Lメモ・部活編13「Occult vs Darkness」後編 投稿者:T-star-reverse


 その頃、一方のオカ研サイドの二人も隣の校舎で軽く話し合っていた。
「……あれだけの炎を受けて、大丈夫ですか?」
「ええ、一応防御が間に合いましたから」
 旋回しながら合流しようとしているイビルを見つつ、りーずとトリプルGは
戸惑った表情を隠しきれずにいた。
 なにせ、背後……それも真後ろからの一撃をあっさりとかわされたのだ。
 彼らでなくとも普通は戸惑うだろう。
「それじゃ、僕が空中で足止め、迎撃しますから、トリプルGさんは援護を」
「了解」
 スレイプニルが後脚を蹴ると、音もなくその身体が宙に浮かび上がる。
 そして、疾走を開始する。
 その後ろ姿を見送りつつ、トリプルGは肩にかけていた革袋を下ろす。
 そしてその中から愛用のビームライフルを取り出すと、手慣れた様子で
発射準備を整え、腰だめに構える。
 
 互いに準備は整った。

「フランソワーズ! しっかり捕まってろよっ!」
「ジャックフロスト! 凍りつかせてください!」
 空中で、炎と冷気が真正面から激突する。
 魔力で発生したそれらは、中和されて蒸気すら出さずに静かに消える。
 その中央を、音を立てて切り裂く一本の槍。
 イビルが手にしていた魔物の槍をりーず目がけて投げ放った。
 血に飢えた命の宿るその槍は、一直線に獲物へと向かう。
「槍よ! そのままあいつを貫いちまえ!」
 そんなイビルの声がしたかしないかという瞬間。
 真横からの光が、その槍をあらぬ方向へと吹き飛ばした。
「なにっ!?」
「今です、ジャックフロスト!」
 驚きの声を上げるイビルに対し、間髪入れず追撃を仕掛けるりーず。
 慌てて回避行動をとるイビルの脚のすぐ下を、強烈な冷気が吹き抜ける。
 そのまま連続で放たれる冷気をかわしつつ、飛ばされた槍を空中で掴む。
「くそっ、なんだってんだ?」
 牽制代わりに火球をばらまきながら、イビルは光が放たれたであろう方向を
伺ってみる。と、フランソワーズがそれを察してひと目先に確認していた。
「ビームライフル。校舎の上からこちらを狙っています」
「ちっ、めんどくせぇ……フランソワーズ、あいつはお前に任せる」
「わかりました」
「よし、そうと決まりゃお前が飛び移れる位置まで行かねーとな」
 翼を一度ばさりと打ち振ると、イビルはトリプルGのいる校舎へと向かう。
 だが、それを黙って見過ごすほどオカ研の二人も馬鹿ではない。
 進行方向への巧みな攻撃と移動で、イビルたちを校舎に近づけない。
 そのうち、イビルの顔には焦りの色が浮かび始めた。
「ちっ! のままじゃいつか直撃くらっちまうぞ!」
 何度目かになるビームライフルの光弾を避けたところで、イビルが怒鳴る。
 たまに氷礫を打ち払うだけで、彼女に掴まっているだけのフランソワーズは
わりと平然と答える。
「確かに。このままではじり貧ですね」
「こーいうの一番嫌だからなアタシは。……特攻する。覚悟しとけ」
「……はぁ」
 生返事を返すフランソワーズは無視し、イビルは魔力を集中させた。

「……来る!」
 りーずの方もまた、かなりの消耗を強いられていた。
 トリプルGからの援護があるとはいえ、その援護を継続させるためにと
動き回っていたために、攻撃一辺倒よりは確実に気を使っていた。
 そして今、目の前を漂う悪魔の女の子の目つきが鋭さを増したことで、
その意図するところに気づいて油断なく備える。
「ジャックフロスト、気をつけて」
 あえて声を掛けながら、自らも召喚獣を呼び出すべく精神を集中させる。

