Lメモ・部活編11「跳んでるパーソナリティ」 投稿者:T-star-reverse
 き……。

 昼休みのチャイムが鳴りかけた。
 だが次の瞬間、その脆弱な音は強大な波濤によって打ち砕かれる。

 どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど……。

 たまに『がしゃん!』だの『ぶみゅ!』だの『どげし!』だのと
別の騒音が奏でられるが、すぐにまた別の音がその譜面に上書きされる。
 コンサート・ホールである第一購買部は超満員。
 本日もたくさんの観客が集まる。各々が演奏家として。
 指揮をとるのはMr.フランク長瀬。
 押し寄せる音の乱舞をいなし、受け止め、的確にコントロールする。
 右に焼きそばパンの注文あれば、代金を受け取りパンを渡す。
 左にカツサンドの注文あれば、カツサンド専用シェルターに誘導する。
 釣り銭は確実に手のひらに放り込み、万引きを狙う不届き者には例外なく
柏木千鶴校長特製の菓子パンを掴ませる。
 マルチの小さな手が目的のものを抱える頃には、すでに陽性の狂気とも
食欲の暴走ともとれる大騒動は一段落つく。

 そこでようやく、真の意味での昼休みは始まるのだ。


Lメモ・部活編11「跳んでるパーソナリティ」


 きんこんかんこーん。

「三年のジン・ジャザムさん、柏木千鶴先生がお呼びです。
 ただいますぐ校長室にお越しください。繰り返します……」

 ここはLeaf学園放送室。
 職員室からの直接連絡を除けば、学園唯一の連絡機関である。
 ここには常時、連絡のために誰か一人がいることになっているのだが、
今日は一人とも言わず、何故か六人もの人影がその室内にあった。

 業務連絡を終え、ぱちりとスイッチを切るのは姫川琴音。
 放送部の部員である彼女は、椅子の背もたれに体を預け、そのまま
くるりと反対を向いた。
 そこには、各種イベントでの彼女の相棒とも言える放送部のエース(?)、
長岡志保が、放送部顧問である柏木千鶴となにやら話しているところだった。
「それじゃあ長岡さん、いち、にの、さん、でお願いね」
「りょーかいりょーかい。志保ちゃんにどーんとまかせてちょーだい!」
 なにやら二人で企んでいるらしい。
 志保がとててと廊下の反対側にある教室に小走りに駆けていく。
 その手には一本の紐の一端。
 もう一端は千鶴がしっかりと手に持っている。
 琴音が怪訝そうな顔を見せているうちに、なにやら地響きが聞こえてきた。
 その正体に琴音が気づく寸前、志保と千鶴が手に持った紐を同時に引く。

 くんっ。

 地響きの主は、いとも簡単にバランスを崩した。
 そして、その重量は彼に慣性の法則を無視させる結果となる。
 彼、ジン・ジャザムは廊下に半分めり込んで停止した。
 そんなジンにゆっくりと近付く千鶴。
「ジン君……校長室はこっちじゃないわよねぇ……?」
「ち、ちちちちちちち、ちちちちちちちちちちちちがうんです!!
 ち、ちちちちちちち、ちちちちちちちちちちち千鶴さんがっ!!
 こっちの方にいるような気がしたんでダッシュしてたんです!!」
 顔面を蒼白にし、しどろもどろに弁明するジン。
 にこにこと笑顔のまま、ジンの襟元をぐいと引っ張る千鶴。
「それじゃ長岡さん。部活の方はよろしく」
「あい、承知しやしたぁ」
 妙に軽く返事をし、千鶴とジンを見送る志保。
 そして、鼻歌など歌いながら放送室内に戻ってきた。

