風紀動乱L『風紀のお仕事(裏方編)』 投稿者:たくたく

「たくたくくんね、今日付で風紀委員会保安防諜部長に任命されたから」
「……は?」
 Leaf学園、風紀委員長室。
 その、やけに広い空間に、相変わらずの間抜けなたくたくの声が響いた。
「たくたくくんは、そういうの専門でやってたんでしょ?」
 ゆかりの言葉に、たくたくの表情が引き攣った。
 元スパイという素性をディルクセンに知られて以来、たくたくは彼の下で働
いていた。
 結果として風紀委員会へ編入される事となり、その素性はゆかりの知るとこ
ろともなった訳で。
「元々、この学園にスパイとして来てたんだもの。ちょっと目先が変わるだけ
で、別に問題は無いわよね? はい、これ」
 ゆかりの声にも表情にも、たくたくを咎めるような部分は欠片も無い。
 それだけに、逆に痛いものがあるのもまた事実なのだが。
 ゆかりは柔らかな笑顔のまま、たくたくに書名欄が空欄の着任届を差し出し
てくる。
「まあ……私としては別に問題はありませんが」
 頭を掻きながら、差し出された着任届を受け取り、ペンを走らせる。
「本日付を以って、風紀委員会保安防諜部長への任命を了解致しました、と」
 サインと言葉を確認して、ゆかりはにっこりと微笑んだ。
 その笑顔に、たくたくは思わず頬を朱に染める。
(……どうも、ゆかりって名前に弱いのかな、私は)
 ついと視線を逸らしながら、たくたくは頭を掻き続ける。
「それじゃあ、これからたくたくくんの仕事場に案内するから」
「いえ……委員長の手を煩わせるまでもありません。場所さえ教えていただけ
れば」
「そう? それじゃあ、風紀委員会の資料室。最初の仕事は、資料整理だから」
「はあ、なるほど……資料整理ですかって、ちょっと待って下さいっ!?」
 ゆかりのあまりにも自然な口調に、たくたくもまた自然に風紀委員長室を出
ようとして――とっさに掘り起こされた記憶が、たくたくの喉から上ずった声
を上げさせた。
「風紀委員会資料室の資料整理!? 日誌やら記録やら各種書類やらで、一日
にホー○ックで1980円の三段カラーボックス一つ分ぐらいの資料が溜まる
あの部屋ですか!?」
「頑張ってね〜☆」
 ひらひらと手を振るゆかりに、着任届を握り締めて詰め寄るたくたく。
「改めて任命されたって事は、しばらく手付かずだったって事ですよね、資料
整理!? 三日ですか、一週間ですか!?」
「そうねぇ……かれこれ一ヶ月ぐらいかしら?」
「いっ……かげつ……?」
「資料整理が終わったら、本格的に動いてもらうつもりだから。そうね……と
りあえず、三日ぐらでなんとか終わらせておいてね」
「三日っ!? 無茶言わないで下さいっ! 授業休んで徹夜しても、一週間は
かかりますよ、あんなのっ!!!」
 泣きそうな顔で絶叫するたくたくに、ゆかりは笑顔のまま言葉を返す。
「そう言えば、さっきから資料室を見てきたような口振りよね?」
「うっ……」
 そして、もう一度ゆかりの微笑がたくたくに向けられる。
 たくたくが口篭もった瞬間に、ゆかりは絶妙なタイミングで言葉を続けた。
「風紀に入る前から、資料室に定期的に忍び込んでた人なら、整理整頓ぐらい
簡単よね?」
「……………………………………………………やらせていただきます」
 がっくりと項垂れるたくたく。
 かくして――たくたくの苦難と労働の日々が始まった。



