テニス大会練習L「努力、そしてその先」  投稿者:T-star-reverse
 春うららかな昼下がり。
 下方でわいわいがやがやと騒ぐ声など聞きながら、T-star-reverseは
いつもといえばいつものごとく、にこやかにこう言った。
 その服装は珍しく、普段と違ってジャージ姿である。
「さて、それじゃ今日も練習を始めましょうか」
「あの……ティーせんぱい?」
 その傍らに立ちながら、誰何の声をあげるのは松原葵。
 こちらもまたジャージ姿である。
 手にはカバーに覆われた、テニスラケットらしきものを抱えている。
「佐藤せんぱい……あ、昌斗さんのほうです……に聞いたんですけど、
テニス大会の商品って、ペアでの温泉旅行だって……」
 ちょっぴり疑惑の眼差しでティーを見る葵。
 その質問に、ティーはすまなさそうに苦笑しつつ答えた。
「ああ、すいません。松原さんを大会に誘った時点では、じつは私も
商品のことは知らなかったんですよ」
「そうなんですか?」
 意外な返答に、狐につままれたような表情をしてしまう葵。
 暗躍生徒会が企画したこのテニス大会。
 当初からかなりの労力をつぎ込んだ宣伝が行われており、ほとんどの生徒は
この大会のことと、参加者を集めるための餌である商品のことを知っていた。
 たまたま、商品のことをまったく知らない二人が参加したこと自体、
かなり珍しいことだったりするのである。
「それに、もし優勝したとしても私は温泉には行く予定はないですし」
「え? どうしてです?」
「テニス大会に出るための相手が見つからなかった知り合いの人達から、
普段お世話になってる人へ温泉をプレゼントしたい、って頼まれたんですよ。
……まあ、松原さんがどうしても、って言うなら別ですけど」
 最後の方は笑いながら、明らかに冗談と解る口調で続ける。
 それは解っているのだが、やはりどうしても赤くなってしまう葵。


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 数日前。
 場所は変わり……ここはボードゲーム部部室。
「相手、みつかんなかったなぁ」
「そーねぇ」
「にゃあ」
「私たちにはあまり知り合いがいませんから……」
 イビル、メイフィア、たま、アレイの4人が、雀卓を囲んでいた。
 浮かない顔をして愚痴りながらも、手はしっかりと洗牌している。
「エビルは当てがあるって言ってたけどな」
「あたし、倫理の緒方先生に頼んでみたけどダメだったわ」
「にゃにゃーにゃ、にゃあ」
「まあ、たまは喋れないから無理なんですけど……私たちは……」
 溜息をつきながらも、手はしっかりと山を積んでいる。
 そして、イビルがサイコロを振ろうとしたとき。

 がらがらっ!

 麻雀部屋の引き戸(なぜか引き戸。まあ普段は施錠済みだが)が勢いよく
開かれる音に、4人は飛び上がらんばかりに驚いた。
 ルミラが来たと思ったのである。
 もしパートナーも見つけられず、ここでこのように麻雀などしているという
事になれば、彼女の逆鱗に触れることは間違いない。
 だがしかし、幸いにもその心配は杞憂に終わったようである。
「こんにちは。なんだか賑やかですねぇ」
 その時部屋に入ってきたのはティーであった。

「助かった!」「あ、キミがいたっけ」「にゃあ!」「ど、どうも!」
 四者四様の言葉を投げかける雀鬼組。
「……ラーメン、できました」
 そこに丁度、どこからともなくフランソワーズも現れる。 

 そして、パートナーは無理でも、商品のことは、と頼まれたのである。


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 時は戻って最初と同じ昼下がり。
「……というわけなんで、そういうことです」
 ぴっ、と区切るような身振りをしつつ言葉を止める。
 葵はわかりました、と頷いてから真剣な顔をしてティーを見る。
「それじゃ、その人たちに喜んでもらえるように頑張りましょう!」
「がんばるぞー!」
「がんばろうね!」
 葵の言葉に続けて二つの声。
 驚いた葵が振り向くと、そこにはやはり揃ってジャージなど着用している
てぃーくんと笛音の姿があった。

「……連れてきた覚えはないんですが」
 苦笑しつつティー。
 その言葉に笛音が反応して説明をする。
「したのテニスコートだと、お兄ちゃんがうるさいの」
 確かに、お兄ちゃんことOLHは今回、斉藤勇希と組んでではいるものの
いつも涙と悲痛な叫びを上げていた気がする。
 そこに笛音ちゃんがてぃーくんと練習してるところを見せようものなら、
どのようなことになるかだいたい予想もつく。
「それにさ、試合までもうあんまり時間ないから、僕たちもティーたちに
手伝ってもらって、必殺技みたいなの考えようと思って」
 と、大人用のラケットを首の後ろに回しながらてぃーくん。
 笛音もこくんと頷いてその意見を肯定する。
 ティーと葵は思わず顔を見合わせる。
「どうします?」
「私はかまいません。大勢でやった方が楽しいですし」
 決まりである。
 こうして、2チームでの合同練習が始まった。



