Sメモ第5回 投稿者:鈴木R静


  『展開に困ったときはとりあえず爆発させとけの法則、炸烈!
   急転直下のSメモ第5回 再開ザンスよぉ、ふんがぁ、でやんす』

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 校舎を揺るがした大惨事の音響は、学園のみならず、ご近所の何も知らない
善良な家々にさえ轟いていたので、そんななか、当の爆発点のすぐ側である三
年C組の教室だけが騒ぎと無縁でいるというわけにはいかなかった。
 いや、被害という点においてなら、このクラスはもっとも手酷い迷惑を被っ
た内のひとつでさえあったろう。
 爆発は、三年C組がある校舎とは向かい合った隣の建物で起こった。C組は
二階、爆発も向かいの校舎の二階――つまり間に二枚のガラス窓と鉄筋のコン
クリート壁、そして50メートルほどの距離に満たされた空気の塊を挟んで、
それは炸烈したことになる。目と鼻の先だ。
 鈍い光が昼休みを終えて三々五々教室へと帰ってきつつあった生徒たちの半
身を白く染めた。それを彼らが知覚する間もあらばこそ、耳を聾する爆発の叫
喚が音の暴力となって窓を、教室を、校舎を吹き荒れ、最後にやってきた強風
の奔騰は窓ガラスに予想されうる使用状況を遙かに超えた圧力をかけた。
 ガラスは簡単に蜘蛛の巣模様を描きだし、そして我慢しかねる仕打ちに対す
る抗議の声をあげるかのように、あっけなく、割れた。ガラスの製造メーカー
が悪いわけではない。もともとガラスはこのような力に耐えられるようにはで
きていない。
 カーテンがたなびき、透明な破片が宙を乱舞する。
 生徒たちは降ってわいた災難に思考をなかば停止させながらも、本能的な動
きでそれぞれ耳を押さえるなり、頭を抱えるなりして、身を伏せた。
 しばらくしてようやく風の勢いが弱まり、爆発音もおさまってくると、彼ら
の精神も徐々に平静の状態へと戻っていった。
 口々に感情の高ぶるままに手近の者をつかまえては言葉をかわし、埃をはた
きながら怪我がないか確認し、騒ぎの元凶に恐れといまいましさの同居した視
線を向ける。
 そこは真っ赤な色彩が踊りたつ、灼熱の地獄だった。煙が大気の流れに乗っ
てこの教室にも侵入してくる。
 生徒たちの眼は自然とクラスのなかのある地点へと集中していった。
 彼らの疑惑の箭の交差する場所には、ひとりの真面目そうな顔立ちの学生が
立っている。
「ぼ、ぼくじゃないぞ……」
 クラスメイトたちの不審の眼に、彼は弱々しく潔白を訴えた。
 岩下信――華麗にして鉄をも溶かす破壊力を秘めた猛り狂う炎を御する、風
紀委員会の一員として風紀委員長である久々野彰の右腕的存在とも周囲には認
められている、紅連のSS使い。
「本当にぼくじゃないってば……」
 穏やかな性格の炎術のスペシャリストは、そういって情けなさそうに顔をし
かめた。

 三年A組の教室は騒然となっていた。
 右往左往する生徒たちの渦のなかで、しかし皮肉な陰りを微笑にまぎらせて、
落ち着き払って動じない者もいる。
 スクール机にゆったりと着席したまま、周囲を見るとはなしに眺め回すその
瞳には、この状況を楽しんでいるかのような余裕さえ漂わせている。
 ふん、はっきりしたことがわかる前にいたずらに動き回るのは、馬鹿どもの
することだ。爆発らしき音が響いたからといって、この教室だけを見れば普段
と何も変わってはいない。ならば事実が掴めるまでは静かに待機していればい
いだろうに。
 そんなことを考えていたとして、口に出すことはない。無駄なことはしない。
 と、かたり、とかすかな物音とともに、天井の格子状に組まれた板の一枚が
横にすっとずらされ、そこから顔をのぞかせた暗黒から、ひとつの影が舞い降
りた。
 それはあまりに音もなく、自然な速さで行なわれたため、周囲とはあきらか
に違う雰囲気のなかに身を置くひとりの男以外に、気付く者はなかった。
「久々野様、騒動の原因が判明いたしました」
 男のそばに片膝をついてかしこまった黒ずくめの人物が報告を述べる。
「いってごらん、聞いてあげるから」
 詠うような男――久々野の口調に、天井から降ってきた人物はやや緊張の度
合いを高めたようだった。
「は、推定爆心地第二本館二階の二年E組前廊下で起きました爆発は、やはり
