「放課後の崇乃・10」暗闘編T 投稿者:八塚崇乃



 あなたには、信じられますか?
 常識では否定された、奇妙なものたち。
 彼らは、存在しています。
 様々な場所に。
 あちこちに。


『スベテガ、憎イノダロウ?』
「……うん」
 頷く少年。彼の眼は既に虚ろであり、危険な光が輝いている。
『デハ、ドウシタイ?』
 少年の目の前の『ゆらめき』からくぐもったような声がするが、もうすでに正気を失っ
ていた彼にとって、そんな事は問題ではなかった。
「みんな、いなくなればいい」
『ソレガオマエノ願イカ?』
 微かに、『ゆらめき』が振動する。
「うん」
『……ソノ願イ、叶エテヤロウ』
 再び頷いたと同時、『ゆらめき』は瞬間的に巨大化した後、少年の身体の中へと消えて
いった。



              Lメモ(10)「蒼魔、再醒」



「……まいったなぁ」
 八塚崇乃は呟いた。保健室の中で。
「なんでこんな時に限って相田先生とか、ねつてつ先生いないんだよ……」
 頭を掻く。そうしていると、
「――八塚先ぱ〜い」
「あ、来たか」
 背中に剣道着を着た一年生を重そうに背負いながら、同様に剣道着を着ている崇乃の後
輩、東西が、崇乃のいる所まで――正確には保健室までであるが――近寄ってくる。
「先生達、いますか?」
「いや、留守してるみたいだ」
「ありゃ……」
 よっ、と背中の同輩を背負い直す東西。
「とりあえず……中で寝かしとこ」
「そうですね」

 剣道部員一年を保健室に備え付けてあるパイプベッドに寝かせ、崇乃と東西は手近な椅
子に座って保健の先生が戻ってくるのを待っている。
「……で」
「………………? なんですか?」
「状況がよく判らないんだけど。練習しようと思って柔剣道場に来たばっかりでいきなり
――そこの奴が倒れたから……保健室まで同伴したんだが」
「同伴って……先輩、全然背負ってなかったじゃないですか。先にどんどん行って……」
 苦笑しながら東西が文句を言う。
「………………」
「………………」
 数秒の沈黙。そして――
「………………突然だったんですよ」
 急に口調を変える東西。
「全然元気だったのに、いきなり青い顔して倒れて……んでもって眠りだして。なにがど
うなってるんだか――」
――ガラッ!
「すみません!! 誰か先生はいらっしゃいますか!?」
「ティー?」
「ティー先輩?」
「あ、あれ? 八塚くんに東西くん!?」
 横開きの戸を勢いよく開き、静かな保健室に乱入してきた者は、どういう訳だか『兼部
王』T-star-reverseだった。
「「なんで!?」」
 Tと東西と声がハモる。
 ………………。
 …………。
 ……。
 Tは天井を見上げて頬をポリポリと掻く。東西は口元に手を押さえている。
「あのな……で、ティー。どうしたんだ?」
 崇乃が切り出すと、Tは思い出したかのように慌てる。
「そ、そうでした! 松原さんが、急に倒れて、死んだように眠り始めて!」
「『松原さん』って……確か、格闘部の?」
 聞き返す崇乃。と、今度は――
「失礼します!! 相田先生! NTTT先生! いますか!?」
 佐藤雅史が保健室に入ってきた。
 けれど雅史は、保健室に目的の人物がいないと確認したら、
「あぁ……もう!」
 すぐに身を翻(ひるがえ)し、走り去っていった。
「………………」
「………………」
「………………」
「どういう事?」
 誰かが、そう一言。

