Lメモ・部活編13「Occult vs Darkness」前編 投稿者:T-star-reverse


 秋。
 裏山も紅葉が深まる、色彩の季節。
 一人の女生徒が音もなく廊下を歩いていた。
 彼女が歩いたあとには静寂しか残らないと思わせるような歩き方である。
 そして、彼女が一つの扉の前にたどり着く。
 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと押し開ける。

「……………………!」
「……あれ、来栖川先輩?」

 突然開いたドアに驚き、声を上げたのは神岸あかり。
 ドアノブに手を掛けたまま立ちつくしている来栖川芹香に視線が向かう。
 しばらくその状態のまま固まっていた芹香だったが、ゆっくりドアノブから
手を離しつつ、あかりを見つめてぽつりと言った。

 ……ぺこり。
「…………」
 ……すいません。部屋を間違えました。



Lメモ・部活編13「Occult vs Darkness」



 ……と、いうわけで、みなさんに重要な話があります。

 オカルト研究会部室。
 こころなし頬を紅く染めながら、芹香は集まっていた部員にそう伝えた。
「重要な……話?」

 こくこく。

 東西の誰何の声にいつもの如く頷いて答える芹香。
 芹香の前にずらっと並んだ全員が、じっと芹香の方を見ている。
 ちなみに、今彼らがいるのはいつもの薄暗い実技用の部室ではない。
 そこからひとつ奥に入った、明るい資料室である。
 部屋の隅には資料用の端末などもあるし、冷暖房も完備してある。
 さらに奥には紙媒体の重要資料が置いてあるのだがそれはともかく。

「………………」

 さらに芹香は言葉を続ける。
 特に話の腰を折るような不心得者もなく、着々と説明が進められる。

 秋も深まり、過ごしやすくなってきたこと。
 読書の秋というくらい、学業などにも適した季節だということ。
 そこで、オカ研一同さらなる発展を目指したいということ。
 というわけで、校舎をまるまる使用して果たし合いをする事になったこと。

 ……。
 ……。
 ……。

「……果たし合い?」

 こくん。

 さもそれが当然であるかのように何事もなく頷く芹香。
 室内にも関わらず、涼しげな風が一同の間を吹き抜けていった。



「果たし合い……って、どこと?」
 所変わってここはボードゲーム研究会。
 雀鬼のメンバーが揃って卓を囲みつつ会議をしていた。
 ツモ牌をそのまま切りつつ、メイフィアの問いにルミラが答えた。
「オカ研……オカルト研究会よ。あなた達も知ってるでしょ?」
「でも、いいんですか? 元々部外者のアタシ達がそんなことして?」
 ルミラの後ろで観戦しつつそう聞くのはイビル。
 その隣にいるエビルはなんでもないように呟く。
「この学園、一度入ってしまえば部外者も何もないぞ」
 生物部の狂態(というか、部長の言動)を見ているせいか、その言葉には
わずかならぬ諦めと愁いが含まれていなくもない。
「にゃっ、にゃーにゃ」
「面白そうなら何でもいいにゃ、って言ってます」
「気楽でいいねぇ」
 卓を囲んでいるたまが喋り、その後ろで観戦しているアレイが通訳する。
 そして、何か嫌なことでもあったのだろうか、イビルがふぅと嘆息する。
 それと同時にぱたんと牌が倒され、フランソワーズがツモ上がり。
「なににせよ、やれと言われればやるだけです」
 その言葉に、ルミラ以外の全員がこくんと頷いた。



 芹香率いるオカルト研究会とルミラ率いる雀鬼たちの果たし合い。

 唐突に持ち上がったその企画は、当事者以外にはほぼ秘密裏に行われる。

 取り決めた日の放課後、校舎の数カ所を会場として結界を張り、
それぞれの会場に於いて無作為に選出された審判が勝敗を判定する。
 基本的に、ルールは特になし。
 ただし、審判に危害を加えることだけは厳禁とする。


