Lメモ新参編『そして私はここにいる』 投稿者:たくたく

 いつもの教室。
 いつもの級友。
 いつもの放課後。
 よく晴れた、心地の良い昼下がり。
 学生の青春とも言える放課後である。
 そんな平穏で平和な日常が、私の心をくすぐる。
 だが、私には平穏は似合わない。
 私は――この学園に、学園生活を楽しみに来たわけではない。
 授業が終わると同時に、私はスパイになる。
 私の目的は、諜報活動。
 この学園に関する、科学技術や魔術の存在を調査し、私の所属する『組織』
に報告する事。
『機密情報の難攻不落要塞』と諜報部で語り草になっているこの学園。
 潜入初日に、私はその理由を思い知らされた。
 私には平穏な日常は似合わない――それ以上に。
 この学園に、平穏な日常は似合わないという事を。
 いつもの教室。
 いつもの級友。
 いつもの放課後。
 そして――

 ドッガァァァァァァァァァァァァァァン!!!

 ――いつもの爆発。
 その一撃は、ちょうど私のいた教室を直撃していた。
 Leaf学園名物――というか、日常的な――ジン・ジャザムvsDセリオ
の流れ弾だ。
 慣れっこになっていた級友達は、あっという間に机を盾にして身を守る。
 そして私は――というと。
 危険は察知していた。
 現役のスパイを舐めてはいけない。
 だが――
「きゃあっ!?」
 耳に飛び込んでくる悲鳴。
 ほんの一瞬で、私は声の主である彼女――吉井ユカリを庇おうと、彼女の元
へ飛び込んでいく。
 彼女を抱え、そのまま廊下へ飛び出せば、二人とも被害は最小限で済む。
 私の頭脳に埋め込まれた『保身回路』が、瞬時に結果をはじき出す。
「吉井さんっ!」
「たくたくさんっ!」
 吉井さんの叫び声。
 彼女が必死で私に向かって手を伸ばす。
 そして――

 ぐいっ

「へ?」
 我ながら、間の抜けた声だった。
 吉井さんは、私の襟首を引っ掴むと、とっさに盾にしたのだ。
 私の身体を。
 爆発の。
「ちょ……吉井さぁぁぁぁん!?」
 叫びながらも、私は自分の愚かさに涙を流していた。
 わかっていた――わかっていたのに、と。
 吉井さんの視点から見れば、爆発から逃れる術は、これしか無かったのだ。
 実際、彼女には悪気は無い。
 その分、たちが悪いという説もあるが。
 そんな考えが、走馬灯のように頭を過る。
 次の瞬間。
 爆風と衝撃と熱波を全身に浴びて、私の意識は闇の中に沈んでいった。

        ○   ●   ○

(うぅ……酷い目に遭った)
 そう声に出さずに呟くたくたくは、一人天井裏に潜んでいた。
 その全身は顔からつま先まで、至るところに包帯が巻かれており、かなり痛々
しい。
 あの爆発の後、保健室に運ばれたたくたくは、一通り治療を受けた後にこっ
そりと保健室を抜け出していた。
 保健室にいるという記録を残して、諜報活動を開始していたのだ。
 吉井を庇おうとした時点で、そういった事をやろうという打算はあった。
 無論、そのために吉井を庇おうとした訳ではないのだが。
 閑話休題。
(さて……とりあえず、校長室……後は、オカルト研究会、それに科学部か。
何度か、廊下へ降りなきゃいけないな……)
 真っ暗闇な天井裏を、明かりも無しに這い進むたくたく。
 昼間とはいえ、明かりで発見される可能性はゼロではないからだ。
 図面さえ頭に入っていれば、後は手探りでどうにかなる。
(ん?)

 わさ

 かなり奇妙で微妙な感触が、たくたくの掌に伝わってきた。
「なんだ……今の感触……」
 そう呟き、小型のペンライトを点けた――瞬間。
「……あふろぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「その声は……たくたくか!? 叫ぶなっ!」
 暗闇に身を潜めていたらしい、こんもりとした髪の毛の塊――アフロが、暗
闇の中でたくたくの口を押さえつける。
「で、ででででででデコイさんっ!? あなた、こんな所で何をっ!?」
「だから、騒ぐなっ! ばれるだろっ!」
「ばれるって……あなた、まさか」
 まさか同業者――たくたくが、そう言いかけた瞬間。

 ひゅどっ!

