Lメモ・部活編10「日常のスペル」 投稿者:T-star-reverse
 ティーことT-star-reverseは困っていた。
 2週間ぶりに部活に出てきたはいいが、なにやら部室内が騒がしい。
 ……さて、どうしたものか。
 中で何かやっているなら扉を開けるのは危険だし、迷惑だろう。
 かといってここでこうしてるのも退屈である。
 とりあえず、良識を持っている者の常として、まずノックすることにした。

 こんこん……。

 返事はなかった。
 だが、扉に彫られた獅子の彫刻の眼窩に緑の光が灯る。
 これは、返事がしたくてもできない事の多い芹香のためにある機能で、
「入っていい」なら緑、「静かに入るように」なら黄、「入っちゃダメ」だと
赤に、それぞれ獅子の目が光るようになっている。
 それを見てゆっくりと扉を開けるティー。
 入っていいとはいえ、静かに入ることに越したことはない。

 耳障りなきしむ音や擦れる音はせず、実に静かに扉が開く。

 すぅ……

「…………」
 照明が蝋燭だけという薄暗い部屋の中、何となく雑然とした状況が
部屋の中で繰り広げられていた。


Lメモ・部活編10「日常のスペル」


 部屋の中央では神無月りーずと神凪遼刃が額に汗してジャンケンしている。
 照明と照明の間の暗がりに、沙耶香が座り込んで寝ていた。
 そのすぐそばでエーデルハイドもすーすーと寝息を立てていた。
 部屋の奥にある扉の向こうではなにやらごそごそと物音が聞こえる。
 そして部屋に置いてある机で、来栖川芹香がもくもくと筆を走らせていた。
 沙耶香とエーデルハイドを起こさないように無言でジャンケンを続ける
りーずと遼刃の姿がけっこう珍妙であった。
 とりあえずティーはその二人を無視し、芹香の方へと近付き、帽子を脱ぐ。
「来栖川さん、なにしてるんですか?」
「…………」
 恐らく魔導関係の記録だろうと思っていたティーだったが、芹香の答えは、
なんのことはない、ただ数学の予習をしているだけらしい。
 と、その時ティーはおもむろに後ろからくいくいと袖を引かれた。
 振り向けば、泣きそうな顔をした遼刃が、すがるような目でティーの
左袖をつかんでいた。
「なんですか神凪さん?」
「ティーさん、この神凪遼刃、一世一代の頼みがあります」
「……はあ」
 実に真剣な口調で言う遼刃。
 ティーは空いている右手で帽子を弄びつつ、気のない返事を返す。
「魔術実験の実験台になってもらえませんか?」
「却下です」
 ぺしっ、と右手の帽子で遼刃の顔を叩くティー。
 大した威力ではないものの、ひるんで袖を放す遼刃。
 と、突然遼刃がずりずりと引きずられていく。
「ほらほら、ジャンケンで負けた方が実験台になるって約束だったでしょう」
「嫌ですぅっ!! 虐待反対!! 基本的人権の保障を求めますっ!!」
 じたばたと抵抗しながら叫き立てる遼刃。
「……自分勝手ですねー」
「……僕もそう思います」
 不意に奥の部屋へ続く扉の辺りから声がしたかと思えば、いつの間にやら
そこにはトリプルGと東西が立っていた。
「私達に何をしたか」
「僕たちがどんな目に遭ったか」
「その身で理解してください」
「自分で確かめてください」
「これは必然」
「これは運命」
「報いを」
「報いを」
「私が悪かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!! だから助けてくれぇぇぇぇぇ!!」
 なぜかハミングする二人の言葉に、さらに声を荒げる遼刃。
 が、もちろん誰もそんな嘆願は聞かない。
 それよりも、である。
「……んん……うるさいですよぉ。何かあったんですかぁ?」
「ふに……にゃぁ〜」
 眠っていた沙耶香とエーデルハイドが欠伸をしながら起きあがる。
「…………」
 教科書とノートを閉じ、芹香も立ち上がって部屋の中央に向き直った。
 ティーはティーで帽子を再び目深にかぶっている。
 と、ふと気づいたようにりーずが声を上げた。
「あれ、そういえばティーさん……」
「あ、そうだ」
「僕も今気づきました」
 次々とティーの方を見るオカ研の部員たち。
 きょとんとしているのは芹香とエーデルハイドだけである。

