふむ…」
セリスは素早く頭を回した。
(…あの時、岩下さん、何か知っているような素振りだったな…。岩下さんが奴と決着をつけるから、
他のメンバーは来るなってことなのか? パートナーの瑞穂さんは情報処理に長けているから、Dマルチへの
データ送信をカットすることなんて容易いだろうし…)
「…スさん、セリスさん…」
服を引っ張られる感覚にセリスが意識を戻すと、マルチが心配そうな顔で見上げていた。
「…ん、ああ、どうしたの、マルチ?」
「いえ…。なんだか考え込んでしまわれたみたいで、どうしたのかな…と思いまして…」
「ああ、ごめん。今は考えるべき時じゃなく、動く時だったね。うん、先を急ごう」
セリスはマルチの頭を軽く撫で、Dマルチに視線を向けた。
「Dマルチ。ジンの居場所はまだ遠いの?」
「――ジンさんは……」

…ドサッ。

答えようとしたDマルチは、そのままの姿勢で廊下に倒れた。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
「Dマルチ?! どうしたんだ、Dマルチ?!」
「Dマルチさんっ!」
「――!」
「Dマルチ?!」
駆け寄ろうとする四人。
だが、彼等とDマルチとを分断するかのように、黒い人影が舞い降りた。
「…俺がやったんだよ。セリス。待ちきれなくてな…迎えにきてやったぜ」
人影――ジンは、真紅に染まった瞳をセリスに向けた。
「きっ…貴様…」
「サウザンド・ミサイル!!」
Dセリオがすかさずジンに攻撃を開始する。

ドグァドグォンドグァンドガァッ………!!

狙いは違わず、ジンにかなりのミサイルが命中したが、無差別攻撃のため、流れ弾も多くでてしまう。
「ば、ばかっ! 校舎内でそんな武器を使ったら…!!」
へーのきが慌ててDセリオを諫め、なんとか校舎全壊は免れる。
だが、あたり一帯は見る影もない。
「Dセリオ、落ち着け。焦っても良いことなんかないぞ」
M.A.フィールドで防御しつつマルチをかばっていたセリスも、フィールドを消す。
「セリスさん、ありがとうございます…」
「いや、いいんだよ。マルチは戦闘用メイドロボじゃないんだから」
ぺこりと頭を下げるマルチに、優しく微笑むセリス。
場所が違えば、心温まる微笑ましい光景と言えただろう。
だが…。
「はッ。どいつもこいつもバカばかりだ。少しは時と場所をわきまえて行動して欲しいもんだぜ」
ミサイルの爆炎が晴れたとき、ジンは前と寸分違わぬ場所に平然と立っていた。
直撃を受けたにもかかわらず、まるでダメージを受けていない。
「ファイナル・ガー…!!」
ジンに構わず、次の攻撃をくりだそうとするDセリオ。
「おいおい、今度は俺の番だぜ。 攻撃より防御すべきだと思うがな」
ジンは一瞬ニヤリと笑い、ふっと消えた。
否、正確にはジャンプしたのだが、そのスピードがあまりに速かったので、消えたように見えたのだ。
Dセリオの視覚センサーはそれを見てはいたのだが、身体の反応がついていかなかった。
完全に、ファイナルガーディアンの隙をとらえていた。
Dセリオのメモリーが最後に記憶したのは、目前にせまったジンの朱に染まった爪だった。


「Dセリオ、Dセリオ、しっかりしろ、Dセリオ!」
へーのきが必死に倒れたDセリオに呼びかけるが、何の反応も返さない。
「Dセリオ!」
「そいつはしぶといから、死んじゃいねぇと思うぜ。ま、俺はDセリオが死のうがどうしようが
構わねぇから、手加減なんぞはしなかったがな」
そんなへーのきを嘲笑するジン。
「…そんな…嘘だろ…Dセリオ…!」
「そんなに心配すんな。すぐにお前も同じところへ送ってやるからよ」
ジンは煽るように言う。
しかし、へーのきは無反応だった。
「…………」
魂が抜けてしまったかのように、全身から生気が感じられない。
「…ちっ、絶対虚無か。反応がないとつまらねぇんだが…まぁとりあえずはこれでも喰らいな!」
そんなへーのきに対しても、無慈悲に振り下ろされるジンの爪の刃。
だが、へーのきが切り裂かれることはなかった。

ガキィン!!