 双方の視点が一点で交わり、集中が共に臨界点に達する。
「……てめー、名前は?」
「神無月りーず」
「……覚えときな。アタシはイビル!」


 小柄な肉体から、灼熱の炎が弾けた。

「あーっはっはっは! アタシに触れると火傷するぜっ!!」
 槍を放り投げ、全身を炎に包んだまま一直線に目的の校舎へと向かう。
 その行く手に待ちかまえるりーずと召喚獣をまとめて焼き尽くさん勢いだ。
 しかし、そんな彼女の勢いに負けじと、りーずが高らかに声を上げる。
「我が呼び声に応えて来たれ! 広き海の猛き王者よ!」
 その言葉に導かれ、大音響の叫び声と共に巨大な獣が姿を現す。
 魚のようであり、龍のようでもあるそれは、リヴァイアサンと呼ばれた。
 結界があるからいいが、もしそうでなければ今頃校舎は潰れていただろう。

 リヴァイアサンの召喚と共に溢れ出した海水の濁流が、大海瀟となって
イビルの姿を覆い隠し、そのまま海水中へ引きずり込む。
 結界によって遮られた海水は一定以上広がらず、屋上を島とした一種の
箱庭状態となってそのうねりを止めた。
「……はぁ、はぁ……」
 汗をかきつつ息を切らせるりーず。
 一瞬とはいえ、海の王者を召喚したその消耗はかなりのものである。
「……やったか?」
 誰へともなくそう呟く。
 だが、その意識はすぐに背後に向けられることになる。
「うわっ!」
 突然の悲鳴に振り返る。
 その目に飛び込んできたのは、屋上から蹴り飛ばされたトリプルGの姿。
 蹴り飛ばしたのは小さな少女。
 フランソワーズである。


 フランソワーズは、顔に当たる風を目を細めつつ受け止めていた。
 今彼女が掴まっているのはイビルの肩ではなく、イビル愛用の槍である。
「まあ、イビルにしては考えた方ですね」
 イビルが全身を爆炎で包んだ瞬間に放った槍に、彼女は乗っていた。
 目標は、屋上。
 生きている魔物の槍が屋上上空で旋回すると同時に、フランソワーズは
無造作に、実に自然に落下する。
 そして音もなく、無傷で屋上に着地した。
 位置は、丁度トリプルGの後方10メートル。
 イビルとリヴァイアサンの激突に目を奪われ、彼は彼女に気づいていない。
「……」
 そのことに対して別に感慨も何も持たず、すたすたと近づく。
 体重も軽く、周囲に水音が響きわたっている中、気づかれる要素はない。
 トリプルGのすぐ後ろに辿り着いて、少し待つ。
 そして、水音が治まったのを見計らい。

 げしっ。



「しまった!」
 その台詞は、どの出来事に対して向けられたものだっただろうか。
 トリプルGが、フランソワーズに屋上から蹴落とされたことか。
 ジャックフロストが、戻ってきた魔物の槍に貫かれたことか。
 水面から勢いよく飛び出したイビルの体当たりを喰らったことか。
 いずれにしろ、

 ばっしゃーんっ!

 バランスを崩し、りーずとイビルはそのまま水中に落下した。
「ぷはぁっ!」
「けほっ!」
 水面に顔を出し、思わず口に入れてしまった海水を吐き出す二人。
 しばらく両方ともけほけほとむせていたが、イビルがすぐに立ち直る。
 すぐそばでまだむせているりーずに掴みかかり、水中に押し込める。
「この野郎っ! よくもやってくれやがったなっ!!」
「わぷっ! ちょいっ! やめ……っ!」
 ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら取っ組み合いの喧嘩を始める二人。
 すでに魔法などを使おうとかいう発想はない。
 両手で相手を溺れさせようと……というより、塩辛い海水を味わわせて
やろうという思いでそれを続ける。
「りーずさぁ〜ん……」
 そこに、情けない声をあげながらトリプルGもぱしゃぱしゃとやって来た。
 ……そして、巻き込まれた。