「崇乃しゃ〜ん!」
「鈴花? それに……」
 5分後。格闘部道場に戻ったTと入れ違いに、鈴花が初等部の子供の頭の上に乗って、
半泣きで保健室に来た。続いて何人かの子供達が一人の子供を担架で運ぶかのように手や
脚を持って運んでくる。
「っと。みんな、どいて」
 崇乃が運ばれてきた子供を、腕の中へと抱き寄せベッドへと寝かせる。
「今度はこんな子まで……ん?」
 騒いでいる鈴花や子供達。後輩の東西が見ている中で、一瞬、崇乃の身体が、硬直した。
(………………)
 ベッドに寝かせた子供に、シーツをかける。崇乃は、鈴花の頭を数回優しく撫でてやる
と、妙にニッコリとしながら自分より身長のある後輩に向き直る。
「なあ東西」
「どうしました?」
 ?マークが見えそうなくらいの疑問が浮かんだ顔の東西。
「今、命ちゃん、いる?」
「最初からいますけど……」
『呼びました?』
 東西の懐から、『生命の精霊』命が出てくる。
『なにか御用ですか?』
「う〜ん……用ってほどじゃないんだけど……東西と一緒にここにいる子供達の世話と寝
てる奴の看病、頼まれてくれないかな?」
『いいですよ』
 快く返事をしてくれた命に対して、ジト目で崇乃を見つめる東西。
「先輩……なんで僕じゃなくて命に頼むんですか?」
「なんとなく」
 即答する崇乃。もう一度鈴花の頭を撫でると、保健室の入り口へと歩き出す。
「なんか様子がおかしいから校舎の周り見てくる。命ちゃん、鈴花をお願いね。鈴花、い
い子にしてろよ。じゃっ!」
「いってらっしゃいでしぃ〜〜〜!」
『いってらっしゃい、八塚さん』
 手を振って見送る鈴花と命。
「だから先輩! なんで僕には頼まないんですか!?」
 叫ぶような東西の問いには答えず、早歩きで崇乃は保健室を抜け出した。

「俺とはかなり毛色の違う精霊使いの東西。それに『生命の精霊』命ちゃん……」
 正面玄関の自分の下駄箱に、今まで履いていたスリッパを入れる。
「見立てが正しかったら、多分保健室は安全地帯になったはず」
 黒のカジュアルシューズを取り出し、それを履く。
「そして俺の記憶と、あの『感触』が間違っていないなら……これは『八塚』の仕事だ」
 靴紐をしっかりと締め、崇乃は校庭へと飛び出した。       ~~~~


「ひどいな……」
 時間帯が放課後、しかも部活の時間という事もあってか校庭の状況はあまりよいもので
はなかった。割合にして十人に一人が倒れたり地に伏している。共通していることは、み
んな眠っているということだ。
「まるで悪い冗談――あ、先生!」
 周囲を見回していると、先程まで探していた保険医の一人、NTTTを見つける。近づ
きながら崇乃は声をかける。
「ねつてつ先生」
「ん……ああ、君は確か剣道部の……」
 動かない――とは言っても、呼吸はしているが――生徒の瞳孔や脈を調べていた手を止
めるNTTT。
「保健室にも二人。今はベッドに寝かせています」
「そうですか……けど、手が離せません」
「……相田先生はどうしてるんですか?」
 この場にはいない、もう一人の保険医の名を出す崇乃。NTTT、かぶりを振りながら、
「彼女は校舎のほうに行っています。千鶴校長先生をはじめ、他の先生やジャッジ、警備
保障、エルクゥ同盟、風紀委員や巡回班にも応援を頼んでいるんですが……」
 喋りながら、診察していた生徒を日陰へと運び、横たえる。NTTTは次の生徒達の所
へと急ぎ足で駆け寄った。
「………………」
 彼の後を追わず、その場で立ち尽くし拳を固める崇乃。
(早く『元』を探さないと。多分、『あれ』が原因のはずなんだから……)
 唇を少し噛み、上を見上げる。と、
「……?」
 一年生棟リネットの屋上に、なにか、『歪み』のようなものが見えた。崇乃はすぐにそ
れに意識を集中する。
(………………………………………………見つけた!)


