こどもの日・記念SS「かしわもちをたべよう」 投稿者:T-star-reverse
「いっただっきまーす!」
 元気のよい声が幾重にも重なり、広い邸内に余すところなく響きわたる。
 それと同時に、たくさんの小さな手が一斉に伸ばされた。
 それぞれの手ができたてのごちそうを掴み、各々口に放り込む。
「おいしーい!」
「うん、甘くてすっごくおいしい」
「に、にがいぞー!」
「良太くん、葉っぱまでたべちゃだめだよ」
「の、のどにモチが……」
「ほらほら、あんまりがっつくから」

 わいわいわい……。

 卓袱台の回りでわいわいと盛り上がるそんなちびっ子たちとは少し離れ、
年長者は年長者たちでごちそうにありついていた。
「……ほいひい」
 ちびっ子あるところ彼女もまたあり。
 河島はるかが餅をほおばりながら率直な感想を口にする。
「おいはるか、口にもの入れたまま喋るなって」
「ま、まあまあ冬弥君……」
 はるかをたしなめる藤井冬弥とそれをなだめる森川由綺。
 二人ともはるかに誘われてここに来ていた。

「……うむ、美味い。茶ともよく合う」
 西山英志がずずずと茶をすすりつつ、以外に速い速度でひょいぱくと
餅を次々と口の中に放り込んでいく。
「たまにはたくさん集まってこういうのもいいですねぇ」
 同じく、湯飲みを手に持ちつつきたみちもどる。
「落ち着いてないでこっち手伝って下さい!」
「放せぇぇ、さりげなく笛音の隣に座ってるくそがきに天誅をもがもが」
「今ここで暴れられたら間違いなく被害が大きくなりますから止めます!」
 部屋の隅でどたばたしているのは、風見ひなたと赤十字美加香の二人で
暴走寸前のOLHを取り押さえているからである。

 これだけの人数がいる時点ですでに大所帯ではある。
 さて、ここがどこかというと……。

「うまいっ! うまいぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
「梓センパイのっ! 先輩の手作りっ!!」
「てめーら黙って食えねぇのかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 何故か強化ガラスで仕切られた部分で、絶叫しながら餅を食い漁る
秋山登と日吉かおりの二人を全力射撃で吹き飛ばすジン・ジャザム。


 そう。
 ここは柏木邸であった。


「みんな、お餅おいしい?」
「おかわり持ってきたよ」
 そう言って茶の間に姿を現したのは柏木初音とゆきの二人。
 お皿に山盛りの柏餅を持って台所からやってきたのである。
「はいはーい、こっちこっちー!」
「まだ全然たりないぞー!」
 ルーティや良太の言葉通り、ちびっ子たちのテーブルの皿の上は綺麗に
葉っぱだけが残されていた。
「はい、まだいっぱいあるからね」
 初音がにっこり笑って皿をテーブルの上に置く。
 途端に再び子供達の手が伸ばされる。
 その様子に、初音は弟や妹たちを見ているようでくすりと笑ってしまった。
 末っ子の彼女は、幾度か弟や妹が欲しいと思ったことがあるが……。
「初音ちゃん、こっちのお皿は?」
 ちびっ子の様子を見て顔をほころばせていた初音は、その声で我に返る。
「あ、ごめんねゆきちゃん。そのお皿はあっちのテーブル……」
 言いながら、手に取った餅を一つだけぱくっと口に入れる。
 だが、その様子は誰にも見られていなかった。
 なぜなら、初音が指さしたテーブルは、ジンと秋山とかおりの三人が
すでに三つ巴の戦いを繰り広げていて、ゆきが愕然としていたからである。


 黒髪の少女が、音もなく部屋に入ってくる。
「おかわりです……」
 柏木楓である。
 手にはやはり柏餅が山盛りの皿を持っている。
 すっ、と膝を曲げてテーブルの上の皿を入れ替える。
 そして、そのまま台所に引き返そうとする楓を、英志は視線で制した。
「少しくらいゆっくりしていくといい」
「……はい」
 こくんと頷き、ゆっくりと腰を下ろす楓。
 そして間髪入れずひょいぱくと餅をまるごと口にする。
「おいしいです」
 感想まで、その間わずか3秒。
 うんうんと満足げに頷く英志。
 それからしばらく、二人でひょいぱくひょいぱくと柏餅を平らげていくのを
もどるはただ呆然と見ているだけであった。


 ……そして。

 異変が始まったのは、そのすぐ後である。


「お兄ちゃん、はいお餅!」
「ほら、あーんして」
 笛音とティーナの二人が、OLHに柏餅を差し出す。
 それによってすっかり気をよくしたOLHは暴走もせず落ち着いていた。
「わかったわかった。はい、あーん」
 満面の笑みを浮かべて口を大きく開けるOLH。