「がぼがぼっ! やめっ、やめーっ!」
「のやろ! 死ね、死ね! 死ね死ね死ね死ね死んじまえっ!」
「ぐはぁっ! しょっぱいしょっぱい! 喉が焼けるっ!」


 阿鼻叫喚の三人を横目に見つつ、フランソワーズは足下の武器を拾う。
 高出力のビームライフルで、威力の目盛りが狙撃モードに入っていた。
「……使ってみましょうか」
 ぽつりと、呟いた。

 ――目標、水面の三馬鹿。
 ――威力、最大にセット。
 ――安全装置、たぶん解除済み。
 ――ターゲットロック、OK。

「ふぁいあ」
 フランソワーズがその小さな指で引き金を引いた瞬間。
 空気が放電し、水面が蒸発し、バックファイアが屋上を舐めた。
 荷電粒子が一直線に、三馬鹿トリオに突き進む。

 小さな太陽が炸裂する。

「なっ!?」
「げっ!!」
「嘘っ!?」
 ……それが、最期の言葉だった(いや、死んでないけど)。


 かんかんかんかーんっ!
「うむ、勝負あり!」

 ゴングが鳴り、ライガージョーが屋上に降り立つ。
 その肩には、ビームライフルで黒コゲの三人が抱えられている。
 そして足下にもバックファイアの直撃でコゲコゲのフランソワーズ。
 三人を放り捨てるように屋上に寝かせると、ライガージョーは高らかに
勝負の結果を宣言した。


「この勝負、両チームKOにより、引き分けっ!!」


・戦場……屋上
 対戦方式……無制限一本勝負
 審判……ライガージョー

 △神無月りーず・トリプルG組−イビル・フランソワーズ組△


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「一回勝負……いいかな?」
「はいっ!」
「承知です」
 と、同時にがしゃんと金属同士がぶつかる音がする。
「……」
「……」
「……どうかしました?」
 きょとんとした表情で無言の二人を見つめるのはアレイ。
 そしてそんな彼女を、否、その鎧に覆われた腕を見つめるのは皇日輪、
そして審判役の校医、NTTTであった。
「えーと……アレイさん、でしたっけ?」
「はい! 雀鬼突撃隊長アレイです! あ、これ名刺です、どぞ」
 日輪の言葉に思い出したように両手で丁寧に名刺を差し出すアレイ。
 それを受け取りつつも、何とはなしに指摘する日輪。
「腕相撲に、篭手は邪魔だと思うんですが」
「あ、やっぱりそうです?」
 この二人の勝負は、保健室という狭いスペースを有効利用するため、
両者合意の上で腕相撲ということに決定していた。
 アレイは力にはそこそこ自信があるし、日輪もオカルト研究会所属とはいえ
目的からして体も鍛えている。まあ、女性相手と言うことで渋りはしたが。
「それじゃ、これ一応全身鎧なので、まとめて脱ぎますね」
 言うが早いか、ぱちんぱちんと鎧の留め金を外すアレイ。
 この手の甲冑は、普通前後のパーツに分かれ、身体を挟み込むようにして
身につけるものが多い。アレイの鎧もご多分に漏れずそのタイプであった。
 そこに問題があるならば、彼女が鎧の下に何も着ていなかったことだろう。
「あの……えーと……これで……いいですか?」
 さすがに赤くなりつつ言うアレイのその問いに返答はない。
 NTTTが黙って着ていた白衣を差し出し、次いで衝立を指さす。
 日輪はなにやらそっぽを向いて首筋をとんとんと叩いたりしている。
「……とりあえず、これ着なさい」


 若干の空白。


「……鎧の下、服くらい着ておきなさいね」
「あ、す、すいませんでした」
 恐縮してぺこりと頭を下げるアレイ。
 それから日輪とアレイが、部屋の中央の机に共に肘を載せる。
 そして、がっしりとお互いに手を握り合う。
「レディ……」
 NTTTがそんな二人の手を見つつ、開始の声を掛ける。
 ずば抜けた体術の使い手であるNTTTだからこそ、見ただけでお互いの
腕に力が掛かっていないことを見抜けるのである。

