魚人戦隊ギョレンジャー第二話「朝日に吠えろ!の巻」 投稿者:平舟盛

ラジオ体操でハンコを貰わなくては行けない小学生はまぁ別として。夏休みの学生の朝
というのは、大抵遅い。特に一人暮らしをしている者の中には休みに入ったとたんに
夜更かしを繰り返し、ほとんど昼間寝て夜起きるという生活をしているものも結構多いの
ではないだろうか?ここ、試立リーフ学園においてもそれは例外ではなく、多くの者は夏休み
という学生の特権をフルに行使していた。最も、例え平日であっても朝の6時などという時間
なら大抵のものがベッドの中に居るだろう。まして夏休みにこんな時間から起きて元気に活動
しているのは太陽と気の早いセミくらいのものだ。いや…

ここに一人、変わり者が居た。試立リーフ学園2年、格闘部副部長坂下好恵である。
早朝のロードワークは彼女の日課であり、夏休みだろうとそれが変わる事はなかった。
別段、辛いと思った事はない。というより、既にトレーニングが生活のリズムの一部と
なってしまっており、何かの事情で欠かした日は身体の調子が良くなかった。真夏とは
いえ早朝はまだ涼しい。タッタッタッタ…と他に誰も居ない道路に軽快に足音を響かせ
ながらいつものコースを走る。橋を渡り、二つ目の角を曲がると、裏山が見えてきた。
上り道はさすがに少しペースが落ちるが、心肺機能を鍛えるには丁度いい負荷である。
頂上にはちょっとした展望台があり、好恵はいつもそこをゴールにしていた。あと、
10メートル…5メートル…ゴール!好恵はゆっくりと足を止めながら、呼吸を整える。
顔を上げてみると、朝日を浴びる街が一望のもとに見渡せる。静かにそよぐ風が心地よい。
好恵はこの早朝の空気と景色が好きだと思い、しばし幸福な気分に浸った。が、情緒に耽って
無駄な時間を過ごす習慣は好恵にはない。気持ちを切り換え、一つ息吹きをしてからサンチン
の構えをずちゃちゃちゃー!!ちゃーららー!!ずちゃちゃちゃー!!ちゃーららー!!
ずんちゃずんちゃずんちゃずんちゃ♪ずんちゃずんちゃずんちゃずんちゃ♪
ちゃーららーらららーーー!!!ずんちゃちゃっ♪ずんちゃちゃっ♪

早朝の展望台に、いきなりテンションの高い曲が大音量で流された。驚いた蝉がジジジー!!
と近くの樹から飛び去り、ばさばさばさばさばさー!!と茂みから鳥が一斉に飛び立つ。
いや、驚いたのは彼らだけではない。好恵も思わずつんのめって倒れるところだった。
「何だこの曲は?!」

ギョレンジャーのテーマ  作詞作曲:平 舟盛

1番
(*)ギョレンジャー ああギョレンジャー 龍の血を引く戦士達
     ギョレンジャー ああギョレンジャー 海神の力今呼び覚ませ
     魚人戦隊ギョレンジャー!!

逆巻く波が嵐を呼ぶぜ  正義の心が燃えてきたぜ
天には星を大地に花を  人には愛を伝えるために
生命の源母なる海から  無法の荒野に今やってきた

食らえ必殺 ウロコカッター!!   
唸れ必殺   メイルシュトローム!!

(*)繰り返し

2番
どごっ!!
「いい加減にしろ!!!」

好恵の飛び蹴りに後頭部を打ちぬかれ、平 舟盛の歌は1番でストップした。水掻きの
ある手でしばし頭を抑えて地面を転げまわり、悶絶する。
「………真夏の早朝に山中で何をやっている半魚人」
「あ、痛〜〜〜〜…何ばしよっと?」
魚類独特の横についた目で恨みがましく好恵を見上げる舟盛。
ちなみに持ち込んだスピーカーは既に好恵の手によって没収されている。
「何って、それはこっちのセリフたい。どうしてあんたがここにおるんね?」
「私は日課の早朝トレーニングだ。いつもここを使っている」
不機嫌を隠す様子もなく答える好恵。先日のアレが未だに尾を引いているらしい。
「偶然やね、こっちも同じたい」
それを意に介した様子もなく人懐こい笑顔(…魚面の?)で答える半魚人。
「トリやセミを脅かして追い散らすのが貴様の日課か!!」
「こうしてテーマソングを歌わんと1日が始まる気がせんとよ。ばってん、寮でやったら
YOSSY君らに『よそでやれ!!』って追い出されたけん、ここに来たタイ」
確かにこれを部屋でやられては堪ったものではあるまい。だが…
「だからってここでやるな!!山中に出没する半魚人など聞いた事も無いわ!少しはTPO
を弁えろ!!」
やや理不尽な理由で怒鳴りつけ、はぁはぁと荒い息をつく好恵。
このままいくと、毎朝この怪人とここで顔を合わせ、さっきの歌を聴かされる事になる。
爽やかな1日の始まりが…それは絶対に避けたかった。
「…ばってん、ここ以外に人があんまり居らんところってなかとよ。裏山は皆のものたい?
それに…さっきからの好恵さんの剣幕の方が周りを脅かしてる様な気が…」
…ぷち、と何かが切れる音を好恵は確かに聞いたと思った。いっそ優しいほどの声音で語り掛ける
「…いいか、私はお前と議論するつもりはない。兎に角…ここ以外の場所を見つけろ。見つからなければ
…その騒音公害以外の何者でもないはた迷惑な日課とやらをやめるんだ。いいな?」
そう言ってにっこりと笑う。よくないなどと言った日にはさっきの程度では済むまい。
半魚人はかくかくと首を縦に振った。

それから数日後…坂下好恵は格闘部の練習に参加すべく、すっきりした気分で学校に向かっていた。
あれっきり、舟盛は姿を見せない。自分の説得(?)が利いたのだろう。いちいち気に障ることしか
しないが、根は悪い奴ではないのかもしれない…と、好恵は背後から自分の名を呼ぶ声を聞いて振り返った。
「好恵さん、おはようございます」
格闘部の同級生、ディアルトだった。彼も練習に向かう途中らしい。
「ああ、ディアルトか。おはよう」
にっこり笑って挨拶を返す。
「なんだかご機嫌ですね…ところで、あの噂、聞きました?」
「…噂?」
嫌な予感が胸をかすめ、眉をひそめて聞き返す。
「ええ、いわゆる怪談の類ですよ。何か、格闘部の部室にバケモノが出るとかなんとか。毎朝、格闘部の
部室から不思議な音が聞こえてくるそうです。不思議に思って覗き込んでみたら、この世のものとも思えぬ
グロテスクな生物が歌を歌っていたって…見た人はその場で泡を食って逃げたらしいので詳しい事は…って
どうしたんですか?好恵さん?!」
好恵は最後まで聞いてはいなかった。肩から滑り落ちたバッグにも見向きもせず、すごいスピードで部室の
方向に走り去る。
「あのナマモノ…あの場で殺しておけば良かったッ!!」
好恵の決意が少し遅れて現実のものとなるまで、残り後、10メートル…5メートル…

その後、辛うじて一命を取りとめた舟盛の世話係を同じく寮に住むYOSSYFLAME、
同族の真藤誠治らが押し付けられてから、格闘部室に出る化け物の噂はなくなったという。