川越 たけるの朝はいつも早い。 「ふあああああ…」 始業前に、図書館カフェテリアでの仕込みの仕事があるからだ。 「むにゃむにゃ…」 しかし、たけるは早起きは苦手だったりする。 「たけるさん、そろそろ起きないと時間が無くなっちゃいますよ」 そんなたけるに声をかけてきたのは、髪をポニーテールにした セリオタイプのメイドロボ。 彼女は、『HMX−13−G、グレース・セリオ・プロトタイプ』、 たけるは、彼女のことを本人の希望で『電芹』、と呼んでいる。 一緒に暮らして、いつも一緒に行動している、たけるの一番の友達である。 「あう〜電芹、あと5分だけ寝かせてぇ…」 「駄目です。昨日もそう言って、仕事どころか遅刻しそうになったんじゃないですか」 「そんなこと言わないで、ね、あと10分だけぇ…」 とりあえず、布団を被ってささやかな抵抗をするたける。 「もう、しょうがないですねぇ。それなら…(ずるずる) 」 電芹は、苦笑しながらも布団を剥がして、パジャマ姿のたけるを引きずり出す。 「たけるさん、いきますよ〜」 何故か妙に嬉しそうに身構えている電芹。 手をわきわきと動かしてるのが妙に怪しい。 「…ほえ? 」 「うふふ…新技です」 電芹はそう言いながらたけるの後ろにまわると、首の辺りに腕をまわして、 一気に力を込める。いわゆる、スリーパーホールドというやつである。 「これでばっちり目が覚めますよ(にっこり)」 「あうあうあうあうあう…(じたばたじたばた)」 確かに目は覚めたが、たけるは明らかに苦しんでいる。 「ん〜、ん〜…(くてっ)」 「あら、たけるさん、また寝たふりなんかしたって駄目ですよ。 さあ、観念して起きてください。あれ、たけるさん? たけるさぁぁぁぁぁぁん! 」 電芹が気づいた時には、たけるは落ちていた。 結局、たけるが気づくまでの時間を余分にロスすることになるのだった。 「もう、ひどいよ電芹〜。痛かったんだから」 「すみません。でも、たけるさんは目覚ましが鳴っても止めてしまいますし、 何度声をかけても起きてくれませんから、つい非常手段を使っちゃいました。」 「非常手段の割には、毎朝使ってると思うのは私の気のせいかな? 」 「それはもう、毎日たけるさんがなかなか起きてくれませんから(にっこり)」 「う〜。」 そんなやりとりをしながら、支度をする二人。 電芹は、手早く身支度を整えたあとで、食事を並べ始める。 「たけるさん、やっぱり朝食はパンにしませんか? 」 「え、何で? 」 急いで寝癖を直しながら、たけるが聞く。 「和食だと、ご飯にお味噌汁、おかず、と用意しないといけませんから、 時間が掛かってしまいますよ。朝は簡単につくれるものの方がいいですよ」 「でも、私は朝はご飯食べたいなあ」 「そうだぞ電芹よ。日本人ならやはり朝は米を食わねば」 今の発言は、いつのまにか部屋に入り込んだ忍者装束の怪しい男 …いや、秋山 登。 しかも茶碗を片手に卵焼きを摘んでたりする。 「あ、あっきー、おはよっ☆ 」 「……(電芹)」 「おう、おはよう、たける。お前も。はよ食わんと遅刻するぞ。 保護者として遅刻だけはさせるわけにはいかんな」 「うん、いっただっきま〜す☆ 」 「……(電芹)」 「はぐはぐはぐはぐ…」 「こら、落ち着いて食わんか。女の子がみっともないぞ」 「……(電芹)」 「でもでも、急がないといけないから」 「しかし、食事というものはゆっくりと味わって食べるものだぞ、うむ」 そう言いつつ自分は味噌汁をご飯に掛けて一気に流し込む秋山。 そして、箸を置いて手を合わせる。 「ふう、ごっそさん。うむ、たけるもなかなか料理が上手くなったな」 「ほんと? えへへ、そういってもらえると嬉しいなっ☆ 」 「まあ、『俺の』梓の域にはまだ達してないがな…ん?どうしたんだ、電芹? 」 殺気に近い気配を感じた秋山が、電芹のいる方向を見ると… 「女の子の部屋に無断で入らないで下さいとあれほど…」 「はっはっは、何だ電芹。俺は保護者の義務として、様子を見に来ているだけだぞ」 「(ひくひく…)」 電芹は顔に青筋を立てて、いつのまにか電柱を小脇に抱えている。 「こらこら、女の子がそんな変なものを持って、怖い顔をするもんじゃない」 「出て行けーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!! 」 (ぶんっ!) 思いっきりフルスイングした電柱の一撃。必殺の電柱ホームラン、見事に炸裂。 「(ごすっ!) ぶべらっ!! これはなかなか良い攻撃だっ! 、 7点をやろううううううううっ! (きらりん) 」 かくして、秋山は明けの明星となった。 「あっきー、おそまつさまでした〜☆ 」 「はあ…」 昔、迷宮でずっと一緒にいた為か、たけるは秋山の言動を非常識だと思っていない。 そんな彼女を見て、電芹は大きくため息をつくのだった。 「あわわ、時間が無いよ〜(とてとてとてとてとて)」 学園への道を急ぐ二人。 「たけるさん、そんなに慌てなくても…(すたすたすたすた)」 「でも、いそがないとカフェテリアで作業出来なくなっちゃうよっ…あっ! 」 焦り過ぎたのか、たけるはバランスを崩して転びそうになる。 「あっ、あっ、ああああああああああああああ…」 「たけるさんっ!! 」 更に運が悪い事に、目の前の曲がり角から人が出てくるところだったりする。 