 そして、開始の一瞬。

「……ファイッ!」

 双方の全身に力が入る。
 机の端を左手で掴み、右手を一気に相手側に倒すべく力を込める。
 力点を肩、支点を肘、作用点を手。
 それぞれの点に力を通し、いかに早く力を伝えるかである。
 そして両方が、身体ごと腕を引きつけた瞬間。


 くきっ☆


 いい音がした。
 真剣勝負の場には似つかわしくない、柔らかい音。
 そして、勝負はその瞬間についていた。

 手の甲が机についているのは……日輪の手。
 つまりは、アレイの勝ちである。
 そして、日輪の肘は横180度に捻れていた。
 ようするに、脱臼している。
 だが、目をつぶって必死のアレイは、それに気づかず手を握ったまま。
「ほれほれ、勝負ありだ勝負あり」
 そうNTTTが声を掛けると、ようやくアレイが手を離した。
 その瞬間、解放された腕を抱えるように床を転がる日輪。
 まあ、思い切り腕がひん曲がっているのだから仕方がないと言えばまあ、
仕方がないことなのであろうが。

 ごろごろごろごろ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「ああっ! すいませんっ! 大丈夫ですかっ!?」
 と、お約束に脱臼した腕を思いっきり取ろうとするアレイを止めつつ、
NTTTが一見無造作に日輪の腕を元に戻す。

 こきっ☆

「ッ〜〜〜〜〜〜〜!!」
 脱臼した骨を填めるときは、鬼でも涙を流すという。
 ……まあ、この場合元々大泣きしていたので大差はない。
 填めた腕を手早くテーピングで固めてゆくNTTT。
「なんとまぁ、圧倒的だったもんだな」
「……言わないでください」
 処置を終え、ぽんぽんと肩を叩くNTTTに、ジト目で言い返す日輪。
 心配そうに怪我の様子を見ていたアレイが、安心したように息を吐いた。
「大事に至らなくて良かったです」
「一般的に考えれば充分大事だとは思うが」
 まあここはりーふ学園だしな、と心の中で続けるNTTT。

「あっ、それじゃこの白衣お返しして、また鎧に着替えますね」
 と、その場で白衣を脱ぎ始めるアレイに、
「だから、着替えはそっちでしなさい」
 ……ツッコミを入れるNTTTであった。


・戦場……保健室
 対戦方式……腕相撲一本勝負
 審判……NTTT

 ○アレイ−皇日輪×


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 ……三本先取の五番勝負。
 暗がりの中、相手から一本を取る。
 彼にとってそれは、得手であるはずだった。
 だから、相手の出方すら解らない中での一発勝負を避け、回数をこなす
五番勝負で三勝一敗を……と、そのくらいで勝つつもりだった。
 ……そのはずだった。
「甘かった……かな」
 岩壁を背にして座りながら、神海はぽつりと呟いた。
 わずかな音も聞き逃さないようにしながら、過去の勝負を思い起こす。

 一戦目。
 まずは落として元々、と相手の出方を見ようと思って攻めに回る。
 すると、幸運にも相手の背後を取ることができたためにあっさりと勝てた。
 考えてみれば、恐らく彼女はこの地下迷宮の構造を調べていたのだろう。
 二戦目。
 先に一勝のアドバンテージを得て安心したので、相手の出方をうかがう
ことにしてできる限り動かずにじっとしていた。
 すると、足音が近づいてきた。
 忍ばせてはいたが、その音は確実に近づいてきていた。
 曲がり角に身を潜めて間合いに近づいてくるのを待つ。
 ……足音が止まった。
 次の瞬間、鈍く光る大鎌が岩壁を切り裂いて、喉元に突きつけられていた。
 三戦目。
 先程とは同じ轍を踏まないよう、今度は再び攻めに回った。
 だが、ある角を曲がった瞬間に勝負はついた。
 気づかないくらい小さい横の窪みに潜んでいた彼女が飛び出してきたのだ。
 キン……という乾いた音がしそうな刃が妙に恐かった。
 四戦目。
 ここまできてようやく、洞窟全体の構造が理解できた。
 こうなってくると、いかに相手の裏をかくかが勝負の決め手。
 小規模な儀式魔術を用い、自分の幻影を映し出す。
 そして、その幻影を見ることのできる位置に姿を隠して敵を待った。
 幸いこの方法は上手くいき、なんとか二勝二敗で折り返したのだ。