彼の仕業であることが、現地に忍ばせました『草』の突撃現地取材員の調査で
わかりました」
 「草」というのは、久々野に直属の諜報機関の名称で、この存在を知る者は、
風紀委員会のなかでもトップの限られた人間だけである。「草」という名前は、
構成員が普段は久々野の別命あるまで平凡な一生徒として秘密を隠して暮らし
ていることから付けられたものだ。風紀委員会にはこの他にも公的に「生活指
導部」なる調査機関があり、厳しく生徒たちの素行を取り仕切っている。それ
ゆえに、風紀委員会、ひいては委員長である久々野彰は、一般生徒たちから恐
れと畏怖の混じった特別の目で見られているのである。
「『彼』か……するとやはり柏木楓がらみだろうね、今回も……」
 草の一員であろう人物は、答えない。久々野は己の思考を妨げられることを
嫌うし、なにより草の人間は必要最小限のこと以外は口にしないよう叩き込ま
れている。
 ちなみに現地に突撃取材を敢行した――させられた――勇気ある取材員のそ
の後の運命については、ふたりとも頓着しなかった。彼らを繋ぐものは力によ
る主従関係だけだ。
 久々野はしばし己の思案に沈む。
 騒がしい喧噪のなか、開け放ってあったドアをくぐって男がひとり、駆け込
んできた。
「おい、久々野、これは何の騒ぎだ!?」
 やってきた背の高いすらりとした男は、切れ長の眼を見開いて、詰め寄る。
「やあ、生徒会長、ずいぶんあわててるね、少し落ち着いたらどうだい?」
 「草」はすでに姿を消しており、天井にもその痕跡は残っていない。
「十分落ち着いてるさ。うちで調べるより、あんたに聞いたほうが早いと踏ん
だんでね。自慢の諜報機関ですでに情報はつかんでいるんだろう?」
「まあ、ね。あ、そうそう、月島生徒会長、例のFoolくん? なんでも噂の転
校生に返り討ちにあったそうだよ」
「それはぼくも千鶴先生経由でさっき聞いた。別に期待はしちゃいなかったさ。
ま、痛いのは来栖川陣営であってうちじゃないんでね……それにこれで転校生
が向こうの味方じゃないってのははっきりしたしな」
「こっちの味方でもないけどね」
 久々野が軽い興味をたたえた表情を向ける。
「やつが何の目的で当校にやってきたのかは不明なままだ。矢島を捕獲し聞き
出そうとしたが、やつは肝心なところは何も見ちゃいなかったし……」
「Foolか……彼ははたして来栖川のもとに戻るだろうか……?」
「と、いうと……?」
「せ、せんぱーーーーい」
 怪訝な顔で久々野の真意を正そうとする月島の言葉に、新たな言葉がかぶさ
った。
 彼の後から息せききってやってきた女生徒が、はあはあと苦しげに肩を揺ら
している。
 藍原瑞穂――それが彼女の名前だ。
 生徒会の書記である彼女は、ちょっと恨みがましい視線を生徒会長に振りや
った。
「もう、すぐに報告に戻りますから、おとなしく自分の教室で待っていてくだ
さいっていったのに」
「ごめんごめん……でも、よくここだってわかったね」
「それはもう……来てるんだったら、久々野さんのところだろうと思って」
 そうして瑞穂は、本来の用事を思い出したように事務用の態度に切り替える
と、用件の報告にかかった。
「生徒の避難準備は現在職員たちと生徒会の役員、それにクラブ連合の有志の
人たちによって進められています。このことに関してはもうすぐ放送があると
思います……あと、被害ですが……」
 ここで瑞穂はちょっと涙を滲ませた。
「……やはり爆発があったすぐそばの教室、およびそのときたまたま廊下に居
合わせた生徒たちには相当の被害があったようです……死傷者も数え切れない
ほど……ううっ……」
 堪えきれなくなった彼女の足下に小さな雫が落ちる。
「そうか……つらい報告、ごくろうだったね」
 月島は久々野に向き直った。
「こんな非常時には、生徒会も来栖川も関係ないってことだね。それに『彼』
はフリーで、どっちの陣営にも属していないわけだし……ん?」
 月島の見ている前で、久々野は懐から日記帳のようなものを取り出すと、ぶ
つぶつとつぶやきながら何事か書き込みを始めた。
 その小さなつぶやきには、月島には理解できない、しかし確かに感じ取るこ
とはできる、不可視の圧力が含まれている。
 SS使いの奏でる言葉は、世界の様相を塗り替えていく、魔法の言葉だ。
「……第二本館にて起こった爆発は、建物を広範囲に渡って破壊したが、幸い
