誰彼&Routes参入L 『何時からでも何処からでも』 投稿者:てぃー


 陽光燦々天気良好。
 全国的に広がる青空の下、連なり立つコンクリートの建物は、一つの巨大な学び舎。
 その建物の一つ、窓際で話す二人の少女がいる。
「今日もいいお天気でよかったですね」
「うん。お洗濯物もよく乾くし、おひさまは暖かくて気持ちいいし」
 長い髪を青いリボンでツーテールにまとめた少女と、髪を短めに肩の上で切りっ放しの少女。
 午前中の授業を終えた昼休み、髪の短い少女が学校に持ち込んだお菓子を幸せそうに口にする。
 長い髪の少女もそれに相伴するように、小さな口でぱり、と菓子を噛み砕く。
 空の天辺から降り注ぐ光は暖かく、開いた窓から吹く風は爽やかに涼しい。
「……うーん、幸せだよぉ」
「ふふっ」
 お昼のささやかな幸せを満喫する短髪の少女を見て、嬉しそうに微笑むもう一人の少女。
 と、その表情から一瞬にして眉を寄せ、緩んだ頬を強張らせると、青いリボンの少女は思わず声を荒げた。
「お兄ちゃん? いきなり何言って……え! ちょ、ちょっと、それ本当……って! あ!」
 少女が耳元に手をやれば、そこにはエマージェンシー・コールの入った小型通信機が目に付いた。
 緊急通信の声が述べたとおりのものが、窓の外に改めて向けた少女の目に飛び込んでくる。
 ついでに『それ』も、窓から教室の中に飛び込んでこようとする。
 後方より白煙をたなびかせ、いわゆる流れ弾というべきそれは、一直線に少女二人を目掛けている。
 そしてその上に乗ったそいつの視線は、一直線に机の上のお菓子に向いている。
 いや、お菓子というよりは、そのうちのただ一種類。

 うまい棒。

 嗚呼、青いリボンのツインテール少女こと立川郁美とその友人が今にも、白馬に跨った王子様ではなく、
流れミサイルに跨った不思議生物によって爆砕蹂躙即強奪の憂き目に遭おうかと言うまさにその時である。
 いまだ自分の置かれた危機的状況に気づかず、幸せそうにお菓子を頬張っている少女の胸ポケットから、
一つの小さな茶色い影が飛び出した。そしてその影は、まるで流れ星のように一直線に窓の外に飛び出していく。
「うきゅ?」
 世界ハンター協会からうまい棒ハンターとして二つ星の称号を得ているかどうかはよく判らないその人物、
水野響の目前まで瞬く間に跳びあがり、その眉間にカウンターで体当たりを叩き込む茶色い影。
 強烈な衝撃が、目前のうまい棒に目が眩んでいた狩人を襲った。
 ただの体当たりではない。全身に回転を加えながら、額、背中、尻尾の三連撃を一瞬のうちに叩き込む。
 いわば、三重の極みともいえる必殺の体当たりである。
 跨ったミサイル共々、成す術もなく墜落してゆく響。だが彼とて一介の学生ではあるが単なる学生ではない。
「うーふーふー、こんなこともあろーかと、パラシュートを用意してきたのです。とおっ!」
 青いネコ型狸ロボットのような笑い声と共に、ミサイルから飛び降りる響。
 背負った鞄をバッ! と開くと、中から勢いよく飛び出してくるのは白い猫。
 猫の身体は軽い付加となり、その落下速度をほんの僅かに低下させる。……だが、そこまでだ。
「はっ! パラシュートと間違えてひび猫を連れてきてしまいました!」
「にゃー」
 そしてその瞬間、叩き落され投げ出された流れミサイルが、着地寸前の響の足元で炸裂した。
 吹き飛ぶ響とひび猫。
「次こそはこの世の全てのうまい棒を独り占めなのですー」
「にゃー」
 ――そして彼は星になった。
 ものの数秒後、どこかの風紀委員幹部の弁当を食い荒らす彼の姿が目撃されたが、それはまた別の話。