「…………」
「揃ったみたいね」
 果たし合い当日、放課後、体育館。
 オカルト研究会、ボードゲーム部双方のメンバーが勢揃いしていた。

 オカルト研究会。
 来栖川芹香。
 神無月りーず。
 神凪遼刃。
 神海。
 皇日輪。
 東西。
 トリプルG。


 ボードゲーム部。
 ルミラ・ディ・デュラル。
 メイフィア・ピクチャー。
 イビル。
 エビル。
 たま。
 アレイ。
 フランソワーズ。

 共に、無言で相手を見つめる。
 普段あまり接点のないもの同士が戦うということになれば自然であるが。
「ん、そういえば……?」
「あれ? あいつは?」
 双方から、同時に疑問の声が上がる。
 お互いが相手側にいると思っていた人物が不在なのだ。
「ティーさんは?」
「あの帽子は?」
 東西とイビルが声を上げた瞬間。
 その問いに答えるかのように、突然体育館に声が響いた。
『はい、私なら今体育館の音響室にいますよ』
 その声がT-star-reverseの声であることは、その場の全員がすぐ理解した。
 その様子が見えているのか、声は少し間をおいただけで後を続ける。
『オカ研とボードゲーム部、両方に所属してる自分は参戦出来ませんから、
今回は審判をさせてもらうことにしました』
「ちぇ、あてになんないやつだなー」
「はいはい、そうそう無理言わないの」
 愚痴るイビルをなだめるルミラ。
『これからみなさんを、それぞれ所定の場所に転送します。
私が頼んでおいた審判の方々はすでにスタンバイしているので、
なるべく指示に従って勝敗を決してください』
 体育館の床にはいくつもの魔法陣が描かれている。
 それぞれ、複雑な文様が描かれている転送用の魔法陣である。
 各チームとも、思い思いの魔法陣に一人づつスタンバイを完了する。

「それでは……Good Luck!」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 彼の周囲を、足下の魔法陣から伸びた光が覆う。
 その眩しさに一瞬だけ目を閉じると、すぐに瞼の裏側の色が暗くなった。
 ゆっくりと目を開ける。
 まず目に飛び込んできたのは水。
 白い容器にたっぷりとたたえられた水が、目の前の足下で揺れていた。
 一瞬、怪訝に思ってしまうが、すぐにここがどこかに思い当たる。
「プール……みたいですね」
 無意識にプールか、と呟こうとした刹那に、頭の上からひょっこりと
顔をのぞかせた精霊の言葉にちょっと悔しがる。
 そのプールをぐるりと囲むように、半透明の幕が覆っていた。
 幕に沿って視線を動かすと、飛び込み台に座っている女性が目にとまった。
 大きなメガネを通して、膝の上の本に目を落としてはくすくす笑っている。
「牧村先生?」
 そう呼びかけると彼女は視線を上げた。
「あら、東西くん……だったかしら?」
「ええ、先生がここの審判役なんですか?」
「そうです。ティーくんに頼まれましたから」
 彼……東西の言葉に、微笑んでこくりと頷く。
 彼女……牧村南は本来教師ではなく事務職として勤務しているが
なにしろアバウトなこの学園のこと、自習監督や試験監督として駆り出される
ことも多いため、生徒達からは敬愛の意を込めて先生と呼ばれていた。
「あー、早かったわね。もう少し遅れるかと思ったのに」
 不意に、その南とは違う女性の声がした。
 その声にきょろきょろと辺りを見回す東西。
 と、南の陰に隠れて見づらかったが、もう一人の女性が飛び込み台に座って
くわえタバコで釣り糸を垂れているのにすぐ気づく。
 メイフィアである。
 器用に釣り糸を釣り竿に巻き付け、傍らに置いてある額の中に放り込む。
 そしてひょい、と額を手に持ってプールサイドに立ってみせる。
「ふーん……なかなかいい男じゃない」
 品定めをするように東西をじっと見回す。
「褒めても何も出ませんよ」
「あら、つれないわねぇ」
 大仰に残念そうな顔をしてみせるメイフィア。
 と、東西の頭の上の精霊……命が肩に乗り移りつつ東西に言う。
「珍しく褒めてもらったんだから、少しは喜んだら?」
「あのな……」
 そんな二人をみながらふわりと浮かび上がるメイフィア。
 プールを挟んで東西とは反対側の位置に移動する。
「自己紹介がまだだったわね。あたしはルミラ様に仕える雀鬼のひとり、
メイフィア・ピクチャーよ。よろしくね」
「僕はオカルト研究会の東西。肩の上の小さいのが命の精霊の命です」
「よろしくー」
 お互い簡単な自己紹介のために言葉を交わす。
 そして、双方の視線が審判である南に注がれる。
 その視線を受け、にこりと微笑んでぴっと人差し指を立てる。
「それでは、勝負の方法は私が決めましょう」
 東西もメイフィアも、一瞬考えたがすぐにまあいいかと納得する。
 温厚な南のこと、あまり危険な勝負にはしないだろうと思ったからである。
 たとえば、場所が場所だけに水泳とか……。
 そう考えて頷く二人に、南が頷いて口を開いた。
「わかりました、それでは……」