「……誰?」
 夕焼けの中、自分の姿を覆い尽くした影に対し、少年は誰何の声をあげる。
 だが崇乃は気にも留めずに、屋上のドアを後ろ手で閉める。
「……誰だよ」
 再度の質問。黙ったまま崇乃は答えない。ドアの鍵を閉める。
――カチャ
 その動作を一部始終見ているはず少年、何故かそれに関しては何も言わない。
「……誰なんだよ、おまえ、誰なんだよ!?」
 三度の質問。さすがに癪に障ったのか、怒りの口調だった。
 崇乃は無視し、静かに――けれども少年には聞こえるように囁く。
「静寂を与える『風』。その眷族、『眠り』」
――シュル……
 衣擦れの音をたてながら崇乃は頭に巻いていた青色のバンダナを外す。
「波動状にして『眠り』の魔力を放射。そうすることで広範囲の人間を手当たり次第、眠
らせた。違う?」
「なっ!? な、なんで!?」
「似たような事件を昔、解決したことがあったから……今回のこれも、なんとなく『八塚』
の仕事になるんじゃないかと思って君を探してたんだけど――当たったみたいだ。俺の勘」
 狼狽する少年。崇乃は水色のサングラスも外し、それを少し古めの眼鏡ケースの中に大
切にしまう。
「なんで、こんな事を? 最後に君が行きつく先は、『死』しかないんだぞ?」
「――うるさいっ! 僕は、僕は……」
「なんで君が『魅入られた』のかは知らない。けど……」
 ポケットから厚めの黒い手袋を取り出し、ゆっくりとそれを装着しながら、
「『そいつ』を手放さないのなら、消滅させてもらう!」
「――っ!」
「我が掌から、走れ氷刃!」
――ザッ!
 空間を切り裂いたような音をたて、高速の『氷の刃』は少年へと飛ぶ。
「うわっ!?」
 危なげに避ける少年。お返しとばかりに少年は両手を前に突き出しながら、叫ぶ。
「眠れええええええっ!!」
 学園の生徒を唐突の眠りへと導いた琥珀色の波動が、周囲の空間を巻き込みながら少年
の手の中で収束し、弾丸となって放たれる。目標は、言うまでもなく崇乃だ。
――ユラッ
 弾丸は、当たらなかった。『浄眼』で危険を感知したおかげか、左目から涙を零しなが
ら軽々と避ける崇乃。が、少年の攻撃は終わらない。
「がああああああっ!!」
 吼えながら今度は続けて十発。その内のいくつかは時間をずらして発生し、崇乃へと放
たれる。
「僕の邪魔をするおまえなんか……眠ってしまえ!」
 血を吐くような叫びを聞きながらも、崇乃は流れ落ちる涙を拭かず、冷静に構成を展開
する。
「我は築く霧の城塞!」
――シャン!
 白い霧がかかったような魔力壁が瞬時に創られ、三発ほどの弾丸はその壁によって霧散
していく。残り七発は壁を通り抜け、崇乃に命中――
「我は呼ぶ……雪色の狼!」
――ヴァサァァァッ!
 しなかった。崇乃を中心とした小規模のブリザードが、残りの弾丸をあらぬ方向へと吹
き飛ばしたのだ。
「そんなっ!?」
 後ずさる少年。けれども後ろにあるのは屋上のフェンス。逃げられない。
「我が夢より来たれ、水姫ぇ!」
――シュルルルルルル……
「kwyyyyyyr!」
 魔術の構成で描かれた立体魔法陣。その魔法陣より召喚された『水の精霊』エスプィア
が、哭きながら現れる。
「包め!」
「kwyyyyyyr!」
 崇乃の命令を忠実に実行する精霊は、少女形の躯をアメーバ状へと変化させながら少年
へと近づき、包み始めた。
「なあっ!?」
 少年は驚くが、エスプィアは止まらない。じわじわと少年を自らの胎内へと包み込もう
とする。
「くっ! があああっ!?」
 足掻く少年。だがその努力も虚しく、完全にエスプィアの内に取り込まれてしまった。
「――っ! ――――――っ!!」
――ゴボゴボッ……
 エスプィアの胎内で、まるで水の中に放り込まれたかのように溺れる少年。なんとか外
に出ようとするのだがエスプィアの躯は内側からは破れない。
――カッ!
 琥珀色の弾丸を手から撃ち出すが、それでもエスプィアの躯は破れない。
――ゴボゴボッ……
 口から空気の泡が漏れ出す。少年は呼吸もできず、苦しむ。そんな光景を、崇乃は黙っ
て見ていた。
「早く……出てこい」
 唇を噛み締めながら。

