Lメモ・部活編5「元気なことはいいことだ」 投稿者:T-star-reverse
 ぽーん、ぽん、ぽん、ぽん……

 乾いた音が、さびれたテニスコートに響きわたる。
 蛍光色のテニスボールが、ただただ静かに跳ね続ける。

「あの……」

 ぽーん、ぽん、ぽん、ぽん……

「……えーと……」

 ぽーん、ぽん、ぽん、ぽん……

「……ま、いいですけど」


Lメモ・部活編5「元気なことはいいことだ」


 それは何かと言えば、テニス部の部活風景。
 ただ一人の部員であるティーことT-star-reverseが座りながら、顧問である
河島はるかを眺めていた。
「河島先生……いつもそんなことやってるんですか?」
「ん?」
 ティーがそう聞くと、とん、とテニスボールを手にとって、振り向く。
 そして、一言。
「別に」
 そう言って再び素手でテニスボールを放り、跳ねさせる。
(それにしても……)
 ティーは考える。
(河島先生、ああ見えて運動神経抜群なんですよねぇ……)
 テニスボールを扱うその動作は、間違いなく運動神経の良さを物語る。
(体育教師だから、って言うかなんというか)
 この学園、一癖も二癖もある教師は多い。 
 が、彼女ほどつかみ所のない先生はいない、とティーは思った。
(……いや)
 ティーは思い直す。
(生徒や用務員、部外者を含めても、かな)
 そう言って、ふ、と息をつくティー。
「自転車」
「……え?」
 いつの間にかボール遊び(誰がどう見てもそうとしか言えない)をやめ、
はるかがティーの目の前に立っていた。
「行かない?」
 どうやら、自転車でどこかに行かないか、と聞いているらしい。
 この端的すぎるしゃべり方は、彼女の特徴的過ぎる特徴の一つである。
「……ま、いいですけど」
 ティーは、ゆっくりと立ち上がった。



「ついてきてる?」
「一応……」
 テニス部の今日の活動は、顧問のボール遊び。それから自転車に乗って、
顧問と部員(一人)でサイクリング。
 ティーは、この部に部員がいないのが、何となくよく解った。
 顧問が、ほとんどテニスをしようとしないのだ。
 少なくとも、ティーが部活に出た日で彼女がテニスをしたことはない。
 ランニング途中のサッカー部とすれ違い、はるかの後を追う。
 はるかの乗る自転車は、彼女の自慢でもあるメルセデス製の自転車だ。
 彼女と少しでも仲が良いなら、誰でも乗せてもらったことがあるはずだが、
乗り心地、安定感、スピードの出しやすさ、どれをとっても一級品である。
 あと、何故か自転車に乗っている時にだけ良く転ぶはるかであるが、
何度も転んでいるにもかかわらず傷一つないその耐久性も大したものである。
 ある噂では、鬼化した千鶴さんの体重に耐えたとか耐えなかったとか。
「で、河島先生……」
「ん?」
「どうして、自転車でここを走ってるんですか?」
「だって、走るとこ、ここ」
 二人が今どこを走っているかというと……
 先程、サッカー部とすれ違ったことから伺えるように、グラウンドだった。
「でも、普通自転車じゃ走らないんじゃないですか?」
「そう?」
「そうですよ」
「じゃ、別の場所」
 そう言って、ハンドルを動かそうとするすはるか。
 が、その一瞬前にティーの突っ込みが入る。
「校舎内もダメですよ」
 その言葉に、ぴた、と静止するはるか。
「なっ!?」
 すぐ後ろを走っていたティーは、突然の停止に反応できずに、そのまま
はるかの自転車と激突した。

 どががらがっしゃぁぁぁぁんっ!!

「すごいね」 
「……本気で校舎内に行くつもりだったんですか……」
「うん」
 何故か無傷でいる二人は、グラウンドの中央で座っていた。
 グラウンドで活動している生徒達の好奇の視線など、気になっていない。
「いつも行ってるから」
「そうですか……」
 ティーはなんだかとても疲れてその場でころんと仰向けになった。
 それに対し、すっくと立ち上がるはるか。
「じゃ、終わり」
「……了解」
 はるかの言葉に、ティーが答える。
 部活は、いつもこの言葉だけで終了となる。
 そして、はるかは自転車に乗ってどこへともなく去っていった。



「……え?はるかのこと?」
「はい。藤井先生なら河島先生のこと良く知ってるんじゃないかと思って」
 ティーは、職員室を訪れていた。
 数学教師の藤井冬弥が、はるかの幼なじみだと聞いたからだ。
「ああ、知ってるよ……その前に」
「その前に?」
 一瞬、真剣な顔をする冬弥。
 が、その次の瞬間、ぽろぽろと涙を流す。
「ありがとう……出番をくれて……」
「はあ……」
 ただただ涙する冬弥に、呆然とするしかないティーであった。