 狭い天井裏に這いつくばる二人の顔の間に、鼻先を掠めて飛び込んできたも
の。
「……槍ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
「ちっ、見つかった!」
 そう言うと、デコイはペンライトの明かりの中、設置してあったらしいカメ
ラを回収する。
「ちょっと、デコイさん!?」
「てい」
 呼び止めようとしたたくたくを、デコイは軽く蹴りを入れて突き飛ばす。
 狭い天井裏――かわす事もバランスを取る事もできず、簡単にふらついて転
げてしまう。

 ばり

「へ?」
 本日二回目の、間の抜けた声。
 一瞬の浮遊感と、落下感。
 そして、全身を打ち据える衝撃。
「いて……な、なんだ……?」
 慌てて周囲を見回すたくたく――その鼻先に、先程の槍の穂先が突き付けら
れた。
「ふーん……あなたが、ここ最近うろついてた覗き魔ね?」
 槍を構えているのは、坂下好恵。
 その後ろには、来栖川綾香と松原葵が控えており、数名の女子生徒が遠巻き
に様子を伺っている。
 これだけ壮大な面子を見れば、ここが挌闘部関係の場所である事が、誰でも
理解できるであろう。
 そして、ここが挌闘部に関わる何処であるかは――すぐに知る事となる。
「挌闘部の更衣室を覗くなんて、いい度胸してるじゃない。二度と忘れられな
い思い出にしてあげましょうか?」
 綾香が、不敵な笑みを浮かべてファイティングポーズを取る。
「その包帯取って、顔を見せなさいっ!」
「………………!」
 疾風の如き鋭い蹴りが、たくたく目掛けて襲いかかる。
 たくたくは声を上げる余裕もなく、全身全霊でその一撃をかわすと、すぐさ
ま身を翻しドアを空けて廊下へと飛び出した。
 かわす以外に
「逃がすかっ! 葵っ、追うわよ!」
「は、はいっ!」
「好恵っ、ジャッジに連絡! あの痴漢、絶対に逃がさないわよ!」
 そんな声を背中に、たくたくは必死に廊下を駆けていた。
(冗談じゃない! スパイならともかく、痴漢で捕まってたまるかっ! 第一、
見てないしっ! どうせ捕まるなら見てから……って、そうじゃなくて!)
 それからしばらく、ジャッジと挌闘部を相手にした壮絶な鬼ゴッコが続けら
れたのであった。

        ○   ●   ○

「し……死ぬかと思った……」
 息を整えながら、たくたくは保健室のベッドに、命からがら潜り込んだ。
 服と包帯は、逃げる途中で誰のだか解らない鞄に突っ込んで『処分』したの
で、足はつかないはず……と思いたい。
 廊下からは――
「俺じゃないぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 濡れ衣だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ――などと叫び声が聞こえたりするので、ひとまず安心できる。
 丁度、どこかへ出かけているのか――相田響子保健医は席を外しているよう
だ。
「やれやれ……」
 たくたくは小さく溜息をついた。
 今日の騒ぎが収まるまで、まともな諜報活動はできそうにない。
「『組織』への報告は……また、アフロの生体調査でも送っておきましょうか」
 せめて、オカルト研究会の蔵書の一冊でも手に入れる事ができれば――少し
は評価されるだろうに。
 ほんの僅かでも、この学園から情報を奪取できれば、大手を振って『組織』
へ帰還できるだろうに。
(でも、私、立場弱いから)
 頭の中で、少し前に聞いた吉井の声が繰り返される。
(あ、でも、いいの。わたし、そういう扱い慣れてるし)
 少し困ったような、悲しげな微笑み。
(たくたくさんが来てくれたから、これからは私も目立てるよね)
 一度でいいから、ヒロインになってみたい。
 目立たない、色褪せた日常から抜け出したい。
 ただそれだけを願う少女。
「私は……帰りたいんですよね……『組織』に」
 別に、わざと任務を放棄しているわけではない。
 ただ――この常識外れの学園の、奇妙な心地良さに。
 級友と――吉井と一緒にいる日常という心地良さに。
 身を委ねていたい。
 そんな気持ちが、たくたくの胸の内にあった。

        ○   ●   ○

 そして――
 私は今日も元気です。
 ただ、傍に彼女がいてくれるだけで。
「たくたくさん、頑張って!」
「頑張ってって……こんなもの相手にどうやってぇっ!?」(滝涙)
 ええ元気ですとも、こん畜生。
 なんだか妙な八本足の化物に襲われてても、元気だったら元気なんです。
「助けて私の理性っ! 戻ってきて私の常識っ! 誰かっ、私に物理法則をぷ
りーづっ!!!」

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 ども、お初にお目に掛かります、たくたくです。
 やっとこ、一発目のネタ、登場編が完成しました。
 冒頭と最後は一人称、中は三人称という変化をしているので、少々読み辛い
かもしれませんが……ご容赦を。

 デコイさん、いきなり登場させてしまってすいませんでした。
 即興でのインパクトが強くて……つい。(笑)

 次回は、前述の新歓即興(勝手に命名)のL化を目論んでいます。
 設定にある『おさげ』の発端となったネタという事で。

 ちなみにたくたくの所属する『組織』に関しては、一切合切設定は決まって
おりません。
 学園の外の事だし、もし何かネタに使う事があったら、今決めない方が楽か
と思いまして。