 5秒後。
 10秒後。
 15秒後。
 20秒後。

 少年の動きが緩慢になったところで、変化が見られた。思わず身構える崇乃。
「………………」
 少年の身体の至る所から土色の『何か』が放出され、水のような透き通った色のエスプ
ィアの胎内が、土色のそれに侵食されていく。
「……来るか?」
 左目から涙を零しながら崇乃は拳を握り、一歩下がる。次の瞬間、
――パァーーーン!!
 エスプィアが破裂した。


「………………ん?」
 さすがにああくるとは思ってなかった崇乃。対応できず、爆発に巻き込まれたらしく少
しだけ意識を失っていたようだ。
「俺、生きてる?」
 戦闘中に意識を失うということは死んだと同じこと――なのに崇乃は殺されなかった。
「……奴は」
 倒れていた身体を起こし、首を動かす。と、
「………………」
『我トシタコトガ……自分ノ躯ヲ爆砕サセタセイデ再生ニ時間ガカカッテシマッタカ』
 ……どうやら『そいつ』も半分意識を失っていたらしい。それで崇乃は死なずにすんだ
みたいだ。
(運がいいな。俺は)
 馬鹿みたいな事を考え、苦笑する。
『ホウ。コンナ時ニ笑ウトハ』
 少年、濡れ鼠になっていながらも立ち上がっていた。ただし彼は意識を失っているよう
だが。耳を澄ませ、少年が呼吸をしていることを確認すると、少年の背中から滲み出てい
る『そいつ』との間合いを取りながら、構える。
『ヨッポドノ馬鹿ナノカ?』
 空間を震わせながら『そいつ』――『眠り』の邪精霊が笑う。妙に甲高い声だ。


 邪精霊。
 精霊界より産まれた精霊であるにも関わらず、人間の持つ『悪意』や『欲望』の塊とい
った『負の力』を喰らうことを楽しんでしまったため、精霊界から堕ちてしまった存在。
 精霊界に実体の半分を残すことで、召喚された時に躯が壊れることがあってもすぐに再
生できる精霊とは違い、人間界に実体の全てを置いているので躯が壊された場合、『負の
力』を消費しなければ再生することができない。
 だから彼らは人間達の感情から『負の力』を掠め取らねば生きていけないのだが、たま
に暗い願望を持った人間と、彼らは『契約』することがある。『契約』の内容はこうだ。
「おまえの『願い』を叶える。代償としておまえの『心』が創り出す『負の力』をくれ」
 『負の力』と言われても、そうそう理解できないのが人間だ。
 『負の力』とは、『心』そのものの『力』。
 『心』には常に『正の力』と『負の力』が釣り合って存在しなければならない。そうで
なければ人間は自分の『心』のバランスを狂わせてしまう。つまり、精神崩壊だ。
 彼ら邪精霊は、『契約』時に発生する『負の力』を至上のものとし、最終的には契約者
を壊し、死なせてしまう。
 そんな存在である。


