Lメモ『愛という名の暴走劇』 投稿者:たくたく

「……眠い」
 一時限目の授業が終わった途端、たくたくはそう言って机に突っ伏した。
「たくたくさん、大丈夫?」
「……あまり」
 本当に眠いのだろう。心配そうに声を掛けてくる吉井に対しても、たくたく
の反応は鈍くなっていた。
「この馬鹿、なんだか知らないけど、毎晩風紀で自主夜勤してんのよ。何やっ
てんだか知らないけど、給料貰えるわけじゃないのによくやるわね」
 呆れたように語る岡田をよそに、松本が半睡眠状態のたくたくを、シャーペ
ンの先で突ついている。
「……次の授業まで、とりあえず寝かせて下さい……仮眠取れば、ちょっとは
ましになりますから」
 たくたくはそれだけ言うと、三つ数える間も無く安らか――とは言い難い寝
息を立ててしまった。
 彼の睡眠不足の原因。
 それを知っているのは、男子寮の面々だけである。
 同室の隼魔樹の悩ましい肢体と、最近になって人間の生態に興味を持ったお
さげの囁き攻撃で、理性を保つだけで夜が過ぎる毎日。
 幸い、理性が壊れたのがその一度だけという事で、必死に事故と主張してい
るが、二度目があった日には言い逃れは絶対に出来ないだろう。
 という事で、たくたくは魔樹の睡眠時間には寮に戻らないようにしていたの
である。
 寮に空き部屋が無いのは周知の事実、委員会の仮眠室を毎日使うわけにもい
かず、他に部屋を借りる当ても金も無し。
 学園内で野宿する度胸も無く、こうして睡眠不足の日々が続いていたのだが。
「………………」
 たくたくの寝息が止まり、無言のままゆっくりと身を起こす。
 きょときょとと周囲を見回したかと思うと、掌をじっと見詰めて握ったり開
いたりを繰り返す。
「……たくたくさん?」
 吉井が怪訝そうに声を掛けると、たくたくはどこか寝惚けたような目付きで
じっと吉井を見詰める。
「……駄目だ」
「え?」
 意味の解らない呟きに、吉井は首を傾げる。
「三人の中では松本さんが適材だが、やはり……」
 ぶつぶつと呟き続けるたくたくに、三人娘は怪訝そうに顔を見合わせた。

 がたんっ

 そんな事をしているうちに、たくたくが席を立った。
 睡眠不足の寝惚け状態とは思えないしっかりした足取りで、黒板に書かれた
数式の羅列を消していた保科智子に向かって歩いていく。
「……なんや、たくたくくん。ウチに何か用?」
 気配に気がついた智子が、怪訝そうに尋ねる。
 事ある度に張り合ってきたり嫌がらせじみた悪戯をしてくる三人娘と、いつ
も一緒にいるのだから、当然と言えば当然の反応である。
 だが、たくたくはその反応を無視して――いきなり、智子を抱き締めた。
「な……」
 あまりにも唐突な展開に、教室が完全に沈黙した。
 そして――そのせいで、次のたくたくの一言は、クラスメイト全員の耳に余
す事無く届いた。
「愛している。私と一緒になって欲しい」





Lメモ『愛という名の暴走劇』

 たっぷり数秒の沈黙を置いて。
 吉井が真っ白な灰になり、岡田がこめかみを引き攣らせ、松本が無責任に笑
い、智子は半ば呆然となりつつも、ぶんぶんと首を振る。
「なっ……何、アホな事言うてんのや! 冗談にしても、嫌がらせにしても程
度っちゅうもんがあるやろ!?」
「冗談でも嫌がらせでもない。私は本気だ……私はお前に懐かしさすら感じる。
これが愛という感情なのだと理解するまで随分掛かったが、私の気持ちに偽り
は無い」
 智子をしっかりと抱きすくめたまま、たくたくははっきりとした口調で告げ
る。
「私の……子供を育てて欲しい」
 智子は顔を真っ赤にして――別に告白に照れている訳ではなく、抱き締めら
れたまま注目を浴びているのが恥ずかしいだけなのだが――抱擁から逃れよう
ともがいているが、たくたくは離れようとする様子は無い。
「おい、委員長は嫌がってんだぜ?」
 見かねた浩之が、ぽんとたくたくの肩を叩く。
 たくたくは怪訝そうに浩之の顔を見詰め。
「邪魔をするな」
 低く冷たい声に、浩之が思わず身構えた――が。
「たくたくさんの……馬鹿ぁっ!!!」
 張り詰めた緊張感を木っ端微塵に打ち砕き、涙声の大絶叫をぶちかました吉
井は、手近な机の足を引っ掴むと、思い切り振りかぶって。
「死んじゃえ――――――――――――っ!!!」
 投げた。