風紀動乱L『風紀のお仕事(裏方編)』

「……一日、カラーボックス一つって計算は甘かったですね」
 就任初日。
 たくたくは、風紀委員会資料室に入るなり、げんなりとした口調で呟いた。
 見渡す限りの紙の海。
 教室半分ほどの部屋の中に、無造作に積み上げられたダンボールと、そこか
ら溢れた紙の束に、眩暈を起こして倒れそうになった。
「あー……とりあえず、足の踏み場でも作りましょうか」
 奥の方に見える扉の向こうは、きちんと整理された資料が詰まっている書庫
になっている。
 スパイ時代は、床下の隠し通路から直接書庫へ行っていたのだが、これから
はそうもいかない。
 とりあえず、手近な書類を片っ端から揃えて積み上げていく事にする。

 ガサッ……ザッ……タン……バサッ……

 ガサッ……ザッ……タン……バサッ……

 ガサッ……ザッ……タン……バサッ……

 ガサッ……ザッ……タン……バサッ……

 ………………

 …………

 ……

 で、六時間後。
 窓の外は既に闇に覆われている。
「埒があかない」
 疲れ果てた表情で口からエクトプラズムを吐きながら、書類の海に突っ伏す
たくたく。
 部屋の半分程の書類は積み上げられたものの、なんとか床が見えるようにで
きただけで、実際の整理は全く進んでいない。
 何て言うかこう――海岸の砂を、一人淡々とシャベルで掻き出している気分。
「明日……増員の申請に行ってこよう」
 そう言いながら、たくたくは一人寂しく書類を積み上げ続けていた。

        ○   ●   ○

 二日目。
 とりあえず増員の申請だけをやってから、授業も休んで黙々と書類の整理を
続ける事にした。
 いつもなら授業が終わって安堵するチャイムの音も、現状では時間の経過を
告げる無慈悲な監視者でしか無い。
「どうだ、たくたく……はかどっているか?」
「さっぱりです」
 様子を見に来たディルクセンの問いに、たくたくは虚ろな目付きでそう答え
た。
「色々とやってもらいたい事があって、この部署にお前を据えたんだが……こ
ういう状況は、少しばかり予想外だったな」
 実質上、直属の上司であるディルクセンに向かって、あんたの差し金でした
かこん畜生と言える訳も無く。
「ご期待に添えるべく、前向きに善処する事を検討しようかと思われます」
「仮定か、おい」
 かなり後ろ向きな答えに、ディルクセンは少々こめかみを引き攣らせる。
「……まあいい。昼休みには、備品の搬入と増員がある。片付けさえ終われば、
少しは楽になるだろう」
 ディルクセンはにやりと笑い、山と積まれた資料をぽんと叩く。
「これで風紀委員会に集められる情報は、お前とその部下が管理する事になる。
お前の情報処理能力で、広瀬委員長の信頼を勝ち取れ……いいな」
「……まあ、ディルクセンさんの命令が無くとも、こんな立場になった以上は
似たような事をやっていたでしょうけど」
「その割には、かなり後ろ向きな姿勢だったな?」
「それは片付けに対してです」
 どきっぱりと言い放つたくたく。
「ところでディルクセンさん」
「なんだ?」
「ついさっき叩いた書類の山、崩れてるんですけど」
 ディルクセンは、ふと自分の手元を見る。
 そこにあったはずの書類の山は、完全に崩れ去って床にぶちまけられている。
 連鎖反応を起こして近隣の山も崩れ、なにやら悲惨な状況になっているよう
な気がしないでもない。
「………………」
「………………」
 上司には滅多に見せない、たくたくの恨みがましい視線に、ディルクセンは
冷や汗を垂らしつつ視線を逸らす。
「俺はニ時限目の授業があるから、まあ頑張れ」
「嗚呼っ、せめて今崩したやつだけでも手伝って下さいよっ!?」
「やかましいっ! 次の授業は、担当教諭が病欠で柏木校長が来るんだっ!
出たくはないが休めんだろうがっ! ええい、ともかく昼休みの備品搬入まで
にはどうにかしておけっ!」
「そんな無体なっ!? ここまでやるのに丸一日掛かってるんですよっ!?」
「気合でどうにかしろっ! 俺だって柏木校長の授業をすっぽかして死にたく
はないわっ!」
「そこを何とかっ!」
「ならんわっ!」
 結局。
 ディルクセンは書類の片付けを手伝う事は無かったものの、問答している間
に授業が始まってしまい、柏木千鶴校長御自らの『おしおき』を受けたのだっ
た。

