vsジン・ジャザムLメモ「vs八塚崇乃」 投稿者:八塚崇乃



 三年生練校舎アズエル二階の廊下。
 ここに今、場違いな少年が一人いた。
(どこに、いるんだろ……)
 歩いている――というか何かを、誰かを捜しているようである。
(んと……あ、見っけ)
 少年――八塚崇乃は、捜していた上級生の背中を見つけると、早足になりつつ近づいた。
(………………)
――スタスタスタ……
(………………)
――スタ、スタ、スタ……
(………………)
――スタ……スタ……スタ……
 歩調が、次第にゆっくりとなる。
(………………)
 足が、止まった。前を歩いている上級生との間が、遠くなる。
(………………いいの、かな……)
(はっきり言って……自分の都合だしなぁ)
(……でも、試してみたい)
(自分の力が、どれだけ――に通用するのか)
 黒い手袋をはめた両拳を、軽く握る。
(知りたい……自分が今、どのくらい――)
 意を決したのか、八塚崇乃は前を歩いている男に声をかけた。
「あの! ……ジャザム先輩ですよね?」



     vsジン・ジャザムLメモ「ダンシング・ウィズ・ザ・サイボーグ」



「ごちそーさま」
 自らが用意した和菓子を平らげ、緑茶を飲み終わってから数秒後、崇乃は手を合わせた。
 腰を上げ、ポケットの中から黒い手袋を取り出す。
「崇乃しゃん……」
「行くのか?」
 崇乃のMHM−Cの鈴花を両の手の中に持ったまま屋上のネットに背中を預けて座って
いる少年、昂河晶が尋ねる。
――……ギュッ
 左手に手袋をはめ、数回拳を握る。
――……ギュッ
 左手に手袋をはめ、数回拳を握る。
「行くよ」
 少し遅れたが、崇乃は答えた。
「そっか……せめてサングラスは外した方がいいんじゃないか?」
 闘い慣れている者の当然の意見。割れた時は破片が眼球を傷付けるかもしれないからで
ある。
「やだ」
 それをあっさりと否定する。崇乃の口からは、当然であるかのようにそれが紡がれた。
 意見しようと口を動かそうとする晶だったが……思いとどまる。代わりに一言。
「がんばれよな」
「ああ。……運がよけりゃ、仇討ってやるから」
 崇乃は笑いながら、屋上の扉を開ける。
「――崇乃しゃん!」
 鈴花が、崇乃の背中に声をかける。崇乃は振り向かず、ただ足を止めるだけ。
「負けないでくだしゃいね!」
「………………おう」
 その言葉を聞きたかったのか、鈴花はにっこりと笑った。
――ガシャン……
 扉が閉まる。晶は鈴花に視線を移し、彼女に言う。
「大丈夫」
 鈴花は頭を動かし、晶の瞳を覗き込む。うっすらと青色を帯びた瞳を。
「……全然そうは見えなかったでしよ昂河しゃん」
「あははは……た、多分、なんとか………………なる、かなぁ……」
 突然打って変わった態度の鈴花の冷静なツッコミに、晶はただマンガ汗をかくしかなか
った。
 晶は彼女から校庭へと視線を移す。
 下では、運動部の生徒達が練習や試合、トレーニングをしていた。類希(たぐいまれ)
なるのどかな風景。
 とりあえず現実逃避気味に一言呟く。
「八塚……大丈夫かな」


「あの! ……ジャザム先輩ですよね?」
 質問。どこか断定したような質問。
 後ろからかけられた声に、サイボーグ高校生ジン・ジャザムは振り向く。
「誰だ?」
 そこには彼の知らない――記憶にない少年がいた。身長160cm程の、青いバンダナに
水色のサングラスをかけた少年が。
 少年はサングラス越しにジンの瞳を覗く。
「二年の八塚崇乃といいます。ジン・ジャザム先輩ですよね?」
 再び断定口調の崇乃。判りきっていることを聞かれるのはあまりいい感じがしないのか、
少々乱暴に答える。
「そうだ。俺がジン・ジャザムだ。……で、八塚とか言ったな。何の用だ?」
「いえ、ただ……」
 視線をジンの瞳から廊下の天井に移し、少しだけ考え込む崇乃。
 ………………
 …………
 ……
「……おい」
「――はっ?」
「何の用だ?」
 苛立ちながら、自分の世界に入ってしまっていた崇乃に、ジンは問う。
「はい。えと……俺と闘ってください」