なことに教室、廊下ともに昼休憩ということもあり人の気配はなく、奇跡的に
死傷者はゼロであった……」
 そう口にしながらペンを走らせ、そしておごそかに本を閉じた。
 瞬間、世界が変わった。
 それは術者の久々野が望んだ世界。
「あ、あれ……わたし、なんで泣いてるんだろ……!?」
 不可解そうな瑞穂の様子にそれは現れている。
 久々野が及ばす魔法は、一般の人々ならば完全にその影響下に置き、例え力
ある者であろうとも、事象がねじ曲げられたことはわかっても――つまり変格
前の記憶を保つことはできても――その改変を阻止することはできない。
 月島は皮肉そうに顔をしかめてみせたが、あえて彼には何もいわず、瑞穂に
言葉をかける。
「さ、藍原くん、ここはもういいから、先生がたを手伝いに行ってきてくれな
いか」
「え、でも月島さんは……?」
「ぼくは、もうちょっと久々野くんに話がある……それが済んだらすぐにぼく
も駆けつけるから」
「そうですか……はい、わかりました」
 瑞穂は聡明な少女である。何か彼女に聞かせたくない話でもあるのだろう、
そう敏感に感じとって、素直にうなずく。
 彼女の姿がふたりの前から消えたのを確認すると、月島は話を接いだ。
「ふうん、『闇判官』の久々野さんともあろう者が、優しいんだねぇ」
「別に……風紀委員長として、学園の一生徒として、生徒の安否を気遣うのは
当然のことだろう?  ……君こそ、もう少し生徒会長として生徒たちの身を案
じるくらいしたらどうだい? もっとも、君には瑠璃子くんがいればそれでい
いんだろうけどね」
 そういって久々野は、微笑にその面をいろどらせた。それは、見る者をどこ
か苛立たせるような、かすかな蔑みのこもった表情だった。ことに、金属フレ
ームの眼鏡が似合う理知的な久々野の顔立ちにそれが浮かんだとき、その微笑
は意識を向けられた者皆に痛烈な面罵の念を引き起こすのだ。
「ふん、あんただって偉そうなことをいっていても、結局は藍原くんの涙にほ
だされただけだろう? あんたは力弱き者、取るに足らない者を異様に偏愛す
るからな」
「……メインストリームになれない一般の人々のなかにこそ、人生の哀歓は存
在していると思うんだがね。ま、いまここで君と各々の嗜好について論議する
つもりはないな。問題はこれからの対応さ」
「……いっそのこと、爆発そのものを無かったことにすればよかったのに」
「いや、さすがにぼくもそれはちょっとキツイ。ぼくの能力だって万能という
わけじゃない。事象の変革といったって、所詮は力と力のぶつかりあい、言霊
と言霊のしのぎあいの結果生じる答えにしか過ぎないのさ。それに今回の爆発
は『彼』が絡んでいるから、それはちょっと骨が折れるだろう。もちろんやろ
うと思えばできるけどね……ただ……」
「ただ……?」
「ぼくには今回の件は大いなる転換点のひとつのような気がしてならない……
事態はまだ始まったばかりという、そんな気がしてならないんだ……」
 考え込みながら、ひとつひとつ慎重に言葉をつむぎだしていくかのような久
々野の口調に、月島も気持ちを引き締める。
「……月島生徒会長」
「なんだ?」
「……君は電波兵団を準備しておいた方がいい。ぼくも風紀四天王をいつでも
出せるように招集をかけておく」
「……! そ、そこまでするのか。どうせやつがいつもみたいに暴走しただけ
だろう!? たしかに今回はちょっと信じられないほど被害がでかいが……」
「ああ……発端はそうさ。しかしきっとこのままでは終わらない……そんな予
感がおさまらないんだ。そして残念ながらぼくの予感はこれまで、はずれたこ
とがないんだ……」

「おっす、おら、Rune。うひゃあ、なんかすっげえ音がしたなあ。おら、びっ
くりこいちまったぞ」
「ちょっと、ちょっと、るーちゃん……」
「ん……? すこちゃん、どうした」
 ふたりの学生が中庭を歩いている。
 ひとりは大柄な体躯を誇る、笑うと明るい太陽が輝いたような陽気な薩摩男
児風の印象を与える、自らをRuneと名乗る男。そしてその傍に寄り添うのは、
体型は標準的な日本人のそれだが、鼻と同じ高さに伸びた前歯が何故か関西風
の印象をかもし出している、Runeにすこちゃんと呼ばれた男である。
「いったい誰に向かって話してるのさ」
「七人のSS使いを取っ捕まえて……もとい、協力してもらって、しすてむ3.
