Lメモ「鬼を追う者」 投稿者:皇 日輪
    列車の中。

    一人の男が、座席に座っている。
    少年と呼ぶには、大人びて、青年と呼ぶには、幼さを残した顔つき。
    長めに切り揃えられた黒髪と、すべてを見透かすような鳶色の瞳が印象的な男だ。
    その鳶色の瞳は、今は、その男の手元に向いている。
    男の手元にあるのは、男女数人の、顔写真付きの調査書。
    それを、手慣れた様子で、一人一人の調査書を、読み進めていく。
    時間が遅いということもある。夜の列車の乗客は少ない。
    列車のガタゴトという音の中で、片手で紙をめくっていく音が、やけに大きく聞こえる。
    それまでになんども、その書類には、目を通したのであろう。
    あっさりと調査書を読み終えると、男は誰も座っていない向かいの座席に放り出した。
    また列車のゆれる音が大きくなった。
    男は、窓に寄りかかるように頬杖をつき、外へ視線を向けている。
    街の明かりが、男の瞳に映っては消えていく。
    実は景色など見ていないのかもしれない。
    
        
    放り出された調査書が、座席にばらばらに広がっている。
    一見して何の共通性も見られない内容。
    だが、二つだけその調査書には共通点があった。
    
  『鬼』

  『試立Leaf学園』
                                                
    ・
    ・
    ・

    やがて、列車のアナウンスが、駅への到着を告げる……。

                                                       
    
      Lメモ「鬼を追う者」


    境内に、鳥の声が響きだす。
    まだ、夜は完全に明けてはないが、空はだんだんと明るくなる。
    寺の朝は早い。
    よく「坊主、丸儲け」といわれることもあるが、それなり朝から忙しいのだ。
    境内・本堂の掃除に、朝の鐘つき、等などいろいろとやることがたくさんある。
    とはいえ、昨日の夜ここに来て、その翌日の朝にはここに赴任してきた男もそれを
   やる気はないらしい。
  「ふぁぁ〜……」
    ぱたぱたという足音とともに、大きな欠伸をしながらその男が本堂に現われた。
    さすがに朝早くおきるという寺の習慣だけは、体に染みついていたようだ。
    とはいえ、やることがない。彼、個人の大きな荷物は、明日にしか届かない。
    最低限生活に必要なものは、前任者が残しておいてくれていたらしく寝る場所には困らなかったが
   到着が深夜だったため、朝食を作る材料もない。
    ちなみに、本堂の裏には、住職が住むための庵(というには随分と大きいので家といったほうがい
   いのだが)があり、そこで男は寝ていたのだ。
  「……とりあえず、顔をあらって着替えますか……」
    しばらく、本堂を寝ぼけ眼で見渡していたが、誰に言うでもなくそういうと男は庵の方に戻っていった。

    
    やることがなくてボ〜っとしていても仕方がないので男は街に買い出しに出ることにした。
    ついでに明後日から自分が通うことになる、学園も見に行こうという算段だ。
  「……にしても、でかいですね」
    それが男の、その高校の前に立った最初の感想だった。

  『試立Leaf学園』
    在学者は、教師を合わせて、数千人。
    大学へエスカレータ方式をもつ。
    来栖川グループと鶴来屋グループの共同出資による、テストケースの教育機構。
    その在学者、教師ともに多種多彩で……。

    そんな説明じみた知識も男の脳裏に浮かぶ。
    まだ授業中の時間帯であるせいか、校門付近には生徒の姿はみえない。
  「入っても……ばれないかな?」
    確か、この学園の制服規定はは、私服でもかまわなかった筈だ。
    澄ました顔をしていれば、ばれることはまずあるまい。
  「ちょっと、早いけどどうせ僕はここに入学するんだからいいですよね……」
    そう、自分を言い聞かせるようにつぶやくと、男は学園の敷地内に入っていった。


