ギョレンジャー第三話(5) 投稿者:平舟盛

「ケンジャいうたらアレですか?ゲロみたいなのを鉄板の上で焼いて食べる…」
「…そらモンジャやがな。もう少し別の言い方はないんか?」
「ほしたらアレですか。フジヤマ、サムライ、スシ…」
「それゲイシャですがな!アンタはアタマの悪い外人か?」
「…バリ島の民族音楽?」
「そらケチャや!普通知らんがな、そんなもん」
「分かった!アブドラ・ザ……」
「ブッチャー!!恐怖の地獄突きをナメるなぁ!」
「う〜ん、これはケンジャだけに…」
「「ざケンジャ、ね…」」

 どっかん!

 八極拳、裡門頂肘。
 壁に大穴を穿つ当身をまともに食らい、まとめて吹っ飛ばされる突発漫才コンビ。
「…ツッコミってこんな感じでよろしかったかしら?慣れていないので、力の加減
が掴めなくて…」
「……うう、はい、十分です」
 顔だけはにこやかに尋ねる沙耶香に、神海は溢れる鼻血を抑えながら答えた。
「…では改めて…『賢者の石』については、魔術に明るいお二人ならば当然ご存知
ですわよね?」
 ぐったりと弛緩して動かない遼刃の身体を抱えあげ、活を入れつつ念を押す少女に
「…まあ、一応人並み程度には、というところですか」
 神海は、慎重に言葉を選びながらそう返す。

 賢者の石、オヴァム・フィロソフォラム。 
 それは、錬金術の最終目標とされる究極の物質である。
 卑金属を黄金に変えるとも、また永遠の寿命さえ可能にする生命の秘薬とも言う。
「とはいえ、その精製法を記したとされるアッシュ・メザレフの書は14世紀の巴里
に住んでいたというニコラ=フラメル師以来、現代には伝わっていません。そんな
ものをどうやって手に入れるんです?…あ、そうか」
 彼女なら、知っていてもおかしくはない。
 彼女に限らず、この学園であれば知っていそうな者はいくらも居る。
 神海の脳裏に、いくつかの顔が浮かんだ。
 天才錬金術師、神無月りーず。
 そしてオカルト研部長、来栖川芹香。
 彼らならあるいは、既に精製に成功しているかもしれない。

「ははぁ、で…これがその…『賢者の石』…とかッスか?」
 様々な要因で未だやや惚けたままの顔をしている山浦に向かって、芹香はこくこく
と肯いてみせた。
 その手の中にあるのは七色に光る不可思議な宝珠。
 かつて、神無月りーずに送られた品である。
「仙術で言うところの『金丹』、身毒の神話に出てくる『ソーマ』。まあどんな
呼び方であろうと構いはしませんが、色々と使道のある、便利な道具でありますよ」
「…それは分かったが、アンタは何なんだ?」
 胡乱な目で、空中をふよふよと泳ぎまわる自称『ナベフネ』を見やる。
 どっからどう見ても魚だ。
 尤も半透明で、空中を泳いで、やたらバカでっかくて、しかも喋る魚がこの世に
いるならば、だが。
「私の素性ですか?こう見えても由緒正しきマブナです」
「んなこたきいとらん!!」
「より正確に言うなら、ギンブナ」
「だからそれはもういい!」
「…400年前に死んだ魚人の一族で、今はわけあってそちらのお嬢さん(芹香)に
協力している者なのですが。こんなところでよろしいですか?」
「…ついでに、この状況と今の話がどう関わっているのか、説明して欲しいんだが」
 たらりと冷や汗を流しつつ、訪ねる山浦。
 半透明の魚の向こうには日本風の幽霊に加え、クトゥルフ神話に出てきそうな奴や
水木し○る風の妖怪っぽい奴、はたまたひげやら忍者やらがひしめきあってそらもー
スゴいことになっていた。
 たとえて言うならこの夏話題の某アニメ映画。あるいはよりストレートに百鬼夜行。
「まあ物には順序がございます、そう慌てずに…今説明しようとしていたところなん
ですから。ちゃんと関係はございます」
 こいつは、まじめなのかふざけてるのか?
 魚の表情は山浦には良く分からなかった。そもそも魚に表情はあるのだろうか?
「…手短に頼む」
 芹香の手前、イライラを抑えつつ。
「…この『賢者の石』の原料はなんだと思います?」
「知らん」
 即答。
「ワタシです」
「………………………………」
「どうしました?」
「いや、何とコメントしていいか分からなかっただけだ。で?」
 人魚の血肉も、なるほど不老不死をもたらす霊薬と言われている。
 両者に近い関係があったとしても不思議はないかもしれない。
「精製の方法については、まあ詳しい事は説明しても理解してもらえないと思うんです
けど、大雑把に分けて7段階、細かく分けると12段階の複雑な手順が必要になります。
もちろん、他にも星辰の位置やら何やらの要素が関わってくるんでその通りにやったから
と言っていつでも上手く行くというわけでもありません。儀式を行う人間に、一種の勘と
いうか才能が必要とされます」
 山浦はとりあえず黙って聞いていたが、相変わらず話が見えなかった。
 こいつは一体何が言いたいのだろう?
「もしも、素人がうかつに手を出してそれが失敗したりなんかすると…こういう事態が
起こってしまうわけですな」
 