 一瞬の間。

「どちらかが戦闘不能になるまでのタイマンバトルと言うことで」



 間。



「え?」
「あら?」
「ほえ?」
 予想外の答えに、東西、メイフィア、ついでに命が呆然とする。
 そんな三人に南は手に持った本を開いて見せた。
「あ、この同人誌すごく面白いんですよ。ギャグあり、バトルありで。
ですから、せっかくの結界を無駄にしないためにも、思いっきりどうぞ」
「いや、思いっきりどうぞって言われても」
 困った顔をしつつ東西。
 だが南はにこにこと微笑みを崩さずに、小首を傾げる。
「ね?」
「……」
「……やるしかないみたいねぇ」
「……ですね」
 苦笑しつつ頷き交わす二人であった。



「それでは、無制限一本勝負」
 命を頭の上に載せ、プール監視員用の椅子に腰掛けつつ南が宣言する。
「オカルト研究会、東西 vs ボードゲーム研究会、メイフィア」
 プールの両端に位置した二人の名を呼び、片手を上げる。
「勝負……開始!」
 手が振り下ろされ、勝負が始まった。


 最初に動いたのはメイフィアである。
「んー、あんまりこういうのは馴れてないんだけどねー」
 いつも通りの飄々とした口調を崩さず、ゆっくりとメイフィアが宙に浮く。
 手には額縁、口にはタバコ、ついでにビールまで持っている。
 はっきり言って真面目にやっていない。
「よい……っしょ!」
 フリスビーの要領で投ぜられた四角い額縁が回転しながら東西を襲う。
「なんのっ!」
 だが、難なくそれをかわす東西。
 額縁は弧を描いてメイフィアの手に戻った。
 そして、もう一回投げた。
 東西もまたそれをかわす。
 また戻る。
 またかわす。
 それを何度か繰り返しただろうか、どちらも息一つ乱していないが、
メイフィアの方がわずかに動きを見せた。
 戻ってきた額縁を手にとって、今度は投げずに東西の近くに降り立つ。
「ふぅ、しんどいわねぇ。やっぱり」
 そんなメイフィアに、油断なく向き直る東西。
「そのくらいじゃ僕は倒せませんよ?」
「やーね、倒すつもりなんてさらさらないわよ」
 と、相変わらず人を喰ったような物言いのメイフィア。
 タバコを持ち替えてビールを口にしながら、ウインクをして東西を見る。
「一応、殺しちゃ不味いんだしさ、ほらほら、そんなに恐い顔しないでさ、
もっと気楽に行かないと、気楽にね」
 その言葉に、一応は身体の緊張を解く東西。
 それでもメイフィアにはその隙をついて攻撃するような素振りは一切ない。
「そうそう、気楽に行きましょ、気楽に」
 再びビールをあおるメイフィア。それと同時に場の空気が一気にゆるむ。
 東西の周囲の空気も、心なしか暖かく感じられた。
「気楽に……ですか」
「そ、世の中もっと気楽に生きなくちゃダメよね」
 ふぅ、とタバコの煙を吐き出すメイフィア。その様子に緊張感は一切ない。
 そのあまりに無防備な様子に、思わず東西の精神もゆるんでしまう。
「どお? 絵の中にまだビールあるけど、あなたも飲まない?」
「いや、僕はお酒は……」
 メイフィアの言葉が、だんだん遠くなっていくように東西には感じられた。
 瞼が重く、視界がぼやけてくる。
 心地よい空気に、東西が身を任せようとしたそのとき。