  「何者かが学園に侵入してきたようです」
  「シンニュウシャ、シンニュウシャ」
  「……侵入者デスカ」
    ここは、学園のどこかにあるという来栖川警備保障Leaf支部。
    男の侵入は当然というか何というかあっさりばれていた。
  「学園生徒リストにに該当がありません。明らかに侵入者です。」
    男が映っているモニターを見ながらDマルチがへーのき=つかさにそう告げる。
  「う〜ん、でもこの前みたいに登録が遅れてるってことも……ってセリオさん、どこ行くんです?」
    へーのきはなぜかこっそり出て行くような仕種をしたDセリオを引き止めた。
    そう、Dセリオが実際に動き出すよりもはやく出て行こうとしていることに気がついたのだ。
    …………愛の力って偉大だね。
  「違うわい!! これ以上、胃薬を飲む量を増やしたくないだけだ!!」
    今更そんな事実をどうのこうの……ってDセリオさん、出て行かれましたが。
  「だぁぁ!! 待ってくれ、セリオさん!!」
    残念ながら、へーのきの胃薬を飲む量は当分減ることがないようだ。


  「さて……入ってきたのはいいですが……」
    男は早速迷っていた。
    この学園、あてもなくさまようには少々広すぎるようだ。
    かといって、教室がある方に行くのは明後日にはここの生徒になるとはいえ気が引ける。
    きょろきょろとあたりを見渡していると案内板らしき物が目に付いた。
    男は案内板の前に駆け寄る。
  「えーと、何か珍しいものは」 
    ふと、通常の学校ではあまり目にしない名前の建物に目が行く。
  「仮眠館?」
    男は自分の向いている位置を確認するため、またあたりをきょろきょろと見渡すと仮眠館のある方角へ
   歩き出した。


  『幻八……幻八……起きて』
  「あ……何だ? まや」
  『誰か、ここに来るわよ』
  「ああ?……誰が?」
    寝起きであるせいかなんとなく面倒そうな感じで幻八は返答している。
  『知らないから「誰か」何じゃない』
  「新顔だろ? どうせ……いつものことだ、気にすることないじゃないか 」
  『でも……今日はそんな話、聞いてないわよ?』
  「……仕方ないな……よっと」
    幻八はやっと起き上がり、近くで寝ていた東西を起こしにかかる。
  「おい……東西、起きろ」
  「はい?……幻八さん、なんです?」
    目を擦りながら、東西も起き上がる。
  「新人の客が来る……歓迎の準備をしなくてはな」
  「はぁ?」
    何のことだかさっぱりわかってない東西に向かって幻八はにやりと笑いを浮かべるのだった。


  「すみません、誰かいませんか〜?」
    誰かいたらかえってまずいだろうに、ひかえめに扉を開けると男は仮眠館の中に入っていった。
    仮眠館の中は、何故か薄暗くテラスの方からはいってくる光が、妙に眩しい。
    それでも、男はコツコツと足音を立てて中に歩いていく。


  「あいつ……知ってる顔か?」
    物陰で身を隠すように男の様子を伺っていた幻八は隣にいる東西に聞いた。
  「……いいえ……幻八さんは?」
    少し考えたが東西にも当然、見覚えのある顔をではない。幻八に聞き返す。
  「知らないな……いかにも「侵入者です、悪人です」という顔をしてたら、手厚い歓迎をしてやろうと
   思ってたんだがな……どうも違うらしい」
  『あんたね……』
    まやが半分呆れが入った声で幻八に言う。
  『私も、見覚えがありませんよ、東西』
  「僕が知らないんだから当然そうだろうね、命」
    そんな東西達を見て、幻八はしばらく考えていたが。
  「……普通に挨拶するか、普通に」
  「それがいいでしょうね」