 さて放送室内であるが。
 部屋の片隅にあるテーブルには、緒方英二と緒方理奈の兄妹が座っており
特にすることもなくぽけーっとしながらインスタントコーヒーを飲んでいた。
 放送部員と顧問の千鶴が全員出払っているときにはどちらかがここにいる。
 そして琴音の隣では、兼部王のティーことT-star-reverseが読書していた。
「さてさて、そろそろスタジオに入らせてもらうわよ」
 機材室を通り抜け、放送室からはガラスで遮られているブースに入る志保。
 これから、「志保ちゃんの気ままにL・Chat」という校内放送番組が
通信用ラインを伝って全校に流されるのだ。
 番組構成はラジオのものとほぼ同じで、メインパーソナリティーである
志保が、校内から寄せられた感想ハガキを読み上げ、そしてその後に
リクエストのあった曲をかけるというごく単純なものだ。
 普段は志保が一人でやっているのだが、今日ばかりは年末と言うことで
少し大がかりな構成になっている。
「長岡さん、マイクテスト」
「はいはい、ティー、こっちは感度良好よ」
「OK。こちらも良好です」
 マイクテストなども入念に行われた。
 琴音は一生懸命台本を頭に叩き込んでいる。
 と、不意に琴音の手の中にあった台本がひょいと奪い取られる。
「そんなに根詰めなくてもいいぜ、琴音ちゃん」
「緒方……英二先生」
「ま、確かにこれを書いたのは俺だけど、そんな金科玉条にされちゃあな」
「す……すいません」
「ああ、あやまんなくていいあやまんなくても……おっ」
 ふと英二が時計に目をやれば、すでに放送5分前。
 準備はどんなものかと見てみれば、志保はあらかじめ選んであるハガキを
机の上に積み上げて落ち着いており、ティーと理奈は、緊急連絡があった時に
どのように対処するかなどを話し合っていた。
「……まぁ、制作者側の俺が言うのもなんなんだが」
 誰にも聞こえない程の声で、ぽそりと英二が呟く。
「せっかくの年末スペシャル番組だ。せいぜい楽しませてもらうとするか」
 当然、誰一人としてその声を聞く者はいなかった。


 全校生徒お待ちかねの昼食タイム。
 目的の昼食をゲットできた人もそうでない人も、大抵は平穏な時間と
空腹を満たすべき手段を享受できる幸せな時間。
 そんな校内に、静かに音楽が流れ始めた。
 曲名は「マイ・フレンド」。
 言わずと知れた志保のテーマ曲である。
 音楽に乗り、志保の軽快な喋りが周囲の空気を陽気に変質させつつ、
番組の開始を高らかに宣言する。
「はぁ〜い! みんな一週間のご無沙汰でしたぁ。長岡志保ちゃんでぇす。
今日もみんなと一緒にL・Chatしていきたいと思いま〜す。
 さてっ! 今日は年末スペシャルってことで、な、な、な、なんとっ!
5時間目の授業をカットしての、1時間半スペシャルでお送りしまぁす!」
 その言葉を聞いた瞬間、生徒が一斉に歓声を上げた。
 基本的に、授業がないことほど、学生にとって嬉しいことは他にはない。
「OK! みんな、それじゃ一緒に1時間ガンバロー!!」
「おー!」
 志保の呼びかけに、思わず答えてしまう生徒が数人いた。

「おー!」
 ……ここにも一人いた。
 スピーカーに対していちいち反応する観月マナに、忠告する八塚崇乃。
「マナちゃん、校内放送に返事してもどうなるものでも……」
「うっさいわよ! あんた、長岡さんの番組にケチつける気?」
 けんもほろろとはよく言ったものである。
「……いえ……」
「解ればいーのよ。さあ、長岡さん今日はどんな話してくれるのかな?」
「……まるっきりミーハーだよね……」
 崇乃の言葉に、マナのすねキックが音速を超えてジャストミートした。


「さ〜て、本日一番のハガキは、一年のK・Hさんから。
『長岡さん聞いてください。私には人に言えない秘密があるんですが、
そのことで色々な人から追いかけられています。どうすればいいでしょう』
 あらあら、悪質なストーカー? ひっどいわよね。それも複数ですって?
 そーいう相手にはがつんと一発、実力行使に出るに限るわ!
 まあ、あたしなら志保ちゃんキックから真空交渉拳までのコンボから
7HITコンボは固いけど、ちょっと難しいかしら?
 そうそう、強いお友達にボディーガードしてもらうのも手ね」

「私なら13HITで滅殺できます……」
 その回答にぽそりと呟く放送室の相談者であった。


「次のハガキは、三年生のJ・Jさんからね。
『長岡志保! 頼む!聞いてくれぇっ!!』……って、いきなり絶叫ね。
『俺は数人の敵に追いかけられているんだが、逃げても逃げても追ってくる。
下手に反撃しようものならかえって逆効果になってしまう凶悪な奴と、
俺的に反撃しようにもできないチビすけと、決して逆らえない憧れの人だ。
だから頼むっ!! 俺がどうしたらいいのか、教えてくれぇっ!!』
 男は外に出ると七人の敵がいるって言うじゃないの。
 泣きごと言ってないでがんばんなさいよ。はい次……」

