Lメモ過去編『あの晴れた青い空の下で』 投稿者:皇日輪







 木造の校舎。
 普通の教室二つ分の広さがある会議室には、校長をはじめ、先生方が、長方形に並べ
られた長机の周りにずらりと並んでいた。
 配置は、長方形の短い方の一方に校長、右左の長いほうに先生達、校長の向かい側に
あたし達三人が座っている具合だ。
 教師たちの視線は、真中に座った彼女に向けられている。

「――どうしても、認めてくださらないのですか」

 ……こりゃ、もうすぐキレるわね。

 長年(……と言っても彼女が入学して以来だが)、彼女の癇癪や突拍子もない思い付
きに付き合っていると、些細な声の変化だけでも、こういうことも、わかるようにな
ってくる。
 ……わかっていても、避けられないという所が悲しくはあるけど。
 あたしは、なんとかキレるのだけは避けようと、彼女を挟んで、反対がわに座ってい
る長瀬の様子を伺う。

「…………」

 ……黙って不敵な笑いを浮かべてんじゃねーよ、長瀬。
 つーか、なんで、そんなに楽しそうなんだか、アンタは。

「さっきも、散々言った筈だが……わからなかったのかね?
そんな、訳のわからない物を学校としては認めるわけにはいかんのだよ」

 校長を除く教師たちの中では一番年かさな……つまり、発言力がある教師が彼女に言
う。ご丁寧に嘲笑付きだ。
 彼女は、……おうおう、握り締めた拳が震えてるし。
 さっきまでの使い慣れない敬語のやり取りと、教師の徹底的にこっちのことを馬鹿に
しきった横柄な態度に、もはや爆発寸前ってところだわね。

「もう話す事はないな?」

 黙り込んだ彼女を尻目に、その教師は、この会議の終了を、まわりの教師に促す。
 わざとらしく、「他の先生方、なにかありませんか?」なんて聞いているが、どーせ
他の教師には、何も言わせる気がないのだ、この手の輩は。
 この場で一番の権力を持っているはずの校長が、黙っているのを確認すると、そいつ
は、満足そうに、会議の終了を告げた。






 案の定、とゆうか、やっぱり、もしくは当然の結果。
 会議室からでると、彼女は泣き出した。






「ふぇええぇぇーっ」
「だああっ! ひっつくなっ!」
「だって、だって………………う〜……」
「『う〜』じゃないわよ……
 ほら、あたしのハンカチ貸したげるから、顔拭きなさいっ」
「ひっく、ひっく…… うん、ありがとね」

 眼鏡をはずし、ゴシゴシと顔を拭く彼女――って、おいっ! 鼻までかむなっ!

「――しかし、まあ、予想どうりだったな」

 会議中から、今までずっとだんまりだった長瀬が呟く。
 その言葉に、あたしはちょっとむっとする。

「あんたね……」

 露骨に、苛立ったあたしの様子に、長瀬は、あたしのほうを見る。

「だが、こうなる事を予想しなかったわけではあるまい?
 いくら、『最低三人』という条件を満たしてるとはいえ、そのうち二人は、問題児と
正体不明ときている」

 自分の事を指して、『問題児』と言うのはいいが、あたしのことを『正体不明』と言
い切るのはどういう了見だ、てめえ。
 ――確かに、あたしにも、あたし自身の事はよく分らないけどさ。
 それにしたって、泣いてる彼女を目の前にして、その言い様は、もう少しどうにかな
らないものかね。