 さて先程から「したのコート」という表記があるように、彼らの現在位置は
グラウンド脇のテニス部のコートではなく、校舎の屋上に設置されている
万能コートをテニス用に調整してあるところである。
 バスケットボールのゴールが据え付けられているために、大抵の生徒は
ここがバスケットボール専用だと勘違いしているのだが、実のところテニス、
バレーボールなど、大抵の競技をここで楽しめたりするのである。
 幸いにも今日は誰も電波を送受信していないし、河島はるかも寝ていない。
 必殺技の秘密特訓を、というのには最適の場所である。


「さて、まずは聞きますけど……二人ともテニスはできる?」
「できるよ」
「がっこうとかで、みんなとれんしゅうしたから」
 そう言って、二人揃ってカバーからラケットを取り出して振ってみせる。
 てぃーくんは通常サイズ……つまりは大人用サイズのラケットを軽々と
振り回し、笛音は子供用にしつらえてある小さめのラケットを振る。
 確かにどちらもかなり様になっていた。
 それを確認して、ティーは葵を促してコートに入る。
 無論この二人も日々こつこつと練習を重ね、かなりサマになる動きが
できるようになっていた。
「じゃ、まず準備運動代わりに1ゲーム先取でゲームをしましょうか」
「はーい!」


 二つのチームは、どちらも似たような構成である。
 基本的に、一方が常に攻撃的な動きをする。
 この役割は年長チームが葵、年少チームがてぃーくんである。
 そして、ティーと笛音はそれぞれ守りを務める。

 葵が持ち前の瞬発力で鋭いボレーを放てば、てぃーくんも負けじと思い切り
ボールに飛びつくようにして再度跳ね返す。
 そのボールをティーが逆サイドに運べば、笛音が落ち着いて高く返す。
 ラインギリギリに落ちたボールをティーが軽く叩き返すと、てぃーくんが
ジャンプして直接相手コートに叩き落とす。
 そんなような試合展開で、結局セットカウント5−2で年長組が勝利した。


「……はふぅ」
「……ふにゃあ」
 完全にばてている年少組の二人。
 元々体力のない笛音ちゃんはともかく、てぃーくんもコート中を縦横無尽に
走り回り駆け回り跳び回っているのだからこうなるのは仕方がない。
「ふぅ、ふぅ」
「……まあ、こんなとこですかね」
 多少なりとも息を切らせている葵と、全く息を乱していないティー。
 ティーは少しばかり考える様子を見せながら、金網の所に置いてあった
スポーツバッグの中からドリンクをとりだして全員に配る。

 それから少し経ち、全員が屋上に据え付け式のベンチへ腰を下ろしていた。

「とりあえず、てぃーくんと笛音ちゃんの欠点はわかりましたね」
 葵がそう言うとティーは無言で頷いた。
「そ。やっぱり一般参加者と比べて、スタミナに問題ありですね。
まあ、仕方ないと言えば仕方ないんですけど」
「で、どーすればいいの?」
 てぃーくんの言葉に、ぴっ、と人差し指を立てて答えてみるティー。
「とりあえず、今みたいにがむしゃらに動いて体力を消耗しないこと。
それから、できるだけ試合を長引かせないこと」
「それは解るけどさ」
 ぶつぶつと文句を言いつつも素直に頷くてぃーくん。
 笛音も真剣に話に耳を傾けている。
 それを確認し、ティーは先を続ける。
「要するに、テニスは相手と交互にボールを打ち合う競技です」
「それで?」
「ラリーをするから運動量が多くなって疲れるんです。ですから……」
 そこまで聞いて、あっ、と笛音が声をあげた。
「ボールをとめちゃえばいいんだ!」
「ご名答。まあ笛音ちゃんの力を使えば簡単なことでしょうけど、それも
限界があるし、もし眠っちゃったときにどうしようもなくなりますから」
 すっ、とラケットの上にテニスボールを載せるティー。
「それを、必殺技にしてみましょう」


「相手のコートにボールを止めてしまう方法はざっと2種類あります」
 なんだかんだで講義のように解説を入れるティー。
「まずは……それっ!」
 ティーが思い切りボールを叩くと、強烈な横回転を加えられたそれは、
コート表面で擦れる音を立てながらも地面に密着していた。
 実際に見て、おお、と声をあげる残りの三人。
「前、野球でバッターの撃った球が目の前の地面で、埋まっていたわけでも
ないのにバウンドしなかったのを見て思いつきました。そして……」
 続けてボールを上げつつラケットを振ると、なにやら乾いた音がした。
 ボールが緩やかにコート上にぽとりと落ちてそのまま停止する。
 またもや驚きの声がする。
「いまのは逆に、フレームで撃つことで回転を殺してみました」
「それで、僕はこの両方覚えればいいの?」
 てぃーくんがそう聞くと、ティーはまあ、と前置きをしてから答えた。
「それに越したことはありませんけど、とりあえず最初の方だとかえって
体力を消耗すると思うから、まずは2番目のほうからですね」



