放課後の崇乃・11【日常編Pa−To4】 投稿者:八塚崇乃




  四時間目。

「んと……梓〜、これどうかな?」
「それ?」
「うん」
 柏木梓が、机の前に出されたクッキーを一つまみ。口に運ぶ。
 数秒ほど吟味していたが、納得したかのように頷いた。
「ん。ま、いいんじゃないの?」
「やった♪」
 ぐっ、と拳を握り、マナはガッツポーズ。
 ……ココは調理実習室。現在この部屋を使っているのは、三年女子生徒達である。今日
は珍しく普通に――柏木千鶴の妨害(?)も無く――お菓子作りをしていた。
 ちなみに三年男子達は斎藤勇希家庭科教師の指導の元、家庭科室で裁縫の勉強なんぞを
しているが、これもまた別の話だ。
「くやしーーーーーーっ!」
 突然、女生徒の一人が大声をあげる。彼女は自分のクッキーの味とマナのクッキーの味
を食べ比べ、納得いかないぞと肩を震わせる。
「なんでタヌキのがちゃんとできてクイーン・オブ・クイーンズのあたしにできないのお
おおおおおっ!?」
「誰がタヌキよ!」
――ゴスゥッ!
「――っ……ぁ……っ!!」
 タヌキ呼ばわりされ、怒りの一撃――当然の如く『すね蹴り』だ――を大庭詠美に叩
き込むマナ。
 あまりの痛さに、詠美はその場に倒れ悶絶している。マナはそれを見、「ふんっ」と
そっぽを向く。
「……あの、それはひどいと思います」
「………………(こくん)」
 おずおずと言う長谷部彩。彼女に同意し頷く来栖川芹香。
「そう?」
 不機嫌な表情で、マナは詠美が作ったクッキーを口の中に入れる。
「………………苦い」
「ううっ……うるさーいっ!!」
 よほど痛いのか、詠美は涙目だ。けれど文句を言う口はいつものとおり。
「で、マナ……」
「? なによいづみ」
 マナの後ろから、オーブンの中に入れていた自分のクッキーを取り出している寺田いづ
みが声を掛けてくる。
「……誰かにあげるの? そのクッキー」
「――……あのねぇ……あげるアテなんてあるわけないじゃない」
 呆れた声のマナ。肩を竦め、息を吐く。
「あれ、そうなの?」
「じゃ、あのコには?」
 今度は、鍋掴みを手にはめながらの常陸信子だ。マナに背を向けたまま、オーブンのス
イッチを止めている。
「あのコ? ……誰?」
「ほら……あんたと一緒にガッコに来てる……」
「私と一緒に……? ………………ああ」
 その場にいる何人かの好奇の視線が鬱陶しい中、暫く考え込んでいたが……やっと一人
の顔がマナの脳裏に浮かび上がった。
「彼はいーの。召し使いだから」
「……それ、ひどくないか?」
 梓、額に漫画汗。
「いーのよ。彼、下僕だし奴隷だしパシリだし召し使いだし」
「……それもひどいと思います」
 彩が窘めるが、マナは気にも留めない。
 次は芹香。なにかボソボソと聞き取りにくい声で喋る。
「………………」
「え? 『では他にあげるような人がいるんですか?』って? いや、全然」
「やーいタヌキ〜。彼氏いないんだ〜」
「あんたもでしょ!」
――ゴスゥッ!
「――っ! ――っ……ぅっ!!」
 雉も鳴かずば撃たれまい。詠美、再び悶絶。
「マナ〜……止めたほうがいいよ。口より先に足出すの」
「いづみ……蹴られたいの?」
「物騒なんだってあんたのは――熱っ……うん、こんなもんか」
 いづみに噛み付こうとするマナを、信子がからかう。ギロリと視線を信子に向けるが、
彼女は意に介さず自分のクッキーの味見をしていた。
「別に誰にあげるとかあげないとか……関係ないじゃない」
「確かに……で、ミンナはどう? 例えば……梓」
 信子、矛先を梓に向ける。キョトンとした顔になったが、それも一瞬。梓、いきなり周
囲を見回す。
「……どうしたんですか?」
「あ〜……嫌な予感が」
 彩にそう答えると、梓は急いで自分の手荷物をまとめ始めた。
「あたしはいないって言っといて!」
「………………(こくん)」
 芹香の頷きを最後まで見ず、梓は教室から飛び出した。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「ぅぅ……痛い〜……」
「……なんなんだろ?」
「さあ?」
 数分後。梓の手作りクッキーを目標に、秋山登と日吉かおりが激しいデッドヒートを繰
り広げるのだが、これもまた別の話。
「………………で、マナ。結局あげる人はいないの?」
「信子! しつこいわよ!」
「――っ! 痛〜〜〜っ!」
 マナ、八つ当たり気味にその場に倒れて――まだ悶絶していた詠美を足蹴にした。