        ○   ●   ○

 昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「とりあえず……片付きはしましたが……これから資料整理ですか」
 書類の山から掘り起こされ、姿を現した古びた机に突っ伏して呻くたくたく。
 丁度そこへ、軽快なノックの音が響いた。
「よう、たくたく。生きてるか?」
「……あの滅茶苦茶な書類の山、よくもまあ片付けたものね」
 風紀委員会の腕章を付けた男子生徒と女生徒。
 一人は、委員会活動でよく顔を合わせている、『お魚さん』の愛称で親しま
れている真藤誠二と。
「……岡田さん?」
 たくたくと同じクラスで、吉井ユカリ、松本リカとセットで『性悪三人娘』
と呼ばれている岡田メグミ。
 性悪なのは彼女だけな気がしないでもないのだが、それはさておき。
「何よ、その意外そうな顔。あたしが風紀にいるのがそんなにおかしい?」
「はい」

 ………………

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ! 岡田さん、ギブ、ギブアァップッ!!!」
「おお、通常の卍固めに羽交い締めを股割きを加えた、浦島ま○んの必殺技、
スーパーオクトパスホールド!?」
 全身をくまなく痛めつける恐怖の関節技を前に、誠二は驚愕の声を上げる。
 ○ー帝国の妙義にまで詳しいとは、流石はお魚さん。
「と・も・あ・れ! あたしは一年の時から風紀やってんの! 学年は一緒で
も、風紀としての経験は先輩なのよっ!」
「わわわわわかりましたから、技を解いて解いて痛い痛いぃぃぃぃっ!?」
「ふん……解ればいいのよ。まあ、これからはあんたが上司みたいだけど」
 そう言って、関節技からたくたくを解放する岡田。
 ぼろ雑巾のように床に投げ出されるたくたくに、いつもの不機嫌そうな表情
に、唇の端を歪めて不敵に笑う。
「まあ、これからよろしく。保安防諜部長さん」
「挨拶はいいんだけどさぁ、そろそろ備品入れないと廊下の通行の邪魔だぜ?
俺も、とっとと片付けて戻らなきゃいけないからさ」
 誠二が、くいと親指で開け放たれた扉を示した。
 廊下には数台の机とデスクトップパソコンが並べられている。
「ほら、たくたく。俺一人に机運ばせる気か?」
「……ていうか、徹夜明けに関節技で全身をばらばらにされかけた人間に、そ
ういう事を言いますか?」
「だからって、俺一人でやるのは嫌だし」
「女の子に力仕事させるつもり?」
「根性悪……お魚……」
 たくたくの呟きに、二人同時にものも言わずに踏む。
 何やら嫌な音がして、たくたく完全沈黙。
「……ま、自業自得って事で」
「……そりゃそうね。それじゃ真藤、備品の搬入よろしく」
「待てよ、俺一人で!?」
「たくたくを潰したのあんたでしょ。自業自得じゃなかったの?」
「岡田っ、お前も踏んだだろっ!?」
「知らないわよ、そんなのっ! 力仕事なんて男の仕事でしょ!?」
「お前の部署だろうがっ!」
「ここのぼろ雑巾の部署よ!」
「口喧嘩はどうでもいいんだがよ……とっとと片付けろよ、おい」
 備品の机に腰掛けた永井が、呆れたように声を掛けて来るが、二人ともそれ
に気付いた様子は無い。
「いい加減に働きなさいよ、この魚っ!」
「誰が魚だ、水色頭っ!」
「……俺は知らねぇぞ」
 二人のやり取りも備品も放っておいて、とっとといなくなる永井。
 元々、搬入まで手伝うつもりは無かったようだが。
「朝の市場で氷に埋もれて競りにでもかけられてなさいよっ!」
「誰もいない教室で一人切々とノートに落書きでも続けてやがれっ!」
 口喧嘩は昼休みが終わるまで続き――結局、放課後まで放置された備品は、
たくたくが泣きながら一人で搬入したのだった。