「馬鹿……ねぇ。ま、俺は馬鹿かもしれないけど」
『認メルカ。ヤハリ馬鹿ダナ』
「……一つ質問がある」
『ホウ。人ノ子ガ我ニモノヲ尋ネルカ』
 薄く透き通った躯で、冷笑の表情。崇乃は無視しながら、
「おまえが憑いているその少年、なんでおまえと『契約』したんだ?」
『契約……』
「そうだ。なんでだ? ……まさかどっかの組織の悪の首領みたいにペラペラと勝手に話
し始めるとか――そんな馬鹿なことやるはずないか」
 昔、感情を失っていた頃にはなかった余裕が、今の崇乃にはあった。何故か不思議と心
が落ち着いている。少年という『人質』がいるのに――いや、『人質』という表現は半分
だけ間違っているが。
(2年前はただこいつらを消滅させることだけしか考えてなかったからなぁ……)
 けれど崇乃、構えは解かない。
『? ………………聞キタイノナラ、聞カセテヤロウ』
 しかし、意外にもあっさりと、『眠り』は少年との『契約』の内容を話し始める。
『疎外感ト孤独。コノ者ハソレヲ強ク感ジテイタ。日常生活ノ中デ』
――ユラリ……
 『眠り』の姿が薄くなり、濃くなる。それを繰り返しながら淡々と語る。
『友ト呼ベル者モ無ク、肉親トハスレ違ウ。ダカラ一人キリノ世界ニ閉ジ篭モリ、我ノ呼
ビカケニ応エタ。ソシテ、コンナ日常、学校ヲ壊シタイト願ッタ』
 邪精霊に支配されるまま、その場に立っている少年。その意識のない表情、閉じた瞳か
ら涙が零れる。
『愚カナ者ダ。人間トハ、常ニ一人デアルトイウコトヲ判ッテイナイノダカラナ。シカシ、
ソンナ人間ドモガイルカラコソ、我等モ生キテイケルノダガ……本当ニ人間トイウ生物ハ
脆弱――』
「愚か、ねぇ……」
――ヒュウウウウウウ……
 夕焼け空の下で、冷たさを伴った一陣の風が吹く。
「脆弱、か」
『ソウダ。人間ハ、ナント心ノ弱イ生物ダ』
「確かに人間は、愚かなんだろうさ。弱いんだろうさ。でも、寂しいからそいつみたいに
学園の生徒を全て眠らそうとするような愚かなことをする。一人で生きていくことができ
ないから弱い。けど……いいじゃないか」
 少年を指差す崇乃。言葉は止まらない。いや、止まれない。
 自分の言葉に確証が無いと判っているのに、感情のままに喋っているから。
「愚かで無茶なことをするやつは、自分を見つけてほしいんだよ! ここにいるよ、って。
弱いやつは隣に誰かがいるからこそ、強くなれる! それでいいんだ。いいはずなんだ!」
『フン! 世迷言ヲッ!』
「世迷言なんかじゃ――」
 咄嗟の内に右手を突き出しながら、構成を編み、
「ない!」
 崇乃は『眠り』に向かって冷衝撃刃を放った。
――ガシュッ!
『ヌワッ!?』
 冷衝撃刃は邪精霊の頭にクリーンヒットし、頭部の半分を凍らせる。
『オノレ! タカガ人間ノ分際デ!』
 少年の身体を操りながら魔力を蓄積し、少年の手の中へとそれらを送る。そのまま、
――パンッ
 軽い音を立てながら琥珀色の弾丸が撃ち出された。しかし先程の物とは数と大きさが違
う。大きさは前よりも数段小さいのだが、数は……十数発、いや、数十発。
『アノ愚カ者ヲ、追イカケヨッ!』
 弾丸は全て追尾弾らしく、全てが全て、崇乃を付狙うように動く。崇乃が右に避ければ
右側へ曲がり、左に動けば左側へ曲がる。
「くそっ!」
 左目の涙を拭い、焦っているのか悪態をつく。そんな崇乃を見ながら、高らかに嘲笑う
邪精霊。
『我ノ躯ヲ傷ツケタ罪ハ、永遠ノ眠リ――死デ償ッテモラウ!』
「こうなったら……」
 目の前まで迫りくる追尾弾の群れを睨み付け、深呼吸。
「我魅せるは――」
 突然、近くまで来ていた弾丸へと駆け出す。
「朝露の……鏡!」
――ブファアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!
 崇乃を中心に濃密な霧が発ち込め始め、そして霧は形を持った。
『ナニ!?』
 二重の驚き。『眠り』は表情に驚愕を浮かべる。
 僅かな隙間から弾丸の下方を潜り抜けた崇乃と、霧から産まれた虚像の崇乃達に命中
し、対消滅を起こした追尾弾に対して。            ~~~~~~~~~~~~
 足を速め、一気に『眠り』との間合いを詰める崇乃。手袋を装着した両手を、まるで
剣でも持っているかのように構えながら、叫ぶ。
「我携えし蒼穹の剣!」
――キィン!
 遠くまで響き渡る澄み切った音。崇乃の手の中に、一振りの『氷の剣』が創られる。
「てぇりゃああああああああああああああああああっ!!」
 気合と共に駆け、右足で踏み込み、跳躍する。
『ヌゥッ!?』
 邪精霊は攻撃を放とうとするが、間に合わない。
――ズブッ!
 一閃。崇乃は、『眠り』の邪精霊の首を両断した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 『氷の剣』を杖代わりにして、膝をつきながら肩で呼吸する崇乃。学園生活のおかげか
体力がつき始めたのだが、やはり全力で戦うにはまだきついようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………………………………………………………………はっ」
 荒い息を無理矢理止め、邪精霊の首を両断した時に一緒に倒れた少年の方を見る。
「………………」
 背中に張り付いていた『眠り』、その残骸も剥げ落ち、落ち着いた寝息をたて眠ってい
る。残骸はまだしぶとく動いていた。腕や脚が時折、ビクンと跳ねる。
「……我叫ぶは銀の咆哮」
――バシュウッ!
 静かに低く呟き、残骸を凍結する。崇乃は右足を上げ、
――グシャッ!
 凍った残骸を踏み砕く。二度、三度、四度……七度。
 コトが終わる。うっすらと霜のついた手袋をポケットにしまい、眼鏡ケースからサング
ラスを取り出し、つける。バンダナをポケットから出し、頭に巻く。
 少年を背中に抱え、屋上から出ようとドアの鍵を外し、開け――
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』
 人ならざる吼え声が辺り一面を支配する。その源は浮かび上がり、風よりも速く崇乃へ
と接近する。が、
「我が道に舞え天蛇の魔槍」
――ザァァァァァ……グザグザグザグザグザァ!
「………………………………………………まだまだ、俺もツメが甘い、かぁ」
 左目から零れた涙を、制服の袖で拭き、深く溜息。屋上のドアを閉める。
――バタン
 後に残されたのは、『水の槍』で串刺しにされた『眠り』の邪精霊の頭。
 だがそれも、風と共に消えていく……。