5を呼び出せれば、望みはなんでもかなうという……うわー、おら、わくわく
してきたなぁ」
「……人の話をきいちゃいない……」
 健やか――愛称すこちゃん――は頭はかかえた。
 そのとき、Runeの手にしていた懐中時計のようなものから、ピコーン、ピコ
ーンという発信音に似た響きが鳴り渡った。
「お、SSレーダーに反応があるぞ。それっ、こっちだっ」
「うわっ、待ってよ、るーちゃーーーん」
 ふたりはあたふたと駆け出していった。
 その先には、青い空を背景に一条の黒煙が不吉にたなびいていた。

 学園上空――高度およそ50000メートル。
 成層圏と中間圏のちょうど境目にあたる成層圏界面と呼ばれる場所に、それ
は存在していた。
 人類が為しえた空に浮かぶ建造物のなかでも、それは未曾有のものであった。
「お嬢様方、目的地上空に到達いたしました」
 黒スーツに身を整えた、初老の紳士がかしこまる。
「ねえ、長瀬さん、こんな馬鹿でかいもの飛ばして、日本政府になにかいわれ
ないの?」
 つややかなストレートヘアに軽いくせっ毛の跡を残した、綺麗な、しかし勝
ち気そうな瞳が意志の強さを感じさせる、すらりとした少女がいった。
「……セバスチャン、でございます」
「ねえ、長瀬さんったら」
「……セバスチャン、でございます……!」
「う……、わかったわよ、で、どうなの、セバスチャン?」
「心配はご無用にございます、綾香お嬢様。我々は、現在、自衛隊からも、在
日米軍からも、もちろん各国のスパイ衛星からも、『見えていない』状態です
ので」
「さすが、異星人のオーバーテクノロジーといったところね。たぶんいまの来
栖川財閥の力なら、国連軍とも充分向こうを張れるわね」
 心底関心したようにつぶやく綾香のそでを、引っ張る者がある。
「姉さん……」
 彼女がそういって振り返った先には、もうひとりの少女がいる。
「……」
「え、そんなことはしたらいけません? もう、いってみただけよ。ホント、
芹香姉さんは真面目なんだから」
 綾香とそっくりな容姿の――しかし雰囲気はまるで正反対な――芹香と呼ば
れた落ち着いた少女は、その言葉にちょっと困ったような顔をする。
 彼女たちのまわりでは、たくさんのクルーたちが忙しそうに立ち働いている。
 そこは軍用艦の艦橋を思わせる場所だった。
 いや、実際にここはその通りの場所なのだ。ただ、これが空に浮いていると
いう相違を除けば。
 来栖川財閥私蔵超超弩級空中輸送空母――轟天丸。それが現代に蘇った新た
な浮島(ラピュタ)の名称だった。
「わかってるって、姉さん。私たちの目的はテナントの破壊だっていうんでし
ょ。わかってるわよ、そのためのカレルレンであり、ラシャヴェラクですもの
……大丈夫、わたしたちふたりが組めば、絶対負けないわ、絶対に……!!」
 綾香の強い決意を秘めた宣言に、芹香は静かにうなずいた。
                               (続く)