「………………」
「………………」
「……じょ」
「?」
「冗談だろ?」
「そう――聞こえましたか?」
 両手を後ろに回す崇乃。
「言っちゃ悪いけどな……八塚。お前、格闘するような体つきじゃあねえぞ」
 呆れるジン。彼の目から見て、確かに崇乃は頑丈そうには見えない。
「でしょうねぇ……なんせこの前、剣道部に入部したばっかですから」
 言いながら、後ろで手を組み合わせている。
「でも……ジャザム先輩」
「なんだ?」
 と、崇乃の両手の中――正確にはその隙間からだが――蒼い光が煌き始めた。
「天下のジン・ジャザムは、誰の挑戦でも受けて立つんじゃないんですか?」
「………………何が言いたい。てめぇ」
 挑発、だった。
 それ以外に答えようがなかったが、答えるわけにもいかなかった。挑発は、そう言わな
いことで『挑発』として成り立つ。
 崇乃が挑発している間も、ジンからは見えない位置で彼の手の中は輝き続けている。光
が、一振りの『氷の剣』に変わっていくのにはそう時間はかからなかった。
「言葉通りの意味ですけど? ……ここで挑戦を受けないんなら、俺の勝ちってことにな
るだけですし」
 演技ではあるが、どこかとぼけたような声。しかし火に油を注ぐには十分な量だった。
「死にたいらしいなぁ……」
「う〜ん……まだ死にたくはないです、ねっ!」
――ヒュッ
 崇乃は、『剣』を振るった。
「――っ!?」
 よほど怒りを心の中に滾(たぎ)らせていたのか、一瞬ジンはその攻撃を理解できなか
った。崇乃の、下方からすくい上げるような斬撃がジンを襲う。
 けれど流石(さすが)に三年生。不意打ちに驚くもジンは機械と化している手で『剣』
を止めた。
――ギリギリギリ……
 力と力の拮抗。
 両手で『剣』を持ち、押している崇乃。
 片手で『剣』を掴み、押さえつけているジン。
 肉体的な力の差は、この状況から見ても歴然としている。
――ギリ……
「くぅ……」
「いきなりとはな……いい度胸してるじゃねえか」
 『剣』を挟み、睨み合う二人。
「そう、ですかね……先輩なら、絶対やられないって信じてましたけど……」
――ギリギリギリ……
「言って、くれるなぁ……」
「当然、です――折れろっ!」
――パキン
「なっ!?」
 ジンが掴んでいた刀身が、心地よい音を立てて折れた。
 力の行き場を失い、ジンはバランスを崩して前に倒れかかる。が、
「こなくそっ!」
 右足で踏ん張ろうとする。そこへ――
「我叫ぶは、銀の咆哮っ!」
――バシュウッ!
「ぐぅっ!」
 崇乃の放った冷衝撃波が、ジンにクリーンヒットした。完全にバランスを崩し、ジンは
5m程後方に転がった。