「……さて、ちびっ子の方はあれでいいですね」
 笛音とてぃーくんで必殺技を練習しているのを後目に、ティーと葵は
自分たちのチームについて相談を始めた。
「私たちはどうします? 幸い一回戦はシードでしたけど、二回戦には
セリスさん&マルチさんのチームとたけるさん&makkeiさんのチームの
どちらかが上がってくることになってますけど」
「ふーむ……」
 葵の言葉に少し考え込むティー。
 自分たちの欠点は、いささかぼんやりとだがはっきりしている。
 決め手に欠けるのである。
 運動能力に劣るわけではないが、やはりテニスという種目に関しては
さほど習熟しているわけではない二人。
 決め手もなく、実力も抜きんでていないということは、いざ試合という時
ずるずるとなにもできずに負けてしまう可能性が高い。
 かといって、先程のようなボールを止めるような技というのも芸がない。
 子供たちなら、体力の消耗を防ぐという意味はあるが……。

「……そうですね」

 そこで、ティーは気づいた。
 子供達が体力不足を補う闘い方をするなら……。
「松原さん、自分たちの闘い方、良い方法が見つかりましたよ!」
「え? 本当ですか!?」
「ええ! 決め手がないのなら、相手の決め手を防げばいいんです!」
 そう言って、ラケットを構える。
「魔球、必殺技、そういうのも含め、どんなボールでも相手のコートに
打ち返せるようにするんです! 守りきって勝つんです!」
「そ、そうですね! 点を取られなければいつか先に点は取れますし」
「さいわい、私も松原さんも体力には自信がある方ですしね。
そのために……特訓です!」
「はい!」



 そして数日後、夕陽が地平線にさしかかった頃……。
「それじゃ、それぞれ特訓の成果を試してみましょう!」
「はーい!」
 元気のいい声と共にラリーが開始される。
 ある程度のラリーからでなければ、実戦で使えるかが解らないからである。
「それっ!」
 ティーが少し強めに打った球に向け、てぃーくんが走る。
「えいっ!」

 ぱくんっ!

 鋭いスイング、そして乾いた音と共に、ボールはゆっくりと勢いを落として
年長組のコートに落下した。
「よーし、かんぺきーっ!」
「てぃーくん、すごいすごいっ!」
 手を取り合ってはしゃぐ年少組。
 年長組はそれを確認すると、年少組に向かってこう言った。
「おーい、てぃー! もう一回やってみてくれませんか?」
「今度はこっちの練習の成果を見てください!」
 ティーと葵の言葉に、きょとんとしながらも頷くてぃーくん。
 落ちていたボールを手にとって……振る。


 そのボールがコートに落ちる寸前。
「はぁぁぁぁっ!」
 葵がティーに向けてダッシュし、ティーが体勢を低くして構える。
 葵が跳ぶ。その足がティーを土台にして推力を生み、ものすごい勢いで
落ちる刹那のテニスボールまで向かってゆく。
 そして、ぱん! と直接ボレーで叩き返したあと、綺麗に前回り受け身を
取って怪我をすることもなく立ち上がった。
「すごーい」
「はやーい」
 唖然とする年少組。

「これが一つ目、たとえ厳しいコースでも追いつける『三角跳び』です」
 ティーが得意げに宣言する。
 葵がそばに来たのを確認して、もう一度てぃーくんに呼びかける。
「それじゃ今度は『秘密兵器』付きで思いっきり打ってください!」
「ん、わかったー」
 てぃーくんが、おもむろにポケットから腕輪を取り出した。
 『過力輪』という本来は格闘用の宝貝である。
 この腕輪を装備するとパワーが増加して強力な打撃を放てるのであるが、
欠点として、増加したパワーの分と同じだけの重量になってしまうのである。
 だが、格闘には向かなくても単純に振り下ろすだけならば充分使える。
 てぃーくんはその腕輪をつけると、ゆっくりラケットを振り上げてから
ボールを上げて思い切り振り下ろした。

 ばしゅぅぅぅぅぅぅっ!

 増加パワー+腕輪の重量、というものすごい勢いで放たれたボールに対し、
ティーと葵は真正面に立ちはだかっている。
 そして、二人同時にそのボールを叩いた。

「はあっ!」

 その瞬間、一瞬二人のテニスラケットが一つになったような錯覚が襲う。
 そして次の瞬間、ボールはそのままの勢いで年少組コートに落ちていた。


「はぁ……」
「すっごーい」
 再び驚きの声を上げる年少組。
 ティーと葵も、練習の成果を発揮できて満足げである。
「それじゃ、誰が相手になっても粘って粘って粘り勝ちましょう!」
「はい!」

 てなわけで……

 −てぃーくん「フレームショット」修得!−
 −ティー&葵「三角跳び&二重壁」修得!−


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T-star-reverseでーす。
と、いうわけで練習Lです。
攻撃よりも防御を重視した闘い方にしてみようと考えました。
派手な魔球だけがテニスの楽しみだけじゃない!
と、思いたいです。はい(笑)。

まあ、第一回戦の時点では、てぃーくんがまだ「フレームショット」を
温存してるうちにOLHさんが勝負を決めてしまったようですが(笑)

というわけでよっしーさん、頑張って下さい〜!