L学恋愛シミュレーション「映画館の憂鬱」 投稿者:霜月祐依


「ボーナス〜!?」
「そっ、時期が時期だし」
 放課後、来栖川警備保障の基地にはへーのきの素っ頓狂な声が響いていた。
「そんなものあるわけないですよ」
「でも仕事は大変だし、俺達の志気を高める為にも特別手当を」
 なおもへーのきにしつこく食い下がるのは霜月祐依その人であった。
「大体、2週間前に今月分のバイト代前借りしたばかりじゃないですか」
「う゛っ」
 霜月の反応を見て、へーのきの目がスッと細くなる。
「前借りした分が手元に残ってないから、変な理由をかこつけて余分に貰おうという
魂胆ですか?」
「あ、いゃぁ、前借りしていた分だってことをスッカリ忘れてて」
 力無く笑う霜月。自業自得なんだけどね。
「どちらにしろ、ここのお財布を握っているのはDセリオさんとDマルチさんですから
あの二人を相手に頑張って論破してみてください」
「いや、そいつぁ無理だ」
 当然の事実を突きつけられ、霜月の肩ががっくりと落ちる。その前にへーのきにへの
根回しの時点で失敗しているからどうしょうもないのだが。
 そこへ、噂をすればなんとやら、Dセリオがやってきた。
「ほら、霜月さん頑張れ」
「頼むへーのき君、一緒に説得してくれ」
「冗談じゃないですよ、僕の分が削られるじゃないですか」
「―何の話してすか?」
 怪訝そうに問いかけるDセリオに思わずあわててしまう霜月とへーのき。
「それはそうと霜月さん。今月は特に頑張っていただいたので、これを受け取って
下さい」
 そう言って、霜月に封筒を手渡す。開けて見るとそこには映画館ののチケットが入って
いた。
「これは?」
「霜月さんは特に頑張って頂いたので、特別なご褒美です」
 予想外の展開にとまどう霜月。自分の希望が思わぬ形で叶えられたのだ。現金では
なくても、『特別なご褒美』という響きで十分満足してしまっていた。
(ん? 待てよ…)
 そんなやりとりを傍目で見ながらあることに気がつき、二人に気づかれないように
手元にあった電卓のキーを叩く。
(えーと、霜月さんに前払いしたバイト代がこれだけで、実際に勤務した時間がこれだ
けで、差額がこれだけだから……)
 その瞬間、へーのきの頭の中に『現物支給』という単語が強烈に浮かぶ。
(Dセリオさん、霜月さんの超過勤務分を映画のチケットでごまかそうとして…)
 しかも、どこかで見覚えがあると思ったら、先日長瀬源五郎が訪れた際にみんなに
と言って置いていったチケットであることを思い出した。
 が、その事実を突きつけることなく喜ぶ霜月を温かく見守るへーのきであった。
何故なら、下手に正義感を出して自分が同じ目に遭いたくはなかったからである。



「さて、貰ったことには有効活用しないとな」
 チケットが入った封筒を片手に持って廊下を歩く霜月。いい機会なので誰かを誘う
いい口実が出来たのである。

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 さて、誰を誘う?

1.大場詠美
2.桜井あさひ
3.メイフィア・ピクチャー
4.長谷部彩

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1.大場詠美の場合

「う〜ん、誰を誘おうか…まいったなぁ」
 霜月は人並みに悩んでいた。長谷部彩はバイトがあるような話をしていたし、桜井
あさひも声優の仕事が忙しい。メイフィアは暇だろうが生理的にどうも苦手…。
「消去法で考えても詠美になってしまうではないか」
 どうも、女王様詠美とその『したぼく』霜月という公式が成立してしまう以上、
ここでデートに誘ったら益々…。とくだらない事で悩んでいた。

