ぽーん! すぱーん! テニス部。 普段は人っ子一人いないようなこの部も、最近にわかに活気づいていた。 暗躍生徒会が企画するテニス大会のためである。 開店休業状態の部活ではあるが、コートだけは充分すぎるほどの数あるので 練習用に一般生徒に解放していたりする。 「……いい天気だね」 それでも顧問は金網に寄りかかってぼーっとしているのだが。 テニス大会エントリーL「挑戦、まずはそれから」 「……そうですね」 そして、そんな顧問……河島はるかの横にいつの間にかもうひとり。 黒い帽子の影に、つむったような目……T-star-reverseである。 一応彼もテニス部員である。 ポケットからするめなどを取り出して口に含む。 「一緒に食べようかと思って持ってきたんですけど……」 そう言って、腰を下ろしているはるかを見下ろす。 彼女はチョコに埋まっていた。 それも、実に様々な種類のチョコである。 「おいしいよ」 「いや、それは解りますけど」 もぐもぐとチョコをほおばりつつきょとんとした目をするはるか。 ティーは疑問符を顔に浮かべつつ聞く。 「どうしたんです? そのチョコ」 「もらった」 「誰に?」 その言葉に、一瞬うーん、と考えたはるかだが、表情を変えずに続ける。 「あそこでテニスしてるみんな」 「……やめてくださいよ、そーいう汚職まがいのこと……」 そう言うと、ティーも腰を下ろした。 懐からミネラルウォーターを取り出して口に含む。 「それにしても、なんです? 急にこんなに人が増えてるのは」 「んー」 口の中のチョコをごくん、と飲み下してから答えるはるか。 「部員じゃないよ。道具とコート貸してる」 そして、チョコの山から再度チョコを取り出して封を切る。 「で、これ」 「……ああ、そうですか」 多少のめまいを覚えつつ、何気なくティーもチョコを手に取る。 コートの方を見れば、確かに幾人かテニスとは縁が遠そうな人がいた。 それでも、ティーの疑問はまだ消えない。 「部員が増えた訳じゃないとしたら、どうしてこんなに人がいるんです?」 「んー」 大量のチョコを食べている割に手も口元もチョコで汚れていないはるか。 ぱくぱくと飽きもせずチョコを口に送り込みながら淡々と答える。 「テニスがあるんだって」 「いや、そりゃそうでしょう」 苦笑するティーを見て、はるかはあ、と頷いた。 「大会だよ。男女ペアでテニスの大会があるんだって」 「はあ、そういえばそんな話を聞いたような聞かないような」 気のない風に生返事を返すティー。 チョコを口に入れつつ、ゆっくり立ち上がる。 そんな彼を見上げながら、はるかはピッと片手を上げてみせる。 「今日の部活は人が多いからお休み」 「……でしょうね」 今更ながらにここは何の部活なんだろうと苦笑しつつ、立ち去ろうとする。 不意にその背に声がかけられる。 「あ、ティーくん」 「はい?」 振り向くティーの目に、チョコを指さすはるかの姿。 そして、もう一方の手自分とティーの方を交互に指さす。 「同罪」 「……はい」 なんだか目頭が熱くなった。 テニス部を後にしたティーは、その足で格闘部へと向かっていた。 なんだかんだ言って、彼もこの学園の生徒である。 落ち着いた雰囲気は持っていても、基本的にイベントは参加する性質だ。 男女混合ダブルス、ということになれば、当然誘う相手も決まっている。 「松原さん、いますか?」 道場の入り口から顔を出すと、彼女……松原葵は、そこにいた。 いつものようにサンドバッグに向かい、汗を流している。 普段なら他にも大勢の部員がいるはずであるが、テニス大会の影響か、 他には誰一人として道場には姿がなかった。 練習に集中しているようで、葵はティーに気づかない。 その邪魔をしないように静かに中に入る。 そして壁際の長椅子に腰を下ろす。 そのまま、しばらくぼーっと彼女の練習風景を見つめた。 一途な動き。 何事にも真剣に取り組む彼女。 彼女は今、目の前のサンドバッグしか見ていない。 もし今、彼女を抱きしめようとすれば、それは簡単に達成されるだろう。 そしてもし、彼女が同じように、抱きしめられるのではなく襲われたら。 