「なんでここにいるんですか?」



「…………」
 芹香が説明すると、ほぼ全員が意外そうな顔をした。
「え? ティーさんここの部活にも参加してたんですか?」
「それは知らなかったなぁ」
「私も知りませんでした」
「……まぁ、いいですけどね。最近顔出してなかったし……」
 なんとなく熱くなってくる目頭を抑えながら、ティーは懐から数枚の
綺麗に折り畳まれたレポート用紙を取り出した。
「はい来栖川さん。頼まれていた『マリオノール・ゴーレム』の写本です」
「…………」
 ぺこり、と頭を下げて受け取るそれを芹香。
 ゆっくりとした手つきで畳まれた紙を開いていく。
 と、他のメンバーが興味津々と言った面もちでその紙を覗き込んだ。
「『MARIONOLE GOLEM』……駄目です。それしか読めない」
「うう、僕も一番上のタイトル部分しか読めません」
「難しいですねぇ。簡単な表記はできないものなんですか?」
 その問いに、ティーが肩をすくめて答える。
「まず無理でしょうね。こういうのは発音の問題もありますから」
 その時、じっと紙を見つめていた芹香がおもむろに口を開いた。
「……エ……」
 全員瞬時に黙り込み、芹香の呪文に集中する。
 魔導実験の時の呪文の声に限っては、芹香の声は比較的よく聞こえる。
 その声をティーの(けっこう嘘臭い)漢詩で形容すれば。


 其涼風如 於闇深響 (そは涼風の如く深き闇において響き)
 其銀鈴如 於影暗澄 (そは銀鈴の如く暗き影において澄む)
 表色無例 美声麗調 (色に例えられないほど美声の調べは華麗である)
 敢意試例 神秘織綾 (あえて例えるならば神秘を織り込んだ綾だろうか)


「……エイン……ソフ……オール……照らせし」
 芹香の声が部室に凛として響く。
 決して強くはないが、耳に残る声である。当然、快い響きとして。
 ティーが懐から本を取り出す。
「……十のセフィロト……」
 その場にいる全員が、次に何が起こるのかと緊張していた。
「グラン……グリモール……を……繰りて」
 魔導に使われる呪文というものがいかに練り込まれたものであるか、
芹香の詠唱を聴いていると、その美しい調べにそんな気持ちが沸いてくる。
「……テトラ……グラマトン……を……駆動せしめよ……」
 呪文の詠唱が終わった瞬間、ティーの持つ本の鍵が瞬時にして分解した。
 鍵穴のない鍵を開ける、ただ一つの方法である。
「…………」
 力を抜き、息をつく芹香。
 何が起こるかと期待していたメンバーにしてみれば、本の鍵が開いただけ、
といういささか拍子抜けした結果に終わったのであるが。
「さすが、来栖川さん」
 ティーがす、と本のページを繰る。
「っていうか、今のって単なる開錠の呪文なんですか?」
「違いますよ」
 そう答えてから、おもむろに言葉を紡ぎ出しはじめるティー。

「錬金術の秘本『マリオノール・ゴーレム』は
 同時に全ての『魔導書(グリモール)』である
 そのページは『宇宙元素(カー)』であり
 その文字は『第一元質(プリマ・マテリア)』である
 その表紙は『賢者の石』であり その装丁は『宇宙』である」

「呪文の源は魔力である。歌の源は旋律である。
 共に言葉をその媒介とする。
 よって呪文と歌とは似て非ならざるものである。
 呪文には旋律というべき韻、歌には魔力というべき心。
 言葉はいずれをも司る。言葉はそれ全て魔法である」