「ん? 祐依じゃない。どーしたのよ」
 教室に戻ると、そこには大場詠美一人だけであった。
「誠治達は?」
「みんな部活に行っちゃったわよ。この詠美ちゃん様を放ったらかしにして」
 自分一人が置いてけぼりにされたことで不満を顕わにする詠美。確か、詠美も美術部
だったような気がしたが。
「なに突っ立ってんのよ。ぼけーとしちゃって」
「うっせぇな。考え事してたんだよ」
(夕日がさしこむ教室内でふくれてみせた詠美の表情がかわいく思えたなんて、口が裂
けても言えるか…)
 折角の誘うチャンスも、余計な口答えをしてしまう事で失ってしまう霜月。
「詠美は単純だから、考え事しなくって済むもんな」
 更に余計な一言。
「えっらそーに! したぼくの分際でちょームカツクゥ!! 私だって悩むことぐらい
あるんだから」
「ほぅ、言ってみろよ」
「祐依が先に言いなさいよ」
 やぶ蛇。
「「……次の日曜日なんだけど」」
 思わず声がハモってしまい、顔を見合わせる。
「なによ」「なんだよ」
 二人とも二の句に詰まってしまい、沈黙の時が流れる。
(しっかし、なんで『映画にでもいかないか』って一言が言えないんだ。普段から
言いたい放題言ってきた詠美じゃないか)
 霜月は、いつもの調子で話すことが出来ない自分がもどかしい。ふと考えてみると、
詠美とはよく遊ぶけど、休日に二人っきりでのデートそのものが無かったような気が
する。
「ねぇ、祐依。日曜日どっか行くの?」
 詠美の一言によって、沈黙は唐突に破られる。
「そ〜だなぁ、詠美と映画でも観るか」
 間髪入れず霜月が答える。どうも、このあたりの会話の掴み方というのは女の子が
一枚上手のようで、詠美の言葉によってスムーズに切り出すことが出来た。
「いーわよ。詠美ちゃんの見識を広げるために祐依も協力しなさい」
 詠美も少々皮肉りながらも了承する。この程度の皮肉なら許容範囲内だ。
「じゃ、待ち合わせはどこにする?」
「学校に朝9時」
 待ち合わせを決めようとしたら、有無を言わせぬ口調で詠美が指定してくる。それじゃ
普通に登校するのと変わらないと反論しても聞き入れようとはしない。
「はぁ、解ったよ」
 これ以上、反論しても無駄と悟った霜月は渋々了承した。理由を聞いても教えてくれ
ないのに多少の引っかかりは感じたが。



 日曜日
『ここで上底と下底の長さを足して2で割ると…』
『わぁ〜、台形の面積ってこうやって求めるんだぁ』

「・・・・・・」

『このマグネシウムを燃やすと、酸化マグネシウムに生まれ変わるんだ』

「・・・・・・・・・」

『やぁ、ぱくさんだよ。これから一緒に町の暮らしを…』

「だぁっっっ、やってられっかぁ!!」
「ちょっと、私のしたぼくだったら上映中ぐらい静かにしなさいよ」
 上映中に叫んでしまい、詠美から文句が飛ぶ。
「大体これは休日にすること違うだろ!!」
「いーじゃないの、二人っきりとはいかないまでも邪魔は入らないんだから」
 と同時に、霜月は後ろを振り向く。そこには、霜月と詠美の他にもう一人、じっと
こちらの様子を伺っていた。
「お前達の為を思っての事だ、気にするな。…折角の日曜日なのに」
「お察しします。耕一先生」
 霜月は、入り口をがっちりと塞ぐように席の後方に座っている耕一に少し同情した。
そして、それ以上に自分にも同情する。
「ど〜りで、あの時みんないなかった訳だ…」
 霜月は詠美を誘った時の状況を思い出しながら呟く。こうなる事を知ってて逃げてい
たのだ。やがて、上映が終わり室内に光が戻る。
「ふみゅ〜、やっと終わった〜」
「何言ってるんだ、これからなんだからな」
 霜月は、詠美の前に数冊の本を置いていく。
「ちょっと、ユーイ! したぼくなら助けなさいよ!!」
 目の前に置かれた本を広げながら、詠美が抗議の声を上げるが当然聞き入れられない。
「まったく…。ま、こんなのもアリか」
 泣き顔の詠美を見、呆れながら手元にあったペットボトルを口にやり喉を潤す。
 その様子を眺めていた耕一はとりあえず釘を差す。