「…いい加減にしろ…ジン……!!」
怒りに燃えたセリスが、霊波刀で爪を受け止めたのだ。
「セリスか。ようやくメインディッシュのお出ましか?」
「………」
ジンのからかい口調にも答えない。
「一つだけ聞くぞ…ジン。何故こんなことをする。ここは、お前にとって故郷と言える学校だろう」
「エルクゥが、その存在意義とも言える欲望を満たすのに、理由など必要ないだろう?」
「…そうか…分かった。決着をつけよう…ジン!」
セリスは霊波刀に力を込め、一気に薙ぎ払う。
ジンは軽くバックステップしてかわすと、右腕の爪を伸ばして襲いかかった。
「…っ、M.A.フィールドッ!!」
セリスは左にかわそうとしたが、咄嗟にM.A.フィールドをはって防御した。

ギィン!!

金属的な音が響き渡る。
(っ、ジン…かなりパワーアップしているな…!)
そんなセリスの思考を読みとったかのように、ジンがニヤリと笑った。
「俺は本来のエルクゥの力に目覚めた…今の俺は史上最強だ。俺に勝てる奴など存在しねぇ!」
セリスに爪による乱舞攻撃を浴びせる。
「…ちぃっ!」
M.A.フィールドは物理攻撃に対して強力な防御力を持っているが、無敵ではない。
ジンの爪による攻撃は、一撃一撃は大した事はないのだが、これだけの乱舞を受けると話は別だ。
また、フィールドの連続発動も不可能。
発動後一分を越えてしまうと、フィールドは消えてしまう。
かと言って、攻撃を回避する事もできない。
今のジンのスピードには、セリスはとても反応しきれない。
さっきの一瞬でそれを判断し、回避からフィールドによる防御へと転じたのだ。
「……ッ…」
セリスは確実に追い込まれていた。
だが、ジンは攻撃の手をゆるめない。
より強く、より早く、爪による攻撃を繰り返す。
(くっ…ジンがこれほど強くなっているとは誤算だった。せめてDセリオのサポートがあれば、
まだ打つ手はあるのだが…)
表情は崩さず、心の中で必死に策を練るセリス。
「どうしたセリス! もうおねんねか?! 手応えが無さ過ぎてつまらねぇぜ!」
一方のジンは、軽い笑みすら浮かべている。
(そろそろ時間だ…フィールド発動限界だ。今日はもう二回展開しているから、次がラスト…)
「はぁっ!!」

ブァァッ!

フィールドが消滅するギリギリで、セリスはフィールドで衝撃波を放ち、ジンをはじき飛ばした。
「…くっ…」
ジンは攻撃をしかけたところへカウンター気味に衝撃波を受けてしまったが、しかし空中で素早く
体勢を整えると難なく地面に着地した。
「ふっ…よもやこんなモンで俺を倒せるとは思っちゃいまい。最後の足掻きか? セリス」
臨戦態勢をとり、ゆらりと立ち上がったセリスを睨む。
「まだだ…! まだ…これから……っ…?! …うっ…?! …な…なんだ…?! 力が…?!」
セリスは突然、全身から力が抜け出るような感覚に襲われた。
精神力が限界に近づいているのだ。
「…ど、どうしてだ…? …まだ、余裕があるはず………もしや?!」
「ようやく気がついたか。今さら後の祭りだがな」
セリスの手から霊波刀が消え、セリス自身も地に片膝をついた。
戦いの場は、いつの間にかグラウンドへ移っていた。
校舎に残っているマルチ達の身を案じたセリスが、少しずつジンをおびき寄せていたのだ。
「…ジン…! 貴様、そのために生徒達を傷つけたんだな?! ぼくに白陽を使わせて、精神力を
削るために…!」
「さて? 俺はお前がそんな能力を使うなんて思っちゃいなかったぜ。もっとも、お前に同行
しているマルチが、負傷者を見て何とも思わないとか考えているわけでもなかったがな」
「…くっ…」
「どうやら立ち上がる力も無くなったようだな。戦いの決着は、この俺の勝利だ!」
ジンがトドメを刺そうと飛びかかった、ちょうどその時。

ドバーーッ!!