 油断なく『剣』を構えながら、転がって動かないジンを警戒する。
(……こんなので、終わるはずない)
 懸念は、
「っ――めてぇ……」
 現実となる。
 むっくりと身体を起こすジン。「冷たい」と言っている割には、そうは見えない。
「てめえ、音声魔術士か?」
「亜流ですけどね」
 黒い手袋を着けた手の中に、短くなった『剣』を握り締めつつ返答する崇乃。
 ジンが立ち上がる。
「じゃあ、手加減無しでいいんだな?」
「もちろん」
 ジンが、どこからともなくグレイトアックスを持ち出し、右手で構える。
「伸びろ……」
 崇乃が、自分で折った『剣』の刀身を先程と同じ長さにまで伸ばし、両手で構える。
――シ……ン
 一瞬だけだが、沈黙が場を覆った。
「ロケットパンチ……使わないんですか?」
「魔術士相手に無駄弾使うほど馬鹿じゃねえさ」
「過大評価、ありがとうございま……すっ!!」
――タンッ
 会話途中で一気に間を詰めた。
(あんなに大きな斧で連続攻撃なんかできるはずがない。速攻で終わらせる!)
 射程距離に入る崇乃。ジンはぴくりとも動かない。
(チャンス!)
――ダンッ!
 右足で力強く踏み込み、叫ぶ。
「やあーーーっ!!」
――キィーーーン!
 刃と刃の衝突する音。ジンはグレイトアックスを両手で構え、崇乃の横薙ぎの一閃を刃
で受け止めていた。
(くっ……なら!)
 1m後方に飛び下がり、再び突進。
「はぁっ!!」
 踏み込む。踏み込む。踏み込む。
 が、ジンは躱し、捌き、防御する。
「我が道に舞え天蛇の魔槍っ!」
――ザァァァァァ……
 虚空から出現した『水の槍』が六本。グレイトアックスで防御を続けているジンの上方
から、飛来する。
「しゃらくせえ……」
 呟き。それを聞いた瞬間、崇乃の左目――危険感知能力のある『浄眼』から涙が零れる。
「――でぇりゃああああああっ!!」
 ジンが、吼えた。グレイトアックスを右下から左上へと振り上げる。同時に、強力な衝
撃波が生み出された。
「我は築く霧の城塞!」
 微量ながら水分を含んだ魔力障壁を展開する崇乃。一瞬の後――
――ボフゥッ!!
「ぅわっ!?」
 ジンの放った衝撃波は、魔術で創られた『槍』を破壊しつつ障壁越しでありながらも今
度は崇乃を吹き飛ばした。
「――はぐっ!」
 二、三回身体を床にぶつけても、崇乃は瞬時に構成を編みあげ、魔術を発動させる。
「我は刻む紅雨の軌跡!」
――ブゥ……ン
 とてつもなく小さな――直径1cmくらいの、水で創られた無数の『円盤』が、何も無い
虚空から出現した。『円盤』は高速回転している。指で触れればおそらく切れてしまうこ
と間違い無しだ。
「啄(ついば)め!」
 体勢を立て直し、崇乃は数十個の『円盤』に命令する。
――ジゥゥゥゥゥゥ……
 空気を切り裂き宙を翔ける半透明の無数の刃。それら全てが贄(にえ)を求めて一直線
にジンに襲いかかった。
「へっ……生ぬるいんだよっ!」
 ジンは大きく胸を反らす。すると胸部装甲部分が赤褐色に発光しだした。
(来る!?)
 流れる涙。なにかとてつもなく嫌な予感でもしたのか、崇乃は急いで手近な教室に飛び
込む。
 数秒後。
「ブレストぉ……ファイアーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 荒れ狂う熱の奔流が廊下を暴れ回った。
(くあっ……)
 ジンの一撃は、廊下のみならず崇乃が逃げ込んだ教室をも震わせていった。
 唇を噛み締め、下腹に力を込める。
 そして、きっかり五秒後。
 『剣』を強く握った崇乃は、熱波が治まったのを感じ取るや教室から飛び出した。

「たぁああああああっ!!」
 掛け声と共に崇乃が走ってくる。ジンとの距離は大体15m。
(今度は何をする気だ?)
 ジンは迎え撃とうとグレイトアックスを最上段に構え、振り下ろ――
「我は呼ぶ雪色の狼!」
――ヴァサァァァッ!
 崇乃が魔術を放った。しかしそれは、グレイトアックスを振り下ろしたジンに向けての
ものではない。
「っ!?」
「――っ!」
 崇乃は、後方から自らに向けてブリザードを発生させたのだ。彼の背中に炸裂した強風
は、ジンとの距離を一気に縮める。
「いゃああああああっ!!」
――……ギンッ!
 グレイトアックスを持っていたジンの手――右手が、切断される。切断面からは血が流
れ出ておらず、機械部分が露出していた。
 崇乃、攻撃の手を休めない。次は左手を斬ろうと――
――ガシッ
「っ!?」
「捕まえたぜ……」
 ジンの左手が、崇乃の襟首を力強く掴んでいた。簡単には振り解けそうにもなく、崇乃
がいくらもがいてもジンは左手を離さなかった。
――ギュイイイイイイン……
 左手のアーム部分から、奇妙な音。崇乃の左目から、涙が零れる。

