「二兎を追う者一兎を得ずじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 絶叫と共に、漆黒のバンカラ衣裳の巨体を躍らせて大地を蹴るは平坂蛮次。 その視線は狙い違わずさしあたっての目標……イビルを捉えて逃さない。 勢いと迫力とその悪寒にびくりと震えつつ、対してぎりりと歯を食いしばり耐えるイビル。 「来やがるかこのトンチキがぁ!!」 全身から炎を吹き上げ、巨大番長を迎え撃つ。 振り上げた槍が、勢いよく巨体の肩口を打ち据えてそのまま食らいつく。 だが、止まらない。 彼女の身を包む炎すら吹き消さんばかりの勢いで伸ばされる巨大な手を、イビルは辛うじて避ける。 「ぐふ……ぐふふふふふ……活きのいいちゅるぺたじゃのう……」 「槍に噛まれてびくともしないなんて……てめぇ、化け物か!?」 その両足は下駄越しに大地にしっかりと立ち。 その両腕は前方に向けて大きく開かれ。 その両目は欲望を満たすために怪しく開かれる。 「ちゅるぺた三匹まとめて狙うと逃げられるかもしれん! ならば一人づつ確実にゲットじゃぁ!」 「勝手なこと言いやがって!!」 悪態をつきつつも、槍が通じないならと身に纏う炎を片腕に収束させるイビル。 再び轟音と共に襲いかかってくる巨大な獣に向け、灼熱の奔流を噴出させる。 ……が、その炎が一瞬にしてかき消える。 「うにぃっ!?」 「いただきじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 突然のことに似合わぬ驚きの声を上げるイビル、そして気にした様子もなく襲いかかる番長。 ばちぃぃぃぃんっ! 鈍い音と共に、小柄な身体が宙を舞った。 そしてそのまま地に落ちる。 「くか……ぐ、かはっ……!」 衝撃で息が詰まり、苦しげな表情を浮かべるイビル。 あまりに突然のことに、翼を出す余裕もなかった。 「むぅ……小癪な」 少し離れた位置に立つ蛮次の手には。自らイビルを弾き飛ばした魔物の槍。 なんとか逃れようとばたばたと暴れているが、握りしめられた手はぴくりとも動かない。 「おんし、邪魔じゃっ! 黙っとれぇっ!!」 裂帛の気合と共に、握りしめられた拳がそのまま大地に向かって振り下ろされる。 ひゅぅっ……どぉんっ!! 轟音が響きわたり、槍はそのまま固い地面へ深々と突き刺さった。 その間に起きあがって呼吸を整えたイビルが叫ぶ。 「……っ、て、めぇっ!!」 「さて、邪魔者も消えたところで……今度こそちゅるぺたゲットじゃぞいっ!」 「……っぅなぁめんなぁっ!」 低い体勢から一気に飛び上がり、黒服の巨人を空から攻めんとするイビル。 全身に炎を纏い、相手を一気に焼き尽くさんばかりの勢いで突っ込む。 それを、両手を広げた仁王立ちで迎え撃つ蛮次。 両者が激突しようとするその一瞬。 ふっ……と、またもイビルの纏っていた炎が音もなくかき消えた。 「んなぁっ!?」 「隙ありじゃあっ!!」 驚愕の一瞬。 イビルの意識が空白になった瞬間、その身は蛮次の両手に捕らえられていた。 「ぐっ……離せ、離せこの野郎っ!!」 「くっくっく、本気で活きのいいちゅるぺた娘じゃのう……さて、少し大人しくしてもらうかの」 そう言って、暴れるイビルを捕まえている手にゆっくりと力を込めていく。 ぎりぎりと締め上げられる全身の骨が、嫌な音を立てて軋む。 「ぐわぁぁぁぁ……っ!」 「ぐふふふふ、ちゅるぺたが悶え苦しむ顔や声もまた格別じゃのう……」 遠くなりかける意識に、蛮次の声が被さる。 その台詞に反応し、キッ、と目前の番長の顔をにらみつけるイビル。 「な……なめ……ん……なぁぁっ!!」 「うおぉぉっ!?」 絶叫と共にイビルの身体が白熱し、爆音と閃光と共に二人の身体を引き離す。 あちこち焦げながらもなんとか立ったまま持ち堪える蛮次。 そして全身ボロボロの満身創痍状態で地に転がるイビル。 流石に高熱を発するだけでなく、自分の身体ごと爆裂させたのはかなり無理があったようだ。 痛々しい火傷の痕が、あちこち引き裂け焦げた服の隙間から見てとれる。 それでもゆっくり、ゆっくりと身を起こすイビル。 その瞳の光は、決して死んではいなかった。 