「…………」

 あたしを呼ぶ微かな声と共に、服の裾を引っ張られる感触。
 あたしが振り返ると、彼女は、ふるふるとまだ泣いた跡のある顔を横に振った。
 なにも言わなくていいってわけ?
 ……お人よしよね、まったく。
 あたしが、ため息をつくと、彼女が小さな声で「ごめんね……」と言うのが聞こえた
 はいはい、別に気にしなさんな。
 あたしは、君のそういうところがいいところだと思ってるわよ。
 ――こんな台詞、はずかしいから、口に出しては、絶対言ってやんないけどね。
 ちなみに、長瀬の方はというと――これまたなんともいえない複雑な表情をしている
 そんな顔をするんなら、言わなきゃ良いのに。
 まあ、こいつは、こいつなりに他人とのスタンスというか接触の方法というか、そう
いうものに慣れていないだけと――――あたしは、知ってる。

 「ごめんね、たすちゃん――――『居場所』つくれなくて」

 背中越しに、彼女の声が聞こえた。






 あたしは、TaS。ほんとはもっと長い名前だったよーな気がするけど忘れた。
 …………。
 …………。
 ……別にいいじゃない……これだけでも、あたしをちゃんと呼べるんだから
 まあ、あたしの話は少しばかり横においといて。
 あたしが彼女と会ったのは、彼女の入学式の時だった。
 毎年やってるように、あたしは入学してくる新入生の列を遠くでぼーっと眺めていた
 すると、列を飛び出してくるヤツがひとりいたのよ。
 ここまでの話ならば珍しくない。今まで何度も見た入学式の中で、そういうことが起
こった事は、何回かあったし、飛び出したヤツは、背の小さい女の子だったから、どう
せ、列から押されて、弾き出されたんだろうと思って、のんびりとその女の子の様子を
見ていたの。
 そしたら、その女の子。最初は、あたしのほうを指差して、周りの子になにか、喚い
てたんだけど、そしたら突然……。
 ……そう、突然何を思ったのか、あたしのほうに向かって走ってきたの。
 いや、あたしゃ、びっくりして、女の子から逃げてしまいましたよ。
 学校中を逃げ回って、足首掴まれて捕まえられた時には、殺されるのかと思ったね。
 もう死んでるけど。
 で、あたしを捕まえた彼女の一言。

「幽霊なんてはじめて見たから、思わず追いかけちゃった」

 貴様は、はじめて見たものは、なんでも問答無用で追いかけまわすんかいっ!!
 ――いや、あたしも追いかけられて『思わず』逃げちゃった口だけどさ。
 そんなツッコミもほどほどに、これが彼女との出会い。
 それ以降は、彼女が、あたしが学校の何処にいても、あたしの居場所を発見するとい
うという特技をなぜか身につけ――元々彼女にはそういう素養があったんだろう――発
見する度に怪しげなお札とか術とか試そうとする彼女から逃げ回ってを繰り返した後、
そのまま、こうして並んで話したりする今の関係に至るわけよ。
 …………実は、自分が幽霊だって自覚したのは彼女との出会いの一言が原因で、それ
まで、繰り返される入学式も、自分自身の存在にも、この最初の一言を聞くまで、なん
の疑問も、もってなかったのよね…………。



 彼女との出会いを語ったからには、この場にいるもう一人の男――長瀬源四郎との出
会いについても語らねばなるまい。
 ――でも、彼もまた、彼女経由の友人だったりする。
 この男、長瀬源四郎は、この学校で不良として有名だった。
 なんでも、入学前にも暴力沙汰の事件を繰り返し起こしていて、入学してからもそれ
は変わらなかったからとか、そういう経緯があって不良呼ばわりされてたらしい。
 でも、彼が他の不良とまったく違っていたのは、いわゆる万引きとか、カツアゲとか
そういう悪い事で有名になったんじゃなくて、純粋に喧嘩だけで有名になったとこ。
 後から本人から聞いた話によると、あんまり喧嘩が強いから、他の不良、目をつけら
れて、何度もそういう不良達を相手にしているうちに、自分も不良と、まわりから思わ
れるようになってたらしい。
 しかも、本人は、それに関してなんにも説明しないし、尚且つ、その喧嘩を本人が結
構楽しんでちゃったりするから、まわりの誤解も更に深まっていたってわけ。
 で、肝心の長瀬との出会いなんだけど。
 その日は珍しく、彼女との鬼ごっこがなかったの。
 ――ほら……いつものやっていることが、急になくなるとなんか寂しくならない?
 そういうわけで、その日は、こっちから彼女を探す事にしたの。
 すると、どうしたことでしょう。探していた彼女がなんだか巨大なボロ雑巾のような
ものを引きずって校庭を歩いていたのよ。
 ……あんなチビッコが大の男を運んで来れる事も脅威なんだけど。
 で、このボロ雑巾が長瀬源四郎だったのよ。
 それから、彼女に助けられて縁もあってか、長瀬とあたしたちは親しくしているのだ
 …………。
 …………。
 説明が足らないって?
 ……だって、本人が、なぜそうなったのかを言わないんですもの。
 拾ってきた彼女は、なんにも知らないみたいだし……。
 なにか、よっぽど、変なことでもしたのかしら?