            「別に……関係ないじゃない……」


  六時間目。

「あの……先生……?」
「なんだ八塚?」
「この分量はいったいどういうことでしょう?」
 崇乃、目の前に置かれているプリントの多さに開いた口が塞がらない。柏木耕一日本史
教師は頭を掻きながら、
「俺に言うなよ。仕方ないだろう」
「仕方ないって……俺が何かしましたか?」
「由美子さんや英二先生、冬弥から言われたんだよ。おまえにこのプリント渡せって」


 話は崇乃の四時間目の授業にまで遡る。
 四時間目の倫理の授業。教科担当の緒方英二は、まさたのしびれ薬で身体の動かない崇
乃を、とりあえず出席扱いにした。彼が耕一に渡したプリントは、授業中に英二が生徒達
に配った分らしい……崇乃の物だけ何枚か増えている気がしないでもないが。
 昼休み。たまにはと思って浩之達と一緒に第一購買部に昼食を買いに行く。これがまず
かった。購買部のパン争奪戦に巻き込まれ、押し合い圧し合いされる崇乃。流石に『浄眼』
も役に立たず――周囲全てが危険なため――風見ひなたと赤十字美加香の『鬼畜ストライ
ク』を喰らい、第二購買部の陳列台まで吹っ飛ばされる。第二購買部の店長beaker
に冷たい目で睨まれながら片付けをすることとなった……陳列台とその中に入っていた商
品には保険がかけられていたので、とりあえずは弁償しなくてすんだ。
 片付けは五時間目の終わり辺りにまで食い込み、藤井冬弥の担当する数学の授業に出る
ことができなかった。冬弥が耕一に渡したプリントも、どういう訳か授業中に生徒達に渡
した物より心持ち多いのは……気のせいだろう。多分。
 古典のプリントまであるのは、昼休みにやっと救出された由美子からの腹いせである。


「で……いつまでに提出なんですか、これ?」
「期限は次の授業までにって聞いてあるけど。三人とも」
「あううう……」
 誰かに救いを求めようと、手近な人間の顔を覗き込もうとする崇乃……が、
(おまえら……顔、逸らすなよ)
 誰も手伝いたくないのか皆、崇乃から顔を背ける。
「まぁまぁ」
 ポン、と肩を叩かれる。振り向く崇乃。そこには黒帽子の男子がいた。
「ティー……」
 T-star-reverse。崇乃達と同年代に見えるが実は仙人であり、彼らの十倍は軽く生きて
いる。彼の博識があれば、いくつかのプリントはあっという間に終わるはずだ。
「手伝ってくれるの?」
「若い内の苦労は、買ってでもしないといけませんよ」
「………………」
「………………」
「……手伝う気、全くないんか」
「はい」
 ……諸行無常に悲しくなる中、時間が勿体無いので耕一は授業を開始した。


