Lメモ過去編・第六章「隆山の刻」 投稿者:セリス
 隆山…そこは、元はとりたてて目立つ物もない小国であった。
 国守の統治の元、平和な時が流れていた。
 しかし、いつの頃からか、雨月山と呼ばれる山に、正体不明の一団が住むようになる。
 彼等は山を通る旅人を襲い、時折付近の村へ降りてきては人間を虐殺した。
 村人達は恐れおののき、いつしか彼等を「鬼」と呼ぶようになった。
 その残虐な振る舞いより、伝承に名を残す「鬼」以外の何者でもない、と。
 時の領主・天城義忠は、当初は訴えを軽んじ、農民を徴兵しての討伐隊を編成・派遣したが、
あえなく返り討ちに遭ってしまう。
 そうして、ようやく事態の深刻さを認識し、褒賞をかけて全国より腕に覚えのある強者を
集めだしたのである。




「あの、すみません。お城へ行くには、どの道を通ればいいんでしょうか?」
 隆山に何代も前より店を構えている、大きな材木問屋の軒先。
 水撒きをしていた少年は、その声に手を止めて顔を上げた。
 薄緑色の着物に紺色の袴、白い陣羽織を羽織った青年が、人の良さそうな笑みを浮かべている。
 髪は若干長めで、腰には一本の刀を帯びていた。
 青年の衣服は所々汚れており、少年は旅の剣士だと思った。
「ああ、お城ならこの道をまっすぐ行けば着くけど…」
 訝しげに答える。
 それもそのはず、少年が水撒きをしている場所から、城は見えているのである。
 少年にしてみれば、何を分かりきったことを…といった心境なのだろう。
「あ、そうなんですか。どうもありがとうございました」
 嫌な顔ひとつ見せず、青年――透也は頭を下げ、城へ向かって歩き出した。
 透也はもちろん、城が見えていなかったわけではない。
 兵法の基本を思い出しただけなのだ。
『城下町から城へは、一本道で行くことはできない。敵軍に攻め込まれた際、敵を混乱させるため、
分かれ道・隘路などが張り巡らされている』と。
(…あんまり頭の切れるお殿様じゃないみたいだな…)
 それは、透也が旅路の途中でずっと思っていたことだった。
 多くの旅人や村人を殺している集団へ、ほとんど農民だけで構成された部隊で攻め込むという、無茶苦茶な
戦術を平然と行うのだ。
 その一団が、本当に噂で言われている「鬼」だとは、透也も思ってはいないが、それでも
戦略能力が高いとは言えない。
 そこで、本陣である城下町の構成を奉公の少年に聞くことで、指揮官としての能力を調べたのだ。
(…自分の身は自分で守らないとな)
 左手で霊光丸の鞘を軽く握り、城への道を歩んでいった。


 目指す城は、立派な城ではない。
 地方の小大名らしく、石垣で簡単に組まれた城壁に漆喰の白壁があるだけだ。
 天守閣も含めて階数は四。
 城塞としての機能も期待できない、こじんまりとした城である。
 透也が京の都で見た将軍のきらびやかな居城とは、まさに雲泥の差があった。
 それでも、透也には、都の城よりもずっと良く見えた。
 この城こそが、まどかと、自分を救ってくれる唯一の望みだから。
 そのためには、どんなことも厭わぬ覚悟だった。
 例えそれが死であっても。
(死ぬために来たわけじゃない…でも、僕が死ぬことでまどかが助かるのなら…僕は…)
 城門は、当然のことながら閉まっている。
 城の周りを堀で囲み、城側から二本の強力な鎖でつないだ橋を落とすことで、行き来できるようにする。
 典型的な城の作り方である。
 堀を挟んだこちら側にも門番役が一人立っており、槍を縦に真っ直ぐ立てている。
「…おい、お前。さっきから何をしている?」
 城門前に立っていた透也は、門番の武士に見咎められた。
 持っていた槍を体に垂直に構え、威嚇するように突き出す。
「あ、すみません。僕は、このお城の領主様が出されたお触れを見て来たんです」
 素早く向き直り、相手の警戒を解くように軽く笑顔を浮かべる。
「お触れ? …もしや、鬼退治の事か?」
「はい、そうです。それで、領主様にお取り次ぎ願いたいんですが…」
「……ほぅ……」
 槍を縦に構え直すと、門番は値踏みするように見つめた。
「ど、どうかしましたか?」
「…お前みたいな奴が来るとは…。悪いことは言わん。帰った方が身のためだ」
「そ、そんな! 大丈夫です、剣だってそれなりには使えます!」
「…まぁ、そう言うのなら…。どうなっても知らんからな」
 門番は城門の方へ槍を二、三度振って何か合図をした。
 …と、

  ズゥゥーン…!!

