Lメモ・部活編6「脚力全開!」 投稿者:T-star-reverse
「用意……スタートっ!!」
 パァン!と号砲一発。と同時に、弾けたように走り出す人影が一つ。
 その人影は、すぐに上体を起こしてぐんと加速する。
 決して多くはない観客の視線を一身に集め、その人影はただ、駆ける。
 ほどなく、ゴールが近づく。
 すでに充分加速していたにも関わらず、さらにスピードが上がる。
 ぐんっ、と上体を突き出し、一気にゴールラインを駆け抜ける。
「梓センパーイッ!!」
 ……そして、その声が聞こえた瞬間に、その人影はさらにスピードを上げて
走り去って行ったのだった。


Lメモ・部活編6「脚力全開!」


「9秒14……」
 ゴールライン横でストップウォッチを手にしているのは、ティーこと
T-star-reverseである。彼は、陸上部にも所属していた。
「さすが柏木さんですねぇ。……でも、あの早さなら7秒切れるような……」
 先程まで走っていた人影は、陸上部のエース、柏木梓。
 そして、それを追いかけているのは、陸上部マネージャーの日吉かおり。
 二人は、現在グラウンドを縦横無尽に駆け回っている。
「梓センパイッ!!なんで逃げるんですかぁっ!?」
「お前もどうして追いかけるっ!? っていうか、そんだけの足があるなら
マネージャーだけやってないで競技に出ろっ!!」
「センパイのため以外にこの黄金の足を使う気はありませんっ!!」
「いい加減にしてくれぇぇぇぇぇぇっ!!」
 と、そんな様子の二人を見て苦笑する、ティーを含む陸上部員。
 すでにこの部における日常茶飯事ではあるが、多少活動に支障はある。
 ティーは、大声で梓に助け船を出す。
「柏木さん!もうそろそろ部活終了の時間ですよーっ!!」
「そ、そうか!わかった!! それじゃみんな、お先に失礼っ!!」
 助かった、という表情を見せ、一気に校庭を飛び出していく梓。
 無論、かおりもそれを追いかけようとするが、その足が不意に止まる。
「ああっ! 梓センパイぃぃぃっ!!!」
 腕をばたばたと振り回すが、足はぴくりとも動かせない。
 あっと言う間に、かおりの視界から梓の姿は消え去ってしまった。
「……センパイ……」
 がっくりと肩を落とすかおり。
 が、次の瞬間、ティーの方を向いて彼をキッとにらみつけた。
 ティーは、平然とその視線を受け流す。
「……日吉さんは、マネージャーの仕事がありますよね?」
「うるさいわね!! わかってるわよっ!!」
 思い切り不機嫌そうに言い放つかおり。
 いつの間にか足が動くようになっている。
 ティーが彼女に掛けた禁呪を解いたのだ。
「さて、それじゃ、始めましょうか」



「……どういうつもりよ?」
 かおりが、円盤投げ用の円盤を拭いているティーにそう話しかけた。
「何がです?」
 平然と聞き返すティー。その反応に激昂するかおり。
「とぼけないでよ!! どうしてわたしとセンパイの仲を邪魔するのよ!?」
「一方が明らかに関係を拒否している場合、それを仲とは言いませんよ」
 ぐっ、と一瞬言葉に詰まるかおり。
 が、すかさず言い返す。
「センパイがわたしのこと嫌ってるって言うの!?」
「そうは言ってませんよ。ただ、迷惑にならないように、って事です」
「わたしのこと迷惑だって、センパイに聞いたって言うの!?」
「聞かなくても、端から見てれば誰でもそう思いますよ」
 怒りに顔を紅潮させるかおり。が、無論ティーはそれを見ていない。
「あなた、そう言って、センパイに気があるんじゃないでしょうね!?」
「その意見は問答無用で却下します。私は松原さん一筋ですから」
 常人ならこっ恥ずかしくなるような台詞を、平然と返すティー。
 この言葉でひるませて、それから一気にまくし立てるという黄金パターンを
あっさり打ち砕かれ、かおりは愕然とした。
 人生経験の違いというかなんというか。

 それから無言で用具整理を続けるティーの背に、突如衝撃が走った。
 ごん、という重い音がして、用具室の床にハンマー投げ用の鉄球が落ちた。
「……痛いじゃないですか」
「それで済ますわけ……?」
 衝撃で多少よろけたものの平然と作業を続けるティーと、鉄球をぶつけたが
ほとんど効いてないことに呆然とするかおり。
「それより、洗濯は終わったんですか……?」
 ぱたん、とチェック用紙への記入を終え、そう言いつつ振り向くティー。
 が、その目に映ったものを見て、思わず後ずさる。
「ちょ……ちょっと待ってくださいっ!!それは洒落になりませんっ!!」
「洒落で済ますつもりはないわよ……マネージャーは一人で充分……」
 冷たい笑みを浮かべたかおりが頭上に掲げているものは……投擲用の槍。
 いくら打たれ強いとはいえ、刃物で切られたり刺されたりするのには弱い。
「くたばんなさいっ!!」
「き……【禁槍則不能刺】っ!!!」
 回転を加えて突き出される槍に、すんでのところで禁呪をかけるティー。
 そのおかげで刺さりはしなかったものの、槍の穂先は左胸に命中する。
 慌てて用具室を飛び出すティー。
 そのあとに、ゆっくりとかおりが出てくる。
「わかったでしょう? これ以上わたしとセンパイの邪魔をしないで……」
「だから、してませんってば……」
 呆れたように言い返すティー。
 が、それを聞いているのか聞いていないのか。かおりはにやりと笑う。
「いいわね? ……次から、部活の時には気をつけるのね……うふふ」
「はぁ……勝手にしてください……」
「それと……」
「なんです?」
「洗濯は、とっくに終わってるから」
「…………」