そう思うとやはり、彼女のことが心配になる。 彼女が何かを見つめている間……。 自分が、彼女を守ってあげたい。 ふとそんなことを考えてみる。 「ふぅ……」 自然と、ため息が口から吐いて出た。 「あれ、ティーせんぱい?」 その声にふと気が付けば、ナックルで汗を拭う葵が彼の目の前にいた。 「今日、テニス部に行かれてたんじゃないんですか?」 その疑問に答える前に、脇に置いてあったスポーツタオルを手にとる。 そして、それを葵に手渡しながら淡々と答える。 「河島先生が、今日は休みだって」 「そうなんですか。……あ、ありがとうございます」 渡されたタオルで額の汗を拭う葵。 ティーは、少しの間をおいて話を切りだした。 「松原さん?」 「はい?」 タオルを手に持ちながら、きょとん、と彼を見つめ返す葵。 今更ながらに、そんな仕草が可愛いなあと思いつつ言葉を続けるティー。 「河島先生に聞いてきたんだけど……今度、テニス大会があるらしいですね」 「あ、そうなんですか? 私、ぜんぜん知りませんでした」 「まあ、自分もさっき聞くまで知らなかったんだけど……」 「それがどうかしたんですか?」 「うん。実は……」 一瞬だけ言葉を区切って、次の言葉への興味を引く。 知らずのうちにそんな話術を使いながらも、彼は本題をそのまま伝えた。 「私と一緒に、テニス大会に出てくれませんか?」 「……はい?」 一瞬驚いたような表情を見せ、再びきょとんとした表情に戻る。 それからタオルが床に落ちる音と共に、葵の慌てた声が道場に響いた。 「え、え、わ、私がですかっ!?」 無言で頷くティー。 デートに誘われたかのように真っ赤になる葵。 告白したときもここまで赤くはならなかったのだが。 「で、でも、私、テニスなんてぜんぜん……」 「まあ、それは私だって似たようなものですよ」 「ティーせんぱい、テニス部でしょう?」 「……まあ、普段が普段ですから」 さっき見てきたばかりの顧問の顔を思い浮かべながら苦笑するティー。 それでも葵はすまなそうに俯く。 「でも、私なんかじゃ足手まといにしか……」 「そんなことないですってば」 ティーは不意に立ち上がると、ぽん、と彼女の肩を叩いた。 びくっとして見上げてくる彼女の瞳を見つめながらにこりと微笑みかける。 「普段、あれだけの運動をしてるんです。練習すればすぐ上達しますよ」 「でも……」 まだ踏ん切りがつかない様子の葵を、ティーは優しく諭す。 「何事にも挑戦する気持ちが大切ですよ、松原さん」 「挑戦する気持ち……?」 葵の言葉と瞳が疑問符に彩られる。 ティーはこくんと頷くと言葉を続けた。 「どんなことでも、やりもせずに諦めちゃいけませんよ」 言葉を続けながら再び長椅子に座る。 「何事も、やり遂げることが自身に繋がるんです」 そこまで言うと、続いて道場を沈黙が包み込んだ。 しばらくその状態が続いたあと、葵が決心したように顔を上げた。 「解りましたせんぱい! 私、やってみます!」 ぐぐっ、と拳を握りしめながら宣言する彼女。 ティーは、苦笑しつつも内心では快哉を上げていたりした。 「まあまあ、そんなに肩に力を入れなくてもいいですから」 「あっ、す、すみません」 さすがに今のは恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯く。 そんな彼女の背を軽く押して、ティーは道場の出口に歩き出した。 「それじゃ、登録にいきましょうか?」 「はい!」 「……ま、気楽に行きましょう」 ……と、いうわけでその日、T-star-reverse&松原葵のペアが テニス大会にエントリーされた。 ちなみに、二人が優勝特典に「温泉旅行二泊三日」があることについて 知るのはそれからしばらく後のことである。 自薦……T-star-reverse&松原葵 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− と、言うわけで書き上げてみました。 葵ちゃん、特典のこと知ったら参加しなさそうなんでこうなりました。 さて、あとはてぃーくんの参加用Lを……っと(笑) よっしーさん頑張って下さい〜!