「あー、霜月。視聴覚教室は飲食禁止だぞ」

                              ノーマルEnd…?
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2.桜井あさひの場合

「そーだ、この前のお詫びも兼ねて、あさひちゃんを誘おう! あさひちゃんも普段
声優の仕事で忙しいだろうから映画でも見てもらってリラックスしてもらおう」
 映画を見てリラックスできるかどうかは疑問なのだが。
「さぁて、あさひちゃんのクラスは…」
 そう言って歩を進めようとした霜月は奇妙な視線を背中に感じた。それに気づいて
後ろを向くと、今度は反対側から先ほどの視線を感じる。
「? まぁいいか」
 気にするのを止め、再び歩き出したその瞬間。

「わっ、とと」「へ?」
 ドォーン
「うわっ」「きゃぁ」

 後方からの衝撃に思わず前のめりで倒れる霜月。
「いっ痛〜」
 鼻っ柱を押さえつつ、後ろを振り返ると自分に向かって女の子が倒れこんでいる。
「え、わっ、そ、その、ごめんなさいっ」
 その少女は霜月が声をかけるまもなく錯乱気味の謝罪をし始める。その少女は髪を
束ね、眼鏡を掛けていたものの、その声でピンとくるものがあった。
「あさひちゃん?」
「え、わっ、し、霜月さん、そ、その、お、おはようございます」
「いや、今は放課後なんだけど…」
「あ、あの、霜月さんに用があって」
「俺もあさひちゃんを探していたところなん…って聞いてないし」
 あさひは霜月の言葉も聞かずに手持ちの鞄の中を漁っている。そして、メモ帳を
取り出すと一気に読み上げる。
「映画の招待チケットがありますので、よろしかったら霜月さんも来て下さい」
 それだけ言うと、あさひは片手に持っていたチケットを霜月に渡すとすごい勢いで
走り去っていってしまった。
「…え〜と、後方から勢いよくタックルした理由は教えてくれないのね」
 向こうから誘ってもらう形になったのにもかかわらず、どうも霜月には狐につまま
れた感じがしてならなかった。



「なんだ、霜月さんもタックルされたんですね」
「あさひちゃんと二人っきりでのデートかと思ったのにYOSSYも誘われていたのか」
 次の日曜日、映画館の前で会話する霜月とYOSSYFLAMEの姿があった。どうやら、
YOSSYFLAMEも同様にタックル付きで一方的にチケットを渡されていたらしい。
「それにしても、人多いな〜」
「なんか、男ばっかりですね…」
 映画館の前はやけに人だかりが出来ていた。そして、男ばかりで心なしかYOSSYFLAME
の機嫌が悪くなっている。
「あさひちゃん遅いな…」
「絶対にこの時間に来て下さいって言ってましたから。後で来るのかもしれませんね」
 そうこうしている間に会場の時間となり、席に案内される霜月とYOSSYFLAME。そこは
俗に言う『かぶりつき』。最前列のど真ん中というスクリーンを見る分にはチト辛い場
所だった。
「え〜と?」
 顔を掻きながら周囲を見回す霜月。二人の左右の席には何台ものカメラが立ち並び、
おたく縦・横に周囲を囲まれていた。
「なんなんだ一体…」
 YOSSYFLAMEの言葉がかなりトゲトゲしいものになってくる。YOSSYFLAMEの態度に呼応
しているかのように、周囲のこちらに向く視線がキツイものとなっていた。

 やがて、時間となり館内放送が流れた後ステージのライトを残して客席が暗くなる。
「あさひちゃん、来ないなぁ」
「そうですね…って、あれは?」
 YOSSYFLAMEがステージ上を指さすと、いつのまにかステージ上にいた司会らしき人
物のが語り始めていた。
「あぁ、初日だから舞台挨拶なのか」
 やがて、司会が一通りスピーチを終えるとBGMと共に見知った人物がステージ上に
現れた。

「「あさひちゃん!?」」

 ステージ上にはドレス姿のあさひが現れると同時に客席全体から怒号のような歓声と
異常なまでの熱気があふれ出す。そして、左右に展開されているカメラがこれでもかと
フラッシュの嵐をステージに浴びせだす。
「っと、どういうことなんだ? YOSSY」
「つまり、今日は初日の舞台挨拶で、この映画であさひちゃんが主演ってことで…」

