Lメモ過去編・第一章「始まりの刻」 投稿者:セリス
 戦場。
 殺戮が正当化される唯一の、そして狂気が支配する空間。
 古来より、多くの若者が、その身を戦場へ投じてきた。
 ある者は、戦功を上げ、武勲を重ね、英雄となることを夢見て。
 ある者は、強制的に徴兵され、愛する家族の元へ生きて帰ることだけを信じて。

 後世の歴史に名前が残るのは、ごく僅かな英雄のみ。
 しかし、その影では、何百倍・何千倍もの兵士達が、夢破れ、志半ばにして、骸を大地にさらしているのだ。

 これは、華やかな歴史の表舞台には決して登場しない、一兵卒に過ぎない若者の物語である。




 室町時代。
 日本の片田舎に、小さな村があった。
 農業だけで生計を立てている貧しい村であったが、それ故、盗賊に狙われることもなく、
領主に無茶な取り立てをされることもない、平和で静かな生活があった。
 その村に住んでいるのは、ほとんどが農民であったが、一家族だけ、武士も住んでいた。
 武士の名は一仁(かずひと)。
 もっとも、武士と言っても貧しい旗本に過ぎず、一仁とその妻が食べていくのがやっとであり、
一仁自ら畑を耕す事も珍しいことではなかった。
 そんな中、夫妻に息子が産まれた。
 一仁は跡継ぎの誕生を喜び、透也と名付けた。
 そのため、生活は更に厳しくなったが、それでもなんとか暮らしていた。

 一年後。
 透也のちょうど一歳の誕生日。
 村のある家で、女の子が産まれた。
 その家もやはり貧しかったのだが、女の子の誕生を祝い、まどかと名付けた。


 …そして、数年の月日が流れた…。




「…ルンルンルリラルリルリ、ル〜ル〜ルル〜…」
 七〜八歳くらいの男の子が、村の中を元気よく走り抜ける。
 若干長めに伸びた髪、青色の上着に濃緑色の袴を着ているが、上等な生地ではない。
 破れたところを繕った痕もちらほらある。
 腰には木刀を差しており、握りの部分が若干黒ずんでいるのは手垢だろう。
「まどかちゃん、遊ぼう〜!」
 少年…透也は、ある家屋の前で立ち止まると元気よく声をかけた。
 だが、戸口で誰かが…まどかが答える、などということは決してない。
 透也もそれが分かっているから、そのまま戸口を開け、中に入る。
「まどかちゃ〜ん、遊ぼ!」
 最低限の生活用品しか置かれていない、ガランとした家屋内。
 壁も梁も天井も、いろりから出る煤ですすけてしまった、一般的農家。
 その中に敷かれた布団に、まどかはいつも横になっている。
「…こんにちは、透也くん」
 まどかは透也に優しく微笑む。
 一度も太陽光線を浴びたことのないような白い肌。
 光沢のある長く美しい黒髪。
 朧気な印象を与える、ほのかに青みがかっている着物。
 それが、まどか。
 手を触れたら、そのまま消えてしまいそうな少女。
「…っ…」
 透也が来る度、まどかは長髪を揺らして身体を起こそうとし、
「ああ、駄目だよまどかちゃん。ちゃんと寝てないと」
 透也がそう言って寝かしつける。
 それが、二人の常識となっていた。
 旅人も滅多に通らないような辺境に位置するこの村に於いて、透也とまどかに同年代の子供は
おらず、二人の誕生日が同じだったこともあって、自然と一緒にいるようになっていたのだ。
 しかし、二人であちこちを走り回ったりするような事はない。
 なぜなら。
「…ごめんね透也くん。いつもいつも、私の相手してくれて。透也くんも、もっと外を駆け回ったり
して遊びたいよね…」
 俯き、申し訳なさそうに謝るまどか。
「そんな事ないよ。僕、まどかちゃんと一緒にお話することが一番楽しいよ。山に入って木登りしたり、
川で泳いだりするのも楽しいけど、まどかちゃんと一緒にいられる時が一番嬉しいよ」
「…うん。ありがとう、透也くん」
 透也の言葉を聞き、嬉しそうに…だがどこか儚く微笑むまどか。
 その笑顔を見ると、透也は何故か、すごく嬉しくなるのだった。



