Lメモ過去編・第四章「発端の刻」 投稿者:セリス
 そこは、ちょっとした玄室のような部屋だった。
 壁や床、天井一面に、生物の胎内を連想させる不気味な模様が走っている。
 部屋全体が僅かに震動しており、室内全体が脈打っているかのようにさえ見えた。
 そんな中、一人の男がいる。
 瞼を閉じて静かに立っている男の瞳には、遙かなる星々の群が一筋の流星となって
流れ行く様がはっきりと映っていた。
「…ダリエリ様」
 後方より声がする。
 一瞬前までは確実に誰もいなかったはずの場所。
 男――ダリエリに気配すら感じさせずに現れたもう一人の男は、まだ幾分若い。
「…セツか。何だ?」
 ダリエリは、落ち着き払った声で答える。
 セツの来訪を予想していたかのように。
「リネット様よりの報告です…ヨークの推進能力に異常が発生しました」
「航続は可能か?」
「残念ながら…。かなりの損傷なので、回復も難しいとのことです」
「そうか…」
 ダリエリは腕を組み、少し考える仕草を見せた。
「いかがいたしますか?」
 セツの問いかけに振り返り、
「…手近な惑星へ緊急着陸するようリネットに言え」
「かしこまりました」
 軽く一礼し、セツは瞬時に気配を消す。
「………ふ」
 口元に冷酷な笑みを浮かべ、ダリエリは背後に向き直った。




 透也は、自己流の剣ではあったが、一端の剣士並みの実力は既に身につけていた。
 しかし、それで満足することはなく、その後も鍛錬に励み続けた。
 元々素質もあったのか、太刀筋は日を追う毎に鋭くなっていった。


「おい、透也」
 ある朝透也が目覚めると、一仁が呼びかけた。
「ん…ふああ、おはよう父さん」
 あくびをしながら呑気に答える。
「おう、おはようさん。でな、ちょっとお使いしてきてくれないか?」
「うん、いいよ。今日はどこに行って来るの?」
 透也がお使いを頼まれるのは、珍しいことではなかった。
 ほとんどは近隣の村々へ出かけてくるだけなので、午前中にまどかに会ってからでも、
日が落ちる前に帰ってこられた。
 今回もまたそうだろうと思い、透也は素直に応じた。
「ちょっと遠いんだ。京の都まで行ってきてくれないか?」
「…きょ、京って…。ちょっと待ってよ父さん。京の都って言ったら、どれだけかかるかわからないよ」
「ああ、都は遠いからな。だが、大事な用事があるんだ。どうか頼まれてくれないか?」
 透也は躊躇した。
 都自体には、一度行ってみたいとは思っていた。
 しかし、この村から京までは、片道十日はかかるだろう。
 その間まどかに会えないと思うと、何故か透也は行く気が起こらないのだ。
「透也、お前ももう十四になるんだ。来年には元服だ。その前に、一度京の都を見ておくのも悪くないぞ」
 一仁は諭すように言う。
 透也の迷いを見透かしたかのように。
「…う、うん…。わかったよ、父さん…。僕、京に行って来る…」
「すまないな、透也」
「…じゃあ、僕、これからちょっとまどかに会ってきたら、すぐに向かうよ」
「焦らなくてもいいんだぞ。いつも通りまどかちゃんと話してきてからでも、十分間に合うんだから」
「ううん…」
 透也は目を閉じ、ゆっくりと首を振った。
「すぐに発ちたいんだ…」
 その言葉は、一仁が驚くほどに穏やかで静かな声だった。