「まさかこの『学園』で『影祓』することになるとはなぁ……」
 背中の少年を背負い直しながら感慨深げに呟く。


「………………あれ? ティーせんぱい……どうしたんですか?」
「松原さん! よかった……起きてくれた」


「やっぱり……いいことじゃないんだよな。『あいつ』に憑かれたってことは」
 少年の寝顔を見ながら階段を降りる。
「『あいつ』に憑かれてた間は、記憶がロストするし……」


「きゃーーー! 痴漢! 変態! スケベ!」
「ちょ、ちょっと待て広瀬! お前絶対寝ぼけてるだろ――痛っ!」


「………………人間、やっぱり一人では生きていけないと思うよ。俺は」
 唐突に、眠っている少年に言い聞かせるように喋り始める崇乃。
「孤独を感じたのなら、友達をつくればいい……最初は難しいかもしれないけど――」


「浩之っ! ……よかったぁ〜〜〜」
「な!? 馬鹿野郎! 雅史! こら、抱き着くなぁっ!!」


「親だって、自分の子供のことを心配しないはずがないし」
 立ち止まり、地平線の彼方に沈みかけている太陽を窓から眺める。


「……瑠璃子?」
「………………」(ニコッ)


「いつか。いつか、必ず大切な人が――友達とか、好きな人とか――見つかるはずだから」
 保健室のドアを、足でノックする。
 は〜い、と中から声が聞こえてくる。
「……何を言ってるんだろ、俺は。どっかに話がずれたな……」
 けれど少年は答えない。寝ているのだから。


「あ……もう放課後なんだ」
 机からむくりと身体を起こすマナ。夕焼けで、紅く染まる。


「おかえりでし〜」
『お帰りなさい八塚さん』
「先輩……一体どこまで行ってた――あれ? 背中の子は?」
 三人が崇乃を出迎える。その中にいた東西が、彼の背中で眠っている少年に気がついた
ようだ。
「ああ……中等部の子みたいだ。一年生棟の屋上で見つけて――」