 重厚な音をたて、巨大な橋が架かった。
「あとは中にいる奴に聞きな」
「はい、ありがとうございます」
 ぶっきらぼうに言う門番に丁寧に一礼し、橋を渡る。
「さ、こっちだ」
 待機していた武士の一人に先導され、城内を歩いて行く。
「…あの」
「なんだ?」
 透也は城内を歩いていて疑問に思ったことを口に出してみた。
「城の中、結構近衛兵の人がいるみたいですけど…、あなた達は討伐隊に加わらないんですか?」
「ああ、俺達は城の警護が仕事だ。武士だからな」
「………そうですか」
 納得できない物もあったが、それを下級の武士にぶつけたところで何にもならない。
 透也はただ黙って誘導に従った。


「さ、ついたぜ。ここだ」
 その言葉に、透也は顔を上げた。
 いつの間にか、城の中庭の入り口に立っていた。
 中には屈強そうな男達が、何十人もひしめき合っている。
 年齢も様々で、一仁と同年齢の武士もいれば、まだ二十歳そこそこの若者もいる。
 さすがに透也より若い者はいないが。
 甲冑を着込んでいる男は意外に少なく、せいぜい10人程度。
 その他の多くは、透也と同じ、薄手の着物に刀を数本といった軽装である。
 旅を住処とし、戦いを糧とする者には、重い甲冑など必要ないのだろう。
 甲冑とは身を守る物だから。
 防御するだけでは生きていけない、そんな世界に生きている者には、鎧兜など足かせにしかならない。
(それが良いとか悪いとかは思わない。生き方の違いなんだ)
 透也はそう思った。
「じゃあ、ここで待ってな。そのうちお館様がいらっしゃるから」
 言い置いて、武士は立ち去っていった。
 することがなくなり、手持ちぶさたになった透也は、とりあえず中庭に入ってみた。
 集まっている男達の中を歩き回り、しばらく様子を見ていると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「よう。また会ったな」
 振り向いた透也は、そこにいる人物を確認すると軽く微笑んだ。
「…次郎衛門さん。あなたも、やっぱり来ていたんですね」
 それは、透也に鬼討伐の話を教えた旅人、次郎衛門だった。
「当たり前だ。俺はここに来るために旅をしていたんだからな」
「どうも、ありがとうございました。あなたにこの話を教えていただけたおかげで、僕は希望を捨てずに
すみました」
 深く頭を下げる。
 実際、透也にとって大恩人である。
 もし次郎衛門にお触れのことを聞いていなかったら、まどかを救うことは不可能だったのだから。
「よせよ。俺はただ、お前も来れば少しは楽ができるかな、と思っただけだ」
「え? どういうことです?」
「…ふふっ…」
 次郎衛門は不敵に笑い、
「お前、結構な使い手だろ? 少なくともここにいる奴等で、お前に勝てる奴はそうはいねぇぞ」
「そ、そんな。僕の剣は自己流ですから…」
「自己流、結構結構。ようは強けりゃなんでもいいんだ。俺が大将を仕留めやすくなるからな」
 透也も笑い返し、
「あいにくですが、敵首領は僕が討ちます。僕には討たなきゃならない理由があるんです」
「面白い。どっちが先に討つか、競ってみるか?」
「望むところです」
 二人が拳を叩き合った時…

  ボーン、ボーン、ボーン…。

「お館様の、おなーりー!」
 銅鑼の音と共に、そんな声が聞こえた。






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 今回は、割とすんなり書けました。
 いつもこうだったら楽なんだけど…(笑)