ギョレンジャー第参話(2)改訂版 投稿者:平舟盛

同時刻、渡り廊下

「ずわっちっちっち!!」
試立リーフ学園二年、YOSSYFLAMEは飛び上がった。窓から身を乗り出そうとして、
陽に焼けた金属製の桟に触れたのである。
「…何をやってるんだ?」
トイレから出てきた同じく2年の真藤誠二が、それを見て呆れたように呟く。
「いや、何ね。ちょいと外の空気を吸っていたのさ。…それにしても何て暑さだ?!
屋根の上でステーキが焼けるぞこれ…………」
火傷した手をぶんぶんと振りながら答えるYOSSYFLAME。とんずらしようとしていたこと
などおくびにも出さない。
「それにしても、一体何だってこの自他共に認める女好きのオレが、野郎の部屋なんぞ
訪ねなきゃならんのかね…しかも、相手がアレだぞアレ」
ひりひりした痛みに顔をしかめながらグチをこぼす。
「同じ格闘部の同級生でこの寮に居るのがあんただけだからだろ・・・そのセリフはオレが
言いたいよ、まったく…」
憂鬱な声と共に溜息を吐き出し、それに答える誠二。、
「何言ってるんだ」
だがYOSSYFLAMEは誠二の方を向くと、にやにやしながら言った。
「俺が同じ部なら、お前さんはアレと同じ一族だろう。血は水よりも濃いと知らんのか?」
途端に「ぴきっ」と引きつる誠二。
「いや、しかし確かにお前ら、良く見ると似たもの同士かもな。案外話してみたら仲良く
なれるんじゃねーの?何だったら一人で部屋に行ったらどうだイ、誠二くん。キミも心配
だろう。同じギョレンジャーの仲間とし…ぬぉわっ?!」
減らず口を叩いていたYOSSYFLAMEは足元に開いた落とし穴からすんでの所で飛びのいた。
ちっ、と舌打ちを一つして手に持った紐を放す誠二。紐はするするする…と天井に戻っていく。
「何しやがるこの罠マニア!!寮を勝手に改造して良いと思ってんのか?!」
「『その話題』には触れるなって何度も言ってるだろう?!それに今更オレ一人に押し付け
られて堪るか。不幸になるなら一蓮托生だ!!」
憤然として食って掛かるYOSSYと負けずに怒鳴り返す誠二の視線が空中で火花を散らした。

 この試立リーフ学園は、二つのことでよく知られる。すなわち異常な才能の持ち主
が集まることと異常な性癖の持ち主が集まることである(一人の生徒が両方のカテゴリー
に属することも往々にしてあった)。この学園に転入して一週間になる「アレ」こと平舟盛
は前者については未知数であったが、後者においては理想的(?)な校風の体現者であることを
早々と証明し、寮の雰囲気にもすっかり馴染みつつあった。「ギョレンジャーのテーマ」の熱唱
によるモーニングコールに加え、夜な夜な響くドラムの音とアイヤ〜〜〜!!とかいう叫び声。
折からの暑さでストレスが限界点まで達した寮管理人猪名川由宇は殺気立って彼の部屋に押し
かけた。…扉をこじ開けた彼女が目にしたのはすっかり熱帯雨林と化した部屋の中でファイヤー
ダンスを踊る赤フン一丁の半魚人の姿だった。アマゾンの一部種族に伝わる儀式がどうとか言う
舟盛を問答無用でブチのめした彼女は、寮で一番親しいと判断されたYOSSYFLAMEと真藤(本人達
にとってはまったくの心外であったが)に
「帰国子女の同級生の面倒を見るのは友達の役目だよね!」
とばかりに世話を押し付けたのである。その顔は(私はあーゆーのに関わるのは御免よ!)
という本音を力説していたのは言うまでもない。更に彼女は付け加えた
「…言うまでも無いけど、今後この寮で面倒が起こったらアンタ達も共犯と
見なすからね?」
顔は笑っているが、目は笑っていなかった。ムリヤリすぎるわそれ!という
二人の心の声を聞いたものはいない。