「「俺達が座っているのは『特別なご招待席』ってことになるんだよな」」

 そう二人の声がハモった瞬間。司会が余計な一言を言う。
「それはそうとMy同士あさひ。今日はおまえの友人が応援に訪れているのだな」
「はいっ、今日は『一番前で私に元気をくれる』って駆けつけてくれました」
 言ってもいない言葉を言ったことにされ、と同時にスポットライトに照らされる霜月と
YOSSYFLAME。
「おいっ、あの司会って九品仏先生じゃないか?」
「ってゆーか応援て!?」
 その瞬間、客席の全ての殺気が自分たち二人に向けられていることが強烈に感じられた。
「それでは、精一杯やりましたので最後まで見ていって下さいね〜」
 あさひの締めの言葉と共にステージ上から他の出演者が降り、やがて真っ暗になった
館内に映写機からの光が浮かび上がる。そして、映し出されるシルエット――。



 翌日

「おはよっ、YOSSYに霜月先輩」
「ああ、広瀬か」「おはよ〜」
 二人並んで登校している姿を見つけたゆかりは声を掛ける。
「昨日って、あさひちゃんの映画見てきたんでしょ? どうだった?」
「どっだったも何も、なかなかのバイオレンスだったよな」
「ハリウッドも香港も黙らせるぐらいでしたね」
 それを聞いてゆかりは首を傾げる。
「おかしいわね、純愛ラブロマンスだって聞いていたんだけど…」

                             バイオレンスEnd.
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3.メイフィア・ピクチャーの場合

「映画? いーわよ」

 放課後の美術室。霜月は、半ば美術部の居候と化しているメイフィア・ピクチャーの
所にいた。
「ん? どしたの? そんな顔して」
「いや、やけにあっさりと受けるなぁーと思って」
「別に嫌ならいーわよ。彩ちゃんでも誘ってみれば」
「はぃはぃ、じゃ次の日曜日な」
 どうもメイフィアと話すとペースが狂わされる感じがした霜月は、待ち合わせだけ
決めると早々にその場を後にした。



「・・・遅い!」
 次の日曜日、映画館の前で足踏みをしながら待ち続ける霜月の姿があった。
メイフィアの性格を考えて早めに設定したものの、かれこれ1時間以上待ち続けて
いる。

「あら、お待たせ〜」
「お前なぁ…」
 メイフィアが現れたのはそれから更に30分程経ってからであった。両手に紙袋を
抱えて…。
「ほぅ、俺がずっと待ちぼうけている間、ずっとジャンジャンバリバリやってた訳だ」
「まぁまぁ勝ったんだし、化粧品あげるから」
「いるかっ」
 メイフィアは反省の言葉も態度もないらしく、いつものペースを崩さない。
「もぅ初回の上映には間に合わないけど、どれにする?」
 霜月が映画館の前に飾られたポスターを指さす。
「そぅね…。あれにしましょ」

『・・・・・・』
『いやっ、こ、来ないで! キャーーーッ!!』
 ザシュッ!

 スクリーンいっぱいに鮮血が飛び散り、と同時に館内のあちこちから黄色い悲鳴が
飛び交う。
「…つまんないわね、これ」
「メイフィアが怖がったらそれはそれで面白いけどな」
 その一方でポップコーンを頬張りながら、退屈そうにスクリーンを見つめる霜月と
メイフィアの姿があった。
「なんか、もぅちょっとリアリティってのが欲しいわね」
「ホラー見たいって言い出したのメイフィアじゃんか」
「人間の作るホラーって奴がどれほどか見てみたかったのよ。これだったらルミラ様の
お怒りの方が何万倍も怖いわ」
 ポップコーンをもう一掴みすると視線を前方にやるメイフィア。すると、あることに
気づいたのか霜月を手招きする。
「なんだよ一体、って陸奥とセリオか?」
 霜月達の数列前には陸奥崇とセリオがいた。
「…いいこと思いついた」
 メイフィアは二人をじっと見た後、何かを思いついたのか景品の袋を持って席を離れ
てしまった。

