Sメモ第2回 投稿者:鈴木R静


 『SRSが鈴木R静さんにおもしろいと認めさせたSS、Sメモ第2回
  君もリーフHPに行って勝手にじゃんけんをしよう!』

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 橋本は己の一撃が、不幸な相手をたやすく打ちのめす様を想像した。
 しかし、現実はそうはならず、いや、それどころか橋本が考えもしなかった
様相が、彼の目前では展開していた。
 橋本は驚愕に目を見開く。
「ご主人様、大丈夫?」
 わるちが声をかける。しかしさっきの悲痛な叫びとは裏腹に、今度の口調に
は、あまり心配しているような素振りは含まれていなかった。どうやら軽くい
なせる相手だということが、彼女にものみこまれたらしかった。
「な、なんだって……」
 橋本がうめく。
 彼の固く握り締められた右手は、しかし静に到達する直前で、動きを止めら
れてしまっていた。
 振り返った静が、ひょいと、本当に何気ない仕種で差し出した左手の人差指
が、彼の小さな暴風を受けとめていたのだ。
 何も力が加わっているようには、見えない。それなのに、その指によって拒
絶された、その先へは、毫ほども拳を推し進めることができない。
 いや……それどころか……!
 橋本の驚愕は、自らが理解できない事象に対する畏れからくる、パニックへ
と変じた。
 その拳は押せないどころか、引くこともできないのだ!
 橋本はまぬけな態勢のまま、空中に右腕を縛り付けられた格好になった。
 そう、文字通りそれは縫いつけられたという以外になかった。
 静が、すっとその、芸術家によって大理石から削り出されたとも形容できる
麗しい指を離した後も、橋本の腕は、そこに本人の意志とはおかまいなしに留
まり続けた。
 静がさきほど指を差し出しながら、その唇でかすかに何事かの言葉のような
ものつむぎだしていたことに、もし橋本がもう少しでも注意深く、慎重であっ
たなら、気が付きもしただろうが、無論、そのような性格でなかったからこそ、
彼はいまの事態を招いたのだともいえた。
「なんだよ……なんなんだよお……おまえは……」
 橋本の声は震えている。
「ふむ……本当に人を打ちすえる気があるのなら、どうしてわざわざ振りかぶ
って、相手にこれから殴りつけることを教えてあげる必要があるんです? 私
は荒事は苦手ですが、それでも、こうしたらいいんじゃないかな……ぐらいは
思いますけど」
 そういって、静は聞き取れないつぶやきを数瞬、大気に放った後、何の予備
動作もなく、つと右手を突き出した。しかしあくまでそれは流れるような、優
雅なものであった。
 手は固められていない。いわゆる掌丁というかたちである。
 その掌がゆるやかに――そう呼んでいいほどに優美な動きで橋本の胸部に触
れた瞬間、彼はいきなり弾き飛ばされた。
 固定されたままだった右手も、無理矢理もぎはなされたように自由を取り戻
す。
 橋本は、ダンプカーに正面から追突されたように感じていた。
 すさまじいまでの衝撃だった。
 そのまま――ぼろ布のようになす術もなくコンクリの地面を転がされながら、
橋本の意識は、すみやかに彼の心から遠のいていった。
「あ……あ……あ……、そ、そっスよ、先輩! おれ、これから救援を呼んで
くるっス。……やい、し、静! 見てろよ……仲間が来りゃおまえなんか……」
 もうひとりいた男――矢島は逃げた。
 静はそちらを見ようともしない。
 このとき、薔薇部にその人あり……と呼ばれていた(自称)、橋本と矢島の
コンビは、崩壊した。もちろんそんなことは、露ほども静の知ったことではな
かったし、知ろうとさえ思わなかったであろうが……。
「はあ、なんだか騒がしいふたりだったねえ。……でも、よくあんなのでご主
人様に手を出そうなんて思ったよなあ。……その命知らずは賞賛に値するケド」
 わるちは事の顛末である、向こうの地面に転がるぼろぼろの物体をちらとか
えりみながら、いった。
 静は相変わらずたおやかにたたずんだままで、その貌はどんな表情もあらわ
さない。
「……それは失礼しました」
 不意に、声が降ってきた。
「――!」
 わるちは驚いて、その声の響いてきた先を探る。
 静も、おっとりとそちらに視線を向ける。
 屋上の唯一の出入り口である扉がしつらえられた、コンクリ床からはその扉
の高さぶんだけぽっかりと浮き上がった、山小屋然としたささやかな建物のそ
の天井から、その声は投げかけられたのだ。
 丁寧な言葉使いながらも、どこか人を小馬鹿にしたような嘲笑をはらんだ、
そんな口調だった。
 立ち上がったその男は、静たちからは、扉の、そのさらに上に屹立している
ように見えた。
 位置的に、男が、ふたりを睥睨する構図だ。
「いましがたは、うちの馬鹿部員が失礼しました。……申し遅れましたが、私、
薔薇部部長をつとめさせていただいております、Foolと申します。以後、よろ
しく……」
 軽く一礼する。
 髪をこざっぱりとスポーツ刈りにまとめた、角っぽい顔立ちの、いってみれ
ばそう、典型的な体育会系の容貌をした男だった。
 Foolと名乗った彼も、黒の学生服を着込んでいる。さきほどのふたりもそう
だったが、この学園の生徒はブレザー着用であるはずなのだが、なぜ彼らは学
ランなのだろうか。