 「…やめようぜ、不毛な争いは」
しばしの拳による語らいの後、YOSSYFLAMEがぜーぜーと息を乱しながら言った。
「…ああ。そうだな…こうしていても事態は進展しないし、イヤなことは
さっさと済ませよう。」
同じく息を乱しながら誠二。二人は、ここ数日姿を見せない平の部屋を
見てきてくれと寮の食事を管理している江藤由花に頼まれたのである。
だって、寮から病人とかが出たら彼女の給料にも響くから。
「…よし、じゃあ行くか!…その前にオレもトイレに行くからちょっと待っててくれ」
YOSSYFLAMEは声の調子を切り替えて爽やかにそう告げると、トイレに入っていった。
「ああ。早くしろよ…そうだ、一応言っておくけど…」
誠二の前には既に誰もいない。
「…トイレの窓にも罠を仕掛けておいたから逃げようとしても無駄だぞ」
トイレ内から爆音と振動が伝わってきたのはそのセリフと同時だった。


 誠二は、「アレ」が転校し、同じ寮に入ってからのことを思い出していた。
同族だということで一方的に親近感を寄せ、何かと付きまとう。毎日のように
騒ぎを起こす。あげくに、「魚人戦隊ギョレンジャー」とかに入り、一緒に正義
の味方をやらないかと勧誘されていた。何度も断っているのだが、一向にあきらめる
様子がない。最近では、しつこくつきまとうのをトラップ技術を駆使して逃れるのが
日常と成りつつあった。アレは正義の味方というよりどこから見ても怪人ではない
だろうか?誠二は自分のことを棚に上げてそう思う。
 誠二もまた魚人の血を引いており、過度の興奮状態にあるときや油断しているときに
水を浴びることで半魚人になってしまうという体質の持ち主である。しかし誠二には、
自分の血に対する思い入れなどは無い。というよりむしろ、自分の体質を嫌悪している
と言って良かった。平が自分の血筋に誇りを持ち、半魚人の姿さえ掛け値なしにカッコ
イイと信じているようなのは、まあいい。人のことだし。…っつーか!その価値観人に
押し付けるのやめれ!周りの奴もオレをアレと一緒にするな頼むから!(張本人が言う
のもアレですが今更遅いと思います)

「…何溜息ついてんだよ」
隣を歩いているYOSSYFLAMEが咎めるように言った。手だけでなく全身ほど良く焼けており、
さらに良く見るとあちこちにアザがあった。
「…別に」
同じくアザだらけの顔で憮然と返す誠二。どうやらあの後さらに不毛なやり取りがあったらしい。
「…あ〜あ、つまらん。どっかに美人でもおっこちてないもんかね」
首を振りながらヤレヤレといった感じで言うYOSSYFLAME。
「落っこちているわけが…」
ないだろ、と続けようとした誠二は前方に何かを見つけ、足を止めた。
「…どうした?」
訝しげに問うYOSSYの方を向かず、誠二は前方を見据えたまま
「…あれ、女の子じゃないのか?」
とひとつの方向を指差した。確かに一見女性と思しい人影が横たわって
「お嬢さん、大丈夫かい?しっかりしな」
「速っ!!!」
一瞬のうちにその倒れている人影の脇に移動し、優しく抱き起こしているYOSSYFLAME
に愕然とする誠二。罠だったらどうするんだ?(多分寮の中に罠なんぞ仕掛けるのは
アンタくらいです)
「…って野郎じゃねーか!美人の女の子なら、やさしくマウストゥマウスで起こしてやる
つもりだったのに、男のロマンを裏切りやがって…」
倒れているのが男だとわかると、お前はそこで乾いてゆけとばかりに放り出すYOSSYFLAME。
「良く見ればSOSだな。名前がSOSだからって寮の中で遭難しなくてもいいだろうに…」
別に名前に合わせて倒れたわけではないだろうが、確かにそれは彼等と同じくこの寮にすむ
試立リーフ学園1年のSOSだった。熱射病で倒れたらしい。ちなみにこう言う場合、溺れた
のとは訳が違うので人口呼吸は必要ない。まずは日陰に連れていき、水分を…
「ぬあっ?!水道から熱湯が出たっ!!」
ここは本当に日本なのだろうか。しょうがないので魚人の能力を使って水分を作り出す
誠二。組んだ手の指先から一筋の清流が放出される。人呼んで(誰も呼んでない)
魚人水流。他に水芸などにも応用できる重宝な技だ。じょろじょろと小便を連想させる
音と共に死んだように眠っているSOSの仰向けの顔に水をかける。目が細い上に顔色が
白いので、一見すると本当に死んでいるように見える。しかも白装束だし。
「おぶっ?!おぶおぶっ?!!」
涙滴というツボに水流を命中させると溺れるそうだが、この場合は単に鼻の穴などから
もろに水が入っているせいだろう。寮内で遭難死の次は溺死の危機にさらされ、慌てて
飛び起きるSOS。
「お前さ、いくら暑いからって寮の中で倒れるなよ。体力がないにもほどがあるぞ」
「ち、違いますよ!」
まだ状況が良く理解できていないのか、YOSSYFLAMEの顔を見てやや混乱した様子で
反論するSOS。
「何が違うんだ?」
「確かに気分が悪くなったのは事実ですけど、暑さのせいというより…そこのドアの中
から異様なエネルギーが噴出しているんです。これを調べに来て、不覚にも倒れてしまった
んですよ」
そういってSOSが指差したドアに、三人の視線が集まる。それは、平舟盛の部屋のドア。
一般人にも何やら近寄りがたい雰囲気というかありていに言って邪悪な気配を感じさせるが
時空に関する能力者であるSOSにはそれがいっそう具体的に感じられるらしい。
効果音に直すと「ずもも〜ん」と「ズゴゴゴゴゴゴゴ…………」くらいの違いだ。
「「………………………………」」
誠二とYOSSYFLAMEは扉を前に黙り込んだ。