「……あいつに相談した俺がバカだった……」
 引きずられながら涙を流す相談者であった。


「次は……あら、ヒロじゃないの……もとい、二年のH・Fさんね。
『誰でもいいですから俺に主役の座を手に入れる方法を教えてください』
 無理ね。はい次……」

「……あ、あいつに行くと解っていればあんなもの書かなかったのに
書かなかったのに書かなかったのに書かなかったのに書かなかったのに」
 周囲を血塗れにしながら壁に後悔の頭突きを繰り返す相談者であった。


「次は……三年ね。M・Mさんからのハガキ。
『ナガオカさんこんにちは』……はいはいこんにちわ。
『いつも週に一度の放送、とっても楽しみに聞いています。
 放送のある日は、たとえ40度の熱を出しても学校に来ています。
 あと、今までの放送分の録音テープも全て取ってあります』
 ……くぅぅ、嬉しいじゃないの、志保ちゃん感激だわ!
『私のようなファンのためにも、体に気をつけて頑張ってください』
 ありがとー! 志保ちゃんこれからも頑張るから応援よろしくね〜!」

「あー! 私のハガキが読んでもらえたぁ!!」
 食べていた弁当を放り出すほど驚喜するファンであった。


「次は……あ、先生からのハガキだわ。A・N先生ね。
『最近生徒からひどい扱いを受けています。
 特に無理矢理に加入させられた団体において顕著です。
 長岡さん、何かいい対応はないでしょうか。
 追伸……美咲さん、助けて』
 ……なんか、情けないわねぇ。
 先生なんだからもう少しびしっとしなさいよびしっと!
 そんなんだから生徒になめられるのよ。千鶴先生を見ならいなさい」

「……それができれば苦労しないのに……」
 相談者が、給湯室で落ち込みながらケーキを焼いていた。


「長岡さん、相変わらず調子良さそうですねぇ」
 番組中はADをさせられているティーが、音響担当の理奈に話しかける。
「そうね。このままいけば問題なく番組終了できそうね」
 答える理奈の口調も明るい。
「職員室から連絡入りました。番組中断お願いします」
 琴音がそう言うと、ティーが志保にジェスチャーで合図を送る。
 それに志保も了解の合図を送る。

「はい、それじゃあCMのあと、三年のSさんのリクエスト曲で
「夢見るロボット」を放送します! それじゃ、CMっ!!」


 その瞬間に、理奈が放送スイッチを切り替える。
 連絡用紙を手に持った琴音が、その内容を読み上げる。
「柏木耕一先生、柏木耕一先生。柏木千鶴先生がお呼びです。
 ただいますぐ校長室にお越しください。繰り返します……」
 
 その放送が流れて少しすると、どこからともなく地響きが聞こえてきた、
 そして何かが転倒するような音が聞こえ、続いて放送室の外を歩いていく
千鶴と、それに引きずられていく耕一の姿があった。

 ティーがスケッチブックに「CM終了」と書いて志保に知らせる。
 そして再度、理奈がスイッチを切り替える。
「はいはーい、それじゃ予告どおりリクエスト曲「夢見るロボット」!」
 志保の言葉と同時に、プレーヤーにCDをかける理奈。
 
「……いい曲だなぁ……」
 リクエストした当人が、しみじみと曲に聴き入っていた。


「はーい、それじゃあ次のコーナー行くわよっ!」
 志保が高らかに宣言する。
「『噂・ウォッチング』! このコーナーは学園中から集められた噂を
このあたしの独断と偏見でみんなに公表しちゃおうってコーナーでぇす。
それじゃ、早速一枚目のハガキから!
 なになに……『二年のH・Hは、実はマゾっ気があるらしい……』
 この情報を送ってくれたのは同じ二年のHさんね。
 ちなみに、当のH・Hさんからも『二年のHはロリ趣味があるらしい』と
お互いに相手を陥れる報告が届いてるわ。結構結構」
 何が結構なのかはよく解らないが、うんうんと頷く志保。
「こういう一見陰謀にしか見えないものに真実があったりするのよ」

 その時、校庭で激しい戦闘が開始されたことは、言うまでもない。


「次のハガキは……三年のS・Kさんからです。
『一年のA・Mさんに、近いうちに大きな転機が訪れるでしょう』
 ……これ、噂じゃなくて占いじゃないのかしら」

「…………(こくこく)」
 三年の教室では投稿者がうんうんと頷いていた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!!(ばしぃっ!)」
 対象者は、道場で練習をしていて、放送を聞いていなかった。