 そんなことがあって、数日後。
 ティーは、再び直接陸上部に来ていた。
 普段は傀儡がこなすマネージャーの仕事を、その経験の通りにこなす。
 かおりも相変わらず、機会があれば梓にくっついていた。
「あ、ちょっとティー」
「はい?」
 ティーは、おもむろに梓に話しかけられた。
「これから長距離走るんだけど、伴走してくれない?」
「長距離って……どのくらいです?」
「42.195キロ。2時間以内で」
「……本気ですか?」
「もちろん。だからあんたに頼んでるんじゃない。
 うちの部でこの無茶な走りに耐えられるのはあんただけだもの」
「……わかりました」
 元々マネージャーとして入部したものの、その体力、耐久力から、
長距離の選手として走ることもしばしばあるティーである。
 時々このように、長距離の伴走を頼まれることもあった。
「それじゃ、行くわよ……スタート!!」


 前半を折り返した時点で、43分が経過していた。
 世界記録もなんのその。この学園、このくらいは驚くに値しない。
 ……まあ、梓は長距離用のペースで着実に進んではいるが、お世辞にも
足が速いとは言えないティーはスピードについていくのがやっとだったが。
 それでもスタミナ切れを起こさない体力はさすがではあるが
 折り返してから少しした頃、梓がティーに話しかけてきた。
「ねえ、ティー……」
「なんですか? 喋ると体力を消耗しますよ」
「そんなヤワな鍛え方してないわよ……かおりのことだけど」
「ええ」
「あの子、あんたに酷いことしてないかと思って……」
「別に。ハンマーぶつけられたり、槍で心臓を狙われたりしたくらいで」
「やっぱりね……」
「別に、って言ってるじゃないですか」
「いいわよ。わかってることだから」
 ふう、とため息をつく梓。
「ねぇ……かおりがそういうことする理由、わかる?」
「寂しいんでしょう。だから、自分によくしてくれる「センパイ」を
失いたくない、と実力行使に出る」
「うん……あたしもそう思ってるのよ。だから、少し大目に見てやって
くんないかな……と思って」
「そーいうところが彼女に慕われる原因なんですよ」
 そう言ってけらけら、と笑うティー。
「私も解ってて邪魔してますからねぇ。結構助かってるでしょ?」
「まあ、否定しないけど……」
「大丈夫ですよ。彼女もいつまでもわがままばかりじゃないでしょうし。
やりすぎなければ、いろいろ面倒見てやりたいと思ってるんでしょ?」
「うん。それも否定しない」
「それじゃ、いいじゃないですか」
 そこで、一旦会話が途切れる。

 それからしばらく。

 残り5キロを切ったところで、梓がぽつり、と言った。
「あたしって、あの子に甘いのかな……?」
 その問いに、ティーは答えなかった。
 それは、彼女自身が自分に対して出した問いであったから。



 そして、ゴールラインに到達する。
「ふう、ふう、ふう……ティー、タイムは?」
「え、えぇと……1時間49分」
「とりあえず目標達成……か」
 ぐ、と伸びをして、ふぅ、と一息つく梓。
 辺りを見回すが、かおりの姿がない。
「あれ? あの子、どこ行ったのかしら」
 梓は、たまたま側を通りかかった陸上部員にかおりの事を聞く。
「かおりさん? 彼女なら、まさたさんの所に行きましたよ」
 それを聞き、思わず顔を見合わせるティーと梓。
「……あまり心配する必要ないかも」
「そうですね」
 そして、その日の練習も恙なく終了するのだった。



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T「部活編第6話、陸上部。ここにお送りしました!ゲストは……」
か「日吉かおりよっ! ああもうっ! なんで梓センパイいないのよ!?」
T「陸上部で柏木さんメインって言うのも芸がないでしょう。
 と、いうわけで今回のメインは、非常に不本意ですけどあなたです」
か「うるさいわよっ! 不本意なら出さなきゃいいじゃない」
T「ええ。金輪際、二度と、決して、絶対、シリアス以外では出しません」
か「……言い切ったわね……」
T「ああ、ひょっとしたら出るかもしれませんけど、いい役はないです」
か「むきーっ!! あんたねぇ……あんたなんかねぇ……」
T「それじゃ、次回、お楽しみにーっ!!」
か「もっと喋らせなさいよーっ!!」