「バカーっ! 目ぇ覚ましなさーいっ!」

 ひときわ高い声……金切り声というには言い過ぎだろうがそれに近い声……
が、結界の中、プール全体にうるさいくらいに響きわたった。
「のわっ!?」
「あららっ?」
 風呂場で声が響くように増幅された声が、痛いくらいに鼓膜を揺する。
 飛びかかっていた東西の意識が急速に現実に引き戻される。
「あ、あれ……?」
 しばし呆然とする東西。
 自分に何が起こっていたのかがよく解っていない。
 そんな彼の様子に、騒がしいばかりに黄色い声がまくし立てた。
「ちょっとちょっと、何にへらっとしてんのよ!」
 その命の言葉に、ようやく東西も何が起こったかの合点がいく。
 もう少しで、メイフィアの術中にはまるところだったのだ。
「催眠術……ですか?」
「いや、惜しかったわよー。あのおちびちゃんに感謝しなさいな」
 からからと悪びれもせずに笑うメイフィア。
「チビじゃなーいっ!」
 いつの間にか耳栓をしている南の頭の上でぷりぷり怒っている命。
 東西は冷や汗をかきつつゆっくりと構えを取った。
「なるほど……やる気がなさそうに見えたのは油断を誘うフェイクですか」
「いや、あたしは元々こんなんだけどね」
 空っぽになった缶ビールを額の中に放り込んでメイフィア。
 再度東西の全身を見回しつつふぅと一息つく。
「あー、残念残念。もうちょっとで美味しそうな精気にありつけたのに」
「せ、精気……」
 その言葉に、命が一瞬呆然とするがすぐに我に返ってまくし立てる。
「ちょっとー! あなた東西に何する気だったのよっ! この痴女っ!」
「あら、嫉妬?」
「違うわよーっ!」
 真っ赤になって反論する命。
 東西は東西で、そのやりとりに再度緊張感を削がれそうになるのをなんとか
緊張感を保ち続けている。
「命、このままじゃ終わらないからちょっと黙っててください」
「う……解ったわよ、でも、そんなのにやられたら承知しないから」
「あら、嫌われちゃったわー」
 相変わらずの大仰な所作に、思わず命は怒鳴りかけたが踏みとどまる。
 東西の顔が真剣なものに変わったからである。
 それを見て、メイフィアがぴくり、と眉を動かした。
「もう油断はしません。今度はこちらから行きます!」
「お手柔らかにねぇ」
 結界の中にまで吹き込んできているらしい風の精霊を使役し、東西は
思考を通して攻撃のイメージを描いてゆく。
 それを受け、普段目に見えぬはずの精霊が実体化して、威力を持った
風の刃としてメイフィアに迫った。
「ひゅっ!」
 メイフィアがわずかに身を動かして、恐るべき真空の刃から身をかわす。
 その際、くわえていたタバコの先端が切り飛ばされてプールの中に落ちた。
 じゅっと音を立ててその火が消える。
「なるほどぉ……東西くんは精霊使いなわけね」
 火のついた部分を切り飛ばされたタバコをひょいと額の中に放り捨て、
メイフィアは再び額を手にしたまま両手を下げて自然体に戻った。
 人の目に見えぬ精霊の姿が、メイフィアにはくっきりと見て取れていた。
「命が命の精霊だってことは言ったじゃないですか」
「いや、あれはとりついてるだけみたいだし、他の精霊も使えるかなって。
……火は今消えちゃったから、キミが今使えるのは水と風の精霊ね」
「とりついてるって言わないでよ! 人聞きの悪い!」
 命が叫んでいたがとりあえずそれは聞き流される。
 東西は、相手の力量を計りかねていた。
 額縁に自在に出入りしたりさせたりしているところを見ると、メイフィアが
命を持った絵であることは解る。名前もピクチャーだし。
 だとすれば有効な攻撃手段は火だが、その精霊は既に結界内にはない。
 とすれば、東西が攻撃用として最も得意な風の精霊で攻撃するしかない。
 念のため防御用に水の精霊を控えさせ、東西は再度風の精霊に指示を出す。
「これならっ!」
 今度は先程よりは小型の風の刃が多数メイフィアに襲いかかる。
 その狙いはメイフィア本体からわずかに散らしてあり、それほどダメージは
期待できないが回避は難しいはずである。
 それに、今回東西はさらに追撃手段を用意していた。
「ん……っと、これはちょっと難しそうね」
 メイフィアは横方向への回避を諦めると、宙に浮いて水上に逃れる。
 だが、それは東西の予想の範囲であった。
「もらいましたっ!」
 命中しなかった風の刃が収束し、突風となって背後からメイフィアを襲う。
 思わぬ衝撃にバランスを崩し、メイフィアは水中に転落した。