「……………………!」
試立リーフ学園1年にしてダーク13使徒の一人神凪遼刃は思わず顔を上げた。
先日来、妙な悪寒がとまらない。現在は離宮遁甲の衰旺期にあたり、本命は南に
あって「顕現」「露見」「先見先知」を意味する。遼刃が今異様な気配を感じたのは
まさしくその南の位置にあたった。自分はどうすべきか?易に出た卦は「風天小畜」
いろいろな障害に妨げられ、万事思うに任せないの意。…ままよ。障害があるのなら
踏み破るまで。とりあえず、黙って何かが起こるのを待っているのは性に合わない。
そこに行ってからどうするか考えよう。遼刃は立ちあがった。
「…その前にここはどこだ?」
寮の中で迷子。なかなか良くあたる占いらしい。

がちゃり
「ってあっさり開けてるし?!」
止める間もなく扉を開ける二人に思わずツッコムSOS。
「この寮に棲んでて今更何が出てこようと驚かないっての」
部屋の中は暗く、何も見えない。
「何だ、何もないじゃ…」

                  轟っ!!

誠二がそう言いかけたとき、閉め切っているはずの部屋から外に向けて
爆発的な風が吹いた。


 ゆーさくもとい悠朔(はるか はじめ)は、自室で銃の手入れをしていた。
床に並べられたライフルや拳銃の数々を流れるように解体していくその姿には
一部の隙もない。人外やら超能力が跳梁跋扈するこの学園で今更銃刀法を
持ち出してもしょうがないのだが、この人は本当に高校生なのだろうか?
「…ふぎゃーーーー!!」
悠朔の手が、初めて止まった。振り向くと、半同居人である猫のゴーストが
何もない空中に向けて毛を逆立てている。…何もない?いや、何かいる!!
そう思った瞬間に既に悠作は拳銃をその空間に向けて構えていた
 
 夢幻来夢、山浦、平坂蛮次の三人は、すっかり廃墟と化した来夢の部屋で倒れ
伏していた。三人とも既に虫の息というか川の向こうのお花畑で死んだおばあちゃん
が手を振っているのを見ている状態。
「…うう、ワシはちゅるぺたは好きじゃがしわくちゃには興味が無いんじゃ-」
などとうわ言をつぶやいていた蛮次が無意識のうちに来夢の足をつかみ、
「やめろ、溺れるやないか…オレは向こう岸に戻るんや、逝くんなら一人で行け…」
と同じくうわ言で来夢がつぶやく。この期に及んでいがみ合うとはいっそ立派である。
山浦は、その声で意識を取り戻した。人は今際の際に最も会いたい人の幻を見る
ことがあるという。山浦もまた、彼にとっての女神である来栖川芹香の姿を
今目の当たりにしていた。これは幻だ、と朦朧とした意識の片隅にわずかに
残った理性が告げていたが、幻だろうと構わなかった。山浦は残った最後の力で、
芹香の方に手を伸ばそうとする。その手にひやり、とした感触が触れた。
だいじょうぶですか、と小さく囁く声まで聞こえる。
「幻覚じゃない?!」
一瞬で正気に戻った山浦はがばっと起きあがり、更に一瞬後、再び正気を失い叫んだ。
「…何だこりゃあ?!!」

(3)へ続く