 透也は複雑な気持ちで、まどかの家を訪れた。
「いらっしゃい、透也くん」
 まどかの声にも答えず、戸口を開いたまま土間にたたずむ。
「…透也くん、どうしたの…?」
「まどか。僕、京の都に行ってくる。しばらく来られなくなるよ」
 それだけを一息に言った。
「……」
 まどかは少し驚いた様子で透也を見つめていたが、
「…寂しくなっちゃうな…」
 ぽつりと言った。
「でも、透也くん、…帰ってくるんだよね?」
「当たり前だろ。僕の家は、この村にしかないんだから。…帰ってきたら、京の話、
いっぱいいっぱいするよ」
「…うん。待ってる。行ってらっしゃい、透也くん」
 いつもと変わらない、優しい笑みを浮かべた。
「じゃあ、またね…」
 透也はそれ以上何も言えず、後ろを振り向く。
「…透也くん」
 とても小さな、聞き逃してしまいそうな声が聞こえた。
「…早く帰ってきてね…」
 その言葉に、透也は肩を震わせ、後ろ手に戸口を閉めるとそのまま駆け出した。


 透也は家に帰るとすぐ、旅支度を始めた。
「透也。これを、都に住んでいる知り合いに届けてきてくれ」
 一仁の差し出した書簡を事務的に受け取り、黙々と支度を整える。
「…なぁ、透也。お前がどうしても行きたくないのなら、行かなくてもいいんだぞ。別に…」
「そんなことないよ、父さん。僕は前から都に行ってみたいと思ってたよ」
 そう言う透也の声音は、言葉とは裏腹に暗かった。


 そして、透也は旅立った。
 徒歩より他に移動手段のない時代であり、京の都へ行くというのは大変な長旅である。
 十四の透也には少々厳しい旅だったが、特に裕福そうな身なりではなかったためか
野盗にも狙われずにすみ、予定通り十日程で都に着くことができた。


 都に着いてすぐ、透也は父の書いてくれた地図を元に、書簡を届けに行った。
 そこは、想像していた家屋とは異なり、大きな呉服店だった。
 透也は意外な感じがしたが、何度地図を見直しても、やはりこの店以外に該当する建物はない。
 意を決して店内へ足を踏み入れた。
「ん…一仁の息子か。遠いところ、ご苦労だったね」
 都に住む者とはかけ離れた衣服を纏った少年の来訪に、店主は不審そうな顔を見せたが、透也が渡した書簡に
軽く目を通すと、すぐに穏やかな顔になった。
「父をご存じなんですか?」
「ああ。あいつも昔ここに住んでいたからね。俺は宋次郎ってんだ…一仁とは昔ながらのつき合いでな。…っと、
おかしいな、どこにしまったかな…」
 宋次郎と名乗った男は、番台の横にある箪笥の奥をのぞき込んでいる。
「あの、何を探しているんですか?」
「何年か前に、一仁から預かった物があるんだ…、おっ、あった、これだこれ」
 宋次郎は一つの首飾りを取りだした。
 装飾品として、小さな勾玉がついている。
 勾玉についた埃を手で軽く払うと、透也に差し出した。
「さ、持っていきな」
「これを父に渡せばいいんですね?」
 首飾りを素直に受け取る。
「いや、お前さんにあげるんだよ」
「え? 僕に?」
「お前にやってくれって、書いてあるからな。好きなように使うといい」
 透也は手の中の首飾りを改めて見つめ直してみた。
 よく見ると、勾玉部分の形状が普通の物と少し異なっている。
 丸まっている部分はやや小さく、突起が妙に長い。
 本来なら穴があるはずの中心部分も、へこみがあるだけだ。
「父に渡さなくていいんですか?」
「あいつも処理に困ってたからな。こんな変な形の勾玉じゃ、売っても大した金にもならない、って。
大方お前さんに都見物させる口実にしたってとこだろ」
「はぁ…」
「ま、せっかく来たんだ。じっくり見物していけ。都にいる間は俺んとこに泊めてやっからよ」
「…どうも、ありがとうございます…」


 用件を終えた透也は、都見物をしてみようと思った。
 宋次郎に、都の中心を分ける大路を教えてもらい、荷物を預けて早速行ってみた。
 都に来てみたいと思っていたのは事実だし、良い機会だと思っていた。
 だが。
 何をしても、どんなに美しい物を見ても、いかなる感慨も起きなかった。
 通りを行き交う、綺麗に着飾った都人とすれ違っても。
 都大路沿いに立ち並ぶ、大きな商店の連なりの前を通っても。
 小さく貧しい村など比べ物にならぬ、優麗な文化を目の当たりにしても。
 透也は無感動だった。
(…どうして、僕は…こんな所にいるんだろう…?)
 その気持ちだけが、透也の心中を渦巻いていた。