突然ジンの目の前の地面が隆起、爆発した。
言い換えるなら、「噴火」という言葉がピッタリくるだろう。
「な、なんだ?!」
ジンも動きを止め、「噴火」を見つめる。
舞い上がる土が無くなり、土煙も晴れると、そこには…。
「――ココハドコデショウ」
「ドコデショウ、ドコデショウ」
何故か、Dボックス、Dガーネットがいた。
土の中にいたと言うのに、ほとんど汚れていない。
「Dガーネット、Dボックスか…。ありがたい」
だが、セリスにとっては救いの神だ。
そして、へーのきも。
「…Dガーネット、Dボックス…。…やっぱり、迷子になったんだね…」
困ったように言っているが、顔は嬉しさをよく表している。
「――モウシワケアリマセン」
「スミマセンスミマセン」
相変わらず罪悪感のなさそうな声で謝るDガーネット・Dボックス。
「ちっ…まぁいい、たかが一人と一体増えたくらいでどうということもねぇ」

ガキガキョガギィッ…。

ジンは身体中から幾百もの兵器を出した。
大技、ナイトメア・オヴ・ソロモン。
「もうお遊びは終わりだ…一気にカタをつけてやる!」

キュイィィィ………

全兵器が発光し、発動するかと思われたその時。

ズバッ!!

Dガーネットの超硬質ブレードがジンを切り裂いた。
「…っ、邪魔をするなDガーネット!」
「――サセマセン」
ブレードを構え、戦闘態勢をとるDガーネット。
「今の俺にはDセリオさえ敵じゃねぇんだ…お前なら三秒で倒せるんだぜ? それでもやるってのか?」
「――ソレハドウデショウ」
Dガーネットの言葉と同時に、倒れているDマルチ、Dセリオの目と耳センサーの先端が赤く光った。
「そうか、ツープラトンか!」
へーのきがはっとしたように叫ぶ。
「滅多に使わないから、忘れていたけど…うん、あれならジンさんとも戦える!!」
「ちっ、その手があったか…!」
憎々しげに舌打ちするジン。
「――では、いきます」
シンクロにより、能力が飛躍的に上がったDガーネットがジンに斬りかかる。
「ふん、そんなセリフは俺を倒してから言うんだな!」

ガギィ!!

超硬質ブレードと鬼の爪がせめぎ合う。
ジンとDガーネットの死闘が始まった。




Dガーネットとジンが互角の戦いを繰り広げている隙に、マルチがセリスの側へ駆け寄った。
「セリスさん、大丈夫ですかセリスさん?!」
「………ま、マルチ…うん、大丈夫…。…ぼくはまだ…たたかえる…」
傍目にもセリスがボロボロであることは容易に見て取れたが、それでも立ち上がろうとする。
「セリスさん…セリスさんは、もう充分戦ったじゃないですか。まずは傷の手当をしないと…」
「…いや…ダメだ、ダメなんだ」
マルチは何とかセリスを押しとどめようとするが、セリスは聞かない。
「Dガーネットのツープラトンでも、ジンとは互角と言ったところだ…お互い決め手に欠く。だから、
ぼくがDガーネットに加勢すれば、ジンに勝てる…!」
「そんな…でも…!」
「…そうですよ、セリスさん」
反論しようとしたマルチの後ろに、いつの間にかへーのきがいた。
「そんな身体で、何をしようと言うんです? ここは我々警備隊チームに任せ、あなたは傷を癒やして下さい」
「…へーのきか」
セリスはマルチの肩を借り、何とか立ち上がった。
「それは君だって同じだろう…ぼくはまるでジンに歯が立たなかった。君はどうやってジンを攻撃するんだ?」
「…それは…」
言葉に詰まるへーのき。
「ぼくには、あるのさ…確実にジンにダメージを与えられる攻撃法がね…」
「黎明、ですか? でも、あれは…」
「分かっている…ジンには当たらないだろう。良くて防御させるくらいだ。こっちの方が消費が大きい。
ぼくが言っているのは、別の技だよ」
「…そんな技があるのなら、何故さっき使わなかったんですか?!」
「まだ実戦で使ったことはないんだ…。それに、ぼくもかなりダメージを受けてしまうんだ。だから、
できれば使いたくはなかった…でも、もうそんなことも言っていられないからね」
「…そんな…そんな技を使ったら、セリスさんが…!!」
マルチが泣きそうな顔でセリスを見る。
「…大丈夫。大好きなマルチを置いて、死んだりしないよ」
そう言ってセリスは笑ったが、それでもマルチは不安げだったので、左手の小指を差し出した。
「約束する。…ぼくを信じてくれ、マルチ」
「…はい、分かりました…。…信じています、セリスさん」
その手に、マルチも小指を絡ませる。
「「ゆびきりげんまん、ウソついたら針千本のーます、ゆびきった!」」
二人は指切りをした。
セリスは優しい笑顔で、マルチは泣き笑いの顔で。
「へーのき、マルチを…頼む」
「…分かりました。これは貸しにしておきます…必ず返して下さいよ。あなたが死んだらDマルチも悲しむでしょう」
黙って二人を見ていたへーのきも、ニッコリと笑う。
「言われるまでもない…貸しは必ず返すさ」
そして、セリスはジンとDガーネットの戦いの場へ飛んだ。
M.A.フィールドによる低空飛行だ。
「…セリスさん…死んだりしちゃイヤです。ウソついてもいいから、針千本のんでもいいから、絶対に
死なないでください…」
マルチにできる事は、ただ祈るのみだった。



