魚人戦隊ギョレンジャー第三話「男子寮の熱き日々〜木乃伊の謎を追え!〜」(1) 投稿者:平舟盛

  …暑い。否、むしろ熱い。今年の夏は全国的な猛暑だという。が、試立リーフ
学園のある若葉町(仮)近辺のソレはむしろ「記録的な」という形容を付けねば
ならぬだろう。夏は暑いのが当たり前だ?心頭滅却すれば火もまた涼し?ふむ、
なるほどなるほどいちいちもっとも。そういう人は脱水症状に気を付けつつ、
クーラーのない地球環境に優しい生活を営んで欲しい。私は貴方を尊敬しよう。
しかしここに、そういったやせ我慢じみたスローガンとも宇宙船地球号への愛とも
無縁であるにもかかわらずそういった人々と同じような生活を強いられている若者
達が居た。これは、彼らの愛と戦いの日々を綴った青春の記録である。嘘。

  1号室

若葉町(仮)の学校の裏手。いかにも年代物のプレハブ建築の一室でウイイイイン、
ウイイイイン耳障りな音を立てながら、今にも寿命が訪れそうなオンボロ扇風機が
必死で首振り運動を繰り返していた。もっとも、これだけ気温が高いと扇風機など
単ににごった空気をかき回すだけの働きしかない。部屋の入り口には少しでも涼しさを
演出しようというつもりなのか、風鈴が一つぶら下げてある。しかし、風が全然吹いて
いないため、チリとも音を立てようとしなかった。その部屋の万年床の上、いいトシと
いえなくもない扇風機が二つのオモチャを前に「どちらかを選べ」と選択を迫られた
優柔不断の子供のように飽きもせず視線を左右に往復させている。右……左……また右…

「……暑い」
その視線の先で感情も何も感じられない、ほとんど虚脱した声が直接的な感想を述べた。

…左
「また言った。400円」
もう一方の視線の先で男にしてはやや高い声がそう返す。

…右
「…暑い」
再びさっきの声がそう繰り返す。

…左
「500円」同じく返す声。

…右
「暑い。暑い。」

…左
「6、700円」

「だあああ!!!もうやってられるかああああああ!!!!」
右、試立リーフ学園2年、山浦はガバっと立ち上がった。
「何や、余計に暑くなるから暑いって言った方が100円って、言い出したのアンタ
やろ。ちゃんと払い。」
反応する元気も無いのか、面倒くさそうに見上げながら言う同1年、夢幻 来夢。
一見すれば美少女だが、この試立リーフ学院男子寮に住んでいる事からも分かるように
れっきとした男であり、ここは彼の部屋だった。
「余計も何もこの暑さで今更関係あるか!!大体、何でこんなに暑いんだこの寮はぁ!!」
800円、とカウントしてから
「夏やから…校舎の窓ガラスから反射光が降り注ぐから…それより何より、クーラーが
ないからや。…どうでもいいがはよう座りぃな。でかい図体で遮られると風が届かん」
とぐったりした声で答える来夢。
「うるさい…これは俺の扇風機だ…大体、それが後輩の口の利き方か夢幻…?!」
と言いつつも言われた通り座り込む山浦。言っている内容はともかく、声が既にばてて
いるので迫力は余り無い。さっきの絶叫で自慢の体力も底を突いたらしい。
「それを…言うならここはオレの部屋や………文句が有るんならとっとと出て行き、
ただし…その扇風機置いてな…部屋の電気止まっとるんなら無用の長物やろ…」
返す来夢の声も、既に息も絶え絶えと言う感じである。
「……………やるか?オカマチビ」
じろりと1コ後輩を睨む山浦
「…………………吠えたな、クサい、ムサい、モテないの三拍子そろった柔道部が」
負けずに睨み返す来夢。
1秒、2秒………緊迫した時間が過ぎる。が、両者とも同時に目をそらした。
「…今度にしといてやる。ありがたく思え」
「…ケ、こっちのセリフや」
度を越えた暑さは人間を非暴力的にさせる。「今、無駄な体力を使えば死ぬ」
本能的な直感が、2人の理性の発露を促したらしい。心中のいつか殺すリストに互いの
名前を書き込みつつ、今日のところは休戦が成立しかけた時、ずし、ずし、ずしという
建物全体に響く足音が来夢の部屋に近づいてきた。2人で顔を見合わせる。
「…あいつか」
「あいつやな。全くこの暑い時に一段と暑苦しいヤツが…」
ウンザリした顔で、同時に溜息を吐く。