(やばいっ!? なにか、とてつもなくやばい!?)
 刹那、巨大な防御魔術の構成を編み、発動させる崇乃。
「我が骸を抱け深淵!」
――……シャーーーン
 鐘の音が響き渡るかのような音に続き、水が、崇乃の襟首を掴んでいたジンを弾き飛ば
しつつ彼の足元から全身を覆い尽くす。
 だがジンは、弾かれたのを気にも留めず、水で覆われた防御結界に手をかけた。
――ブゥゥゥゥゥゥン
 ジンの左手、空気を振動させる音。何かが作動する音。
「どうやらてめえの魔術、水や氷に関係したものしか使えねえようだな……」
――バチバチバチ……
 ジンの左手から、稲光が発される。
(――やっぱり……―――――――!?)
「漏電しやがれ――バスタぁ……コレダああああああああああああああああああっ!!」
――バチバチバチバチバチバチバチバチバチィッ!!!!!!

「………………ふぅ」
 防御結界が破壊されたためか、水浸しの廊下。その中でジンは一人立っており、崇乃は
倒れ伏している。
「さすがに……やばいか?」
 ピクリとも動かない崇乃を見下ろし、呻く。ジンの脳裏には、声無き悲鳴をあげて倒れ
た崇乃の姿が思い浮かばれている。
「……死んでるんじゃねーだろーなぁ」
 生死の確認をするため、ジンが崇乃に近づいた――その時、
「……我が眼前に渦巻け螺旋」
――……ベキッ!
 ………………
 …………
 ……
 ……瞬き数回程の間、ジンは『それ』を理解できなかった。
 『それ』は、まるで冗談に見えたから……。
「……お……お、おおっ……」
 『それ』は――ジンの左腕は、『氷の螺旋』に巻き付かれ、
「お、俺の……俺の腕が――腕が!?」
 歪み、へし折れていた。
「くっ……」
 指を動かそうとしているが、どこかの電子部分が壊れているのか全く機能しない。
――バチバチッ……
 所々放電している。『バスターコレダー』を放った時に使用した機器も同様のようだっ
た。
「油断、大敵ですってば……」
 むくっと、電撃を喰らって動けなかったはずの崇乃が起き上がる。でも、どこか辛そう
で、何やら顔には生彩がなかった。
「芝居……だったのかよ」
「まさか……」
 笑う……と言うよりは顔を歪ませ、応える崇乃。
「……まぁ、半分、くらいは……芝居……でしたけど、ね」


 「我が骸を抱け深淵!」
 ――……シャーーーン
  鐘の音が響き渡るかのような音に続き、水が、崇乃の襟首を掴んでいたジンを弾き
 飛ばしつつ彼の足元から全身を覆い尽くす。
  だがジンは、弾かれたのを気にも留めず水で覆われた防御結界に手をかけた。
 「――――――――――、――――――――――――――――――――……」
  何かをジンが喋っているようだが、結界内の崇乃の耳には届かない。彼は必死にな
 って、次に来るであろうジンの攻撃を自らの目で探す。と、ジンの左手、何かが作動
 する音。
 (――やっぱり……晶のやられた攻撃!?)
  崇乃は次に来るであろう自身の疲労感に備え、唇を噛み締めた。
 「――――――――――――……――――――――――――――――――――――!!」
 ――バチバチバチバチバチバチバチバチバチィッ!!!!!!