 ……自分の居場所。
 さ迷い続けていた、あたしにずっとなかったもの。
 彼女らに出会ってから、意識しはじめた事。



「私たちで部活動をやって、部室がもらえれば……
 ……たすちゃん、ずっとそこにいられて……
 他の部員なんかも入れば、たすちゃんも寂しくないだろうし……」

 …………。
 彼女は、続けて言う。

「たすちゃんが、ずっと同じ場所にいられれば、私の研究も進むし……
 ――――――うーふーふーふーふー」

 ――って、おい。
 それが本音か。

「アンタ……二年近くも、このあたしを、弄び続けて、まだ足りない……と?」
「だってぇ〜、たすちゃん、肝心な時に逃げるんだもん〜」
「あったりまえよっ! 下手すりゃこっちは往生しちゃうわっ!」

 さっきの人の良い所が彼女の美点だとすれば、これは彼女の最大の悪癖。
 ……主にあたしにとってだけだけど。
 すなわち、オカルトへの極端な好奇心。
 もともと、彼女は、そっち方面には興味があったそうなんだけど、あたしという実物
(幽霊)にあってから、それが見事に開花したらしい。

「こないだなんてさ〜。 
 三年殺しの呪い、試そうとしたら、たすちゃん、途中で逃げちゃって……
 ……間違えて、近くにいたげんしろーちゃんに呪いが掛っちゃたんだよ?」

 ――マジデスカ?
 あたしは、長瀬の方に視線をやる。

「三日寝こんで治った」

 真顔で返答。
 ……くっ!……あんた、スゲーよ、長瀬っ!

「と・に・か・くっ! そんな話だったらあたしは降りるからねっ!」
「え〜、なんでぇ〜」
「なんででもよっ!」

 彼女は、「楽しいのに……」とすねて口を尖らせ、ぶつぶつ言っている。
 あたしはっ!! 全力でっ!!! 楽しくないやいっ!!!!

「でも……たすちゃんの居場所を作りたいってのは、ほんとだよ?」

 ……うっ。
 なんで、急にまじめな顔して、あたしの目なんか見つめつつそういう事言うかな?

「だって、あと一年したら、私たち卒業しちゃうんだよ?
 …………。
 ……それに……」

 …………。
 ……「それに」に続く言葉は、わかっている。
 あたしたちのいるこの国は、今、戦争をしている。
 それでも、まだあたしたちがこんなにのんきに学生をやっていられるのは、今はまだ
大陸や、南の遠方の方でしか戦闘が行われていないからだ。
 ……でも、方々から伝え聞くこの国の戦況は、日増しに悪くなっているようだ。
 負けるなんて言葉は誰も使わないけど、みんな分っている事だ。
 この小さな島国も、きっといつか……。
 …………きっといつか戦場になる。
 …………。
 そうなったら、すでにこんな体のあたしはともかく……彼女と長瀬は……。