「「帰れ」」
あいつこと学園1年、平坂蛮次が228cm、118kgの巨大な体躯を折り曲げて
来夢の部屋の入り口をくぐった瞬間、ハモった声が出迎えた。
蛮次が口を開く前に
「オマエらみたいなデカブツ、部屋の中に二つも置いとけるかおのれは存在自体が暑苦
しいんじゃそこのソレ(と山浦を示し)もくれてやるから扇風機だけ置いてとっとと出てけ」
と一気に捲し立てる。気持ちは分からぬでもないが、随分な言いようである。やはり暑さで
相当暑さでフラストレーションが溜まっているらしい。共通の敵に仲間意識を感じる間もなく
自らを売り渡した後輩に「やっぱりコイツ殺そうか」と山浦が手を伸ばしかけた時。

「…お土産持ってきたんじゃが」

蛮次の言葉が殺意を吹き飛ばした。
「「土産?!!」」
今度も完璧なハモりである。
まさか?!奇跡だ!!あの平坂が土産を買ってくるなどという気を利かすなど!!
だが2人の暑さにすっかりやられた頭はまともな働きを失っていた。さっきの無愛想は
どこへやら。蛮次の為にわざわざ場所を空け、席を勧める2人。
「蛮次、わざわざよう来てくれた(笑顔)」
「暑かっただろう。まあ扇風機にでも当たれ」
急な態度の変化に戸惑うようなデリカシーは元よりない。言われるままに腰を下ろし、
すっかりくつろぐ。どうやら脇に置いた包みがその土産物とからしい。何だろう?アイス?
それとも飲み物だろうか。あの包みの大きさから見てカルピスというのが1番有りそうだ。
法律には違反しているが、この際ビールというのでもいい。こんな日に飲むビールはさぞ
最高の味がするだろう。何だ?…何だ?平坂はなかなか包みを開けようとしない。
横断歩道で小学生の行列がどうしたとかどうでもいいことを言いながらがははと
笑っている。しびれを切らし「さりげなく」来夢が注意を促した。
「あの、蛮次クン?その包みの事なんやけど…」
そうそうそうと傍らで山浦が肯く。
いわれて、ハタと頭を叩く蛮次
「おう、こいつの事か!!すっかり忘れ取ったわい!!」
『『忘れんなボケ!!』』
がっはっはと笑う蛮次に心の中で2人同時に突っ込みながら、顔だけはにこやかに
蛮次が包みを解くのを待つ。
「これが目的でやって来たというのにのォ。全く困ったもんじゃわい」
するするする、と包みがほどけていく。今こそ、その正体が目の前に!
…なんだ?……なんだ?
ソレがなんであるにせよ、視線の熱によって出た瞬間に溶けてしまうのでは
ないかと心配したくなる。最後の結び目がはらり、と解け、床に落ちた。

「8分の1マルチフィギア!!前から欲しかったのを、ついにゲットしたんじゃ。
見ろ、全身36ヶ所関節可動にしてこのディティール!!最大のチャームポイント
否、むしろ本体ともいうべきちゅるぺたな胸も見事に再現できておる。ま〜さ〜に
匠の技!!ああ、もうワシは、ワシはァぁぁぁぁ!!!!」

ボン!!

グキィ!!!

来夢の攻撃により蛮次の巨大な身体が白い炎に包まれ、山浦の腕が悶絶する蛮次の
太い首を本来有り得ない方向に捻じ曲げた。ぴくぴくと痙攣する蛮次を見ながら
「…オレはいったいアイツに何を期待しとったんや」
へたりと座り込み、うつろな声で言う来夢。山浦が腹立ち紛れに8分の1
マルチフィギュアを床に叩き付け破壊しようとした時、悲劇は起きた。
全員にとってとり返しのつかない悲劇が…

「ちゅ、ちゅるぺた萌え〜〜〜〜〜〜っ!!!」
完全に死んでいた筈の蛮次が蘇り、突っ込んでくる!虚を衝かれた山浦は思わず
棒立ちになった。しかし、ちゅるぺたもといフィギュアしか目に入っていない蛮次
は足元の来夢の存在に気付かなかない。けっつまづいて大きくバランスを崩し、来夢
ごと山浦に突っ込む。山浦はそれをよけられなかった。来夢、蛮次、山浦。3人は
一塊となって突っ込んだ…この部屋唯一の冷房機具に向かって…。