「ま、筋書きはこんな感じですか?」
「へえ……じゃ、なんでテメーは倒れてたんだ?」
「純水って、知ってます、か? 通電率ゼロの、不純物、の……全く混じってない水、で
す。今、俺が使った……結界魔術……純水を産み出して周りを覆ったものなんですよ……
かなりやばそうな、攻撃がくるとは判って、たけど……電撃で、よかったです」
「要するに……『バスターコレダー』、全然効いてないんだな?」
 歪んだ微笑で返す崇乃。
「電撃に……対するダメージは無い、んですが、あれだけ強力な、魔術を使った結果……
極度の疲労で倒れ、ちゃいましたけど、ねぇ……」
 声からして崇乃、本当に疲れて――衰弱している。立っているのもやっとかもしれない。
だがなんとか足を動かし、後方に下がる。間合いを取っているようだ。
「先輩の、怪我……右手切断、と……左腕、破砕。俺は……見て、の通りです」
 よろめきつつ崇乃はジンとの距離を測る。目測にして大体20mくらいか。
「そろそろ、終わりに……しましょうか」
「………………」
「次の魔術。最後の攻撃にします。全力で……いきますから」
「ああ……」
 場が、凍りつく。
 その中で、崇乃は一番慣れ親しんだ構成を、展開した。
「我が、夢より……来たれ、水姫っ!」
 立体魔方陣状に編まれた構成から、水で創られた人形のような――『水姫』の二つ名を
持つ精霊エスプィアが召還される。
「kwyyyyyyr」
 嘶(いなな)く。蒼き水の乙女は崇乃の周囲を、飛ぶ鳥の如く舞う。
 崇乃は右手を前方に掲げ、呼吸をゆっくりと吸い……吐き出した。
「突き、刺せぇっ!!」
「kwyyyyyyr!」
 エスプィアが吼え、その姿が変化する。『乙女』の姿から一本の『銛』の形状へと。
 そして、ジンに向かって突進した。
「kwyyyyyyr!!」

「kwyyyyyyr!!」
 向かい来る『銛』を見つめ、ずいぶんと落ち着いた表情をしているジン。もしかしたら
『銛』は自分に刺さるかもしれないのに……とても落ち着いた表情をしていた。
(………………)
 無心であった。何も考えない――おそらく……『明鏡止水』の状態になっていたのか。
「俺のこの手が光って唸る……」
 壊れた左腕を無理矢理動かす。
――バキッ……ビチィッ……
「おまえを倒せと輝き叫ぶ……っ!」
――ギィ……ガチャッ……
 間接に負荷がかかり、どこかが壊れる。ジンは動きを止めない。左腕を――エスプィア
を迎え撃つように突き出す。
――ポワァァァァァァ……
 左手に、光が灯った。その光は前身を駆け巡り、ジンを黄金色に魅せる。
「必殺……シャイニング、フィンガああああああっ!!!!!!」
――ガシィッ!
 衝突。『銛』と左手が真っ向からぶつかった。
「うぉおおおおおおりゃああああああっ!!」
「kwyyyyyyr!!」
――ジウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!!!
 熱と水の衝突が、蒸気を産む。蒸気は瞬く間に廊下を埋め尽した。
「うぉ、お、お、お、お、お、おっ!!」
「kwyyyyyyr!!」
――……バキッ!
 左腕のどこかがへし折れる音。けれどもジンは止まらない。一歩、また一歩と足を前に
進める。
「うぉあおおお……おおおおおおっ……」
「k、kwy、yyyyyy……」
 徐々に、徐々にジンが『銛』を押し切る。そして――
「おおお……おおおぉおおおおおおぉぉぉおおおおおおっ!!!!!!」
「kwyyyyyyyyyyyyyyyyyyr!!」
――バシィッ!!
 水で象(かたど)られた『銛』、その穂先が圧倒的な熱により蒸発した。そのままジン
は『柄』を――エスプィアを廊下に叩きつけ……
「死、ねええええええええええええええええええっ!!!!!!」
 崇乃に向かって、駆ける。
 15m。
 11m。
 7m。
 そして、3――
「捕らえろ!」
「kwyyyyyyr!!」
――……グイ
「――!」
 廊下に叩きつけられ、そのまま転がっていた『柄』が、『手』に変化した。『手』は蛇
のような動きを見せ、ジンの両足に絡みつく。
 倒れるジン。崇乃はバックステップし、
「我魅せるは朝露の鏡!」
――ブファアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!
 ジンを四方から包囲するかの如く濃密な霧が発ち込め始める。程無くして霧は崇乃の姿
を模した『虚像』になった。八〜十体の『崇乃』は、一斉にジンに飛び掛かる。
「こ、のぉっ……」
 未だ『手』の束縛から脱出できていないジン。身体をゴロンと回転させ、仰向けになる。
「まやかし共々、吹き飛ばしてやるっ!」
――ガチャ、ガチャ、ジャコン……
 迫り来る『崇乃』達を迎え撃つための、それらを創り出した崇乃自身を攻撃するための
破壊の華――その蕾(つぼみ)が開かれる。
「ナイトメア――」