「くっ……」
「……たすちゃん?」
「…………」

 一瞬浮かんだ、彼女と長瀬の無残な姿を頭を振り追い払う。
 彼女が不安げにあたしの顔を下から見上げる。
 長瀬も、あたしの事をじっと見ていた。
 …………。
 …………。
 …………よし…………。

「……あーに、いってんのよ」

 ぽんぽん……と。
 あたしは彼女の頭を軽く撫でた。

「後一年もあるじゃない? 一年もよ? 
 そんだけ時間があればアンタたちと楽しい事もいっぱいできるし……
 あたしの新しい居場所だってあたし自身で作れるかもしれないじゃない?
 ……ねえ、長瀬?」
「……ああ、一年もある。 きっとなんだってできるはずだ」

 長瀬の短い言葉。けど、こういう時は力強い。

「ねっ? 長瀬もああ言ってるでしょう?
 ……だからアンタが心配する事なんてないのよ?」
「たすちゃん…… げんしろーちゃん……」
「ああ、もう仕方がないわね
 ……ほら、涙を拭きなさい?」

 泣き笑いを浮かべる彼女。

「……うん。 楽しい事、今からでもいっぱいできるよね?」
「そうよ。 あたしのモットーは『明るく笑って行こう』よ?
 あたしの前では、たとえ誰であろうとも泣き顔なんて許さないんだから」

 彼女の泣き笑いが微笑みに変わる。

「…………じゃあ、今度新しく覚えた呪文を試しても」
「「却下」」

 長瀬とあたしの声が重なる。

「…………ぷっ」
「くすくす……やだぁ〜……」
「……ふっ……くっ……くっ」

 次の瞬間には、三人の笑い声が、青い空に吸い込まれていった。



























「……たすちゃん」

 ……聞こえる。
 ……あたしを呼ぶ声が聞こえる。
 ……それは……とても……懐かしい。

「…………TaSちゃん」
「ZZZZZZ……」
「…………」

 ……ちりちりちりちりちり。

「Ohhhhhhh!」

 TaSは、のた打ち回る
 はずみで、座っていた椅子から転がり落ちた。

「……TaSちゃん、起きた? もうすぐ会議の時間だよ」
「……オカゲで目覚めすっきりデスー
 アリガトウございマスー、瑠璃子サン」

 床に転がったまま、なぜかブリッジ状態で礼を言う。
 くすくすと笑う瑠璃子。

「……TaSちゃん」
「なんデスカ? 瑠璃子サン?」
「寝てる間、優しい電波が出てたよ?」
「What?」
「……なにか楽しい夢でも見てたのかな?」
「…………What?」

 ブリッジをやめ、床に座りなおし、珍しく考え込むTaS。

「おつかれさまですー。
 ……って、あれ? マスター? どうしたんですか?」

 部室にやってきたデコイが、考え込んでいるTaSを訝しげに見ていた。

「…………」

 それでもTaSは、だんまり。
 デコイが瑠璃子にどういう事なのか聞こうとすると……。

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」

 唐突に、いつもの調子のTaSの笑い声が校舎中に響き渡った。








「あれ……セバス? こんな所に珍しいわね?」
「……綾香お嬢様」

 中庭で、綾香は空を見て佇むセバスチャンを見つけた。

「どうしたの? セバス? 空……何かある?」
「……いえいえ、そう言う事ではございませぬ」

 不思議そうな顔をする綾香に、セバスチャンは笑う。

「どんなに時が流れても、この空の青さと、この風は変わらぬことを……
 …………心に感じておったのです」
「……へ?」

 ますます不思議そうな顔をする綾香に、ただただセバスチャンは微笑むばかり。







「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「………………えーっと、芹香君?」
「…………(はい?)」
「なに……しているの?」

 オカ研部室。
 困惑気味なりーずの問いかけに、芹香はくすくすと笑いながら答えた。

「…………(会長さんに昔のお話を聞いてました)」



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