 次の瞬間。

「こっちが先ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 二人の目つきが真っ赤に燃えて、餅を葉っぱごと喉の奥に叩き込んだ。
「ぐごがはぁぁぁぁっ!」
 当然、喉を詰まらせて悶絶するOLH。
「な、何しやがるてめー!」
「それはこっちの台詞っ!」
 口調も目つきもすっかり変わり、二人は真正面から睨み合う。
 と。次の瞬間。
「笛音ちゃん好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突然そう叫びながら笛音に抱きついたのはてぃーくん。
 勢い余ってもつれて倒れると、ほおをすりすりとすり寄せる。
「ど、どけっ! あたしはティーナの奴と決着を……」
 すりすりすりすり。
「決着つけるっていってんだろ……」
 すりすりすりすり。
「ううう」
 すっかり困ってしまっている。
 ティーナはティーナで毒気を抜かれてぽかんとしていたりする。
「……つまんねーの」



「ねぇ……食べてよぉ」
 靜のその言葉に、もどるは言いようのない不安を感じていた。
「ほらほら、とっても美味しいからぁ」
 それより何より、靜の目が尋常ではなかった。
 普段の気弱そうな目ではなく、すっかり大人の目である。
「ねぇぇ」
 やばい。
 もどるはそう感じていた。
 やばいとは思っていたものの、どうすればいいのかが解らない。
 当然であろう。今何が起こっているかも解らないのに行動はできない。

 ……どん。

 気づけば、無情にももどるの背には砂壁が押しつけられていた。



 あちこちで怒った混乱に、ひなたと美加香は必死で状況を確認しようと
試みる……が、美加香は突然むんずと袖をつかまれた。
「ししょお……」
「る、ルーティ?」
 確かにそれはルーティであった。だが、いつもの活発そうな雰囲気は
どこへやら、一転して気弱そうに瞳を潤ませている。
「ししょお……あたし寂しいよぉ……」
「う゛っ……」
 その言葉の響きに激烈に嫌なものを感じ、美加香は思わず後ずさる。
 だが、がっしりと握られた袖のせいでそれもままならない。
「ひ、ひなたさん……」
 救いを求めるようにひなたの方を見る美加香。
 だが、そのひなたもなにやら真っ白に燃え尽きていた。

 ひなたの視線の先を追う美加香。
 そこには……。

「はい、英志さんあーんして☆」
「は、はい……」
「ほらほら、そんなに照れないで。かわいいんだから」
「え、えっと……」
「うふふ、いーからいーから。遠慮しないの☆」
「…………」

 頭の中で情報を整理する間もなく。
 美加香もまた、その精神を永遠の世界に旅立たせることとなった。


「ど、どうなってるんだこれはっ!?」
 ゆきがようやく状況に気づいて慌てだす。
 突然、ジンと秋山とかおりの三人がまとめておとなしくなったのである。
 そればかりか……。
「おらゆきぃぃぃぃっ! 茶ぁもってこぉぉぉいっ!!」
「は、はいっ! ただいまぁぁぁっ!」
 初音ちゃんが反転していた。
「……と、いうことは……」
 台所に走りつつ、考えをまとめるゆき。
「台所で料理していたのは……」
 そして、台所にたどり着く。
 そこでは、栗色のショートカット……つまりは梓が柏餅を並べていた。
 だがゆきは、こう呼びかけた。
「千鶴さんっ!」
 ぴたり、と梓の姿をしたものの手が止まる。
 そして、冷たい声でゆっくりと返事をした。
「なんで……わかったの?」
 わからいでか。
 ゆきがそう心の中でツッコむ前に、かつらの下から黒髪があふれ出す。
 そして、瞬時に部屋の空気温度が低下していく。
「ばれたからには……あなたを……殺しますっ!」
「い、いきなりなんてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ざしゅっ。


 結局。
 柏餅にセイカクハンテンタケが混入されていたための騒動であった。
 茶の間の騒動は、性格反転したはるかと由綺の機転・大活躍によって
いずれもことなきを得たらしい。
 ……まあ、その時何があったのかを覚えているものは誰もいないが。

 ゆきの傷は全治1週間だったが、傷を負ったショックで記憶も飛んでいた。

 本物の梓は、物置で漬け物の中に沈められているのを後日初音が発見した。

 ……耕一は……野生の勘という奴で逃亡していた。
 当然、被害者からは総スカンを……受けなかった。
 誰も何も覚えていないのだから当然と言えば当然である。
(まあ、千鶴からお仕置きを受けたらしいがそれはいつものことである)


 めでたくもあり、めでたくもなし。



<後日譚>

「おや理緒ちゃん、今日のお弁当は柏餅かい?」
「えへへへ、良太ったら、昨日の子供会で出てきた柏餅、おみやげだって
もって来てくれたんです」
「へー……、ねえ、あたしにも一個もらえる?」
「あ、僕にもください」
「うん、たくさんあるからいいよ!」


 ……その後、第二購買部で何が起こったか、誰も知らない。