――ポト……
 今までの中で一際(ひときわ)大きな涙が零れ落ちる。
 だが崇乃は防御しようとも、さっきのように教室の中に退避しようともしない。仰向け
の状態で全砲門を開いたジンに届くように、
「ナイトメア――」
 一言、
「我は与う……」
「オブ……」
 叫んだ。
「皓き冬寂!」
「ソロモン!!」

                    ・
                    ・
                    ・
                    ・
                    ・
                    ・

 膝が震えて崩れそうだった。
 肩には疲労感がのしかかっていた。
 頭の中は頭痛が酷く、音がガンガンと鳴り響いていた。
 でも……まだ倒れることは許されない。
 激しく舞うダイヤモンドダストの中を、立ち上がろうとする漢(おとこ)がいたから。


 背筋に寒いものが走る。
 ギラついたジンの眼。まさしくそれは――
「鬼……」
 崇乃がそう口にするのも無理もなかったのかもしれない。
 あの『ナイトメア・オブ・ソロモン』が発動される瞬間、ジンの周囲は『氷の結界』に
閉ざされた。そんな密閉空間の中で放たれた破壊の力は押して知るべしだ。『結界』も粉
砕されたものの、内にいたジンが無事でいられるはずもないのに――
「はぁ………………はぁ………………」
 手の無い右腕と腕の壊れた左手を使ってジンは必死に立ち上がる……最早(もはや)そ
れは人の業(わざ)ではない。鬼のものだ。
(ふ……うっ!)
 歯を食い縛り、倒れそうな身体を両足で踏ん張る崇乃。
 ジンが……動く。
「俺は……」
 囁くように。
「俺は……」
 詠うように。
――タッ……タッ、タッ、タッ、タッタッタッタッタッタッ……
 走りながらジンは右腕を振りかぶる。
「俺は……負けねえっ!」
「くっ!」
 もう体力も魔力も全く残っていない崇乃は両腕を使ってガードしようと――
――ヒュゴッ!
 崇乃の左頬を何か熱いものが掠(かす)めた。
(――!?)
 視線だけを動かすが、何も無い。頬には熱い感触が残っているだけだった。
――ポト……
 『浄眼』から涙が零れる。
「!? しまっ――」
 失ったはずの右手を崇乃の胸に当て、おもいきり突こうとするジン。
 それが崇乃が意識を失う寸前に見た最後の光景だった。

                    ・
                    ・
                    ・
                    ・
                    ・
                    ・