「ふぅ」
 再び息をつく。
 先程と同じ手は通用しないだろう。
 それどころか、こちらの手の内はほとんど晒してしまった。
 残っているのは不得手な音声魔術の上、この勝負では声を出すのは危険だ。
 相手には恐らく、神海の知らない奥の手を持っているはず。
 それを見極めることができるか否かがこの勝負の決め手になる。

 そう考え、神海はゆっくりと移動を始めた。
 標的は赤い髪の死神……エビル。



 とくん……とくん……。

 緊張感が激しくたぎる血液となって、左胸を激しく上下させる。
 一歩一歩が未知の領域とも思えるほどの恐怖感を退けないと踏み出せない。
 暗闇の中、エビルは愛用の鎌を油断無く構えて、音もなく進んでいた。

 ……っ。

「……ちっ」
 自分の靴の裏がすれた音に内心舌打ちし、一旦足を止めて周囲を警戒する。
 そして、闇の中に揺らぎがないことを確認すると再び一歩一歩進んでゆく。
 彼女の持つ緋色の瞳は、今は人のそれとは違う、闇の揺れを見つめていた。
 図書館地下ダンジョン。
 光も射さぬ地下階層、灯りは岩壁にほんの、ほんの少量生息する光ゴケ。
 神海が視力以外、聴力や嗅覚などで周囲の状況を確認するのに対し、彼女、
エビルは、闇そのものを見ていた。
 彼女が動く度に、闇はその動きをそのまま空間への波紋として広げていく。
 光の射さぬ所で死ぬ生命がある以上、当然のように死神は闇を見通せる。
 闇の動きは、それそのまま物体の動きである。彼女は闇を見ているのだ。
「甘く……見たかもな」
 ぽそり、と一言。
 闇の中で動くには、まず恐怖と戦う必要がある。
 自分は闇を恐れない。だが、人間である対戦相手は、まずその恐怖と戦い、
それからようやく動くことができるだろう。エビルはそう思っていた。
 だがしかし、相手は思うより早く闇を克服した。
 いや、おそらくは元来闇に慣れていたのかもしれない。
 そのせいで、緒戦は思わぬ不覚をとってしまった。
 二戦目は、こちらが足音を立てていたのに気づいて動いた相手の動きからの
闇の揺らぎが見えたため、壁越しに得物を振るい、勝利した。
 三戦目、今度はこちらが待ち伏せる番。
 先に見つかっても勝てると踏んだのだろうか、足音を忍ばせて駆けていた
相手。その際の闇の激しい波紋に合わせ鎌を突きつけるだけで勝負はあった。
 四戦目。
 敵に動きがなければ、あるいは細心の注意を払って気配を消せば、闇の
動きはごくごく微量なものとなる。
 曲がり角の先を伺っている相手の背後をとった瞬間、彼女は敗北していた。
 彼女が近づいたのは、精巧な幻影であったのである。

 二勝二敗。

 闇の中では不自由な人の身を相手にしてのこの戦績、彼女には意外である。
 何にせよ、勝つためにはもう一戦、相手に勝利する必要がある。

 エビルは、再びゆっくりと歩を進め始めた。
 標的は黒の暗殺者……神海。



 一見、ひっそりと静まり返った洞窟。
 だがもしも、この洞窟の全てを見渡すことができるとすれば、闇の中、
息詰まる神経戦が繰り広げられていることに気づくことができるだろう。
 そして、審判である沙留斗は、その見渡すことができる立場にあった。