        ○   ●   ○

 そして、三日目の昼休み。
 今まで雑多に資料を収めていただけの部屋は、何時の間にか一つの部署とし
て生まれ変わっていた。
「ふーん……あの部屋を三日でよくもまあ」
 感心しているのか呆れているのか、よくわからない声で岡田が呟いた。
「やれって命令でしたからね。委員長閣下直々の」
 電源の入ったパソコンの前で、ぐったりと突っ伏すたくたく。
「そういや、これユカリからの預かり物。ここ三日分のノートのコピーとお弁
当だってさ」
「吉井さんからっ!?」
 先程までの死にかけモードが嘘のように跳ね起きるたくたく。
「現金なものね……ほら」
「ここ三日、まともに食事もしてなくて……嗚呼、吉井さんありがとう」
 泣きながら弁当をぱくつくたくたく。
 そんなたくたくの横顔を見ながら、岡田は空いた事務机に陣取って、不貞腐
れたように頬杖を突く。
「あんたは気楽でいいわよねぇ……」
「こんな仕事を押し付けられて気楽呼ばわりされますか、私」
 恨みがましい視線を受けて、岡田は眉を顰める。
「ばぁか。仕事の事じゃないわよ」
「じゃあ、何の話ですか?」
「……あんたには関係無い話」
 岡田は、それだけ言ってふいと視線を逸らす。
 その表情に、たくたくは卵焼きを咀嚼しながら呟いた。
「そういえば、岡田さんはどうして風紀に入ったんですか?」
「……似合わないのは解ってるわよ」
「……いえ、そういう意味ではなく」
 それから、長い沈黙。
 たくたくは黙々と弁当を食べ、岡田は黙ったままそっぽを向いている。
「……そのうち話すわよ。暇になったら」
「話す気無いでしょう、それって」
「当たり前でしょ。何であんたに、あたしの心の内を語ってやらなきゃいけな
いのよ?」
 何時の間にやら弁当を綺麗に平らげ、一息ついたたくたくに、岡田は一瞥を
くれる。
「ま、あんたが頑張って結果さえ出してくれれば、あたしはそれでいいの。せ
いぜい頑張って頂戴、保安防諜部長さん?」
「せいぜい頑張らせて貰いますよ、あなたのご期待にそえるように」
 昼休みの終わりを告げるチャイムが響く中。
 二人は微妙な笑みを交し合う。

        ○   ●   ○

 かくして、風紀委員会保安防諜部は再動する。
 風紀委員会へ齎される情報を一手に握った彼らが、学園内を暗躍する――
「ああもう、たくたくっ! 今日の報告書足りてないっ!」
「私の分はもう仕上げましたっ! これから学園内の情勢調査に出るんですか
ら、邪魔しないで下さいっ!」
「あんたのサインがいるのよ、形式上! 待たないで出てくなら右手置いて行
きなさいよっ!」
「無茶言わないで下さいっ! 副部長権限で岡田さんがやっといて下さいよ!」
「いつから副部長になったのよ、あたしがっ!」
「たった今からですって……痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!? パロスペシャ
ルぅっ!?」
 ――日は、かなり遠いかも。

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 てな訳で。
 ディルクセンさんに見せていただいた風紀委員会組織図にから、どうやら保
安防諜部長に任命されていたようなので、そういったLを書いて見ました。
 ついでに岡田の風紀参入……というか、風紀だった事が発覚です。(ついで
というか、こっちが本命:笑)
 動乱では指導部の手足となって動く予定の保安防諜部ですが、普段は広瀬風
紀委員長及びディルクセンさんのパシリ&チクリ役になると思われますので、
今後ともご贔屓にして戴けると幸いです。
 発動編という事で、風紀内部の人間しか登場していませんが、今後色々と活
動の幅を広げていらん事をしていこうと思いますので、皆様宜しくお引き回し
の程を。(笑)