「斬り飛ばされた右手――ロケットパンチを遠隔操作……というか逆噴射して装着。そし
て最後には胸に掌底……やっぱりすごいですね」
「……どっから見てたんだ?」
 廊下の角から現れる影。さして驚いた様子も無くジンは声をかける。
「昂河」
 廊下の壁に身体を預けて座っているジンの目に入ったものは、少し前に闘った後輩の姿
だった。
「崇乃は……」
 周囲を見回し、知り合いの姿を探す晶。
「生きてるかな……」
 と、首の動きが止まる。晶は肩に乗っていた鈴花を廊下に降ろした。
「行っておいで」
「はいでし!」
 少しだけ涙声で「崇乃しゃ〜ん」と崇乃の名を叫び、トコトコと彼に走り寄る鈴花。
「………………」
「どうでした?」
「なにがだ?」
「崇乃です。見た所……かなりやられてますね先輩」
「うるせぇ……まあ、音声魔術士と闘うのは久しぶりだったが……なんなんだ? あいつ」
「?」
「魔術士ってのは大抵、運動能力とかが高いんだ。中には子供の時からそういう訓練もし
てるヤツだっている。が――」
「『まるで素人の動きだった』ですか?」
「そうだ。んでもって……」
「『素人っぽいのに攻撃がなかなか命中しなかった』?」
「………………」
 先回りして自分の台詞を言う晶を睨むジン。さすがにこれ以上はまずいと思ったのか、
晶は黙る。
「そんなところだ」
「……………………一つだけならその疑問に答えられますけど……」
「……聞かせてくれ」
「今は駄目です」
――ガクッ
 肩がずり落ちるジン。すぐに晶に噛み付く。
「おい……」
「今から八塚を背負って保健室に行かなきゃならないですから。明日は……偶数土曜日で
学校も休みだから、来週の月曜に直接本人から聞いたらどうですか?」
「ちょ、ちょっと待て! なんで保健室に行く必要がある!? 俺は殆(ほとん)ど八塚に
は怪我させてねーぞ!」
「……そうなんですか?」
 流石(さすが)に驚く晶。倒れている崇乃の方を向いて見ると、鈴花が彼の服をゆすっ
て名前を呼びかけていた。けれども全く起きる様子も無い。
 次にジンの身体をしげしげと眺める。全身は黒く煤(すす)け、所々焼け焦げた跡なん
かもある。特に酷いのが左腕だった。時折電流がバチバチ鳴っているし、関節は逆の方向
に捩(ねじ)れていた。
 最後に、今いる場所の惨状を見る。
「………………ジンさん」
「あ?」
「……頑張ってください」
「なにをだ!?」
「ここまで酷いとそろそろ警備保障のDセリオさんとかが来るでしょ。一戦交えなきゃな
んないのでは?」
 そこは、誰の目から見てもボロボロだった。割れている窓、ひしゃげたロッカー、蛍光
燈の破片、水浸しの床、妙に小さいクレーター、etc、etc...
「………………」
「………………」
「ってワケで頑張ってください。では」
「あ! ちょっと待て昴河! 俺も連れて行けぇ!!」
 晶は倒れている崇乃を背中に抱え、鈴花を頭に乗せたと同時、一目散にその場から逃げ
出した。まだジンがなにやら叫んでいるが、それも数秒後には聞こえなくなり、爆音に取
って代わられる……。