 芸術ともいえる体当たりを決めた後、飛び出していった窓から無事に教室内に着地する茶色の影。
「あ、すもも。お菓子食べたくて出てきたの?」
「きゅー」
 自分のポケットから飛び出し、電光石火の勢いで窓から飛び出し戻ってきたことに気づいていないその少女。
 すももと呼ばれた茶色い影は、きゅーと鳴きながらその手に顔を擦りつける。
「あは、やっぱりすももは可愛いね? 郁美ちゃん」
「……うん、そうだね、七海ちゃん」
 七海と呼ばれたその少女に懐く茶色いネズミのような生物を見ながら、内心汗をかく郁美。
 試立Leaf学園中等部。超強力な戦闘能力を持った天然記念物を、それとは知らず操るその少女の名前。
 彼女の名は、立田七海という。


・誰彼&Routes参入L
 『何時からでも何処からでも』


「……よし、次! 『伸し』伍往復を拾本!」
「先生、お言葉ですが、恐らくこの場の誰も伸しでは泳げないかと」
「なんだと! 貴様それでも日本男児か、恥を知れ!」
「私は女だッ!」
 近くのプールから聞こえてくるそんなやり取りを耳にしながら、beakerは苦笑を浮かべた。
 ああ、こりゃ後で愚痴られるの確定かなぁ。などと一人ごち、照る日射しから隠れるように露店の庇を上げる。
 プールの近くのこんな場所で店を出して、その売り物は何かといえばまあ一般的に言う日用雑貨の類。
 それでもその中に含まれる包帯や傷薬の割合が多いことに、見るものが見れば気づいたことだろう。
「商売熱心なことで。昼休み返上で設営ですか」
 そんなbeakerの前に現れる一人の男。眠そうな雰囲気のその姿は、何処にでもいそうな普通の男子学生。
 だが彼は、この出店が主要ターゲットとする範囲の顧客ではない。
「大きなお世話です。……何か御用ですか?」
「いんや。授業を逃げて暇なんで、フラフラしてた所だよ」
「人のことは言えませんが、授業は真面目に出たほうが目立たないんじゃないですか?」
「まあ、出たところで大抵寝てるけどな。まあ……調理実習じゃなきゃ出てるさ」
「なるほど。さすがの貴方も味覚までは無茶苦茶ではないと」
「そりゃゆかりのことだよ」
 ははは、と笑いながら庇の下に潜り込む男。beakerの隣に座り、しばらく無言でぼうっとする。
 かちかち、とbeakerが行う検品と検算を眺めながら、とにかくぼーっとしている。
 と、ふいに周囲が騒がしくなった。絹を裂くような悲鳴がした後、どたんばたんと争う音がする。
 さらに加えて殴る音、蹴る音、斬撃音、爆発音、破砕音、骨折音、燃焼音や凍結音までが響いてくるにつれ、
一人、また一人と露天を訪れる生徒達の姿が増えていく。
「まいどありー」
 傷薬や痛み止めを買い求め、そして何処とへもなく去ってゆく男子生徒たち。
 beakerの隣に座るその男に対し特に眼を向ける客はほとんどいなかったが、男は客を一人残さずつぶさに観察していた。
 もしもそんな彼に気づくものがあれば、彼が驚くべき精度で気配を殺していることに気づいただろう。
 絶叫と悲鳴、そして戦闘音がひとしきり止んだ頃、露店の品は一つ残らず現金へと姿を変えていた。
「売り上げは上々。……それで、そこに座ってのご収穫は?」
「ぼちぼち。ま、こんなもんだろ。ってとこかな」
 露店に来た客の名を指折り数えながら、その男はおもむろに立ち上がる。
「なんだかんだ地味な仕事さ。これからもご贔屓に頼みますよ」
「わざわざどうも。ナビ殿によろしく」
 片手だけ挙げて『了解』と返答するその男の背を、beakerは生暖かい眼で眺めていた。
 主に、その手に持たれた携帯電話の相手をその原因として。
「もしもし、伏見ゆかりさんですか? 家庭科の実習をボイコットした那須宗一君を発見しました」
 ちなみに、その絶体絶命の彼、那須宗一の手にもいつの間にか携帯電話が。
「もしもし、千鶴先生ですか? 昼抜きで露店営業をしていたbeakerくんが、お腹が空いたと言っているんですが」
 そして騒ぎは再燃を始める。それがいつもの学園の出来事。