(ああ、セリオさんが僕の隣に・・・)
 陸奥崇は緊張の局地にいた。『セリオさんをデートに誘う』という一大Myプロジェ
クト(マイブームと同義(笑))の元。いかにして、映画のチケットをさりげなく渡し
てさりげなくデートに誘うかというのを散々シミュレートしてここまでこぎ着けたのだ。
 映画を見る余裕なんて出来ちゃいない。いかにしてセリオさんの前で平常心でいられ
るかが彼にとっての命題でもあった。
「陸奥さん、顔色が優れないようですが」
「え? い、いや、そんなことないよ」
 そんな状態の陸奥をセリオが心配そうに声を掛ける。平常心を保つという意識で一杯
の陸奥は既に声が裏返っている段階で、かなり平常心ではないのだが。
「飲み物を買ってきますので、それを飲んで気分を落ち着けて下さい」
 そういうとセリオは席を立っていってしまった。それを見て、陸奥は大きくため息を
吐く。
「セリオさん、あんまり怖がってくれないなぁ」
 確かに、女の子と二人でホラー映画を見に行って怖がる女の子に、頼りがいのある男
として印象づけるというのはよくやる手であるが、セリオ相手にそれを求めるのはどう
だろうか。マルチならともかく(笑)

「お待たせしました」
「え、は、早かったね」
(なんか、セリオさんがぐっと大人っぽく感じるような)
 暗闇の中ではっきりとは解らないものの、陸奥はなんとなくそう感じていた。

 そっ…
「!」
 陸奥の右手に柔らかい感触。見ると、白く細い手が自分の手に乗っかっている。
(セリオさんが手を握って、握って、握っ…)

 キャーーーーー!!
「キャァ!!」
「!?」
 館内のあちこちから観客の悲鳴が聞こえたと同時に、陸奥は小さな悲鳴と共に自分に
覆い被さってくるものの存在を感じた。
(セ、セリオさんが、ホラー映画で怖がって、僕を頼って、頼って、頼っ……)
 陸奥の心臓は急速に鼓動を刻み始め、爆発しそうな予感を必死に堪える。
「セ、セリオさん、あの、飲み物貰えます?」
 陸奥はとりあえず気分を落ち着けようと、セリオが買ってきたであろう飲み物を
とって貰うように願い出た。しかし、自分の横で飲み物をとって自分の口に含む動作
をするとスッと顔を近づけてきた。
「え?」
 動揺する陸奥の前で唇がゆっくりと動く。

『く・ち・う・つ・し』

「!!?」
 その瞬間、陸奥の唇に柔らかい感触が。そして、陸奥の喉を少し暖かくなった液体が
通り過ぎる。その瞬間、今度は陸奥の体内から外の出口目指して違う液体が駆け抜ける。

 ぷっつうぅぅぅん(擬音)

「お待たせ〜」
「やっと、戻ってきたか。言われたとおりセリオを足止めしておいたけど…。メイフィア、
その格好はコスプレでもしたかったのか?」
 霜月の言葉にメイフィアはヘアピースと耳カバーを外しながら答える。
「本物を体験して貰おうと思ってね。それよりも、明るくなる前にここを出た方がいい
わよ。ちよっとした騒ぎになると思うから」
「まぁ、もうすぐおしまいみたいだしな」

 映画が終了して館内に光が戻り、観客が見たもの。
 それは視界いっぱいに広がった『血』。
 映像でもない本物の『血』。
 しかも生暖かい――。

「「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」」」

                              スプラッタEnd.
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4.長谷部彩の場合

「やはり、ここは長谷部と二人っきりでデートってのが王道だろうやっぱり」
 霜月はそう心に決めると3年の教室に向かって歩き始めた。この時間ならまだいるだ
ろう。
「デートの基本はやっぱ映画館だよな〜。アクション映画で一緒に熱く語るのも良さ
そうだし。ホラー映画で俺に抱きついてくるってのもありそうだな。いやいや、純愛
ラブロマンスなんかで二人の世界に入るってのもいいなぁ」