「どっ…、どいてどいてどいてどいてぶつかっちゃうよぶつかると痛いんだよ 怪我するんだよ私は痛いのは嫌だよでも貴方が痛い思いをすればいいって ことじゃないからねだから怒ったり しないでねお願いってそんなこと言ってる うちに衝突するよーーーーーーーーーっ! 」 パニックを起こしつつも体制を崩しているため、 その相手に突進するしかないたける。 「おっと。危ない」 曲がり角から出て来た相手は、そう言ってたけるをしっかりと受け止めた。 「ひゃっ、…あ、あう〜。すみません」 「ちゃんと気を付けなよ…って、あれ? たけるじゃないか? 」 「あ、梓先輩? 」 ぶつかりそうになっていた相手は、3年生の柏木 梓だった。 たけると電芹の所属する「お料理研究会」の前部長で、その料理の腕は 学園で一番と言われている。しかも、その他の家事一般もこなす事が出来る上に、 スポーツ万能、後輩の面倒見も良い。正に、たけるを含めた多くの女生徒達の 「憧れの先輩」なのだ。 「ほら、たける、ちゃんと立って」 そういうと、梓は抱き止めていたたけるを立たせる。 「あ、ありがとうございます、梓先輩。えっと、それから、おはようございます! 」 「うん、おはよう」 「おはようございます、梓先輩。おかげでたけるさんが怪我をしないですみました ありがとうございます(ぺこり) 」 電芹も梓に挨拶する。 「電芹、ちゃんとたけるのことを面倒みてやらなきゃだめだよ。この娘は何かと そそっかしいんだから」 「そうですね。いつも目を離すとすぐにさっきみたいになりますから、 私がちゃんと見張ってないといけませんね」 「あーっ! 電芹ひどーい。それじゃあ私がまるっきり子供じゃないの〜。 それに、私だって電芹の面倒を見てあげてるんだよっ! 」 「たけるさん、そういうことを言うんでしたら、朝は自分一人で 起きれるようになってくださいね」 「う〜っ。意地悪」 痛いところを突かれて言葉につまるたける。 「こらこら、二人ともそのくらいにしときなよ。朝の仕事があるんだろ? 」 笑いながら梓が二人をなだめる。 「あ、そうだった。電芹、急がなきゃ! 」 「そうですね。それでは梓先輩、先に行きますね」 「あー、あたしも一緒に行くよ。走るのは慣れてるし、一人で登校するよりは、 三人の方が楽しいからね」 「え?ほんとですか?わーい、先輩と一緒♪ 」 「うむ、では俺も一緒に行くとしようか (にゅーっ) 」 いきなり梓の影の中から出てきた忍者装束の怪しい男は…やっぱり秋山 登。 「すごーい、あっきー、どこから出てきたの? 」 「ふふふ、これぞ秋山忍法『人影』」 「……(梓)」 「……(電芹)」 「すごいすごい!やっぱり本物の忍者は違うんだねっ☆」 「はっはっは。これも日頃の修練の賜物ということだ」 「……(梓)」 「……(電芹)」 「それで、あっきーも一緒に学校に行くの? 」 「うむ、可愛い妹と我が愛しの君を放っておいてはこの秋山 登の漢が すたるというもの」 「そうなんだ、あっきーカッコいいねっ☆ 」 「……(梓)」 「……(電芹)」 「ははは、どうした梓、そんなところで固まっていたら遅刻するぞ」 (ごごごごごごご… ) 突然、梓を中心に強大な「気」が発生する。 「誰が愛しの君だっ! いつもいつもどこからともなく出現して 勝手な事言うなっ!! 」 怒りのオーラを全身に纏った梓が秋山に迫る。 「おおう、このパターンはもしや…(わくわく)」 次の展開を予測して、秋山は期待に身を震わせている。 「期待するなっ!! 」 (どけしっ!!) 梓の鉄拳が見事に秋山の顔面に命中。 エルクゥの全力の一撃を食らい、思いっきり吹っ飛ぶ秋山。 「はぶしゅっ!! 相変わらずの威力だっ!それでこそ我が愛しの梓っ! 」 (どけばこべちょぶにゅ) そのまま壁に激突した秋山は、ピクリとも動かなくなった。 壁のへこみ具合や、破片と血の飛び散り方からみても、 かなりの威力だったと推定される。 「ったく、この男は…」 「困った人ですね」 「あ〜あ、あっきー、遅刻しちゃだめだよ」 いまいち言動がずれているのが一名。 「ぜーっ、ぜーっ、…さ、行くよ二人とも」 肩で息を切らせながら、梓はたけるの手を掴んで走り出す。 どうやら、秋山が復活する前にこの場を離れたいようだ。 「はい、先輩、大分時間無駄にしてしまいましたし、急ぎましょう」 電芹としても、朝の作業があるということと、たけるに悪影響を与えたくないと いうことから、これ以上秋山と関わりたくはないらしい。 「そういえば、梓先輩っていつもあっきーには…(もごもご)」 『梓先輩、何で私や電芹には優しいのに、あっきーにはいつも容赦無いのかな?』 と、言いかけたたけるの口を電芹があわてて塞ぐ。 ここでたけるが余計な事を言うと、またややこしくなると即座に判断したらしい。 結局たけるは、学園まで二人に引きずられて行くこととなる。 そして、今日もLeaf学園での一日が始まる… <終わり> 追記: その日の各人の登校時間。 柏木 梓 始業時間15分前に登校。 川越 たける、セリオ@電柱、 始業時間15分前に登校するも、カフェテリアでの作業の為に時間ギリギリで 教室に入ることとなる。 秋山 登 時間には何事もなかったかのように席についていたらしい。 ******************************