ジンとDガーネットの戦いは、当初一進一退を繰り返していたが、徐々にジンに優勢になっていった。
ジンはエルクゥの力と元々のメカにより、無限とも言えるパワーを得ているが、Dガーネットには
エネルギーの限界があるのだ。
「オプティック・ブラスト!」
Dセリオの技である破壊光線を放つDガーネット。
「当たりはしねぇ!」
素早くジャンプして回避、そのまま爪で斬りかかるジン。

ガギィン!!

そこへセリスが割って入り、爪を霊波刀で受け止める。
「待たせたな、ジン!」
「なんだセリス…まだやる気か? 俺に勝てないことは、身にしみて分かったと思ったがな」
「まだだ…まだ手がある!」
「切り札の黎明か? だが、あんな派手な技に、俺がわざわざ当たってやるとでも思うか?」
「ああ、確かに今のお前には、黎明は当たらないだろう…でも、ぼくだって裏技の一つくらいは
持っているんだ…!」
刀と爪による鍔競り合いを崩さぬまま、セリスは精神を集中した。
「SS不敗流・宵待ッ!!」
セリスの身体から白い光が輝く。
「ふっ…何かと思えば。たかが少しパワーアップしたくらいで、俺に勝てると思っているとはな」
「思っちゃいないさ…だからこうするんだ。…ハァッ!!」

ブァッ!!

セリスが気合いをこめると、オーラの輝きが増し、大きさもそれまでの何倍にも膨れ上がっていく。
「な…なんだと…?!」
「これがぼくの切り札さ…。宵待を何重にもかけることにより、技の効果を何倍、何十倍にも高められる。
これでぼくはお前と対等、あるいはお前より強くなった」
「…ふん、こけおどしが。ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」
ジンは左腕のアームランチャーを構え、エネルギーを収束させた。
「Dガーネット! ブレード!!」
「――了解」

ズバッ!

Dガーネットがジンの左側から一気に斬りつける。
「ぐ、ぐっ!!」
ブレードはジンの肩口から左腕を袈裟懸けに切り裂いた。
「ちぃ、やるじゃねぇか!」
ジンは右腕で左肩を押さえ、後退。
「SS不敗流・麒麟!」
その動きを読んでいたセリスの一閃がジンを斬る。
「グ、ぐあ…!」
「Dガーネット、サテライトフォース!」
セリスは攻撃の手をゆるめない。
「――軍事衛星へのハッキング…命令受諾」

ドシュゥッ!!

「グゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」
「SS不敗流・黒麒麟!!」
「………グッ!」
「…これが最後だ! 喰らえッ! 黎明ッッッ!!!」

バシュウウウウッッッッッッ!!

セリスの言葉と同時に黎明が発動、霊波の光線がジンをのみ込んだ。
この技は、通常は全身に霊波を展開、それを収束する事で光術攻撃とするのだが、この時セリスは
既に発動していた「SS不敗流・宵待」による霊波のオーラを黎明のエネルギーとしたのだ。
「グ、グガァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッ………………!!!」
ドゥッ。

この世の者とは思えぬ恐ろしい絶叫を上げ、ジンは地に倒れた。
「…終わったか…」
「――エネルギー消費率99.61%…システム保全のため強制スリープモードへ移行します」
ドサドサッ。