 ばっしゃぁぁん!

 激しい水しぶきと水音を立てて、頭から水中に突っ込む。
 だが、さほど間をおかずにメイフィアは水上に浮き上がった。
「あー、やられたわ……びしょ濡れじゃないの」
 元々薄着のメイフィア。今や全身濡れネズミで、服が身体に張り付いて
肌の色がかすかに透けていた。
 それに気づいてわずかに目をそらしてしまう東西。
 さらにそれに気づいて気分を悪くする命。
「御生憎様。あたしは確かに絵だけど、水はそれほど苦手じゃないのよ。
水彩画じゃなくて油絵だからさ。額が濡れたのはちょっち痛いけどね」
 前髪から顎から爪先から、ぽたぽたと水を滴らせつつメイフィア。
「まあ、水も滴るなんとやら、って言うしねぇ。水泳には季節外れだけど」
 そう言って、ふよふよと浮かびつつ額縁を構える。
 そして、投げ放つ。
 吸った水を弾き散らしつつ、何もないところを滑空して再び手に戻る。
 メイフィアが再度手にした額縁は、すっかり乾燥していた。
「これでよし……っと」
 どういう仕組みか、メイフィア自身の水気もすっかり落ちている。
 東西は、そんなメイフィアに呼びかける。
「メイフィアさん、攻撃しないのなら降参してくれませんか?」
「あら、心配してくれるの? ありがと」
「いや、そう言うわけでも……」
「でもま、大丈夫よ。そろそろ本気出すから」
 その言葉に、東西が水の精霊に防御用の指示を出す。
 だが、メイフィアがすぐに動こうというような気配はない。
 ならばと東西が風の精霊に指示を出し、多数の風刃をメイフィアに飛ばす。
 その刃に対し、メイフィアはゆっくりと片手を上げた。
「はっ!」
 短い言葉。
 それ自体にはとくに意味はなかったのだろうが、引き起こされた結果は
圧倒的な「ちから」であった。
 メイフィアの魔力に呼応して収束された「風」が圧倒的な奔流となって、
東西の放った風の刃をかき消してそのまま東西に迫った。
「くっ! 水よ守れっ!」
 こちらもわざわざ声に出す必要はないが、咄嗟の指令としては言葉の方が
イメージを助けるために指示を出しやすい。
 幸い、すぐそばに水は大量にある。水の精霊が東西を包むようにして
防護幕を展開した。
 だが、その時東西は己の失策に気づく。
 メイフィアが、突風を放ったすぐ後に、その風に乗せて額縁を放っていた。
 魔力で生み出された突風だけなら水の結界がなんとか防いでくれるだろう。
 だが、この水の結界は物理的な衝撃に滅法弱い。
 額縁が結界を破り、そこから突風が一気に東西を襲うだろう。
「剣で額縁を落とす暇は……ないっ!!」
 東西は全身を緊張させて衝撃に備えた。
 額縁が水の結界を切り裂き、突風が東西の身体を吹き飛ばす。
「東西ーっ!!」
 命の悲鳴が響きわたる。
 東西は一瞬にして空高く舞い上げられていた。
 ここは屋外プールである。天井はない。
 大きく回転する東西の視界に、メイフィアの姿が映った。
 彼女の背後に見える青い空で、彼女の方が自分の上方にいるのが解る。
 右手が東西の方に突き出され、再度突風が東西を襲わんと放たれる。
 だが東西は、急激に放り出された浮遊感と風圧による圧迫感の中で、
驚くほど冷静に風の精霊にイメージを送っていた。
 巨大な風の刃。
 メイフィアによって生み出された風すらも力に変えたその一撃は、
まっすぐに空中のメイフィアに向けて進んでいった。


