ギョレンジャー第三話(4) 投稿者:平舟盛

その気配には、覚えがあった。
「……お前は」
「お久しぶりです、マスター。お変わりはありませんか?」
 久遠遥。又の名を<<風神>>、そして<<天龍>>。
「…白々しい事を聞くな」
 悠朔は感情を感じさせない声で言った。
 目の前の空間に何かが有るようには見えない。が、それは確かにそこに
「在」った。
 悠朔が嫌う力の具現。
 来栖川の魔道技術が生み出した鬼子。
 大気を支配する巨大精霊がその気配の主であった。
 「俺はお前を呼び出した覚えは無い。…さっさと消えるがいい」
 銃をしまいながら言う。精霊相手に実弾を撃ち出す銃など何の役にも立たぬ。
 「現れたのは私の意思ではありません」
 「…何?」
 聞き捨てならぬセリフに、思わず振り向く。
 「地脈を通じ、エネルギーがどんどんと溢れ出しています。この部屋には私が
結界を張ったのでお気づきではなかったかも知れませんが…」
 「…気に入らんな、余計な真似をするな」
 「はい、申し訳ありません」
 素直に誤るものの、精霊の声からは本意は読み取れない。
 「…それで、それがさっきの話とどう結びつく?」
 「そのエネルギーを受けることで、この近辺の空間を漂うもろもろの念、霊、
物の怪の類が実体化を始めています。私ほどの大きさですとまだまだ時間が
かかりますが…」
 悠朔はそれを聞いてしばし黙り込んだ後、相変わらず淡々とした声で聞いた。
 「…原因は?」
 「不明。ただし、エネルギーが溢れ出している特異点を割り出すことは可能です」
 その時には、悠朔は既に戦闘用の装備を身につけているところだった。

 「光破!!」
 遼刃の突き出した掌から凝縮された「闇」が一直線に伸び、不定形の霊を砕いた。
 しかしそのすぐ後からもろもろもろ…という効果音と共に霊団が押し寄せてくる。
 休む間もなく次の術を唱える。
 「…我魔力よ、闇の元に集い敵と共にはじけよ!」
 遼刃の掌が赤い光を放つ。
 「魔爆光!!」
 紅の光条が霊団の真中に打ちこまれると、一瞬の後、爆発が起こった。
 「…やったか?!」
 爆風が収まった後、顔を上げた遼刃は、空中から染み出してくるさらに多くの霊に
穿ったばかりの穴が瞬く間に埋められていくのを見て唸り声を上げた。
 「…きりがない」
 じりじりと後退する遼刃の顔には、まぎれもない焦りが浮かんでいた。
 遼刃の放つ魔力が、却って惹きつけている原因なのかもしれない。知性も力もない
不浄霊とは言え、数で押し寄せてこられると厄介だった。
 いくつかの大技を、頭の中に思い浮かべる。しかし、強力な術はそれだけ消耗も、必要
時間も大きい。今の時点でそれを使うことは一種の賭けだった。
 「…とはいえ」
 遼刃はひとりごちる。
 「…追い詰められればそんなことは言ってられんよなぁ…」
 背中に壁の硬い感触を感じながら、冷や汗混じりに嘯く。
 道も判らず闇雲に逃げ回るうち、ついに行き止まりにぶち当たったのである。
 迷っている暇はない。どのみち、このままではジリ貧だったのだ。
 遼刃は覚悟を決めると、即座に詠唱を唱え始めた。
 「我が体内に生きる雷の子らよ、闇の力を借り目を覚ませ…」
 すでに、敵との距離は10mを切っている。このままいくと安全距離の5mは保て
そうもなかったが、遼刃は既に無傷で切り抜けようとは思っていない。
 「…黒き力、天と地と我をつなぎ、破滅の雷を放て!!」
 霊団の先頭はほとんど目の前に迫っていた。しかし、こちらの方が速い!!
 「暗・瞑・雷・光…」

 ぎょるるるるるるるるるっ!!

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。背後の壁の中から何か触手のようなものが
伸び、遼刃の身体の自由を奪ったのである。
 「…しまった!!」
 遼刃は、自分のうかつさを悟った。
 物理法則に左右されない霊なら、壁を通り抜けるくらいのことは当たり前だったのだ。
 ―目の前の敵に気を取られたばかりにこんな初歩的なミスを犯すとは―
 次々と殺到する霊にたかられ、身体を締め上げられる苦痛の中で遼刃は死を覚悟した。