それを確認し、セリスとDガーネットも倒れる。
「せ、セリスさん…ッ、セリスさん…………ッ!!」
自分を呼ぶマルチの声を聞きながら、セリスの意識は暗転した。





セリスが目覚めたのは、三日後だった。
目覚めたとき、最初に目に入ったのは、涙一杯のマルチの泣き顔だった。
「…マルチ? …どうして…泣いているんだい?」
そう言って優しく頭を撫でたが、マルチはより強く泣きだした。
「せ、セリスさん…よ、良かった…本当に、良かったですぅ…。ず、ずっと目が覚めなくて、先生に
今日明日が峠だって言われた時は、わ、私、セリスさんが死んじゃったらどうしようって…ずっと…
ずっと…う…ううっ…」
それ以上は、言葉にならなかった。
でも、二人にはそれで十分だった。
「…心配させて、ごめん…ごめんね、マルチ…」
「うっ…ううっ…せ、セリスさぁ〜ん…」
セリスが優しくマルチを抱きしめようとした、その時。
「あ〜…ゴホン。お二人さん、俺もいるんだけど…」
ちょっとためらいがちな、誰かの声がした。
「ジ、ジン?! お前いつから…?」
「ジンさん…い、いついらっしゃったんですかぁ?」
「さっき」
ビクッとなる二人をよそに、ジンは素っ気なく答える。
「このままそっとしておこうかな、とも思ったけどな。もしアレな展開になって、お前が
全国のマルチファンに背中から刺されるのも忍びなくてな」
「…は? 何のこと?」
「いやいやこっちの話。それより、お前は相変わらず変なところで鈍いやつだな」
「…何が?」
???マークを頭に浮かべているセリスを見て、ジンはもどかしそうに声を荒げる。
「だからぁ! お前をそんなにした張本人である俺が目の前に平然と立っているのに、なんで落ち着いて
いられるんだ、ってことだ!」
「…ああ! そう言えば!」
セリスはやっと気付いたように、手をポンと叩いた。
「ホントに…なんでこんなヤツが俺のライバルなんだろ…」
「ジン、お前…かなり雰囲気が違うな。元に戻ったのか?」
「ああ。あの時、俺はいつものようにDセリオと戦っていた。だが、突如現れた謎の男の攻撃を受けて、
エルクゥとしての本能だけを異常なくらいに増幅させられたんだ。その後は、お前も知っての通りだ。
ただの殺戮マシーンと化してしまったのさ、俺は…」
ジンは自嘲的につぶやく。
「…どうして、元に戻れたんだ?」
「簡単さ。俺が気絶するなりなんなりして、意識を失えば、それで元に戻れたんだ。所詮、
一時的な催眠術みたいなモンだからな」
「そうか…。…元に戻れて、良かったな、ジン。今後は気をつけろよ」
「…ああ…。俺が傷つけちまったみんなも、そう言ってくれた。だが、俺は自分自身が許せねぇ!
罪もない多くの生徒を、残忍に切り裂いたこの俺を…!!」
ジンは自分の両の手を見つめる。
そこに、もう朱色の爪はない。
しかしジンの目には、真っ赤な血の滴る爪が確かに見えていた。
「ジン…そう思うのなら、その償いをすればいいだろう? 罪は、消し去ることはできないけれど、
償う事はできるんだ。お前を赦したみんなも、それを期待したんだと思う」
静かに語るセリス。
ジンはしばらくセリスを見つめ、やがてフッと息を吐いた。
「…へっ。お前に説教されるとはな…俺もおちたもんだぜ」
「あー、なんだよその言い方。中学の頃はいくら言ってもきかなかったくせに」
ようやく、病室に笑顔が戻った。
ジンは少し人の悪い笑みを浮かべると、
「あのよ…ところでだ」
「ん? 何だ?」
「ジンさん、どうかなさいましたか?」
「…おめぇら、いい加減離れたらどうだ? いつまでくっついてんだよ」
そう、セリスとマルチは、さっき驚いた時に思わず抱き合っていたのだ。
「あっ…、こ、これは…」
マルチは慌てて離れようとしたが、セリスががっしりと抱きしめた。
「…いーんだよ、ぼくはマルチが大好きなんだから!! 文句あるか?」
「あっ…、せ、セリスさん…恥ずかしいですぅ…」
マルチは真っ赤になってしまったが、逃げようとはしなかった。
「…あーあー、つきあってらんねーよ。勝手にしな」
さすがのジンも、毒舌を吐く気を失い、病室を出ていこうとしたが、ふと思い出したように振り返り、
「おいセリス。マルチにしっかり礼言っておけよ。何しろ、三日間意識不明で入院していたお前に
つきっきりで看病していたんだからな」
それだけを言い残して病室を後にする。
「えっ、そうだったの? ありがとう、マルチ…」
「い、いえ…、私には、これくらいの事しかできませんから…」

…パタン。

和やかな空気に包まれている病室の扉を後ろ手に閉め、学園への帰途をたどるジン。
(…ありがとよ、セリス。この借り、いつか返すぜ…)