    ぱっと薄暗かった仮眠館の中に明かりが点く。
    男は眩しそうに目を細めている。
    気が付くと目の前に人が2人立っている。
    一人はバンダナを頭にした黒髪の男。
    もう一人は眼鏡をかけた男。
  「あっ……すみません、勝手に入ってきて」
    男は二人を見るととっさに謝った。
  「いえいえ、そんなことは気になさらないでください」
  「ええ、そんなに気にすることはありませんよ」
    バンダナをした男と眼鏡をかけた男が順に返事を返す。
  「俺はLeaf学園三年、幻八です……あとここの管理者なんかもやってます」
  「僕は同じく一年、東西です」
  「あ、ご丁寧にどうも……今度この学園に通うことになった皇日輪です」
  「転校生の方でしたか……道理で僕も幻八さんも顔を知らない筈だ」
    東西が微笑みながら言う。
  「……学年は?」
  「えっと、一年です……よろしくお願いします。幻八さん、東西さん」
    笑みを浮かべ、その男……皇は深々と頭を下げる。
  「おう、よろしく、皇さん」
  「同級生だね、よろしく、皇さん」
    初対面なためか、妙な沈黙が三人を包んだ。
  「あの……お二人だけですか?」
  「「はぁ?」」
    沈黙を破ったのは皇だった。しかも、訳のわからない質問。
    確かに今現在、仮眠館には幻八と東西、二人だけしかいない。
    居候達は、各自、仮眠館から出かけている。
    幻八が、そのことを説明すると。
  「いえ、そうではなくて……あなた方にはそれぞれ二人分の気配がするものですから……」  
    幻八と東西は顔を見合わせる。
  『初対面の方を驚かせないように、隠れていたのに紹介される前にばれてしまいましたね……』
    命が東西の懐から顔を出す。
  『幻八……彼、なんで私がいるってわかるの?』    
  「知るか……こっちが知りたい」
    驚いているのか幻八はつっけんどんに返す。
  「精霊ですね……幻八さんと一緒にいる方はなんだかよく分からないけど……」
    命の方を見ながら、皇は言う。
  『……もしかして、そちら系の人なのでしょうか?……』
  「ええ、坊主なんて職業、子どものころからやってるからどうもその系統には鋭くなってるみたいで」
    命の問いに答え、微笑みながら、幻八と東西の方に向き、続けて言う。
  「昨日の夜、この学園の近くの……といっても歩くには随分と遠い距離ですど、その寺に赴任してきて
   今日は、ちょっと見学に来たんです」
  「見学ですか……なんなら、僕たちが案内しましょうか?」
  「それには及びません……そろそろ、寺に戻って片づけをしなくてはいけませんし……また後日という
   ことでよろしくお願いできませんでしょうか?」
    東西の提案にやけに馬鹿丁寧な口調で受け答えをする皇。
    それから三人(いや五人か?)は親しげに話をしていた。
    明日は荷物が来るのでそれも片付けなければならないとか、寺が広くて掃除するのが大変だとか、そう
   いったたぐいの話をしていて時間もだいぶ過ぎて、皇がそろそろ、帰ると言おうとしたその時だった。
    
    ちゅど〜ん!!

    閃光とともに大きな爆発音、それに伴う揺れが仮眠館を襲った。
    とは言っても仮眠館が爆発したわけではなく少し遠めの場所での爆発であるようだが。
  「なっ……なんです?これは」
    皇は、突然の爆発音にかなり驚いている。が
  「なに……っていつものアレだよな……」
  「アレしかないでしょうね〜……」
    幻八と東西の反応は落ち着いたものだった。 
    そう、いつものアレだ。


  「今日こそ、決着をつけてやるぜ!!」
  「……その台詞、聞き飽きました……」
    毎度おなじみ、ジン・シャザム VS Dセリオ。
    侵入者を調べに行く、その途中で勝負を挑まれ、もう既に侵入者のことなどコロっと忘れているようだ。
    先程、Dセリオを引き止めようとしていたへーのきはすでにこの場から逃げている。
    おいしそうな馬のロースト(JJさん、ごめん)とか、セバスと雅史に絡まりあうように程よく焦げた
   藤田【D】浩之(Dはデフォルトの意)周囲にいたが、二人の熱き戦い(?)には関係なかった。
  「いくぜ!! サン・アタック!!」
  「無駄です!!」
    饗宴は続く……。


    幻八と東西に裏口からこっそり出るよう指示され校門の前まで戻ってきた皇はそんな二人の戦いを遠目で
   見ていた。
    一人は調査書にも書いてあったセリオ型の武装強化タイプであろう。そしてもう一方は……。
  「ジン・シャザム……」
    調査書の顔写真、外見の特徴ともに一致する。
    その身に『鬼』をもつ者。
    そして自分がこれから追うべき人物の一人。
    皇はしばらく物思いにふけつつ、二人の様子を見ていたが、不意にふっと自嘲気味た笑みを浮かべると
   校門から離れていった。
    
   「さしずめ僕は、「鬼を追う者」ですかね……」