 
 人間の形をしている奴がいた。
 ケモノのような形をしている奴がいた。
 何がなんだかわからない形をしている奴がいた。
 秋山登がいた。
 ヒゲがいた。

 部屋の外に出た誠二、SOS、秋山の三人は、魑魅魍魎のあふれる異界と化
した寮内の様子に呆然と立ち尽くした。
 「言ったとおりでしょ?」
 いつの間にやって来たのか、すぐ背後でデコイの声がした。
 「これは一体…何がどうなってるんだ?」
 「あなた方のほうがご存知なんじゃないですか?私は単に通りがかっただけですから」
 誠二の質問をあっさりといなし、地面を転がる毛玉の様なモノの写真を撮るデコイ。
 確かに、自分たちがドアを空けたこととこの現象は無関係とは思えない。
 「…どうする?」 
 隣のYOSSYFLAMEの方をちらりと見る誠二。
 「オレ達にはどうしようもねえな。専門外だ」
 YOSSYは肩をすくめてそう返した。
 「じゃあ?」
 「決まってるだろ?」
 大きく息を吐いて、続ける。
 「…専門家を連れてくる」

 突然、身体を締め付ける圧力が消えた。
 恐る恐る目を開くと、一塊になって身体に纏わりついていた不浄霊が、文字通りの
意味で凍り付いていた。
 「…間一髪ってところですか?」
 「神海さん!」
 遼刃の窮地を救ったのは、彼と同じく十三使徒の一員でこの寮にすむリーフ学園の
三年生、神海だった。
 空間転移しざま、恐るべき精度の音声魔術で遼刃に影響を与えることなく敵を凍ら
せたのである。
 「…それで、これは一体どうなっているんですか?」
 「私も詳しいことはわかりませんが…」
 遼刃はそう前置きしてから、数日前から感じていた悪寒のことや占いの結果のことを
話した。
 「なるほど…これはどうやら、実際にその君が何かを感じたという場所に行ってみる
しかなさそうですね…」
 神海の言葉に、遼刃は頷いた。
 「ええ、そうですね。では…」
 次の言葉は、二人の口から同時に出た。
 「「道案内をお願いします」」
 …沈黙を背景に、白い風が吹き抜けた。
 
 考えてみれば、正確な場所と道筋がわかっていればこんなところで霊に襲われる前に
その場所へ行っていたはずである。遼刃のケタはずれの方向音痴を失念していた・・・
 溜息をつき、途方にくれる神海の耳に、ぴしっという音が響いた。
 …空耳?
 思わず遼刃の方を見て、そうでないことがわかる。
 後ろを振り向いた神海の目に映ったのは、先ほど凍りつかせたはずの霊塊の表面に
走るヒビ。見ている間にそれがピシ、ピシピシ、と増えていく。
 事態を悟り、見合わせる二人の顔からざーっと血の気が引いた。
 どうやら、凍っていたのは表面だけだったらしい。
 「…逃げましょう!」
 「…どこへ?!」
 そんなことを言っている間に、霊塊は再び動き出そうとしていた。
 ばきばきと凍った表面が剥がれ落ち、その奥から力を取り戻した触手が飛び出す。
 後数秒もすれば完全に自由を取り戻した霊塊が、今度こそ彼らをミンチにすべく
雪崩れてくるだろう。
 絵に描いたような絶体絶命に思わずあたふたと珍妙な踊りを踊るオカルト研の二人。
 遼刃は先ほどの奥義の不発で、神海は転移と氷結の魔法で、それぞれ力を使い果たし
ていた。
 その時…

 どごぉぉぉぉぉおん!!!

 大音響と共に、背後の壁に大穴があく。
 「ここからお逃げなさい!急いで!!」
 その穴から二人にそう呼びかけたのは、薄紫の着物を纏った十代半ばの少女。
 この寮に住むリーフ学園二年、沙留斗のもう一つの人格、沙耶香だった。
 もちろん、その言葉に一も二もなく従う二人。
 その穴に慌てて飛び込み、左右の壁に張り付く。

 …ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!
 
 髪の毛一本の差でその穴を貫いた不浄霊の塊が、そのままの勢いで彼方へと
去っていった。

 「いや〜、助かりましたよ」
 「いいんですよ。お気になさらないでくださいな」
 ほっと溜息をつきながら礼を述べる神海に、笑って応じる沙耶香。
 「私も礼を言います。もし私達に出来ることがあったら、何でもおっしゃってください」
 遼刃も頭を下げて感謝の意を示した。
 「…そうですか?」
 沙耶香はかわいらしく首をかしげた後しばらく考え込んでいたが、やがていたずらっぽく
微笑むと口を開いた。
 「では、お二人のことを見込んで、一つお願いがあります」
 「何でしょう?」
 「…あるものを手に入れるのを、手伝って欲しいんです」
 「あるもの?」
 神海と遼刃は、少女の顔を見た。
 その唇が、彼らに向かって一つの言葉を紡ぎ出す。
 「賢者の、石」

 (5)へ続く