――ねえ、大きくなったら、何をしたいの? 彼女は、いつも優しく微笑みかけてはそう聞いてきた。 まだ世間知らずで、子供だった自分は、こう答えたものだ。 ――誰より一番強くなって、そして、悪い奴をやっつけるんだ! そんなとき、決まって彼女はにっこり笑った。 そして、こう言った。 ――男の子らしい答えね……でもね、強いだけじゃダメなのよ 彼女は、こちらの頬を指でつつく。 ――誰にでも優しく。他人のためになることも考えなきゃ……ね? その笑顔は、幼い心に眩しすぎるほど綺麗だった。 Lメモ「夢をまとわす粗忽者」 「……んっ」 ゆっくりと目を開ける。 ついさっきまで寝ていたT-star-reverseの目に光が飛び込んでくる。 不思議と、眩しさは感じなかった。 「いーち!にーい!さーん!」 そう言うかけ声と、ばしっ、ばしっ、という音も耳に飛び込んでくる。 そちらを見やれば、松原葵と佐藤昌斗がサンドバッグにハイキックを 叩き込んでいた。いわゆる葵の蹴り技教室である。 今は、他の学校に比べて妙に長い昼休み。 なんでも、昼食闘争の怪我を治すだけの時間が必要だ、という理由らしい。 それでT-star-reverseは格闘部に顔を出し、いつの間にか寝ていたらしい。 「……あんたはあれ、やんないの?」 不意にかけられた声にT-star-reverseがゆっくりと振り向くと、そこには 坂下好恵が笑みを浮かべて立っていた。 「坂下さん……いや、別に……」 まだ夢の中を漂っているようなぼやけた頭で、ただそれだけを言葉にする。 しかし、好恵は笑みを崩さず、T-star-reverseの耳元でこう囁いた。 「……あんた、葵に気があるんでしょ?」 しばらくその言葉を頭の中で反芻したあと、T-star-reverseは答えた。 「……ええ」 「……つまんないわね。普通、こういう時は思いっきり後ろにひっくり返って 『なななななな、なんでそれをっ!?』とか言って慌てるもんよ」 「……そう?」 「あんた、まだ寝ぼけてるわね……まぁいいわ。……まあ、葵は真面目で、 おまけに優しいからね。あんたが惹かれるのも無理はない……けど」 そこで、言葉を切る。 「葵の方は、そういうことには今のところ興味ないみたいだからね。 あまり困らせるんじゃないわよ。それと……」 まだ少しぼーっとしているT-star-reverseにいささかうんざりしつつも、 好恵は笑みを若干意地の悪いものに変えて言葉を続けた。 「……李穂って、だれ?」 ……一瞬の沈黙。 「なななななな、なんでそれをっ!?」 T-star-reverseは、思いっきり後ろにひっくり返って慌てた。 それを見て半眼になる好恵。 「……つまんないわよ、それ」 「いや、本気で慌ててるんですけど……」 ぱたぱたと裾を叩きつつ、T-star-reverseは起きあがった。 「寝言よ。一言だけぼそっと聞こえたの。李穂さん……ってね」 ばつが悪そうに帽子をかぶり直すT-star-reverse。 「で、誰なのよ、それ」 「ああ、弱りましたね……誰にも言わないでくださいよ……」 「うん、誰にも言わないわよ」 突然の背後からの声に、飛び上がらんばかりに驚くT-star-reverse。 慌てて振り返ると、綾香と昌斗が興味深そうな顔でそこに立っていた。 「さ、佐藤くん、来栖川さん……」 「うんうん、僕も誰にも言いませんよ」 「ほらほら、早く教えてよ」 ぐったりと頭を抱えつつ、T-star-reverseはくぐもった声を出す。 「来栖川さんはともかく、なんでさっきまで向こうで蹴り技の練習をしていた 佐藤くんまでここに居るんですか?」 「大会が近いから、調整の意味も込めて早めに練習を上がったんですよ」 (大会=beakerさんのグラップラーLメモのこと) 「……松原さんは?」 「汗をかいたからって、シャワー室に」 少しだけほっとした顔をするT-star-reverse。 「で、ほらほら、早く聞かせてよ」 「心配ないって。葵には言わないから……ましてや、志保にもね」 「……しくしくしく。解りました、話しますよ……」 T-star-reverseは、ぽつりぽつりと話し始めた。 「……私は、物心つく前から修行の日々を送っていました。 山の深く、森の深く、人里離れた一軒家。 私は、そんなところで育ったんです」 ――さあ、今日も修行じゃ、修行! 髭面の彼は、自分の育ての親でもある、師匠であった。 ――ね、ねぇ、お師匠様、その剣山をどうしようっていうの? ――きまっとろう。お前がこの上に座るんじゃよ。何事も修行じゃ。 何事もないように彼がそう言う。 自分は文句を言いつつ、それでもそんな「修行」をこなしていた。 ――それが終わったら、次は千本ノックダウンじゃ。 そんな修行が…… 「ち、ちょっと待って!」 「なんですか?来栖川さん」 「それって、なんの修行なわけ?それに、千本ノックなら解るけど、 千本ノックダウンってのはいったい何なのよ!?」 「あ、仙人の修行です」 「せ、仙人って……あんた」 「で、千本ノックダウンってのは、お師匠様の攻撃を、千回ダウンするまで ただじーっと絶え続ける修行。気絶したらやり直し」 「……道理であんた、うたれ強いわけだわ」 「じゃ、続けますよ」 そんな修行が毎日のように続いた。 