 …………しばしの沈黙。

「…ちょっと待て」
「はい?」
「じゃあ何か?ここがこんなになったのは、どっかのバカがその石とかを作ろうとして、
失敗したせいだって言うのか?!」
「ピンポーン、大正解♪」
「…どこのどいつだそのバカは?!!」
 この寮で魔術関係者というと、神凪あたりだろうか?
 無意識に首を絞める形を作る山浦の手。
 
 その頃の遼刃
「あら?かえってぐったりしましたわ、どうしてかしら?」
「…沙耶香さん、そこ急所です」

 おずおずと手が挙がった。
 その手に、視線が集中する。
 芹香が相変わらず無言のまま、心持ちすまなそうな表情で手を挙げていた。
 …気まずい沈黙。
「…今日は暑いっすねー」
 とかなんとか言いながら、ネクタイを直すしぐさをする山浦。
 もちろん、そんなものは最初から締めてはいない。
「こちらのお嬢さんがやろうとしていたのは、それとは別の儀式ですよ。関係が無いわけ
ではありませんけど」
「…じゃあ?」
「本当の張本人は近頃この寮に入った平 舟盛というウチの一族です。まあ、普通の失敗
なら、せいぜいこの建物が吹っ飛ぶくらいで済んだんですが」
 それってせいぜいとかいうレベルじゃないぞ、と山浦は思ったが、口には出さなかった。
「たまたま、タイミングがこちらのお嬢さんの儀式と一致していた為に妙に干渉しあった
のと、その儀式にこの石を用いていたのが共振したんですな」
 そのせいで、私の魂もこうして現世に呼び戻されたんですが、と付け加える。
「…で、この始末か?」
 部屋の中を見渡しながら言う山浦。すっくと立ちあがった。
 「よし分かった。何もかも平の奴が悪い。部屋がぼろぼろなのも、夢幻と蛮次が死んだ
のも(死んでません)、柔道部に部員がこないのもすべて奴のせいだ」
 芹香は悪くないと言いたいのだろうが、かなり理不尽なことを言っている。特に最後。
「どこへ行くんです?」
 立ち上がった山浦に、魚が問う。
「決まっているだろ?奴の部屋に行ってシメてくる。三枚に下ろして天ぷらにしてやる」
「行ってもたぶんムダですし、事態の解決にはなりませんよ?」
「知ったことか。このままでは腹の虫が収まらん!」
 この場合の腹の虫というのは空腹になると鳴るアレだろうか?
 徳川家康の死因は食物の傷みやすい夏場にタイの天ぷらを食べ過ぎたせいらしい。
 しかし芹香が、猛る山浦の裾を掴んでふるふると首を振った。
「ほら、このお嬢さんも止めてと言ってますし」
「オス!では刺し身に致します!!」
 やっぱり食う気まんまん。
 先輩の前で錯乱しているのか、あるいは来夢のゲテモノ食いが移ったのか?
「…いや、それよりこの事態を収めるために少々お力をお借りしたい」
 こくこく。
 もちろん、山浦にとってはセンパイの意志が何よりも優先する。
「オス!なんでも申し付けて下さい!!」
 芹香に向かって正面、直立不動で応える山浦。
 その時、部屋の中に人間の形をした影が飛び込んできた。

 (6)へ続く。