 Leaf学園の学食・購買は、単純なようで複雑である。
 学食・購買共に、いくつかの喫茶・軽食・飲食店が共同運営を行っているという仕組みになる。
 喫茶エコーズ、HONEYBEE、ラディッシュ、軽食バーガークイーンチェーンから、高級レストランシェ・オガワまで。
 近々喫茶店がもう一点参入するらしいがそれはそれ。それらの店が共同して出す料理は総じて値段に応じて美味。
「はい、ナポリタン一丁あがり!」
「テリヤキ2つ、ホットケーキ1つお願いしまーす!」
「田舎雑炊四丁!」
 昼休みを過ぎ、午後の授業も終えてHR終了後。昼休みのそれよりは大人しいものの、食堂は再度混みはじめる。
 何らかの理由で昼食を食いそびれたものや、小腹が空いたレベルの生徒達がやって来るためだ。
「はい、A定食あがりー」
「ありがと。やー、皐月ちゃんが手伝ってくれて助かるわー」
「どういたしましてー。でも、結花さんだって本当なら寮の食堂のほうに行ってないとダメなんじゃ」
「いいのいいの。たまにはこっちで働いてもさ。今日はあっちはお父さんと彰さんに任せてあるから。あ、フランクさん、パフェあがりましたー」
「…………」
 食事時の厨房の中は戦場に等しい。昼休みのそれが激戦区であれば、今のこれは散発的な戦闘か。
 フランク長瀬、江藤結花、湯浅皐月の三人が作る料理を、生徒達が次々と持って行っては食べていく。
 ついでに返却された食器はアレイとフランソワーズが洗っている。
 そんな食堂の一角で、茶を啜る男が二人。
「……光岡、お前仕事はいいのか」
「問題ない。ああ見えて奴は有能な男だ。任せておいて問題はなかろう」
「いや、そうではなく。……働かずにこんな所で茶など飲んでいてもいいのかと聞いているのだが」
「問題ない」
 表情も崩さずにそう言ってのけつつ再び茶を啜る、用務員の服を着た男が、一人。
 それをジト眼で見つめながら、こちらも湯飲みを呷る男が一人。
 前者が光岡悟、後者を坂神蝉丸。ライバル同士の間柄である。
 そこにやって来る男が一人。
「あ、坂神先生に光岡さん。こんにちわ」
「む」
「やあ、柏木くん」
 定食をトレイに乗せて、二人が向かい合って座るテーブルに相席する耕一。
 少なからず体格の大きい男性が三人も座ると、傍目にはそこが狭苦しく見えるかとも思えるが-――。