 そして、教室に戻った霜月を出迎えていたのは。
「ほぅ…。霜月、映画館に行くとはいいご身分だな」
「そんなベタな手段を黙って見過ごせると思うのか?」
 霜月が教室に一歩足を入れた瞬間、両脇をがっちりと固めたのは菅生誠治と橋本の
二人であった。
「な、なんでお前達が…」
「霜月の声、教室に丸聞こえだったよ」
 すぐそばの机に腰掛けていた柏木梓が笑いを堪えながら話す。梓が腰掛けている机の
持ち主、長谷部彩は少々困惑した表情を見せている。
「霜月、貴様の死は無駄にしないから大人しくそのチケットを渡して貰おうか」
 チケット入りの封筒を握っていた右手を押さえていた橋本が、その手から封筒を
取り上げる。

「彩さぁん、映画のチケットが手に入ったので僕と一緒に見に行きませんか?」
 スパァンンン!!

 橋本がそのセリフを言い終わった直後、誠治と霜月のWツッコミが炸裂する。
「お前って奴は〜!」
「気持ちは分かるが、霜月の手からチケットを奪取した以上は誠治とて敵!!」

 ドゴッ

 ふんぞり返る橋本にもう一度霜月のツッコミが入る。
「俺の労働に対する報酬だっちゅーのに、お前らは」
 すると、長谷部の横で推移を見守っていた来栖川芹香が前へ進み出る。
「・・・・・・」
「その映画館は来栖川資本ですから、みなさんのチケットもご用意出来ます?」
「決まりだね。じゃ、今度の日曜日はみんなで映画館だ」
 完全にこの状況を面白がっているとしか思えない梓の言葉によって、日曜日の予定
はめでたく決定したのである。



 日曜日、映画館の前には誠治・霜月・橋本の男性陣と梓・彩の女性陣が集まっていた。
そう、珍しくも芹香が遅刻しているのである。
「芹香さん、遅いですね」
「渋滞かなにかじゃないのかな」
 心配しうな表情を見せる彩に誠治が慰めの言葉を掛ける。ただ、男性陣の頭の中には
『セバスチャンがついてきたらどうしよう』という事だけが心配の種だったりする。

「・・・・・・」
「お待たせしましたっていつの間に!?」
 橋本の言葉を代弁するまでもなく、突如現れた芹香に皆一様に驚いていた。
「・・・・・・」
「走って来たので遅くなりましたって、セバスチャンはどうしたの?」
 霜月が知りたくないけど、聞いて置かねばならないお目付役の存在を芹香に問う。
「・・・・・・」
「綾香に身代わりになって貰いましたって、それでいつになく軽装なんだ」
 梓が芹香の服装に気づく。初夏と言うこともあって、半袖のシャツに短パン。長い髪は
ポニーテールにしてあった。普段の芹香では考えられない(というかセバスチャンが
許さない)格好であった。
「とにかく入ろうか」
 時間を気にした誠治が皆を促す。はるか後方で、『芹香お嬢様ぁぁぁ!!』という
叫び声や、プアヌークの邪剣らしき光熱波や魔皇剣らしき衝撃波を感じてもきっと気
の所為に違いない。

「…でだ、高校3年にもなって男女6人が大挙をなして見る代物…」
「あの、お気にめさりませんか?」
「いや、そ〜じゃないんだが」
 怒る気にも、非難する気にもなれず、精神のやりどころに困る霜月。どの映画を観る
かという段階になって、困った事態が発生した。誰も現在上映中の映画を下調べしてこ
なかったので、どれを観たらいいか解らないのである。で、彩が観てみたいという映画
を観ることになったのだが……。
「・・・・・・」
「え、最近のジャパニメーションは技術がすごいですから見応えがありますよ」
 橋本が聞き返す。
「まぁ、私は初音とよくTVで観るからかまわないけどね」
 と梓。
「大きいお友達もいるだろうから、違和感はないと思うけどな」
 子供を連れてきた親のように語る誠治。
「観るのが、2本立てのアニメってのは気にせんのだが、内容があれってのは」
 そう言って、霜月がパンフレットを広げる。そこには、