「なーるほど、なぁ……そーいうコトかよ……」 口の中でぶつぶつと独り言のように呟くイビル。 傷ついた翼をはばたかせ、ふらつきながらも宙に舞い上がる。 そして再び、全身を炎に包み込んだ状態で急降下を始めた。 「おぉ、また来るとなっ!? おおおっ、ばっちりこの胸に飛び込んでくるのじゃぁぁっ!!」 そして再び仁王立ちで迎え撃つ黒鉄の番長。 だが、イビルの視線はそちらにはない。 彼女の目は、蛮次の後方数十メートル……そこにいる青髪の人物を捉えていた。 ぎろり、と音がしそうなほど強烈な表情で睨み付ける。 「……っ!?」 びくりと身を強ばらせ、その人物……リアンが後ろに一歩身を引く。 が、その程度の距離を離しただけではとてもその視線から逃れられるものではない。 「結構きつかったからなぁ……倍にして返してやらぁぁぁぁっ!!」 「くぅ……きゃあぁっ!!」 恐怖の中でもなんとか意識を集中してマジックキャンセルを放つリアン。 しかしイビルを包む炎は消せても、重力に任せて滑空してくるその身体は避けようがなかった。 どんっ! そして、激突。 抱き合うような形で跳ね飛ぶイビルとリアン。 双方ともに意識がないのか、ゆっくりと全身が回転し、そのままどんどん地面に近づいていく。 頭部から、地面に対して斜め方向のベクトルで、真っ逆さまに。 「リアンッ!!」 魔法陣の破壊に集中していたスフィーが、先程のリアンの悲鳴に反応する。 その手から、魔力で編み上げたクッション代わりの布を全力で伸ばす。 「……くっ! 届くけど……支えきれないっ!?」 魔力布の一方は、スフィーの手にある。 だが、もう一方を支えるものがいなければ、布で落下を支えることは出来ない。 それでも一縷の望みに賭けて、視界の向こうの立木に布を届かせるように全力を出して。 落下地点の上を、魔力布が通過した。 一瞬後、接地。 ぽむっ……。 やけに柔らかな感覚で、意識のない二人が地面に落ちた。 いや、受け止められた。 スフィーの伸ばした布の先。 そこに、人影。 「……え……?」 「ギリギリセーフ……だな」 紅葉のような赤髪、そして片手に巨大な鎌。もう片手に布の先 雀鬼の死神、エビルの姿がそこにあった。 「きみのぉ〜ままでぇ〜かがやぁ〜いてねぇ〜だれぇ〜よりもたぁ〜いぃ〜せつなぁ〜♪」 校内を歩くその一団から、とても楽しそうに歌声が響く。 その一団を表現する言葉は実にシンプルである。 アフロ。 その一言で済む団体は、この学校に一つしか存在しない。 すなわち、エントリーヒロイン月島瑠璃子率いるアフロ同盟ご一行である。 そして少し注意して見れば、彼らの通り過ぎた後にさらに空間を歪める2名の姿が確認できる。 長瀬祐介と月島拓也である。 「ところで月島先輩、さっきから誰も襲ってきませんね」 「そうだね長瀬くん、僕の瑠璃子が無事でなによりだよ」 にこやかに、そして穏やかに。 二人の間で繰り広げられる会話という名の戦闘は、周囲に多大な被害を出しつつ続けられた。 つまるところ、前方で合唱しているアフロヘアの数が、そのまま被害者の数であるのだが。 「ところで月島先輩、僕ちょっと思いついたんですけど」 「なんだね長瀬くん、聞いてあげるからありがたく思え」 ばちっ、と言葉が交わされるたび、紫電が空気中に視認できるほどに迸る。 そしてまた、何処からともなくアフロヘアが発生するのだ。 「まずです月島先輩、僕たちがここにいても、瑠璃子さんはきっと襲われてしまうと思うんです」 「そりゃあ長瀬くん、そりゃ瑠璃子は目に入れても痛くない程可愛いから当然といえば当然だよ」 「おもえば月島先輩、瑠璃子さんを襲う可能性のある奴らを僕たちが片付けるのはどうですか?」 「なるほど長瀬くん、そうすれば僕の瑠璃子は大宇宙の生まれたときからの必然性で優勝だね?」 「そうです月島先輩、僕らじゃなくともあんなアフロの海にその身を投げ出す気にはなれません」 「わかった長瀬くん、それじゃこれから一緒に愚かな屑共に瑠璃子の偉大さを教え込んでこよう」 そう言って、同時にその場を離れる二人。 ……こうして、学園最凶の戦士が野に放たれた。 「おおきぃ〜なゆめぇ〜かがやぁ〜かせたぁ〜、たぁだひっとぉりぃのともだちぃ〜♪」 地動説を提唱したかの偉大な学者が口にしたように。 