  まどかは、生まれつき病弱だった。
  未熟児として生まれ、「もって五歳までだろう」と言われた。
  まどかの両親も、産婆のその言葉を聞き、一時は諦めかけた。
  だが、そんな彼等を押しとどめた物があった。
  それは、…まどかの、泣き声だった。
  生まれたばかりの、まだ首も座っていない小さな赤ん坊が。
  未熟な体で、それでも懸命に「生きたい」と叫んでいた。
  その声を無視することなど、誰にもできなかった。

  しかし、小さく貧しいこの村に、医者などいようはずがなかった。
  まどかの両親は懸命に働き、高額の謝礼を払って山向こうの医者に往診してもらうことにした。
  幸いその医者は良心的な人物だったので、貧しいまどかの家でも何とか謝礼を払うことができた。
  その医者のおかげか、まどかは、順調とは言い難いまでも、何とか小康状態を保っていた。

  まどかの両親は、朝から晩まで働きづめだった。
  医者への謝礼に加え、領主への年貢、自分たちの食い扶持も稼がねばならないのだ。
  そして、真っ先に削られていったのは、自らの食事であった。
  まどかも十分な食事がとれなくなり、栄養をしっかり摂取できなくなってきた。
  それは、成長期のまどかの身体に大きな影響を与えていた。



「…そう、それでね、まどかちゃん。あの山のてっぺんから見た夕陽は、すごく綺麗だったんだよ。
その時僕は思ったんだ、『ああ、この景色、まどかちゃんにも見せてあげたいな』って」
 透也はほとんど毎日まどかのところへ遊びに来る。
 そして、午後、まどかが眠りにつくまでの短い時間、色々な話をまどかに聞かせる。
「…そんなに綺麗だったの? 私も見たかったな…」
 一日を布団の中で過ごさなければならないまどかにとって、透也の話は、唯一の楽しみとなっていた。
「ね、まどかちゃん。元気になったら、一緒に夕陽を見に行こうよ」
「…ええ、そうね。一緒に、見に行きましょうね…」
「約束だよ。はい」
 透也は左小指を立て、まどかに見せる。
「うん」
 まどかも左小指を立て、透也のそれに絡ませる。
「ゆーびきーりげーんまーん、…」
「うーそつーいたらはりせんぼんのーます、…」
「「指切った!」」
ぴっと、その言葉に合わせ、指を離す。
「絶対だよ!」
「…うん、約束、ね…!」
 少年と少女は見つめ合い、そして…
「あはははは…」
「うふふふふ…」
穏やかに笑い合った。
「…ごめん、透也くん。私、そろそろ寝ないと…」
「あ、そっか。うん、じゃあ今日はこれで帰るよ。明日、また来るね」
「…うん。待ってる…」
 まどかは、夜中はもちろんのこと、昼間にもしっかり睡眠を取らねばならない。
 医者の厳命であり、まどか自身の身体も眠りを要求する。
 透也は立ち上がり、家屋を出る時に一度振り向いた。
「……すぅ……すぅ……」
 まどかは安らかな寝息を立てている。
「………ふぅ…」
 透也は安心したように一息つくと、戸口を静かに閉めた。




  それは、永遠に続くと思っていた時間。
  どこまでも広がる世界の中、二人いつまでも一緒にいられると思っていた。
  小さいけれど、二人は幸せだった。
  この幸せは、決してなくなることはないと信じていた。


  運命の歯車は、少しずつ、だが確実に狂いだしていた…。




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どうも、セリスです。
今回の話は過去編です。
…とゆーか、この章だと、リーフキャラはおろかLメモキャラでさえ誰一人出てきていませんが(激汗)
「どこがLメモだよ、ただのオリジナル小説じゃないか」と思われるかも知れません。
登場キャラも、かなり少なくなりそうです。
「もしかしたら、室町時代のエルクゥ同盟のメンバーが出せるかな」ってくらいなんです。
最終的にはLメモ現代につながる予定なので、どうかしばらくお付き合い下さいm(_)m