Lメモ『天然自然の傍迷惑』 投稿者:たくたく

 その日、彼女の母が体調を崩してしまった。
 突然の出来事に、普段なら弁当である昼食も、この日ばかりは食堂へ行かざ
るを得ない。
 彼女は、あの争奪戦を生き残る術を知らない。
 だが――今日は違う。
 彼女には、守ってくれる人がいる。
 便りにしています――そんな表情で見詰めてくる彼女に、彼は引き攣った笑
いを返すしかできなかった。



Lメモ『天然自然の傍迷惑』

「……こういうのは、社会一般では戦争とか言いませんか?」
 たくたくは、既に阿鼻叫喚地獄絵図となりつつある食堂を前に、ぽつりと呟
いた。
 四時限目終了同時チャイムダッシュこそ掛けたものの、一緒に走っていた吉
井が遅れたため、結果的に大戦争の真っ只中に到着する事となってしまった。
「とりあえず……吉井さん、何食べます?」
「えっと……パンと飲み物があれば、それで」
 遠慮がちに言う吉井の言葉に頷いて、たくたくは屈伸運動を始める。
「ま……いくら人数が多いとしても、これぐらいなら……」
 ふふんと鼻で笑い、たくたくは軽い足取りで人込みの中に――
「マルチのっ!」

 ごづっ!

「邪魔だっ!」

 ぼぐぅ!

「どけぇぇぇぇぇっ!」

 ごめしゃぁっ!

「おぐはぁっ! ジェットストリームアタックっ!?」
 ――飛び込む前に、三条のビームモップの一撃がたくたくを薙ぎ払った。
 血煙を上げて宙を舞うたくたく。
 数秒間ほどたっぷりと滞空してから、真っ直ぐに顔面から床に落ちる。
「たくたくさん……大丈夫?」
「……そういや、SS使いもいたんでしたっけ……こん畜生」
 魂の抜けかけた表情で、たくたくはがくりと倒れ伏す。
「……って、そんな場合かっ!」
 とりあえず、即座に復活。
 ビームモップの三連撃をおさげが切り払っていなければ、いくらなんでも無
事では済まされなかっただろう。
<先程の三体は、既に戦線を離脱……今のところ危険は無い>
「見られなかったでしょうね……とりあえず礼は言っておきますよ」
 おさげに向かって呟きながら、たくたくは立ち上がる。
(そういえば、生徒指導部の要注意リスト……その最上位の風見さんの姿が、
まだ見えませんね)
 風見ひなた。
 彼は――マルチ親衛隊のセリス、ゆき、貴姫とは違う。
 マルチ親衛隊の三人は、マルチの行く手を遮るものを薙ぎ払い、迅速に撤収
していくが――ひなたは、邪魔になる可能性のあるものは全て粉砕する。
 彼が現れる前に、昼食を確保しなければ。
 それだけを決意し、たくたくは戦場へと飛び込んだ。
「さて……吉井さん、行ってきます!」
 荒れ狂う学園生徒達を、素早い身のこなしですり抜けていく。
 そして、並べられたパンの一つへ手を伸ばし――
「すいません、カツサンドふた……つぁはっ!?」
 その言葉は、最後まで発せられなかった。
 隙だらけのたくたくの横っ腹に、自動車がぶつかってきたかのような凄まじ
い一撃がぶち込まれ――たくたくは、数名の生徒を巻き込んで壁に叩き付けら
れていた。
 人混みから離れていた吉井の目には、一瞬だけ青いものがちらりと見えてい
たが。
「……たくたくさ〜ん」
 屍の山に埋もれるたくたくに駆け寄り、吉井が遠慮がちに声をかける。
 意識はあるものの、完全にぐったりして動かないたくたく。
 そこへ――
「鬼畜ストラァァァァァァイクッ!!!」
「のにぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
 気合の声一閃、空気を切り裂き流星の如く戦場へ落ちていく赤十字美加香。

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!