「がーっはっは! 腹が減ってはちゅるぺた娘拉致監禁はできぬっ! まずは腹ごしらえじゃいっ!」

「HAHAHAHAHAHA! 今日こそ学食の正式メニューに食用アフロを捻じ込みマス!」

「もぐもぐもぐ。皐月ちゃ〜ん、スペシャルの大盛りおかわりちょうだ〜い」

 一人でテーブル一つをいろんな意味で制圧する客が三名ほどいるので、男三人身を寄せ合う程度は何の問題もない。
「放課後も早々に何か用でもあるのか?」
「ええまあ。いろんな人から言伝とか受けてまして」
「それは難儀だな」
「いやまったく」
 箸を動かし、口を動かしながら苦笑する耕一。手早く口早く食事を掻き込み、最後に味噌汁を啜って手を合わせ
「ご馳走様。さて」
 一息つき、箸をおいていずまいを正し、蝉丸と悟の二人に向き直る耕一。
「まずはお二人に共通の連絡です。剣道部からのコーチ要請とティリアさんからの手合わせ要求」
「断る」
「諦めろ、と伝えてくれ」
「だからそれじゃ俺が困るんですってば」
 にべもない二人の返答に、困った顔を見せる耕一。それでも気を取り直して次の伝言を伝える。
「次は坂神先生にです。えー『今日はすき焼きだから、寄り道しないで早く帰るように』」
「……むう、月代か」
「御名答です。三井寺から元気よく頼まれましたよ。と、最後に光岡さんに」
「うむ」
 鷹揚に頷く悟を、若干訝しげな目で見ながら――それでも耕一は、その伝言を一字一句余すところ鳴く伝えた。
「えー、余命三ヶ月だそうです。……石原先生から」
「そうか」
 一気に重くなる空気を意にも介さず、悟は湯呑みに残った家を一気に呷った。
 たん、とテーブルに置かれた瞬間、真っ二つに割れ、砕ける湯呑み。耕一の顔に無数の縦線が入る。
「――げふぅ」
 突然の吐血。転倒音。あがる悲鳴。漂う血臭。
 耕一と蝉丸は、慌ててそちらの方向を振り返った。
 そこには、口から吐き出した血まみれで倒れている――九条和馬の姿。
「……余命3日と言われ続けている彼と比べれば、回数二桁にも満たぬ余命三ケ月宣告など、どうということもないだろう」
「そですね」
 微動だにせず席に座ったままで淡々とそういう悟の言葉に、耕一はとりあえず同意するしかなかった。
 とりあえず、湯呑みの底に溜まった吐血には、誰も気づいていなかった。


「げぇーっくしょいっ!」
 ひときわ大きなクシャミが、校舎脇の草むらで響く。
 手に鎌を持ち、猫背をよりいっそう丸めながら、用務員の服を着た彼、御堂は草刈りの手を休めた。
「クソっ、光岡の野郎め。また勝手に草刈りサボりやがって」
 愚痴愚痴とぶーたれつつ、先程まで刈っていた草の上に座り込む。
 首にかけていた手拭を頬にあて、顔に付いた汚れをざっと拭き取る。汗はかいていない。
「大体なんなんだよ。なんで坂神と岩切が教師で、この俺が用務員やらにゃならんのだ! おのれ坂神! おのれ岩切!
 ついでに俺と同じ用務員のはずなのにちっとも仕事しねえ光岡もどうにかしやがれ! クソっ!」
 ぜぇぜぇと息を荒げながら、叫んですっきりしたものか草刈りの続きをしようと腰を上げる御堂。
 と、その彼の上に落ちる影。影が落ちたと同時に声がかけられる。
「いきなり鬼畜ストライクっ!」
「みっきゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 爆裂音。
 大地を揺るがし、刈られたばかりの雑草を巻き上げ、犬神家の如く上下逆さまに突き立つ女生徒ひとり。
「……ちっ、外しましたか」
「てめえ! 一体何しやがる!」
 すんでのところで奇襲をかわした御堂の目の前に、バンダナ姿の男子生徒が一人。