「なかなかいいのがないわね……と、これ。一年のM・Kさんから。
『二年のH・Nは毎晩のように恋人の所に通っているらしい』……嘘ぉっ!
 こ、これはかなり信憑性が高いかも知れないわね。危険だわ」

 投稿者がいる一年の教室に、対象者の二年が殴り込んだとき、すでに
投稿者はどこか遠くへ避難していた。
 無論、殴り込みによる無関係生徒への被害は甚大である。


「はい、次。二年のT・Hさんから。
『H・K先生はよく授業をさぼって屋上で寝ているらしい』
 ……とんでもない先生よね。あたしも見習いた……じゃなくて、
あたしがビシッ、と言ってみないと駄目かしら?」

 投稿者は図書室で、これで少しはマシになるかな、と考えていた。
 対象者は屋上で寝ていたために放送を全然聞いていなかった。


「ああ、そろそろ放送時間終わっちゃうわね。時間の経つのは早いもんだわ。
 それじゃラスト、投稿メッセージの一斉放送行くわよっ!!
『誰か実験台になってくださぁい!』一年のR・Kさん!
『楓ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ(以下略)』二年のH・Nさん!
『仮眠館は皆様のお越しをお待ちしております』三年のGさん!
『みゃあみゃあみゃ、にゃ、みゃみゃん』年齢不詳、猫のTさん!
『ラジオデス、ラジオデス』来栖川警備保障、D・Bさん!
『可愛い女の子、こんど僕とデートしよう!』二年のYさん!
『Dセリオ、今度こそテメェを倒す!』三年のJ・Jさん!
『魔王を捜しています。見つけたらご一報を』仮眠館在住の自称勇者Tさん!
『力が欲しければ、集え、科学部へ!』Y・Y先生!
『お料理研で食べるごはんはおいしーの!』二年のR・Hさん!
『瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子(以下略)』三年のT・Tさん!
『みなさん、お掃除頑張りましょうね!』一年のMさん!
『浩之ちゃん、元気出してね』二年のA・Kさん!
『今日の晩御飯は寿司だぞぉ』二年のM・Sさん!
『岩下さん、体にはお気をつけて』二年のM・Aさん!
『悪は許さん!』一年のH・Wさん!
『第二購買部は大好評営業中!』二年のBさん!
『たこやき一皿300円!』二年のX・Mさん!
『ボードゲーム件で麻雀やるよ。参加者募集』年齢不詳、Rさん!」

 ここまで一気に言って、一息つく。
「『そしてそして、今まで聞いてくれたみんな、ありがとぉ!!』
 これは、二年の志保ちゃんからのメッセージでしたっ!!
 それじゃ、志保ちゃんの気ままにL・Chat年末スペシャル、
これにて終了! また次回、いつもの時間まで、さよなら、bye!」


 そして、スピーカーから休み時間の終了を告げるチャイムが響く。
 六時間目の授業まで残り五分間。
 思わぬお祭り騒ぎの余韻も醒めやらぬまま、生徒はそれぞれの教室に戻る。

「お疲れさま」
「お疲れ〜」
「ご苦労様でした」
「ん、ご苦労」
 四者四様の言葉が放送室に満ちる。
 琴音も、理奈も、ティーも、無事に番組を終えた安心感でほっとした顔だ。
 英二はいつも通りの飄々とした顔だが、まあ安心してはいるらしい。
 そして、機材室からはいまだにラジオのノリを残したまま、志保が
飛び出してきた。
「みんな、お疲れさまっ!!」

 ……仕事を終えたあとの彼女の笑顔は、誰よりも実に晴れやかであった。



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T「Lメモ・放送部編でした。T-star-reverseです」
英「今までのよりかなり長くないか? 青年」
T「今回のゲストは本編出番がほとんどなかった緒方英二さんです」
英「というか、長岡のお嬢ちゃん以外出てないだろ」
T「ごもっとも。なぜか志保が絡むと話が大事になるようです」
英「というか、全校放送にしたのが間違いだろ」
T「そうかも……」
英「それはそれとして、いよいよ残すところあと1回だな」
T「です。書きたい書きたいと言っていた格闘部です」
英「ま、がんばれや。伏線も張ってあるんだろ?」
T「まあ、そうですけど。……それでは!」
英「また次回」
T「お楽しみにっ!!」