「もう帰るのか? 今日来たばかりだろう。せめて今夜くらいはゆっくり休んだらどうだ」
「ありがとうございます。でも、父母が心配しますから…」
 結局透也はその後すぐに都を出、村へ帰ることにした。
(ここは僕のいるべき場所じゃない…。僕の居場所があるのは、ここじゃなく…)
「そうか。道中気をつけろよ。一仁によろしくな」
「はい。お世話になりました」
 ぺこりと一礼し、一仁は都を後にした。


 帰り道も、特に変わったことはなかった。
 一度通った道でもあり、行きより早いペースで進むことができた。
 その途中、ある河原で休息をとり、水を飲んだ時、ふと首飾りの事を思い出した。
 取りだして手に取ってみると、埃が少しついていたので、清流ですすいだ。
 何度か振って水気を切り、太陽にかざしてみる。
 勾玉の表面に残った水滴が、陽光を反射し、キラキラと光って見えた。
「…これ、まどかにあげようかな…。僕が持っていても、どうしようもないし…」
 透也はぼんやりとそんなことを考えながら、帰路に戻った。


 透也が村に帰り着いたのは、都を出て八日後のことだった。
 都を出た当初はそうでもなかったが、村が近づくにつれ、なぜか気がはやってきた。
 早く帰りたい。
 透也の思いはそれだけしかなかった。
 自然と歩みも早くなっていた。
 その気持ちはどこから来るのか…、そのことは、意識して考えないようにしていた。


 村に着いた透也は、その足でまどかの家を訪れた。
 今にも陽が落ちようとしており、まどかは眠っているはずの時間帯だったので、
寝顔を一目見て帰ろうと思っていた。が…。
「…お帰りなさい、透也くん」
 戸口を静かに滑らせた透也を、まどかの優しい声が迎えた。
「まどか…起きてても、大丈夫なの?」
「本当はいけないんだけど、今日だけは特別。透也くんに、会えるような気がして…」
 いたずらっぽく舌を出し、まどかは笑った。
 まどかの両親は、まだ働いているのか、いなかった。
「あー、いけないんだ、まどかー」
「うふふ、いいのよ、たまには」
 笑いながら、透也はまどかの側に座った。
「…あ、そうだ。これ、おみやげ。まどかにあげるよ」
 透也は荷物をほどくと、宋次郎にもらった首飾りを取り出した。
「…私に?」
「うん。もらってくれないか?」
「…ありがとう、透也くん…」
 まどかは両手で丁寧に受け取り、大事そうに抱きかかえた。
「…私、大事にするね…」
「う、うん…」
 透也は妙に気恥ずかしく、照れ隠しに頭をかいた。
「…じ、時間も遅いし、もう帰るね。じゃ、また明日」
 手早く荷物をまとめると、慌てて立ち上がった。
 草履を履き、戸口に手をかけた時。
「…会いたかったよ…透也くん…」
 小さく、まどかが言った。
「…僕もだよ…まどか…」
 透也も、小さな、だが確かな声で答えた。


 まどかの家を出た透也は、久しぶりに晴れやかな気分だった。
 上機嫌で家路を歩いていた。
「…ん、流れ星…か…」
 夜空一面に広がる、幾千幾万の瞬きがちりばめられた星空。
 その中を、一条の光が走った。
(…………)
 透也は指を組み合わせ、祈った。
 咄嗟の事だったので、具体的な願い事などは考えられなかった。
 ただ、何故かまどかの事が浮かんだ。
 
 その時、透也は突然に、自分の気持ちがはっきりと形になるのを感じた。
 いや、もっと前から分かっていたのかもしれない…それでも考えないようにしていたことを。
(…そうか、僕は…まどかを…)






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 さぁ、ようやくLメモキャラが出てきた過去編第四章。
 やっと、「Lメモ」の、「L」の片鱗くらいは出てきました。
 …出てきた…よね?(笑)