それでもアフロは歌っていた。 「……とりあえず、礼は言っておくわ」 「……こちらもな」 スフィーはリアンを、そしてエビルはイビルを。 それぞれ抱きかかえた状態で、油断なく相手を見つめていた。 二人の無事が確認できてほっとしたとはいえ、油断は出来ない。 彼女たちがその状態でとりあえずしたことは、間合いを開くことだけであった。 だが、しかし。 彼女たちはこの場の最大の驚異を失念していた。 「ぐふ、ぐふふふふふ……またロリっ娘が一人増えたようじゃのう……」 同時に声のした方向を向く。 そこには、欲望に目をたぎらせた蛮次の姿が未だ健在であった。 一歩、また一歩と二人に向かってにじり寄ってくる。 「……く……」 「お互い、怪我人抱えたままじゃ逃げ切れないわね……」 顔をしかめるエビルに、そう声をかけるスフィー。 軽く頷いて、そしてゆっくりとイビルを地に横たえるエビル。 そしてスフィーもリアンを優しく地に寝かせる。 「どうだ、行けるか?」 「誰に言ってるのよ?」 エビルの言葉に、強気で答える。 「そっちはどうなの?」 「……見てのとおりだ」 スフィーの言葉に、飄然と答える。 二人の心が一つになって、狙うは黒衣のロリ番長! 高めた魔力を刃に乗せて、一気呵成と飛びかかる! 「一撃で……仕留める!」 「往生……しなさいっ!」 「がっははははははぁっ! 無駄無駄無駄じゃあぁぁっ!」 二人のツープラトン攻撃は、だがしかし、気力満点な番長の前には力不足であった。 両足を広げ、腰を落とし、ロリ好きの魂全てを燃やし気合を溜める。 そして蛮次は、目前に迫ったスフィー&エビルを意に介さず、大地を思い切り殴りつけたのだ。 「これでどうじゃああああああっ!!」 気合一発。 蛮次が殴りつけた地面がめくれ上がり、大地の津波となって二人に襲いかかったのだ。 すぐそばの地に描かれた魔法陣を砕き引き裂き、地割れが八方に描かれてゆく。 当然ながら突然のことに回避は不能。 「うそっ……!?」 「くぅっ!」 咄嗟に鎌を一閃させて迫り来る土の壁を切り裂くエビル。 両断された大地は、そのまま微細な砂の雨となって後方に降り注いだ。 だが、彼女たちはこの時点で気づいていなかった。 さして、気づいたときにはもう遅く……。 「あっ!」 「しまっ……!」 「惜しかったのう……じゃが、ちゅるぺたに萌えるワシは誰にも止められんのじゃあ!」 巨大な拳が、同時に二人に炸裂した。 「……ひいふう……うむうむ、かーなりの大漁じゃのう」 地に伏した四人を見下ろして、蛮次は満足そうに頷いた。 その表情は晴れやかで、我が生涯に一片の悔いなしといった感じである。 「こうなると、もう一人か二人ばかりちゅるぺたゲットができるかもしれんのう……」 などと、調子のいいことを考えたりもする辺り、人の欲望に限りはないのかもしれない。 がさがさ。 彼の背後の茂みが音を立てる。 その音に、喜び勇んで振り向く蛮次。 誰だ、誰だ、誰だ。 このワシの餌食になる極上ちゅるぺた娘は誰だ!? 「おお! これはまた特上ちゅるぺた……」 彼は、確かに欲望に関しては無敵だったかもしれない。 しかし……だがしかし。 それは、決して言ってはいけない言葉。 自らの力で幸運を勝ち取った彼は、その大前提を、常識を失念していた。 ……しゃきん! ざしゅ。 「………………あ?」 一瞬の閃光。 瞬きをする間もなく、その人影は振り向いた蛮次の遥か後ろにその身を移動させていた。 まさに神速。 「ば……ばかな……こん……な、ぐふっ」 轟音を立てて地に倒れ伏す蛮次。 そしてその音の余韻が消えると、その場に沈黙が降りる。 そして、その場に唯一立っていた人影……番長を一撃で撃破した人物は、ゆっくりとその場を去る。 彼女の……柏木千鶴の行く末は、恐らく、誰にも解らない。 『どよめけ! ミスLeaf学園コンテスト』 第二十七話 〜God Speed〜 そして、再び学内某所。 地形名称「アフロの海」すぐ後ろ。 「月島先輩、なぜここにいるんです?」 「長瀬くん、それはこちらの台詞だよ」 お互いに同じ事を考えていた二人が、先程と同じように同じ事をしているのだった。