『魔法少女マジカルティーナスペシャル 最強のライバルエルクゥユウヤ参上!!』

「どうしたんですか? 折角エルクゥユウヤさんがスクリーンいっぱいに観られるん
ですよ」
(((それが嫌なんですけど・・・)))
 と、心の中で思っても彩の手前、口には出せないのであった。

「まぁ、マジカルティーナは2本目みたいだし、最初のが始まるみたいだよ」
 梓の言葉が言い終わった直後、館内が暗くなりスクリーンに映像が映し出される。
一本目は『コンバットbeaker みずのんレポート』というタイトルで、これも人気
アニメの総集編らしい。

『姿を見せろ、コンバットbeaker! 今日が貴様の命日だ!!』

 さわっ…

『折角だから俺は赤い扉を選ぶぜ!!』

 上映後、二本目の映画が始まるまでの短い休憩時間。入れ替わりの客も含めて館内が
喧噪に包まれる。
「・・・・・・」
「面白かったって? そうだね、初音を連れていったら喜ぶと思うし」
「芹香さんに梓さんもそう思われます? やはり作画監督の……」
 芹香と梓に向かって知らなくてもかまわない知識を持って語り出す彩。一方、横に
座っていた男性陣はというと…。

(霜月ぃ、貴様上映中に彩さんの手を延べ5回に渡って握ってたな)
(さぁ、なんの事だかな?)
(とぼけるとはいい度胸してるじゃねーか)

「どしたのあんたら。頬の引っ張り合いなんかして」
「「「いゃぁ、無邪気な年頃なんですよ。アハハハ…」
 かなり低俗な争いを繰り広げていたりする。
「…? もうすぐ二本目が始まりますよ」
 かなり判ってない彩だったりする。

『ねぇ、ティーナ。私やルーティーに何か隠していることはないの?』

にぎっ

『マジカルティーナに変身したいけどマールお姉ちゃんが見ている。このままじゃ…』

がしっ

『もー許せない!! 天が呼ぶ地が呼ぶヒトノゲノム……』

すりすり〜っ

『マジカルティーナの実力、このスフィー様が十分見させて貰ったわ』

 やがて二本目の上映も終わり、無事全て見終えた形となった。
「へぇ、子供向けのアニメかと思っていたら結構迫力あるもんだね」
「・・・・・・」
「そうですよね、エルクゥユウヤ様の素敵なお姿は、スクリーンでも…え、そんなこと
言っていないんですか?」
 先ほど以上に興奮した形で感想を熱く語り出す彩。
「そうだ、霜月さん達はいかがでした…え?」
 男性陣の感想を聞き出そうと振り向いた。そこで繰り広げられていたのは

 ドカッ

「霜月ィ! 手を握るだけならまだしも肩に手をやるとはどういう了見だ!」
「長谷部とのデートだ、俺の自由だろが」

 バキィッ

「さっきは膝に顔をすりすりさせていたのも見逃してないぞ!」
「橋本に狙われるぐらいなら、俺が頂くわ!!」

 ゲシィッ

「「「・・・・・・」」」
「だ、そうだけど、気付いていた? 彩」
 たっぷり呆れた後、梓の絞り出すような声。
「あの、映画に夢中でしたので全然…」
 自分が、映画の上映中に受けていた霜月からのセクハラの事実に今頃気が付いて
赤くなる彩。
「鉄拳制裁と凶器攻撃どっちにしようか?」
 他の観客からの注目も集めだしたので、梓が座席を取り外すような仕草をしてみせる。
「・・・・・・」
「え? そろそろセバスチャンにここを嗅ぎつけられそうだ?」
 それを聞いた梓が何か悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。
「じゃ、三バカは放っておいて、お茶にしようか」
「あの、いいんですか?」
「騒いだ罰はセバスチャンがしてくれるよ、きっと」
「・・・・・・」
「この近くに綾香に教えて貰った美味しい紅茶の店があるの? じゃ、そこにしようか」
 そう言うと、梓はケンカを続ける三バカの方を振り返ろうともせずに、彩と芹香を
連れて映画館を後にする。三バカが女性陣に見捨てられた事実に気が付いた頃、到着
したセバスチャンによって死の淵を見るのは間もなくのことであった。

                            トゥルーEnd.(爆)