 言わずと知れた有名人、風見ひなたその人である。
「昔の人は言いました――」
「あン?」
 回避と同時に投げつけられた鎌を、二本の指で刃を挟んで受け止めていたものを投げ捨て、堂々と宣言するひなた。
 そう、堂々と朗々と颯々と。一片の迷いも引け目もなく。
「『用務員さんは先生じゃないから殴っても蹴っても金品強奪してもいーのだ!』と!」
「寝言は寝て言えェェェェ!」
「しかもこの僕独自の情報網によると! 昨日は用務員の給料支払日! しかも支給は現金払い! ならば答えは一つ!
 今この場で用務員さんをぶっちめれば、何ひとつ問題もなくお小遣いゲーット!」
「問題大有りだろがぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫する御堂。だがそんな言葉が素直に通じるはずもない。
 いささかの反論も受け入れません、とばかりに言葉を続けるひなた。
「しかもその標的は完全無欠の悪役顔! きっとどっかで犯罪に手を染めてるだろうから、無論こちらは正義の味方!」
「ざけんな!」
「ふふふ……この完璧な作戦を構築するMY才能が怖い」
「確かに、いろんな意味で怖いです。昔から判りきってたことですけど」
 と、そこでようやく人間エクスカリバー状態から復帰した女生徒。赤十字美加香がひなたの隣に付く。
 にやり、と笑みを強くするひなた。
「さあ、こうして美加香も復活しました! 次は外しません!」
「ええええー!? 復活早々次弾装填状態ですかっ!?」
「……いや、俺も人のこた言えるもんじゃねえが、お前ほどの悪人は見たことねえ」
「だまらっしゃい! 鬼畜ストげぼぉっ!?」
 叫んでひなたが美加香の襟首を引っつかんだ瞬間である。
 真紅の彗星が、狙い違わずその横腹に叩き込まれた。
 巨大なコンテナを後部に乗せた真紅のハーレー。その全重量が加速を伴って叩き込まれたからたまらない。
 ものも言わずに吹き飛ぶひなた。それに引っ張られて美加香も飛ぶ。思い切り飛ぶ飛ぶ。新記録。
「ちわー! 御堂さんですね! 真心運ぶペンギン便、お荷物お届けに上がりましたぁ!」
「……あ、ああ。判子だな。ほれ」
「まいど! それじゃ、またの御利用お待ちしておりますー」
 ぶろろろろろ。
 突如として現れたその人物、風見鈴香は唐突に現れ唐突に去っていった。
 後に残されたのは、美加香が突き刺さっていた穴と吹き散らされた雑草。
 そして、たった今届けられた巨大な荷物。どうしてこれがバイクで届けられたのか判らない。
 縦横奥行き一辺が70cmほどの立方体。思わず受け取ってしまったものの、御堂にはとんと心当たりはなかった。
「なんなんだ、こりゃあ?」
『なんなんだ、こりゃあ?と言われたら、答えてあげるが世の情け』
 突如として、箱から声がした。慌てて飛び退る御堂。腰を落とし、油断なく身構える。
 そんな御堂の様子を知ってか知らずか、箱の声はノリノリで
『世界の平和を守るため、世界のテロを撲滅するため、国家正義の警察を務める、ラブリーチャーミーなエージェント』
「……春でもねえのに、電波か!?」
「誰が電波よっ!」
 口上途中で箱から飛び出す女性一人。長いブロンドの髪に、レザールックがよく似合う。
 油断なく構える御堂に合わせ、彼女もまた軽く腰を落として構える。
 互いに無手。夕暮れも近いこの時間、陽を背にした女性が有利とも見えるが――と。
「……ふう。OK。今は貴方と争う理由はないわ」
「フン……で、てめえ、何者だ?」
 肩の力を抜く女性。それを見て一瞬、構えを解こうか、とらしくもなく御堂が迷った瞬間。
「と見せかけて水風船」