 あるいは、これが薔薇部のユニフォームか何かなのだろうか。
「ところでFool……さん? ちょっと聞きたいんだけどさあ」
「なんだい、わるちくん?」
 Foolはわるちのほうに向きなおった。
「もしかして、さっきからずっとそこに隠れてたの?」
 わるちもFoolを見上げつつ、問う。
「はっはっはっ、これは痛いところをつかれたなあ。……ここはひとつ、秘密
ということにしといてくれたまえ」
「なんだよ、それ? うー、おしえておしえてー!」
 地団太踏むわるち。
 それを見つめるFoolの両目に、一瞬、冷徹な影がよぎり、消える。
「よし、じゃあ、こうしよう、わるちくん! 君の秘密を教えてくれたら、私
の秘密も教えてあげるってことで。お互いに教えあいこしようじゃないか」
「ボ、ボクの秘密?」
 話を振られたわるちは、ナニを想像したのか、ちょっと赤くなると、もじも
じと視線をさまよわせる。
「そう、君の秘密。……来栖川わるち……君はいったい何者だい? 来栖川…
…こんな姓はそこら中にそうそうあるものじゃない……。芹香さんに聞いても、
わるちなんて名は知らないそうだよ……」
 そこまでいって、Foolは薄く笑った。
「……まあ、メイドロボだろうって予想はしてるんだけどね……でもそれだけ
じゃあないような気もする……」
 わるちは何と答えたものかと、とりすがるように、彼女のご主人様をおあぎ
見る。
 Foolもそれにならって、静に話の対象を換える。
「……知りたいですか?」
 新たな男の出現から沈黙を保っていた静が、初めて口を開いた。
 玉のようなその言葉の響きに、周囲の緊張が一段と高まったように感じられ
た。
「知りたい……ねえ」
 知らずごくりと喉を鳴らすFool。それほどに、この眼下の美丈夫の一挙一動
は、その意志の向けられた相手に見えない威圧を与えるのだ。なまじ力を待つ
者であればなおさら感じ取れる類の、そういう圧力だった。
「だったらあなたの秘密、私にも教えてくださいな……さっきのあなたのとこ
ろの彼……がいっていた『あちらの陣営』だとか……『芹香嬢』だとか……い
まひとつ話が掴めないんですよ?」
「ふう……そんなことでいいのか? 知りたいんなら教えてやらないでもない
が……あんた、ホントは知ってんじゃないのかい? あんたはやつらが呼び寄
せた転校生だと俺は睨んでたんだがね」
 口調が「私」から「俺」に変わっている。わるちはともかく、静相手に遊ぶ
余裕はあまりないらしい。
「やつら……」
 そんな静の合の手に、
「生徒会さ」
 と答えるFool。
「月島と、裏で糸を引く久々野が牛耳ってる、生徒会。……いま、その生徒会
と、芹香さんのオカルト研を盟主にいただいた俺たちクラブ連合は、抗争の真
っ最中なのさ。……薔薇部としても、やつらにゃたんまり恨みがあるんでな…
…」
 いったんは橋本と矢島を絡ませて「裏」を撮り、薔薇部の資金にすることを
密かに了承しながら、後でその部費を全額没収したのが、生徒会であった。
「あんたの聞きたかったことってのは、そういうことさ……それじゃ、今度は
そっちが質問に答える番だ。……あんたら……何者だい? 何の目的があって
この学園にあらわれたんだ?」
 しかし、静は押し黙ったまま。
 そして、その口の端には、次第に楽しげな微笑がしわを刻む。
「何が微笑しい?」
「ふふ……いやね……約束ってのは……」
 静のこのうえもない美しい瞳が、挑発するかのようにFoolを視野の下辺にと
らえる。
「破るためにあるんですねえ……と思ってね」
「……それが答えか……」
 Foolの顔色が、こころなしか変化する。
「しかし、いけねぇなあ……これだから自分に絶対の自信を持ってるやつって
のは困る……自分が一番強いと、そう思ってやがるんだ……甘ぇなあ……」
 静の、そして、わるちの髪がさやさやとなびき出す。
 風がゆるやかに吹いてきていた。
 それは上方から流れてくるのだ。
 その先にはFoolが立っている。
「あんたのこと、教えてくれとはいったが、こっちだって、まんざら、まった
くあんたのことを知らないってわけでもないんだぜぇ。え、静さん? なんせ
こっちには、芹香さんの占いがついてるんだからな。なんで俺が薔薇部の部長
をしてられるか、そしてなぜ俺がクラブ連合からあんたのとこに派遣されてき
たか……この意味がわかるかい? ええ、静さん……いや『薔薇の王子様』よ
?」
 Foolの呼気の吐きかたが、あきらかにさっきまでとは違う。
 これが何を意味しているのか、そしてこれから何が起ころうとしているのか、
静には十分過ぎるほど理解されていた。
「橋本のやつもふがいねえ、少しはあんたの手の内を引きずり出してくれねえ
かと期待はしてたんだが……所詮は無駄だったか……」
 風が流れてくる……次第に……強く、強く……。
「そういや……」
 Foolがニヤリと表情をひきゆがめた。
「SSがどうの……といっていたな……。その意味、よっくわかるぜ。なんせ
俺も……SS使いだからなっ!!」
 刹那、ごうと風が鳴った。
 猛き風が告げるのは、闘いの第二幕のその開演か。
 荒ぶる嵐が呼ぶものは、抗争に揺れる学園を襲うさらなる風雲か。
 静の、わるちの、そしてFoolの死闘が、いま、始まる。
                               (続く)