  放課後──PM15:20。

「たるい」
「はいはい」
 掃除を終え、教室の入口に立っているのは崇乃と晶。鈴花は……高い場所に居るのが好
きなのか、身長178cmの晶の頭の上に乗っかっていた。
「悪かったね身長160cmしかなくて」
「どうしたのさ、いきなり」
「別に〜。晶がプリント手伝ってくれないから拗ねてるだけだから」
「自分のことは自分でやらないといけないでしよ」
 正論を言う鈴花。晶もそれに便乗し、
「八塚が悪いんだろ。色々と」
「……俺が悪いんじゃなくて、俺の運が悪い気がするんだけど……」
「ははは……」
 まだ日が差し込む時間。喧騒冷め遣らない廊下を歩く二人。
「お?」
「どした鈴花?」
「あれ……」
 鈴花が、窓から校庭を見、指差す。その方向を視線を走らせる崇乃と晶……
「ん……なんだ。風紀委員の捕物じゃんか」
「最近多いよね。反省房に入れられるやつら」
 立ち止まる二人。校庭では風紀委員達が暗躍生徒会を相手に大捕物を展開している様子
であった。
「……風紀が押さえるか暗躍が逃げ切るか、賭けるか?」
「賭けにならないだろ……どうせ八塚は暗躍に賭けるんだろ?」
 顔を見合わせて笑う。と──
「危ない!」
 崇乃、晶におもいっきり突き飛ばされた。
──ガチャン!
 その場に尻餅を付く崇乃。
 ワンテンポ遅れ、目の前の窓ガラスが派手な音を立てて割れた。
「な、なんだ!?」
「あれさ」
 驚く崇乃。晶はごくごく普通に解説を始める。
「風紀達の警棒だよ。多分すっぽ抜けてこっちまで飛んできたんだ」
 晶が指し示した場所には、確かに風紀委員達がよく使っている特殊警棒があった。窓ガ
ラスの破片も一緒になって散らかっている。
「いや、そうじゃなくって……」
「え?」
 座り込んだままの状態で、額に手を当てる崇乃。崇乃が何を言ったのか意味がよく判ら
ず、聞き返す晶。
 額に当てた手を崇乃は、そのまま下にずらす……その場所は、左目。
「窓が割れた時には反応が無かったのに、今は涙が流れてる……どーいうこと?」
 左目──『浄眼』から、涙が零れていた。近い危険を感知する『浄眼』から、涙が。
「いったい、何に……」
 立ち上がる崇乃。だが、急に立ち上がったのがいけなかったのか、
「──あ……」
 立ち眩みを起こしてしまう。後ろにふらっとよろめき……
──トスン
──グシャ
「と、と、と……あ、すみません」
 崇乃、後ろに倒れそうになった所を誰かにぶつかり、何とか倒れるのを免れた。
 バランスを保ち、今ぶつかった誰かにちゃんと謝ろうと振り返る。
「すみません。大丈夫でした……か?」
 ……言葉が、途中で止まりかけた。
 崇乃が見たもの。それは……
「崇乃……くん?」
 声に殺気を含んだ、マナだった。


  再び、PM15:30。

 ツゥ……と『浄眼』から涙が零れる。
 八塚崇乃の目の前にいるのは、観月マナ。彼女の手の中には、何やら白い包みがある。
(さっきの『グシャ』って音、もしかして……アレ?)
 冷静に、恐ろしく静かになった空間の中、冷静にマナを観察する崇乃。
──スゥ……
(やばっ!)
 崇乃は、マナが得意とする『すね蹴り』が足から繰り出されると予想して──謝ればい
いものを、ついいつもの癖で──無意識で数歩後ろに下がった。と、
――フラッ
「えっ?」
 場所が悪かったのだろう。崇乃の足の裏には、接するべき床が無かった。
(か――階段!?)
 そう。階段だった。そして周囲──マナ、晶、鈴花の目からは、崇乃が背中から階段に
倒れていくように見えているはずだ。
 バランスが崩れる。右足よりも下方にある――宙を泳いでいる左足を、段に引っ掛けよ
うと懸命に足掻く。手擦りを掴もうと、左手を懸命に伸ばす。
「――くぅっ!」
 全ては徒労に終わる。
 届かない。全てが、届かない。
 崇乃の身体は、階段から確実に落ちていく。

 ――唐突に、スローモーションの世界へと変化する。

(あ……やばいな)
 構成を練り、発動させようと思ったが、混乱する思考では構成を思い浮かべることもで
きず、魔術の媒介にするための『音声』も口からまったく発することもできない。
「――――――!? ――――――!!」
 マナの方へと視線を動かす。何か叫んでいるようにも見えたが、よく聞き取れない。
 晶が、彼の頭の上の鈴花が、倒れていく崇乃に向かって手を伸ばしたが……届かない。

 徐々に、崇乃の身体が傾き――

(――っぁ!!)
 背中に熱い衝撃。続けてそれが全身を駆け巡る。
 そこで崇乃の意識は途絶えた。


  PM17:00。

「はい、お注射です。腕を出して♪」
「大丈夫ですから。怪我してないし血も出てないし骨折れてないし。注射なんて必要ない
ですから」
「駄目よそんなこと言っちゃ。病気は先に予防したほうがいいのよ☆」
「だーかーら〜……どーして病人じゃないのに注射なんですか〜……」


  PM17:30。

「誰だ第一保健室に運んだのは……」
 意識を失った直後よりも酷い格好になり、やっと崇乃は柏木ちーちゃん十四歳から解放
された。朝から続く不運の連続で、疲労困憊である。
「観月さんだよ」
「マナさんが?」
 保健室の扉の前で待っていたのは晶だった。彼は崇乃に荷物──崇乃のナップサックを
放る。
「さんきゅ……で、マナさんと鈴花は?」
「先に帰ったよ。鈴花は観月さんが送って帰るって」
「そっか……」
 そのまま二人は肩を並べ、下駄箱の方向へと歩き出す。