「ま、そんなとこです」
 ぱたむ、と本を閉じるティー。
 ぺこ、と軽く礼をする芹香。
「ああ、いいですよお礼なんて。私には写本をあげるくらいしかできないし」
「……結構凄い代物だったんですね、その本って」
 魔導に関する知識は人一倍あるメンバーが揃ったこの部活のこと、
今の説明でだいたい本がどういうものか理解できたらしい。
 いつの間にか本の鍵は再生していた。
「私以外の人が本を起動状態にしたのは初めて見ましたよ。
さすが来栖川さんですね。かなり勉強したでしょう?」
「…………」
「私が初めてここに来たときから、色々資料を集めてました、って?
ははあ、それじゃあ神無月くんにもあのこと聞きましたか」
 急に名前を呼ばれて、ちょっとだけ驚くりーず。
「あのこと……って?」
「最近、来栖川さんに何か聞かれませんでした?」
「ひょっとして、『狂乱の傀儡師』のことですか?」
 頷くティー。
 芹香もこくこくと頭を縦に揺らしている。
「狂乱の傀儡師と呼ばれた中世フランスの錬金術士、コッペリウス……
そうだったんですか、その本って僕の同業者が書いたんですね」
「書いたと言うよりは、世に出した、と言ったほうが正確かも知れませんね」
 そう言ってティーは本を懐にしまい、ぱちん、と両手を合わせた。
「さて、それじゃこの話はこのくらいにして……」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 遼刃の叫びが再度部室に響きわたる。
 すでに部室の中には四人しか残っていない。
 すなわち、神無月りーず、神凪遼刃、トリプルG、東西。
 要するに、遼刃の人体実験を行っているわけである。
「往生際が悪いですよ、神凪さん」
「嫌なもんは嫌なんだぁぁぁっ!!」
「これも業です、諦めてください」
「それじゃりーずさん、始めてください」
 以下、細かい描写は省略。
 詳しいことは四人に聞いてください(勝手にお任せとも言う)。



「……さて、と」
 オカルト研究会の部室から繋がっているこじんまりとした空間。
 ティーは制服から道服に着替え、炉に向かって鉱石を差し入れていた。
 鉱石が赤熱するまでその状態を保ち、しばらくして取り出す。

 がつーん! がつーん!

 数回叩いたあと、再び炉に鉱石を差し込む。それを何度も繰り返す。

 がつーん! がつーん!

 当然汗は浮かび、じっとりと全身を濡らすが、ティーはそれを拭こうとも
せずに、一心に鉱石を見つめていた。

 がつーん! がつーん!

 がつーん! かつーん!
 かつーん! かつーん!

 宝貝は、こうして作られる。
 ただティーの場合、作製が早いぶん、欠点が多いのが難点だが。

 ぎぃん! ぎぃん!

 この空間の時間の流れは周囲より遅くなっている。
 現実世界で十分経つ間、ここでは十日の月日が流れる。
 ティーはこの時間感覚の違いになれているが、以前芹香とエーデルハイドが
ここに見学に来たときはひどく驚いていた。

 きぃん! きぃん!

 こうして、また一振りの剣ができる。
 ……欠点だらけではあるが。



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T「T-star-reverseです。部活編、忘れられたオカ研編です」
芹「…………」
T「今回のゲストは来栖川芹香さんにお越しいただきました」
芹「…………(ぺこり)」
T「今回はマリオノール・ゴーレムをメインの話題に持ってきました。
 なんか見てて魔術談義でしかない代物になっております」
芹「…………」
T「ああ、そうですね。部活編なんだから当然ですよね。
 と、いうわけでオカルト研究会の活動は魔術談義とか実験が多いです」
芹「…………(こくこく)」
T「宝貝の作製風景なんかも出しましたが、結構時間かかるんですよ。
 ほいほい作って、てぃー(てぃーくんのこと)にあげたりしてますが
 一個作るのにも結構な労力が必要なんですね」
芹「…………」
T「ああ、気遣ってもらってすいません。
 ……さて、そろそろ時間のようです。それでは、次回をお楽しみに!」
芹「…………(ぱたぱた)」←手を振っている擬音。