 戦場となる階層の外周は正方形。
 そして、それぞれの辺から卍型に通路が延びて、中央で交差している。
 二人ともその形状は理解したのだろう、ゆっくりと中央に向かっている。
 勝負は戦場の中央でつく。
 沙留斗はそう確信し、視点をその場所に集中した。



 ……嫌な予感がした。
 敵の姿は見えない。左右を見回しても気配すら感じられない。
 だが、どうしても嫌な予感が消えない。
 なんというか、首筋がちりちりするような感覚。
 それが、神海の思考に最上級の警戒をさせていた。
 神海の姿勢は低い。
 もうすぐ、フロアの中央にたどりつく。
 身をかがめ、細心の注意を払いつつ壁づたいに進んでゆく。
 ……壁越しにも気配はない。
 十字路が見えてきた。
 視界にはエビルの姿はない。
 おかしい。
 神海の直感がそう告げる。
 何がおかしいかは解らないが、とにかく危険が迫っていることを確信する。
 瞬間、神海は身体を前に投げ出した。
「ちっ!」
 舌打ちが耳に届く。
 前回り受け身を取って起きあがる神海の目に入ったのは、宙に浮きつつ
鎌を振り下ろしているエビルの姿。
 自然と、身体が動き、声が出た。
「常闇を切り裂くアポロンっ!!」
 神海の声に反応し、強烈な光が闇を照らす。
「くっ!」
 光に紛れるようにして放たれた一条の熱線を、エビルは目を押さえながら
手に持った鎌ではじき飛ばした。
 そして、周囲は光に包まれる。
 神海が構成した先程の音声魔術の効果で、光が洞窟全体を照らしている。
 真正面からぶつかって勝てるほど体術に自信がない神海の、最後の手段。
至近距離の相手に音声魔術によるめくらましから勝負を決める。
 相手が近くにいなければ、自分の位置を知らせるだけ。
 そしてこれで勝ちをもぎ取れなければ、勝ち目はないだろう。
 だから……。
「これで決めるっ!」
 手刀を構え、神海は一気にエビルに飛びかかった。
 その刹那。

 ぎらり。

 くらんだはずのエビルの瞳が、燃え盛る深紅の色で神海を射抜いた。
 そして、片手で振り抜いていた鎌を両手で持ち直し、切り返す。

 大鎌の刃の部分が、神海の脇腹の部分を切り裂いていた。

「か……はぁっ!!」

 衝撃はほとんどなかった。
 やけに冷たいものが、自分の体内を通り過ぎていく感触。
 そして、熱。
 口と脇腹から、熱いモノがあふれ出てくる感触。
 血。
 血か。
「これは……さすがに死んだな」
 神海はそう感じ、意識が消え去る前に、目の前にある細い首に手を触れる。
そして、それを掴んだままゆっくりと目を閉じた。




















「おい」

「…………」

「……おい」

「……………………」

 さくっ。

「あ痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 突然の痛みに飛び起きる神海。
 と、起きあがったところで気づく。
「あれ、痛い……なんでだ?」
「……ちょっと血は出すぎたかもしれないけどな」
「俺、死んでないの?」
「死にたいなら死んでもいいぞ。自分は死神だ」
「……あぁ、そか。死神が殺せない相手を殺す訳もないか」
 自らの血で染まった服を身にまといながらも、ふぅ、と息を吐く神海。
 その目の前に、手がさしのべられる。
「……立てるか?」
「……あ、あぁ……ありがとう」
 さの手に捕まり、ゆっくり立ち上がる神海。
 立ってみれば、彼の背はエビルよりずいぶんと高い。
 それがなにやらおかしくもあった。