 ばしゃ。

「んっがやぁいあうさじゃふぉいえじょふぁふぁじぇいおえいぁ!」
 声にならない絶叫。顔面から水を浴びてのた打ち回る御堂。それを見下ろすブロンドの女性。
 とはいえそこは只者ではない度では割と上位に位置する御堂のこと。悪役顔をより凶悪に取り乱しながらも、
水恐怖症を押さえ込み、再び目の前の女性と相対するまでに無理矢理精神状態を取り戻す。
「こ……こンの、女狐がァ……」
「ふふ。イエス、オフコース。私の名前はリサ=ヴィクセン。人呼んで地獄の女狐ヘル=ヴィクセン……はじめまして」
「……つーかこの水、塩素くせぇぞコラ! 奴か! 岩切の差し金か!?」
「あら鼻のいいこと。まあ隠すまでもないんだけどそれプールの水。給料出たなら金返せ、って伝言」
「その程度で人をショック死寸前に追い込みやがるか! しかも無意味に宅配まで使いやがって!」
「まあまあ。借りたお金は返さないとダメよ?」
 荒れる御堂。なだめるリサ。

 その状態から少し経ち、用は済んだとばかりに踵を返すリサ。
「それじゃ、またそのうちに」
「待てコラ! テメエ、素人じゃねえな」
 御堂の誰何の声に、苦笑しつつ応えるリサ。
「この学園、素人を探す方が難しいと思うけれど?」
「ケッ……まあ、それもそうだが」
 言葉に詰まる御堂をよそに、携帯電話を耳に当てるリサ。
「それじゃ、お願い……ええ。お任せで」
 ぴ、と通話を切ると、リサは再び御堂に手を振って別れを告げた。
「じゃ、今度こそ。縁があればまたお会いしましょ」
「むう……ってオイ! どこ行く……」
 ぶろろろろろ。
 再びのバイク音。御堂が見ると、そこには先程も見た紅いバイクの姿。
「毎度リサさん。それじゃ、それが荷物で宜しいですね?」
「ええ、お願いするわ」
 バイク上から帽子の鍔に手をやる鈴香と、出てきた箱から首だけを出して応えるリサ。
 その様子はさながらどこかのテレビ番組か小説かという箱女。
「それじゃ、お荷物、確かにお受け取りいたしましたー」
 ぶろろろろろ。
 排気音と共に去ってゆくバイク。そして荷物。
 荷物の中に人一人。
「賃車代わりかよ」
 それをただ呆然と見つめるしかない御堂であった。


 学園の施設は、某ショップ屋の言い分ではないが『ないものはない』というぐらいに充実している。
 ここ、Leaf学園美術館もまた、そのうちの一つである。
「長瀬さん、こんにちは」
「おじゃまします」
「こんにちは」
「おぉ、藍原さんに姫川さんに牧部さん。三人揃っていらっしゃい」
 古今東西の美術品が真贋問わずに(とはいえ、展示に際してはその真贋ははっきり表記されている)並べられているこの美術館。
その長たる男、長瀬源次郎が出迎えたのは藍原瑞穂、姫川琴音、牧部なつみの三人であった。
「今日も色々見せていただきに来ました」
「なに構わんよ。綺麗どころが見に来てくれた方が展示品も喜ぶじゃろうて」
「そんな、館長さんたら」
「なに、見に来てくれるのは嬉しいもんだよ。デートコースにでもしてくれるといい」
 からからと笑いながら、先頭に立って館内の案内をする源次郎。
 学園の施設の例に漏れず、ここ学園美術館も一歩間違えば何処に迷い込んでしまうかわからぬ複雑にして巨大な構造である。
 ここを見学に来る生徒は、定められたルートに沿って回るか、さもなくば今のように、内部構造を熟知した者に案内を頼むのが通例である。
「それじゃあ今日はここら辺から行こうかのう」
 扉を開けると、そこは別世界。
 美術品を引き立たせる配置と、厳重な管理が行きとどいさその場所は、まさに芸術の詰まった一室といえた。
「わあ……綺麗な剣がたくさんありますね」
「うむ。残念ながらここにあるのは模造品ばかりなのじゃがな。左手前からストームブリンガー、ハースニール、ネクロス、マナ」
 部屋を囲うようにぐるりと並べられた剣は十ニ振り。西洋から東洋の、あちこちから寄せ集められたと思しき模造品の『魔剣』の円卓。
「バルトアンデルス、バルザイ、菊一文字、天叢雲」
 一つ一つを手のひらで指し示しながら、時計回りにくるりと一周する源次郎。
「天空、黒、仁王、草薙……と並んでおる」
「あ、あの、天叢雲と草薙って、同じものじゃないんですか?」
 歴史文系に強い瑞穂がおずおずと尋ねると、源次郎はほっほっほと笑いながら答える。
「そういう説もある、というところじゃな。だがこう思わんか? 別にしといた方が、剣が一振り増えてお得じゃろ?」
「は、はあ……」
 損得でこういうものを語っていいのだろうか、と困る瑞穂。
 そこへなつみが、続けて質問を投げかける。
「でも、模造品といっても、力がまったくないわけじゃないんですね。……感じます」
「うむ。元が元だけにな。形そのものが力を呼び込む構造になっておったり、本物と変わらんような血生臭い経歴があったり、色々じゃよ。
 まあ、こうして見るだけであれば特に問題はないというところかの。あくまで模造品、知恵を持つ剣はないしのう」