「…あいたたたたたた」
大男2人の下敷きになった来夢が、最初に這い出してきた。何かがクッションになってくれたおかげでケガを
せずに済んだ。一体なんだろう?山浦と蛮次も立ち上がってくる。振り向いた三人の目が、同時に一点に吸い
寄せられた。収束した悲劇の存在へと…

「あ」

「あ」

「あ」

「「「あ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」」」
三人の声が寮中に響き渡った。

「扇風機が!!」
「お、俺の山下号!!(<扇風機の愛称らしい)」
そう、扇風機は完全にひしゃげ壊れ…

「ワ、ワシのちゅるぺたちゃんが〜〜〜〜〜〜!!!!」

…訂正する。どうやら1人だけは全く違ったところを見ていたらしい。ともかく、
扇風機「山下号」は完全に原形をとどめておらず、あまつさえ白い煙を上げていた。
「しっかり、しっかりしろ!!」
「うお〜〜〜!まるちぃ〜〜〜〜〜!!」
山下号を掴んでがくがくと揺さぶる山浦。
『山浦クン、ボクハモウダメダヨ』<山浦にだけ聞こえる声
山下号は弱々しく首を振った。
「何を言うんだ!大丈夫、このくらい電気屋へ持っていけばすぐに治るさ!!」
「ワシのまるちがバラバラになってしもうたぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
『コレマデダイジニツカッテクレテ…ア・リ・ガ…ト』<山浦にだけ聞こえる声

愕痢(がくり)

弱々しい断末魔と共に、山下号はその17年にわたる波乱に満ちた生涯を終えた。
(ついでにマルチのフィギュアも激突の衝撃でバラバラになっていた)

「や…」「ま…」

「山下号〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「まるちぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

血を吐くような声の二重奏(デュエット)
漢2人の魂の叫びが、試立リーフ学園男子寮に木霊した。

「…おいコラ#」
すっかり取り残された来夢が2人に声をかける。
「どうでもいいが、コレどないしてくれんねん!!オレの部屋がわやくちゃじゃ!!」
確かにその通りだった。3人まとめた激突の衝撃は、下手な力士のぶちかましくらいは
あっただろう。部屋の中はスゴいことになっていた。
「最後の冷房機具も壊れて、まだ夏ものこっとるのに…どうやってすごせっちゅうねん!
オマエら責任とれ!!!」
聞いているのかいないのか。慟哭していた山浦がゆらり、と立ち上った。心なしかその背
にオーラが揺らめいている。
「おい人の話…」
「キサマらがいなければ…山下号は死なずに済んだ」
来夢の言葉を遮り、ぼそり、と言う山浦。
「ヤツはオレにとって掛け替えの無い存在だった…生れた年の夏に我が家にやってきて
これまでいくつの夏を共に過ごしてきた事か…目を閉じれば数々の思い出が胸を過ぎる」
そう言ってホント雲い目を閉じる山浦。数々の思い出が胸をよぎっているらしい。
「それを、よくもかくも無惨に殺してくれたな…その死の責任、取ってもらう!!」
「………………」
二の句が継げずにいる来夢の背後で、新たな気配がゆらりと立ち上がった。
「…哭いとるのよ」
「…は?」
「わしの拳が、…まるちの敵を討てと哭いとるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
握り締めた拳からぽたっ、ぽたっ、と血が零れている。背景でどかぁぁぁぁぁん!!
と心証風景の火山が爆発した。
「まるちは死んだ。だがわしらの魂を引き離す事はもう誰にも出来ん!!」<本物は生きてます
「………………」
「なぜなら!!」
手の中にあるフィギュアの残骸を高々と差し上げ、口を大きく開ける
あんぐり。むしゃむしゃばりばりごっくん
「これでわしらは永遠に一心同体なのだから!!!!!」
目から大量の心の汗を絞り出しつつ、ちゅるぺた番長が叫んだ。
背景でどっぱ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!と荒波が砕ける

「…か」
しばしの沈黙の後、来夢は口を開いた
「勝手な事ぬかすなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
ついにキれる。
「黙ってきいとりゃ好き勝手抜かし腐って。それがぶっ壊れたのは少なくとも
3分の1は自分の責任や無いか!!!」
実にもっともな言葉である。しかし…
「問答無用!!!!」
「ちゅるぺた万歳!!!!」
「…き、キサマら……………!!!」

「「「コロす!!!!」」」


かくして因果は収束する。彼ら3人は他にみずからの渇きを癒すすべも知らぬまま、
ついに勝者なきバトルロイヤルへと突入した。だがそれはこの日男子寮全てを見舞う
災厄の、序章にしか過ぎなかったのである…