ラストLメモ3 投稿者:春夏秋雪
 一人の男性が立っている。
 あまり趣味の良いとは言いがたいスーツもなぜか彼が着ると様になってしまう。

 彼はこの場にふさわしくない笑みを浮かべながら、四季に言葉を投げかける。

「それがもし助かるとしたらどうする?」

 記憶(メモリー)の中に埋まっていた人物。

 決して、彼らには会うことはないだろうと、希望視していた。

 彼の、彼の名は……。

「お久しぶりです…。 ドクター緒方…」
 
 Leaf学園倫理教師であり、元・執行部監査委員緒方英二であった。



『どうして幻は消えるのだろう…?』


『ラストLメモ:夢か現か幻か〜LONG LONG GOOD−BYE〜』

  from ILLUSION to DREAM
  〜幻影は夢現なり〜



「…どういうことです?」

 四季は睨みながら尋ねた。
 
 過去に数回会った事がある。

 塔の高橋教室で実験されていた時である。

 彼らは『データ収集』という形で強化人間たちに殺戮を繰り返させ、またある時には排除されていた。

「別に、言葉通りだ」

 当の本人はあっけらかんとしている。
 
「あなたが助けてくれる…?」

「ああ」

「私を…?」

「他にいるかい…?」

「本当に…?」

「しつこいぞ、嬢ちゃん」

「嘘に決まってるっ!!」

 四季がヒステリックに叫ぶ。

 美加香の支えを離れ、緒方に詰め寄ろうとするが体制を崩して床に無様に崩れ落ちる。

「おいおい、心外だなぁ…」

 緒方はやたらオーバーなリアクションをする。
 
「ふざけないで!! あなた達が私達に何をしたか覚えているの!?」

 美加香に起こされながら叫ぶ。

 四季がここまで感情的になるのを見るのは、美加香にとっては初めて見るものだった。

「実験実験実験っ!! あなた達は私達に何をしてきたと思っているっ!?
  殺戮殺戮殺戮っ!! ただただそれだけのために!!
  破壊破壊破壊っ!! すべてを狂わせたくせに!!」

 半狂乱して叫ぶ四季。

「ちょっと! 落ち着いてよっ!!」

「うるさい!! 私達があそこで! 『塔』の高橋教室で! どれだけ酷い目に! 会ってると思っているのっ!!」

「だから! 私はあなたを助けたいのよっ!!」

「!!!」

 美加香の叫びに四季は硬直する。

「今…。なんて言ったの…? どういうこと?」

 視点が定まらず、声が震えているのが自分でもわかった。

「私、高橋教室出身なの…」

「!!!!!!!」


 ばきっ!!


 美加香の左頬に裏拳が入る。

 仰向けになって倒れる美加香に四季は馬乗りする。

 そして――。


 ガッ!!


 ――殴った。


 ガツッ!!


 泣くながら殴った。


 ガキッ!!


 何も言わず殴った。


 ガッ!!


 ただひたすら殴った…。

「貴方達の自己満足のために何人私達が死んだと思っているの!?
  人並みの生活も幸せもなく、日の光、世界を見ずにあなた達に
  消去されていった仲間達を返して!! 返しなさいよっ!!!」
 
 決して叶うことのない願い。

 蜃気楼のような淡い想い。

「『私』を…返してよ!!!!!」
 
 そして、静寂の音楽を奏でる。









「………なさい…うっ…ごめん……なさい」

 彼女は泣いていた。
 
 人は少なからずとも業を背負って生きている。

 ただ、彼女は――赤十字美加香――その重さが人よりほんの少し重くそれに対面しているにすぎない。

 決して逃げることのできない罪。
 
 繰り返される罰。
 
 終わることのない罪。
 
 永遠の罰。

 四季にもそれが判っている。

 判っているが…

(許せるわけが……ないじゃないっ!!!)

 そして、拳を振り上げる。



(……本当に…?)