「………………」
 クリアブルーの空。ここはいつもそうだ。
 試立Leaf学園。時空間内に造られた、空中に浮かぶ城。家の近くに設置されている
転移装置からしか行くことのできない学校。
 ………………。
 朝起きると、母親が心配そうに声をかけてきた。父親もそうだった。
 なんでも昨日、僕が学校で倒れたから迎えに来てほしいと、学校側から両親に連絡がい
ったらしい。僕にはそんな記憶が無かったのだが。
 けど……心の中で、何かが、もやもやとしたものが……だめだ。イメージすることもで
きない。
 ………………嫌、ではない。あんな風に心配されることが。
 でも……嬉しい、とも違う。心のどこかが少しだけ埋まったような……そんな感じだ。
「こらぁ〜〜〜! 崇乃くん、待ちなさ〜〜〜い!」
「なんで!? 今日は何も悪いことしてないでしょ!」
「あはは☆ 速いでしぃ!」
 ふと見ると、高等部の先輩達――一人は頭に最近発売された来栖川製のMHMを乗せて
いる水色のサングラスの男の先輩、もう一人は……すね蹴りが痛いと評判の女の先輩――
が追いかけっこをしていた。
「……?」
 男の先輩が、女の先輩に蹴られる。本気で痛そうだった。涙を流している。
 しかし、僕が足を止めた理由は、そんなことではなかった。
 ……どこかで見たことがある。
「………………」
 どこだかは思い出せない。でも……何かが――?
 思い切って近づいてみる。その先輩の顔をよく見るため。
「痛〜〜〜〜〜〜〜。マナさん本気で蹴ったでしょ〜」
「当たり前じゃない」
「崇乃しゃんファイトでしよ〜」
 崇乃。そう呼ばれた先輩。その人の顔を見ようと目を凝らした瞬間、
「ん?」
「あ……」
 目があった。
「………………」
「………………」
 沈黙が場を支配する。だけど、その沈黙を破ったのは、
「……あの!」
 僕だった。
 いつもなら考えられなかった。他人に話しかけるのさえ恐がる僕が、そんなことをする
なんて……。
 その人は一瞬、怪訝そうな顔をした後で何故か笑顔になる。
 そして、柔らかそうな、明るい声でこう言ったのだ。
「おはよ」


 試立Leaf学園は、一部を除いて今日も平和だった。


                                         99/04/03
                                         99/06/16改
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≪アトガキ≫

 葵 「長かったですね、八塚先輩」
 雅史 「やたらに長くしたって感じもするけど……」
ゆかり「私はそういう事実、言わないでおいてあげる」
 拓也 「何を言ってるんだ広瀬君! いじめないと面白くないだろう!?」
 崇乃 「おまえら……たったちょっとしか台詞無かったくせになんでココで出てくる?」
 葵 「え……ごめんなさい。判りません」
 雅史 「サッカー部期待の星だから当然だろ?」
ゆかり「だって私、女優だもの♪」
 拓也 「だって僕、元生徒会長だもの♪」
ゆかり「いやぁああああああ!! 真似しないでっ! この変態!」
 拓也 「ゲブゥ! ……ふっ。いいパンチだったね」
 崇乃 「馬鹿なシスコン兄貴はほっとこう。えと……今回は久しぶりにバトルです」
 雅史 「どういったものを説明してるの? この作品は」
 崇乃 「『八塚崇乃』の戦う相手と、戦い方。その一部。
    ……まぁ葵ちゃんにはあんまり面白くない感じだったでしょ?」
 葵 「え? どうしてですか?」
 崇乃 「いや……バトルの部分書いてて俺の文章の稚拙さに悲しくなってきて……(涙)」
 葵 「ま……まぁまぁ(汗)」
ゆかり「あ、ちょっと質問」
 崇乃 「どうぞ〜」
ゆかり「別に一言しか出なかったってコトに文句言うわけじゃないけど……私に殴られてる生徒、誰?」
 崇乃 「よっしーさん」(よっしーさんゴメン!)
 葵 「可哀相です……」
 崇乃 「はぁ……なんだか今日は疲れた。終わろ」

――ストン
  と幕が下りる。