 一行が次の部屋に向かうと、そこには絵画が並んでいた。
 こちらも円形の部屋をぐるりと囲うように配置されている。
「わあ、凄い絵ばっかり……あ、ラッセンの絵もあるんですね」
 琴音が感嘆のため息をつく。源次郎はふふふと含み笑いをしながら胸を張る。
「ちなみに、この部屋の展示品はどれもこれも真作……つまり、正真正銘の本物ばかりなんじゃよ」
「ええっ!」
「やっぱり……こもってるちからがぜんぜん違うもの」
 驚く瑞穂、頷くなつみ。既に食い入るように絵を見に入ってる琴音。
 三者三様の反応を面白がりながら、源次郎はさらに言葉を続ける。
「ちなみにここにもさっきと同じように、12枚の絵が飾ってあるのじゃが……」
「ええと、いち、に、さん……」
 そう言われて、三人揃って絵の数をかぞえはじめる三人。源次郎がその様子を面白そうに眺める。
「じゅういち、じゅうに……じゅうさん!?」
「えっ、そんなまさか!」
「……本当に、十二枚なんですか?」
「うむ。それは間違いない。この円形展示室は全て、12個づつそろえて美術品を展示しておる」
 しかし、数えてみれば十三枚。訝る問いに平然として答える源次郎。そこに嘘はない。
 もう一度正確な数をかぞえだす三人、でもやっぱり絵の数は13。
「ふふふふふ……」
「ちょっと姫川さん、変な声で笑わないでよ」
「えっ、私じゃないですよ。藍原さんじゃないんですか?」
「ち、違います! ……でも、じゃあ誰が……」
 たった今響いた声は、確かに女性の声だった。だから館長は候補から外される。
 だが、その館長はといえば、今の笑い声が聞こえなかったかのように平然としている。
「どうかしたかの?」
「え……やっぱり、絵が13枚あるなあって」
「ふむ……もしかするとそれは、伝説の魔の絵画かもしれんな」
「魔の絵画?」
 興味深々という感じに身を乗り出す女生徒三名。声を潜めるようにして話を続ける源次郎。
 館長の案内を受ける場合、こういった逸話説話が聞けることがある。
「うむ。美術館などで誰も知らぬうちに一枚だけ増えている絵画。それが魔の絵画じゃ」
 誰か判らないがごくり、と息を呑む音。
「一見何の変哲もない絵なのじゃが、そのえは、人を食って絵に閉じ込めてしまうんじゃよ」
 声のトーンを落とし、恐怖を煽る様に淡々と喋る源次郎。指をゆっくりと持ち上げる。
「ほれ、そんな風に額縁から手が伸びて……」
「そ、そんな。脅かそうって言ったって引っかかりませんよ!」
 笑う琴音。硬直する瑞穂。脱力するなつみ。
 次の瞬間、その琴音の肩に背後からぽん、と腕が置かれて――。
「っきゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 絶叫。

 そして大笑い。
「あはははは、あはは。いやもー、大成功大成功。いやーお姉さんもう大満足」
 ビール片手に額縁抱え、慰めるように琴音の肩をぽんぽんと叩くのはメイフィア・ピクチャーである。
 魔女にして絵人間の彼女が、こっそりこの部屋に隠れていた、というのが事の真相。だから絵は13枚あったのである。
「ほ、ほんとうに驚いたんですからね! もう!」
「私もびっくりしました……」
 胸を押さえて息をつく琴音と瑞穂に比べ、なつみは割と落ち着いていた。
「……普通、美術館に並ぶような絵は、ビール片手に晩酌なんかしてませんから」
「あら、なかなかの観察眼」
「ま、悪かった悪かった。これに懲りずにまた遊びに来てくれ」
 それでも源次郎の言葉に、コクリと頷く三人なのであった。