「なあ……」
「何?」
「俺ってさ……不器用か?」
「……どーして?」
「うん……」
 下駄箱で靴を履きつつ、喋る崇乃。
「ここじゃ致命的な失敗はしたくないって思ってる時に、やっぱり失敗したりさ……」
 右の靴の紐を結ぶ崇乃。その間、晶は黙って崇乃の言葉に耳を傾けている。
「人と喋ってる時……何か大事なこと言いたい時に、急に言うのが怖くなったり……」
 左の靴紐を結ぶ。
「何かを変えなきゃいけない時に、変えることができなかったり……」
「………………」
 靴の紐を結び終わり、崇乃が立ち上がる。今度は立ち眩みもせず、ちゃんと立つことが
できた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……悪ぃ。自分で言っててなんなんだけど、言いたいことが判らなくなった」
「あのね……」
 小さく「あ〜畜生。何言いたかったんだろ……」とか呟く崇乃。そんな彼を見て、晶は
ただ呆れるばかり。
「………………今はまだ、不器用でもいいんじゃないかな?」
「え?」
 キョトンとする崇乃。晶は崇乃の顔を見ず、続ける。
「今はまだ……失敗しちゃっても、言うのが怖くなっても、変えられれなくても……いつ
か必ず、成功できる。怖くなくなる。変えられる」
「………………」
「いつまでも不器用なままでも……絶対誰かが後ろから支えてくれる」
「………………」
「………………」
「………………」
「……ゴメン。解答になってないよね」
 言いたいことを言い終わり、崇乃に向き直って謝る晶。けれど──
「いや……」
 崇乃、首を横に振る。
「なんかスッキリした」
「そう?」
 聞き返す晶に崇乃が頷く。
 そこで会話は途切れ、二人とも黙って転移装置の設置場所へと足を向ける。


「素直に……なれないなぁ。なかなか……」
「? どーしたんでしか?」
「なんでもないわよ……鈴花ちゃん、帰り、どっか寄ってく?」
「みゅう……はいでし!」


「じゃ、また明日」
「うん」
 転移終了し、彼らが立つのはLeaf学園の敷地内ではなく、普通の街中。
 晶は晶の家へ、崇乃は崇乃の家へと帰る。
 晶の後ろ姿を見、崇乃はさて帰ろうと自分のナップサックを背負い直し──
──カシャ
「?」
 聞き慣れない音。不思議に思ったのか、近くにあったベンチに座り、崇乃は自分のナッ
プサックの中身を確認する。
(教科書ノート筆入れ小説……あれ?)
 一つだけ、見慣れない物があった。
 白い包み。
(……えっと?)
 ベンチに深々と座り込み、考える……十分少々でポーズを解く。この包みが何なのか、
思い当たったからだ。
 包みを開ける。中から出てきたのは……
(クッキーだ……)
 クッキーである。それも、半欠けになったり粉々に砕けたりしているクッキー。
 崇乃は半欠けの、それでいて一番大きなクッキーを手に取る。
(………………)
 口に入れた。噛み締めるように味わう。
(………………うん)
 何故か、崇乃の心の中は、さっき晶と話していた時よりもスッキリとした感じになった。
けれども、ほんのちょっとだけだが。
 口の中の物が無くなり、彼は一言だけ、呟いた。
「おいしい……よ」


 試立Leaf学園は、一部を除いて今日も平和だった。


                                         00/01/18
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≪アトガキ≫

崇乃「久しぶりのLメモなんで、かなり壊れてます」
マナ「……と、り、あ、え、ず。蹴っていい?」
崇乃「いや、ニッコリ笑顔でそんな怖いこと言わないで……」
マナ「で……結局、何が書きたかったの?」
崇乃「う〜んと……『浄眼』の能力限界及び──」
マナ「『及び』、何?」
崇乃「マナちゃんとのラヴラヴを……」
──ゴスゥッ!
マナ「その言葉、今ので許してあげる♪」
崇乃「ぁぅ、あぅぁぅ……」
マナ「悶絶してるわね〜……んじゃ、そろそろ幕を下ろしましょ」
崇乃「あ゛〜、ちょっと待って……」
マナ「ん? 今度は何?」
崇乃「一言だけ……マナちゃん誕生日おめでとう!!」
マナ「──っ! こ……の、馬鹿! 何恥ずかしいこと叫んでるのよ!!」
──ゴスゥッ!
崇乃「がぁっ!?」

――ストン
 と幕が下りる。