「……ナイス、ファイトだったな」
「……それは、どうも」

 相変わらずの無表情。
 だが、そんなエビルの声に、なんとなく暖かさを感じる神海だった。

「……いや、お前の勝ちだぞ。こっちは首を取られたからな」
「……へ?」


・戦場……地下ダンジョン
 対戦方式……無差別三本先取
 審判……沙留斗

 ○神海−エビル×


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「……おや、どうやら全試合終了したようです」

 たん。

「……………………」

 たん。

「ふーん。それで、結果は?」

 たん。

「えーと……あ、みなさん戻ってきましたね」

 ぱたぱたぱた。

「リーチ、ツモのみ……あ、裏3つです」
「…………」
「ほらほら、そんな恨めしそうな目で見ないの。あ、来た来た」
 体育館のど真ん中、炬燵で三人麻雀に興じていたティー、芹香、ルミラは、
周囲の魔法陣から次々と現れるメンバー達に視線を移した。

「プールは……はい、東西さんの勝利です」
「ボードゲーム部室はたまさんの勝ちですね」
「屋上は両チームノックアウト、引き分けだ」
「保健室はアレイさんの勝ちでした」
「地下ダンジョンは神海さんの勝ちです」

「……引き分けね」
「……………………」
 2勝2敗1分け。
 その結果に、特に感慨深くもなく目の前の雀卓に目を向ける二人。
「……って、引き分けだからなんだってゆーんだ?」
 すでに息を吹き返していたイビルが、ふと疑問を口にする。
「そうですね。……というか、この戦いの目的は何だったんです?」
 日輪もそれを受けて疑問を口にする。

「理由なんて、特にないですよ」


「〜〜「ないっ!?」〜〜」


「強いて言えば……まあ、仲間意識みたいなものを持ってもらいたいかなと」
「なんだって、そんなことを?」
「にゃん?」
 疑問の声に、応えたのは芹香。
「…………」
「『今度、ルミラさんを暫定的にオカ研の顧問にすることになったので』?」
「そういうこと。よろしくね」
 ぱたむ、と手牌を倒しつつにこりとルミラ。
 ちなみに役は四暗刻。
「……」
「……」
 言葉もない一同。
「……」
「……」
 ついでに、役の方に対して言葉のない二人。

「……あら? どうしたのよみんな?」
 ルミラの言葉に、一番最初に反応したのは芹香。
「……………………」
「……何よ、なんなのよその銀でできた釘バットはっ!?」
「芹香さん! 一回も上がれなかったからってそれはまずいですっ!」
「落ち着いて! 落ち着いてください!!」
「危ない! 危ないですから!!」



 ……その頃の校長室。
「あー、来栖川さんの口利きもあって、臨時講師で雇うことになったけど……
なんかあの人、今までもちょくちょく学校に来てたような気がするのよねー」
 千鶴が、椅子に座りながら窓の外を眺めていた。
 と、その視界の端で、突然体育館が爆発四散する。
「……」
 一瞬、その様子を呆然と眺めていたが。
 ぽつりと、こう呟いた。

「……ひょっとして、早まったかしら」



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T「長かった……やあ、実に長かったです、部活編二周目第一話。
  とりあえず作者のT-star-reverseです」
ル「まあ、こんだけの人数を書いてればねぇ。ルミラよ」
芹「……(結局、一回も上がれませんでした。芹香です)」
T「……まぁ、それはともかく、二周目のテーマはずばり「人間関係」」
ル「まあ、こんだけの人数、つながりを持たせるだけで大変だけど」
芹「……(お二人とも、ツモが良すぎます)」
T「ぶっちゃけて言えば、人に交友を押しつけちゃおう、という」
ル「いや、ホントにぶっちゃけてるわね」
芹「……(どうして、振り込んでくれないんですか?)」
T「と、いうわけで、二周目では各人の内面に踏み込むやもしれません。
  その際、イメージとかけ離れていたらご容赦ください」
ル「と、ゆーわけで、今回はこのへんでー」
芹「……(また、こんど麻雀打ちましょう)」
T「芹香さん……それでは、またですー!」