 声が響いた。

 とても懐かしく暖かい声音(ヴォイス)。

 このもやもやした黒い気持ち(ノイズ)に響く心地良い想い(ハーモニー)。

「だ…誰…!?」

 頭を押さえる。

(知っているでしょう? 彼女も苦しんでいるのですよ…)

「いや!! 何よ!! これっ!!」

(憎しみからは何も生み出さないのですよ…?)

「誰!! 貴方一体何者っ!!?」

(私? 私(わたくし)は――)









あなたです…。









 誰かが美加香の頬を流れる涙を拭う。

 決してきれいではない大きな手。

「すみません」
 
 舌足らずな言葉使い。
 
 ただ、その声はとても優しく、悲しかった。

「実に久しぶりだな…」

 緒方はそう彼につぶやく。

「出来ることなら、貴方には金輪際会いたくないですね…」

 青年はゆっくりと力強く言葉を発する。

「まったく嬢ちゃんといい、青年といいえらく嫌われているなぁ…」

「まぁ、日ごろの行いの悪さでしょうね…」

 二人とも苦笑する。

 相変わらず口だけは達者だな…」

「いいえ、これでも全国二枚舌コンテストは2位ですよ」

「ちなみに一位は?」

「貴方に決まっているでしょう? 緒方様」
 
 一時おいて、二人は顔をくしゃくしゃにして笑い出す。

「…はるか…春夏秋雪?」

 美香加は呟く。

 二人は笑うのをやめ、美香加をみる。

 泣きすぎたのか瞼がはれている。

 戸惑いを持った表情とは反対に赤くなった目はしっかりとした意思を表していた。

 春夏はゆっくりと美香加の方へ歩み、彼女の目の前で優雅に一礼をする。

「先ほどの『私』の非礼をを許しください、美香加様。」

 優しく語り掛ける。

「あれは『私』の本心でもあります。しかしながら、『私たち』は貴方たちにそれ以上の感謝の気持ちでいっぱいです」

 そういうと、光の差し込む窓の方へ視線を移す。

「どう言うことよ?」

 訳がわからない美香加。

 春夏はスッとひざを折り、美香加の手の甲にそっと接吻をする。

「!!!」

 驚く美香加は真っ赤になりながら、手を引き戻す。

「なななななななななななな!!」

 動揺する美香加に春夏は笑顔で語り掛ける。

「これで貴方の罪を許します」

「え?」

「自分を責めないでくださいませ、美香加様。」

 子供を諭すように頭を撫でながら語る。

「良いのです。 人間間違えるのは当たり前です。そして、間違えから学ぶことは多いのです。」

 失敗は成功の母。

 昔、偉い発明家がそう言った。

 失敗から成功を生み出す。

 失敗を恐れては何も出来ない。

 怖くても、一歩踏み出せばよい。

 後悔は後ですればよいのだから…。

「しかし、もし…」

 大きく深呼吸。

「願わくば、今度生まれてくる『私』とお友達になってくださいませ…」

「!!!」

 そして、彼の手とうが美香加に当てられ、彼女は再び眠る。

「貴方とならば、きっと『彼女』と素晴らしい友人になれるでしょうね」

 彼女に背中を向ける。

「ありがとう…そしてさようなら……」










……母様。







「……緒方様。はじめてください」

「いいのかい? 本当に?」

 ゆっくりと頷く。

 そう言うと彼は寝台に掛けられたシーツを剥ぎ取る。

 さすがの春夏も言葉を失った。

 そこには……

「……四季……ちゃん?」

 過去、彼がはじめて恋心を抱いた少女。

 強化人間『C』型。

 四季、オリジナルであった。

「そ、そんな! 彼女は私が!!」

「外見だけだ。中身は違う」

 春夏のリアクションを楽しみながら答える緒方。

 彼の行動にムッとしながらも、表面上は平静を保つ。

「どう言う意味ですか?」

「彼女の『本体』は損傷が酷くてね。替わりに長瀬の製作したDシリーズを元に私が作ったものだ。まぁ、外見はせめて元のままが良いだろうと思ってな…そうだろ?」

「何の同意ですか?」

「ったく、面白みがないなぁ。青年も色恋沙汰までは無理かぁ」

「ほっといてください!」

「ともかくだ、このHM…『HM−DSK』、まぁ、今までどおり四季で良いと思うが、彼女に青年のプログラム『C』を入れて彼女をサルベージする。『C』は青年のプログラムしかデータがないからな」