 ……そして、後日。

「河島先生」
「ん?」
 テニス部の活動。
 すでにテニス部とは言えなくなっているその活動中。
 ティーがはるかに真剣な顔で話しかけた。
「……なに?」
「テニス……相手してもらえますか?」
 そのことばに、ぴくりと反応するはるか。 
 ティーは、さらに続ける。
「……ダメですか?」
「……」
 一瞬の沈黙。
 そして、はるかは頷いた。
 その瞬間、哀しげな表情が浮かんだのを、ティーは見逃さなかった。


 ぽーん、ぽーん。

 軽いラリー。
 テニスの経験がほとんどないティーでも、容易に打ち返せる。

 ぽんっ。

 はるかの打ち返したボールが、高く高く上がる。
 それを逃さずに相手コートに叩きつけるティー。
「あっ……」
 さすがのはるかもそれは取れない。
「やるね」
「……」
 はるかの誉め言葉にも、真剣な顔を崩さないティー。
 いや、どちらかというと不機嫌な顔だろうか。
「河島先生!」
「!」
 ティーの声に、はっとするはるか。
「本気で……きてください!」
 その言葉と共に、ティーのサーブがはるかのコートに叩きつけられる。
 一瞬、呆然と立ちつくすはるか。
 が、次の瞬間その姿がぼやける。

 ばしいっ!
 
 その音が耳に届いた瞬間、ティーの下腹部に鈍い衝撃が走った。
「が……ふっ」
 しばらくそのままスピンして、ぽとりとコートに落ちるテニスボール。
 ティーがはるかの方を見ると、はるかは、ただそこに立っていた。
 ……そう。ただ、立っているだけだった。
 普段のはるかからは、とても考えられない表情で。

「本気で来いと言ったのはキミだよ」
 抑揚のない、いつものはるかの口調。
 それでいて、氷のように冷たい口調。


 試合は、まだ続く。


『はるかがああなったのは、彼女の兄が亡くなったときだよ』

 はるかの打つボールを受ける度、冬弥の言葉がティーの脳裏に蘇る。

『はるかの兄さん……河島先輩はテニスの天才で、俺たちの誇りだった。
俺や彰なんかはただ見てるだけだったけど、はるかはその後を追い続けた』

 一撃一撃が、常識外れの耐久力を持つティーにさえ堪える威力だ。

『はるかも、その頃は活発だったな。そう……葵ちゃんみたいにな。ははは』

 冬弥のからかいの言葉に織り込まれた名前が、ティーの意識を繋ぎ止める。

『それがああなったのは……その、河島先輩が亡くなってからだ』

 一切の躊躇も、感情も感じられないボールが幾度も放たれる。

『そうだな……そんなに前じゃない。俺たちがお前達くらいの……っと、
お前は別か。とにかく高校生の時の話だ。それから、はるかはああなった』

 みしっ……と骨が嫌な音を立てる。意識がわずかに飛びかける。

『河島先輩は優しかった。そして……強かった。耕一や、柳川さんよりも。
今生きてれば、たぶん最強の、そして最高の人だった』

 全身が痛みに悲鳴を上げる。誰よりも痛みに慣れたティーでさえも呻く。
(確かに……この威力でさえ、当時の河島先生の兄さんのものとは比べものに
ならない、と考えると、最強というのも頷ける……)
 そして顎に、ほぼ真下からの一撃が決まる。

 ティーの意識は、そこで途切れた。



「……うん……」
「起きた?」
 ティーが目覚めると、すぐそこにはるかの顔があった。
 背中に何か堅いものが当たっている。
 どうやら、ベンチに寝かされているらしい。
「ごめんね」
 立ちながらはるかがそう言う。表情は、いつものはるかのものだ。
(と、いうか、全然反省してるように見えないんだけど……)
 全身がずきんと痛む。
(まあ、悪いのは私だからいいですけどね)
「いいですよ。気にしなくて」
 と、ティーが起きあがった瞬間、チョコレートが差し出された。
 はるかが、にこっと微笑んでいる。
「食べる?」
「……いただきます」
 受け取り、軽くそれをかじる。
 ほのかな甘みが口の中に広がる。

 おいしかった。

 ティーはふと思った。
(河島先生の兄さんって、どんな人だったんだろう)
 そして、ちらりとはるかを見る。
(もし、彼が生きてたら……もっと元気な河島先生も見られたのかな?)
 そう考えていると、はるかが彼の方を向いて、にこっと笑ってこう言った。
「元気だよ、今も」
 その言葉にぎくりとするティー。
「ありがとね」
 そして、その言葉の意味をティーが考える間もなく、彼女は空を見上げた。
 ティーも、それに続く。

(ま、誰でも、今のままが一番いいんでしょうね)
 空は、底抜けに広かった。



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T「はい、すっかり遅くなった部活編第5作。ここにお送りしました!」
は「やあ」
T「今回のゲストは、言うまでもなく河島はるか先生です!」
は「ん」
T「とりあえず、今回テニス部なんですが……」
は「兄さんがいなくなったら、みんないなくなった」
T「……そうなんですか……」
は「やる気、なかったけど」
T「はぁ……」
は「嬉しかったよ」
T「はい?」
は「ごめんね」
T「……まあ、いいですけど」
は「じゃ、またね」
T「はいはい……それじゃ、次回をお楽しみに!」