 そして、暗転。



 どぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!



 高高度からの水面に叩きつけられた衝撃で、プールの水がまき上げられる。
「とうざーいっ!!」
 命が悲鳴を上げるかのように東西の名を呼ぶ。
 あるいはそれは悲鳴だったのかもしれないが、それはどうでもよかった。
 今まで黙って戦いの推移を見つめていた南が、ゆっくりと立ち上がる。
「勝負……ありましたね」
「えっ!?」
 驚いて南の顔を見る命。南はその心配そうな命の顔を見て優しく微笑む。
「大丈夫。どちらも無事ですよ」
「そりゃ……東西は私がついてるから死にっこないけど……」


 水がばちばちと豪雨のように水面に叩きつけられる。
 東西は、全身にその礫を浴びつつもなんとか意識を保っていた。
 身体に痛みはあるが、動けないほどではない。
 当然、命に別状はない。
 それを意識した彼が水から上がろうとした時、突然肩を捕まれた。
 慌てて振り返ると、メイフィアが片手で東西の肩によりすがっている。
 もう一方の手は、ない。
 肩口からすっぱりと切り取られたように無くなっていた。
「……!」
「あ……あはは、ちょっとドジっちゃった」
 力無いその手と声に驚いて、東西が慌ててメイフィアを支える。
「参ったわ。これは、あたしの負けね」
「負け……って! そんな、肩腕まで無くしたら、生命だって……!」
「へ……平気よ平気。あたし魔族だし。すぐ……生えてくるわ。
まあ、このままだとちょーっち苦しいけど……ごほごほっ!」
「喋らないで! 今、命を呼んで……」
「あー、それじゃダメ……あたしの命の源は精気……普通の命とは違うもの」
「そ、それじゃ僕の精気を分けますから!」
「……いいの?」
「ええ、そのくらい……命には代えられませんから」
 その言葉に、メイフィアがにっこりと笑う。
「ラッキー☆ ……ありがと」
「……え?」
 その瞬間”両手で”抱きつかれた東西は、額に暖かい感触を感じた。
 それと同時に、不思議な安らぎと脱力感が東西を襲う。
「ち、ちょっと……腕、腕っ!」
 東西の抗議に、ゆっくりとメイフィアは東西の額から唇を離し、身を離す。
 そして、いたずらっぽく笑みを浮かべる。
「あはは、ごめんねー。ちょーっと嘘ついちゃった」
「勘弁してくださいよ……」
 真っ赤になってごぼごぼと顔の下半分をプールに沈める東西。
 再び水上に浮かび上がったメイフィアが、そんな東西に手をさしのべた。
「ま、なんにせよ勝負自体はあたしの負け。はい、いつまでもそんなトコで
沈んでないで、早く上がんなさいな」
 なんとなく釈然としないものを感じつつ、東西はその手を掴むのだった。 