「ん……」
 目を開けると、天井が見えた。
 崇乃は身体を起こそうとする――のだが、思うように動かない。
「ん〜……」
 仕方なく首だけを動かそうと――
「起きたか?」
「………………晶?」
 崇乃が身体を横たえているベッドの傍に、椅子に座っている晶がいた。
「何時間くらい寝てた? 俺」
「三時間。もう八時過ぎだよ」
 言われてみると、確かに室内は暗かった。電灯も点けていない。月明かりだけが窓から
入ってくる。
 電灯が点いていないのは、多分寝ている崇乃に対しての晶なりの配慮なのかもしれない。
「気分は?」
「気持ち悪〜い……二日酔いと筋肉痛がいっぺんに来たって感じ」
 溜息。「どうしようもない」と言いたげな。
「鈴花は?」
「ほら、そこで寝てる」
 晶が指差す方向を、襲いかかる筋肉痛を堪え苦心して見る。
「ZZZ……ZZZ……」
「あれま」
「どうする? 泊まってくかい?」
「そう……だな。どっちにしろ今日はもう動きたくないし……」
「じゃあ、宿直の先生に許可貰ってくるから」
「……サンキュな」
 言って崇乃、再び溜息。
「せっかくおまえがジャザム先輩と闘った時のこと聞いたのに……全然役に立てなかった
なぁ」
「勝負は時の運」
「ははは……廊下なら背中のバーニア使わないだろうと思ったのは正解だったんだけどな。
……ああいう場所なら飛ぶことも難しいだろうから」
「考えてるね」
「偶然だけど、『バスターコレダー』も防いだよん♪」
「………………」
 自分がジンと闘った時のことを思い出しているのか、ちょっと苦い表情の晶。
――スッ
 立ち上がり、晶は崇乃に背を向け、保健室の扉に手をかける。
「先生に許可貰ってくる。そのまま帰るから」
「ああ……今日はホント、サンキュな」
 晶が横引きの扉を開けようと――
「そうだ」
 したのだが、手が止まる。
「一つ、いい?」
「……なに?」
「………………どうしてジンさんと闘おうと思ったんだ?」
「……あ゛………………」
「………………」
「んと……」
 暗闇の中、崇乃の黒と蒼のオッドアイと晶のブルーアイが交錯する。
「あ〜……笑うなよ?」
「ああ」
「……割と、憧れなんだよね。『仮面ライダー』とか『ウルトラマン』とか」
「うん」
「とにかく……『ヒーロー』? そういうもん……そういうもんと――」
 自分の心の内を語るのが恥ずかしいのか、言葉を飲む崇乃。……数秒迷っていたが、吐
き出す。
「闘ってみたかった……んで、試してみたかった。自分の力が、どれだけ『ヒーロー』に
通用するのか」
「………………」
「知りたかった……自分が今、どのくらい『ヒーロー』に近づいたのか」
 天井に視線を移し、言葉を続ける。
「……勝手だよな。こんな、自分の都合で闘いを挑んだなんて」
「………………」
「月曜、謝りに行かなきゃな……先輩に」
「………………」
「………………」
「……笑って――」
 沈黙を破る晶。
「笑って許してくれると思うよ」
「………………どう、かな?」
 疑問符の崇乃。けれど口調は明るくて……。
――ガラッ……
 晶が保健室の横引きの扉を開く。
「じゃ……また、月曜日に」
「ああ……」
――ガラガラガラ……ピシャッ


 ……月明かりが、崇乃と寝ている鈴花を照らす。
 少しだけ、雲に隠れた三日月……。
「オヤスミ……」
 聞いている人間が誰もいない中、一言。
 その言葉を皮切りに、崇乃の意識は夢へと沈んだ……。


  To Be Continued.
  Next To ?'s “vs JinJuzzam”Lmemo.


                                         99/07/31
                                         99/08/01改
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≪アトガキ≫

 完成。
 ………………はううううううううううううううううううっ!!!!!!
 疲れたですぅ(深溜息)。〆切がいつなのかが全然未定な感じがしたから、ビクビクし
ながら書いてました。いやマジで。
 企画物なんで『アトガキ』は八塚崇乃が一人で進行です〜。

 殆ど二ヵ月かかりました。バトル物を書きたいという意志はあるんだけど、頭の中に戦
闘シーンの描写はあるんだけど、漠然とした『なにか』があるんだけどおっ!! ……それ
を文章にすることができなかったから投稿が遅れました。
 つくづく自分のボキャブラリィの貧困さと遅筆さを呪います(血涙)。

 ジン・ジャザムさんとのバトル……『他人』を書くことの難しさというものを改めて学
びました。
 ましてやジンさんはスーパーロボットですから、「ここはこんな風に叫ぶかも」「いや、
これは違う……こんな感じで動くはず」「絶対にここで吼えるんだ」とか色々と試行錯誤
しました。けど……これは俺の『ジン・ジャザム』像であって皆さんの『ジン・ジャザム』
像ではないかもしれません。その時は、意見・批判バンバンください(深々)。

 最後に、今回登場してくださった昂河晶さん。
 すばらしい企画を考えてくれたbeakerさん。
 そして、『僕らの超合金』であり、今回の主役でもあるジン・ジャザムさん。
 ありがとうございました!(深々・礼)


 では今回はこの辺で……また会いましょう。

――ストン
  と幕が下りる。