 そう言いながら緒方はテキパキと作業の準備をする。

「それで、彼女は助かるのですね?」

「ああ、彼女はな」

 そういって、緒方は眼鏡をクイッと上げる。

「お前は、分からない…」

「そうですか」

 彼の作業する手が止まる。

「えらく、落ち着いているな…」

「なんとなく分かってましたから」
 
 そういって、春夏は笑顔を見せる。

 今まで、一つの体を共有していた『彼ら』はすでに人格が混合してハッキリと分けることが出来なくなっていた。

 混ぜる事は容易でも、分離することは難しい。

 つまり、四季を助けることは春夏が死ぬということである。

 それでも、彼は―――

「さっさと、やりましょう。時間がないのです」

 彼女への想いは、加速するだけであった。

 装置をつけ彼女の横に横たわっている春夏。

 横を見ると彼女の顔がある。

「何か伝えることはあるかい?」

 白衣を着た緒方が春夏を見下ろしながら答える。

 緒方を見上げながら、彼はハッキリと言った。



   






  それが、彼にとっての最初で最後の告白であった。


         エピローグ


「楓ぇぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇっ!!」

「まるちぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいいいぃっ!!!」

「ぎゃおすぅぅぅううううぅぅうぅぅぅううぅうぅっ!!!」

「ギィーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 いつもと変わらないいつもの学校。

 少しずつ、暖かくなっている。

 彼女は構内の中庭のアスファルトを踏みしめる。

 日の光で暖かくなっているタイルを裸足で踏みしめたいと思う。

 風が吹く。

 心地よい風を体いっぱいに受け止める。

「四季さーんっ!」

 誰かが私を呼んでいる。

 後ろを向くと美香加ちゃんと瑠香ちゃんが手を振っている。

 小走りで走って来る彼女たち。

「ねぇ、あっちでご飯食べようよ!」
 
「うん!」

 私たちはそのまましゃべりながら近くの芝生へ歩み寄っていった。

 ふと、誰かにに呼ばれた気がした。

 辺りを見回しても誰もいない。

「どうしたの?」

 瑠香ちゃんが尋ねる。

「誰かに…誰かに呼ばれた気がしたの…」

 そう言った私を二人はどこか悲しそうな目で見ていた。

「…気のせいかな? 行こう!」

 足を前に出す。

どこまでも続く青空を私は見上げる。

 夏が近づいてきます。





「…本当に良かったのか?」

「ええ…」

 屋上に二つの影。

「しかし、なぜ彼女の記憶から自分の記憶を消した?」
 
 質問。

「彼女の気持ちはもうすでに別の方のものですから」

「それで良いのか?」
 
 驚き。

「ええ」

「それに…」

「おーい!!春夏!!」

「早く行きましょう」

 呼ぶ声。

「わかりました!! …では、私はここで!」

「ああ」

「それと…。 ありがとうございました」

「…俺のおかげではないよ」

 独白。

「さぁ! みなさん、今度こそHi―wait様を我らが同胞へ!!」

「「「おおーーーーーっ!!!」」」



 緒方はタバコに火をつける。


 そして、ニコチンを吸う。

「神様も粋なものだな…」


「我らが同朋に!!」

「うるさい!!」

「あ! だーりんっ!!」

「ぎゃぁああぁぁっ!! くるなぁぁぁっ!!」

「外道メテオ!!」

「みきゃぁぁあああぁぁぁっ!!!」

「でれんがいやー!!」




 ゆっくりと緒方は煙を吐く。
 
 雲ひとつない空を見上げる。

「奇跡を起こすなんてな…」

 そういって、又煙草を吸った…。




『まだ見ぬ素晴らしい幻想を見るために僕たちは幻想を消していくのさ
幻は消えることはない…解かれるだけ。 永遠の夢さ…。
そして、すべては現実になるための変数なんだよ』

ラストLメモ 完