いくら物心ついたときからこんな修行ばかりやっていたとはいえ、 いい加減嫌になってくることがあった。 ――僕、もう修行やめようかな。 そんな愚痴をこぼすこともあった。 たけど、そんなとき、決まって彼女が励ましてくれた。 「それが理穂さん?」 「……そうです」 「それにしても、あんた……」 「?」 「昔は自分のこと、僕、なんて言ってたんだ」 「……彼女は」 あえてその言葉を無視するT-star-reverse。 「私の、本当の姉みたいな存在でした。優しくて、強くて」 そこで、いったん、躊躇したように言葉を切るT-star-reverse。 少しばかりうつむいて、ふぅ、とため息をつく。 だが、続ける。 「……似てるんです。松原さんに」 その言葉が紡がれた瞬間、話を聞いていた三人の表情が変わる。 綾香はT-star-reverseのぐいっ、と胸ぐらを掴み上げ、詰め寄る。 「あんた……葵のこと、そうやって思ってたわけ?」 好恵も、半眼でT-star-reverseを見る。 昌斗はというと、ゆっくり腰の刀を抜いていた。 「彼女は代用品として扱うなら……絶対に許さない」 この反応は覚悟していたらしく、T-star-reverseは抵抗しようとしない。 ただ、言葉だけを続けた。 「はじめて彼女を見たときは、確かに代用品として見ていたかも知れない…… けど、今は……彼女と知り合ってからは、そうじゃないんです……私は、 松原さん自身に惹かれてるんです……」 綾香が手を離す。昌斗も刀を鞘に戻した。 「その言葉、信じるわよ」 「……に、しても、なんでそんなあんたがここにいるわけ?」 好恵が、もっともな疑問を口にする。 「仙人の修行なんていう妙なことやってたら、ここに来ることもないでしょ」 「……まぁ、そうなんですけど……これのせいですね」 そう言って、T-star-reverseは懐から一冊の本を取りだした。 装丁も題名も何もない、鍵穴のない鍵がかかった妙な本だ。 「あぁ、それ、マリオノール・ゴーレムとかいう……」 「ええ。実は……」 ある晩、声が聞こえた。 なにかとても、惹かれる声だ。 ――誰か。誰か。来てくれ。この声が聞こえる、誰か。 その声は、師匠から「絶対に入ってはいけない」と常日頃から言われていた 洞窟の奥深くからだった。 その時、何を考えていたかはよく覚えていない。 ふと気づけば、一冊の本を抱えていた。 「それが、その本?」 「そうです。結局、これが原因で破門されたんですけどね」 「それで、ここに来た訳……」 「ええ。破門されてから60年ほどは自分でも修行してましたが……って、 みなさん、どうしてそこで寝るんですか?」 話を聞いていた三人が、それぞれ床に突っ伏していた。 端から見れば、寝ているように見えなくもない。 「ね……寝てるんじゃなくて、こけたのよっ!」 綾香が怒鳴る。 「え、得体の知れない奴だとは思ってたが、60年ってなんだ、60年って」 好恵がうめく。 「せ、仙人は老化を止めることが出来ると聞いたことはあったけど……」 昌斗もよろよろと立ち上がる。 綾香と好恵も、頭を抑えながらなんとか体を起こす。 「……じゃあ、あんた一体何歳なわけ?」 すこし考えてから答えるT-star-reverse。 「……180歳……かな?」 「軽く10倍は生きてるっ!!」 絶叫と共に3人同時のツッコミがT-star-reverseに炸裂した。 さすがのT-star-reverseも、それにはたまらず気絶した。 「……あれ?綾香さん、好恵さん、佐藤先輩、どうしたんですか?」 シャワーから上がってすっきりした顔の葵が、三人に聞く。 「あ、何でもないわ、気にしないで」 「そうそう。それよりそろそろ授業始まるよ」 「うんうん、こっちのことはいいからさ」 三人同時に、しかも似たような微笑みを浮かべてそれに答える。 何となく怪訝そうな表情を浮かべたが、葵は一応納得してその場を去る。 そして、三人はまたも同時に、隠していた「もの」を引っぱり出した。 「ね、ねえ、だんだん脈がなくなってるのは気のせい?」 「うーん……なんか、次第に冷たくなってるような……」 「ちょっと、やばいんじゃないでしょうか……」 そして、三人が達した結論は。 「……なかったことにしよう」 かくて、T-star-reverseはそのまま置き去りにされていった。 しかし30分後、T-star-reverseはあっさりと復活するのであった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− どうも。T-star-reverseです。 今回は、過去のお話……です。一応、簡単な自己紹介を含んだLメモは これで一段落となります。 過去編が終了というわけではありませんが、しばらくないでしょう。 今回は、佐藤昌斗さんに出演していただきました。 佐藤さんには、いろいろとアドバイスを頂いて、本当にありがとうございます。 初書き感想!! グラップラーLメモ第6話「ギリギリのプライド」〜beaker様〜 ああいう戦いは、はっきりいって好きです。 飛び交う策!それを打ち破る力!うーん、バトルだぁ……。 次回も楽しみにしてます! それでは、今回はこの辺で。