「ひのふのみのよ……毎度思うのだけど、何がどうなったらこんなに怪我人が出るのかしら?」
「これでいつものこと、なんですよね」
 さながら野戦病院の如き様相を見せるその一室に、白衣の女性とその助手が立っている。
 寝ていたり倒れ込んでいるのをいいことに、スカートの下を覗こうとしたり生足に触れたりした生徒の手を、
ピンヒールで思い切り踏みつけながら、その女医は次々と助手に指示を出す。
「それじゃ高子さん、簡易寝台の番号順に処置お願いね」
「わかりました」
 Leaf学園担当校医、石原麗子。
 怪我人がちょくちょく大量に発生するこの学園に於いて、保健室のキャパシティを超えた分の怪我人・病人を担当する。
 基本的には身体測定やら定期健診でもなければ出番はないはずだが、生傷の絶えないこの学園のこと、その忙しさは
もう筆舌に尽くし難いともいえた。
「はい、これでよし。お大事に」
 そして、そんな麗子の指示で患者に処置を行っているのが桑島高子。
 看護資格をもち、老人介護を行いながら麗子の下で働く彼女の処置は、てきぱきとして的確である。
「……よ、よろしく」
 と、その処置が、ある患者のところに来たところでぴたりと止まった。
 患者の手をとり、その怪我のひどさに驚く高子。
「まあ! 手がこんなに穴だらけに! ……いったい何があったんですか!?」
「ふ……踏まれぶっ」
 マジ流血に加えて腕が麻痺するツボでも点かれている為か、声を震わせて返答しようとしたその男子生徒の頬をピンヒールが襲う。
 ぐりぐりと無表情で押し付けるように踏みつけ、淡々と指示を続ける。
「あ、高子さん。こいつは後回しにして結構」
「く、黒……」
 ぐさぐさぐさぐさっ!
「ミギャアアアア!」
 その生徒、橋本の顔面に連続でピンヒールが叩き込まれる。
 断末魔は聞かなかったことにして、高子は処置を続けていく。
「そこ、ちょっと手伝っていきなさい」
 唐突にびし、と天井を指差す麗子。高子が何事かと驚いて上を見上げると、突如として人が一人降りてきたからさらに驚いた。
「おやおやまあまあ。私は単なる通りすがりのいち生徒なのですけれど」
「黙れ。嫌だというなら懐の中の気化治療薬だけでも出してもらおうか」
「ううーむ。それは困ります。導師が誰かに一服盛られてビリビリ状態なのを面白おかしく治せなくなります」
「じゃあ手伝え」
「はいはい、ようがしょう」
 降りてきたのは葛田玖逗夜。希代の変人揃いのこの学園でもトップクラスの逸人である。
 彼がさあどうやって哀れな民草を癒そうかと腕を組もうとした刹那、その懐から缶詰が一つ掏り取られた。
 あっと玖逗夜が気づいたときにはもう遅い。目にも止まらぬ速度で奪い取られたその缶は、即座に踏み込まれてバルサンのように煙を上げる。
「……酷いじゃないですか、手伝うって言いましたのに」
「事前対処。これ、東洋医学の真髄。……それじゃ高子さん、ここはこれでいいから外に出るわよ」
「え、あ、はい。いいん……ですか?」
 部屋を出て、すぐさまドアと窓の目張りを済ませる麗子と玖逗夜。それを呆然と見守る高子。
「さ、それじゃ今日も帰って惰眠でも貪りますか」
「それよりも遊びに来ませんか? 導師のぴりぴりのお零れとかいただきませんか?」
「あ、フグなの? ……いいわね。高子さんもどう?」
「いえ、わたしは坂神さんの家で準備がありますから」
「ああ、すき焼きって言ってたわね。わかったわ。それじゃ今日はこれで。おつかれ」
 そして去っていく女医と生徒。
 高子はあっけにとられたまま、それを見送ることしかできなかった。


 そして後日。某教室でのこんな会話。
「なあなあ藤田、こんな噂知ってるか?」
「……いとっぷか。志保の噂よりゃマシだろう。聞いてやる」
「ああ。数日前から一部の生徒が行方不明、って話は知ってるよな?」
「知らねえ。ってか、そんなのここじゃ日常茶飯事だろ」
「……まあ、それはそれとしてな、その行方不明になった生徒たちの声が、とある教室から聞こえて来るんだと」
「そりゃ、そこにいるんだろ、そいつら」
「普通に考えればそうなんだが……なんでも、校長が言うことにはそうじゃないって言うんだ」
「何故に?」
「聞こえてくる声聞こえてくる声、みんながみんな落語を一席打ち上げてるんだと」
「……落語?」
「そう。それで志保が事件よと騒ぎ出して、件の教室は『罠だ』とばかりに完全封鎖」
「また志保か」
「ま、なんでも? その教室は元々目張りとかされてたらしく、封鎖の手間もかからなかった、って話だ」
「そうか」
「そうだ」
「……しかし、落語か」
「ま、他人の考えてることは俺にはわからないよ」