 その後、額のキスマークを命に見とがめられたりしたが、この場では
そのあたりは割愛することにして。

・戦場……プール
 対戦方式……無制限一本勝負
 審判……牧村南

 ○東西−メイフィア・ピクチャー×



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 ばしっ!
「たぁりゃあああああぁぁぁぁっ!」
 ばしっ!
 校内の一室に気合いの声が響きわたる。
 たまと神凪遼刃が、お互いを睨みつけるかの如く視線を交錯させる。 
 その額には玉の汗が浮かび、その争いの壮絶さを物語っていた。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
 ばしっ!
「くっ……うりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 ばしっ!
 苦悶の表情を浮かべる遼刃。
 だが、ふるえる手が起死回生の一撃を放つ。
 しかしそれすらも、たまの次手がわずかな希望を粉みじんに打ち砕くまでの
わずかな時間の安堵をもたらしたに過ぎなかった。
「にゃああああああああああっ!!」
 ばしっ!
 その一撃。
 たったそれだけで、遼刃は死んだ。

 ……いや、死んじゃまずいって。

「……はい、勝負ありましたね」
 と、真横でその勝負を見届けていた、この勝負の審判役を努める足立教頭が
棋譜を取る手を休めてそう言った。
「172手、白、中押し勝ち……っと」

 ここはボードゲーム部室。
 審判の意向であまり物騒な勝負方法は敬遠され、ならばということで
部室にあるゲームのどれかで勝負しようと決まって、たまと遼刃の二人は
囲碁で勝負していたわけである。
 結果として見れば、たまの圧勝であった。
 足立教頭からしてみれば、どっちもどっち、というところらしいが。

「まさか……まさか麻雀でもないのに猫娘に負けるとはぁぁぁぁっ!!」
「にゃんっ☆」

・戦場……ボードゲーム部室
 対戦方式……囲碁
 審判……足立教頭

 ○たま−神凪遼刃×



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「よっ……と。……ふーん」
 彼女が降り立ったのは学園の屋上。見れば四つの校舎全てを覆うようにして
結界が張られていた。どうやら空中戦を想定しているようだ。
 彼女が立っているのは、位置的に三年校舎であるアズエルの屋上らしい。
 背中の翼を広げ、帽子などかぶり直しつつ他の校舎の様子を伺ってみる。
「ふむふむ……全部の校舎に一人づついるみてーだな……お」
 彼女がいる校舎から対角線に位置する校舎の屋上に見慣れた姿を発見し、
彼女がそちらに移ろうとした瞬間である。

『ちゃーちゃちゃっちゃっちゃちゃーちゃちゃっちゃっちゃ……』

 突然、結界内に嘘臭いテーマソングが強烈に響きわたった。
 しかも、メロディー口ずさみである。

『レディース、アーンド、ジェーントルメェーンっ!! はーっはっはっは、
どうやら四人揃ったようだな! スタンバイも上々で何よりっ!』

 妙にハイテンションなその声の出所を探ろうとして方々を見回すと、
一年校舎、リネットの屋上に伸びるアンテナポール(何故だか解らないが、
この校舎のアンテナだけ異常に長い)の先端に、一人の男が見えた。

 その男は、びしっ、と下方に指を突きつけると、こう宣言した。

『自己紹介が遅れたが、私の名はライガージョー! 今回、この屋上の
タッグステージでの審判を任されることになった! よろしく頼む!』

 突きつけた指を戻して腕を組み直してさらに言葉は続く。

『私が求める決着方法はただ一つ! 強さだ! 強さでのみ勝利は得られる!
それぞれの相棒と力を合わせ、敵を撃滅し、勝者となるのだっ!!』


 カーンッ!