 美加香の着弾と同時に、巻き起こる大爆発。
「いやぁ、今日もいい調子ですね」
 累々と横たわる屍の中、ひなたが悠然と歩き出す――が。
「あ……あの……?」
 黒焦げのたくたくが呻く向こうに、怯えた表情の吉井が立ち尽くしていた。
 その身体は完全に無傷である。
「僕の鬼畜ストライクを……防いだ?」
「……っ!」
 その呟きに、吉井は身を竦ませ――ぼろくずのようなたくたくの襟首を引っ
掴んで、ひなた目掛けて投げつけた。
 圧倒的な負の力を纏ってすっ飛ぶたくたくに、ひなたは驚愕した。
「吉井さぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
「くっ!? まさか……鬼畜ストライクを、たかが脇役が!?」
 だが――ひなたと美加香の鬼畜ストライクに比べて、スピードは格段に落ち
ている。

 ごがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!

 着弾。
 周囲の屍を巻き込んで、盛大に吹っ飛ぶたくたく。
 スピードの足りない吉井の鬼畜ストライクの爆風から、ひなたは全力ダッシュ
で逃れて吉井との間合いを詰める。
「やだっ……来ないでっ!」

 ぐっ……ぶぅんっ!

「な……!?」
 完全に不意を衝かれた一撃。
 吉井が、その辺に転がっていた一般生徒の足を両手で引っ掴み、横薙ぎに叩
き付けてきたのだ。
 避け切れず、両手でブロックするひなた。
 床に叩き付けられ、苦痛に眉をしかめる。
「ぐっ……無茶をしますね!」
 そんなひなたの台詞など聞こえた様子も無く、吉井は逃げ腰で涙を浮かべて
いる。
「誰か……誰か助けてっ!」
「僕は変質者か何かですかっ!? 大体、なんであなたが鬼畜拳を使えるんで
すかっ!」
「きちくけん……って?」
 吉井の弱々しい声に、ひなたの顎がかくんと落ちた。
 ひなたは直感した。
 この女――本質は邪悪だが、自分でそれに気がついていないのだ。
 ある意味では、最も質が悪い。
「………………」
「………………」
 長い沈黙。
「……とりあえず、パン買いましょうか」
「……そうしましょう」
 交わされた沈黙の間で互いに何かを納得したのか、二人は一般生徒の屍を乗
り越えて、パンを買うために歩き出した。
「赤十字さん……いつも大変ですね。私、あなたの気持ちが死ぬほどよく解り
ました。ええ、そりゃあもう死ぬほどに」
「まあ……慣れればそうでもないですから。頑張って下さい」
 そんな二人の背中を見送りながら、たくたくと美加香は短く言葉を交わすと、
屍の山の中で静かに涙を流していた。

        ○   ●   ○

 パンの入った紙袋を抱えた吉井と、あちこちが焼け焦げたたくたく。
 騒がしい廊下を、二人並んで歩いていく。
「たくたくさん」
「はい、なんですか?」
「あの……ごめんなさい。つい、とっさにあんな事しちゃって」
「あ、あはは……まあ、お互いこうして無事だったという事で。深いツッコミ
は無しにしましょう」
 誤魔化すように笑うたくたくに、吉井は頬を染めて俯く。
「優しいんだね、たくたくさん」
「え、いや……まあ、その……」
 視線を逸らし、指先で頬を掻くたくたくに――吉井は遠慮がちに言った。
「明日も、一緒にお昼買いに行こうね」
「……はい」
 頬を染めた吉井の笑顔に、たくたくは涙を流しながら首を縦に振った。
 嬉しいんだか、悲しいんだか。

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 ども。
 自分の萌えキャラ邪悪扱いして、自分で自分の首を絞める男たくたくです。
 最後はちょっとだけラブラブにしてみました。
 ちょっとだけですが。(笑)
 今回の吉井さんネタは、T−star−reverseさんのLメモ、日常
の切れ端3「誰かが不幸ならもう一人不幸な者がいる」を参考にさせていただ
きました。
 この場を借りてお礼申し上げます。
 セリスさん、ゆきさん、貴姫さん、チョイ役すいませんでした。
 風見ひなたさん、鬼畜拳無断拝借すいませんでした。