 そしてその瞬間、どこからともなく響きわたるゴングの音。
 彼女……イビルは、何となく釈然としないものを感じたが、まあいいかと
一人で納得する。
「要するに敵を倒せばいいわけか。……なんだ、単純じゃねーか」
 右手を中空にかざした次の瞬間、彼女の右手に愛用の魔物の槍が握られる。
 燃え盛らんばかりに猛る彼女本来の破壊衝動が瞳孔を通して見て取れる。
 次の瞬間、彼女は一直線に二年校舎、エディフェルの屋上へと疾る。
 ターゲットはその姿に気づいてはいたものの、迎撃準備が間に合わない。
「アタシは雀鬼のイビル! 殺しゃしないけどちょーっと焦げてもらうよ!」
 無から炎が生み出され、それぞれが不規則な軌道を描いて、破裂しながら
目標へと滝の如くに降りそそぐ。
 爆炎と閃光が、倹約や静粛などと言う言葉を根底から無視するかの如くに
大気を震わせ、空気を灼く。
 炎が発生と同じように一瞬にしてかき消えると共にその場に残ったのは、
ほとんど炭化して動かない人影……ではなかった。
 光の結界。
 半球形に生成されたそれは、その内側にいる者をしっかりと守っていた。
「うはぁ、危ない危ない……」
 目の前に突然浴びせかけられた炎から身を守ったのは古代魔術。
 フラズフォール。
 半透明の光の防御膜の中にいるのは、冷や汗を流しているトリプルG。

 二人の目が合う。 

 結界を挟んで、ひきつった笑みを浮かべるトリプルGと、そのまま悪魔の
笑みを浮かべるイビル。
 その停止した間合いから、彼女はおもむろに上方に跳ね上がるように
宙返りを決めて見せた。
 直後、彼女のいた位置を通り抜けて、トリプルGの結界へと冷気の塊が
叩きつけられ、そして弾けて消えた。
「まさかっ! 避けた!?」
 悠々と旋回してみせるイビルを驚きの目で見つめるのは神無月りーず。
 召喚したスレイプニルにまたがって、丁度四校舎の中央に浮かんでいる。
 その傍らには、雪だるまのお化け……ジャックフロストが、決して崩れぬ
笑みを浮かべて付き添っていた。
「へっへっへー、へーたくそっ!」
 そう軽口を叩きながらイビルは、最初に見知った顔を見つけた校舎の屋上へ
すたっ、と降り立つ。
 そこにいた人物は、彼女のことを待ちかまえていたように顔を見上げた。
 一方のイビルは、不服そうにその人物にむかって声を荒げる。
「フランソワーズ! なんだってアンタはこんな所でぼーっとしてんだよ!」
「……私は飛べませんので、ここで見ているしかありませんでした」
 淡々と言うフランソワーズに向け、イビルはぶつくさと言いつつも片腕で
自分の肩に乗るようにと合図を送る。
 それを受け、ひょい、と一足でその肩にしがみつくフランソワーズ。
「さて……それじゃ、反撃といくかいっ?」
「了解しました」
 屋上に薄く広がっていた砂が、翼を羽ばたかせたイビルを中心にして
綺麗に円形に広がってゆく。
「それにしても、よく後ろからの攻撃が解りましたね」
「あん? ああ、あんなの簡単さ。結界張った奴の目に映ってたからね。
ついでにアタシは寒いの嫌いだからさ」
「……なるほど」
 二人はゆっくりと上昇を続けると、敵の位置を確認した。