 めご。

 何かが潰れる嫌な音と共に、浩之の顔に撒き散らされた血飛沫がかかる。
「たくたくさんの○○○―――っ!!」
 顔面に机をめり込ませ、もんどりうち、なんだかわからない状況になって動
かなくなるたくたくをよそに、吉井は表現上不適切な捨て台詞を残して教室の
外へと走り去ってしまった。
 ぴくりとも動かない肉塊を見て、所在無さげに立ち尽くす浩之と智子。
「で……どうする、これ?」
 苦笑いを浮かべて肉塊を指差す浩之に、智子は溜息を吐いてこう告げた。
「とりあえず、保健室にでも放り込んでおき。そのうち復活するやろ」

        ○   ●   ○

「痛っ……つつつ……一体、何があったんですか、一体?」
 顔面を包帯でぐるぐる巻きにした、太田香奈子(毒電波)を彷彿とさせる状
態で、たくたくはベッドから身を起こした。
「……惚ける気やの?」
「な……何がですか?」
 じろり、と智子に睨み据えられて、たくたくは冷や汗を浮かべて苦笑いする。
「あれだけ派手に告白しといて、寝惚けでもしてたのかよ?」
 呆れたように浩之が言うが、たくたくは黙って首を傾げている。
「本当に覚えていないんですが……本当に寝惚けていたんでしょうかって告白っ!?
誰が誰にっ!?」
「お前が、委員長に」
 浩之にあっさりと言われ、たくたくの顎が、かくんと落ちる。
「わっ……私が、保科さんにっ!?」
「しかも、教壇の上で熱い抱擁付きだぜ? 委員長は真っ赤になっちまうし、
吉井はどっか行っちまうし……」
「吉井さんがっ!?」
 シーツを跳ね除けて、ベッドから飛び出すたくたく。

 ずるん、ごづ。

 だが、ベッドから降りようとした途端に足を滑らせて、頭から盛大に床へと
落下する。
「……ホント、解りやすい性格の上、オチまでしっかりつけるな、お前って」
 呆れたように呟き、浩之はたくたくを助け起こそうと手を伸ばす――が。
「助けは必要無い。これは故意にやった行動だからだ」
「故意にって……そこまでボケ役だったか、お前って?」
 たくたくは、こきこきと首を振ると、すぐ傍にいた智子の姿を確認すると、
すぐさまその手を握り締める。
「無論、お前に会いたかったからだ。私の口から直接言葉を伝えたいがために、
このような暴挙に出てしまったってやっぱり貴様の仕業ですかぁっ!?」
 突然、たくたくは智子の手を離して、自分の後頭部にぶら下がったおさげを
引っ掴んで絶叫した。
「共生だの何だのと表向きは人当たりの良い事を言っておきながら……そんな
事を言っているんじゃありません! ……そうではなくて! 私が言いたいの
は、何時の間にそんな芸当が出来るように……愛の力だのそんな言葉で誤魔化
すつもりですかっ!?」
 自分のおさげを引っ掴んで、一人ひたすら口論する――時折、相手の話を聞
いているような間が入るので、とりあえずそう判断した――たくたくの姿に、
智子も浩之も、呆然としている。
「あー、ちょっと事態がよく飲み込めないんだが」
 こめかみを手で押さえながら、浩之が尋ねる。
「もしかして、委員長に告白したってのは、『それ』なのか?」
「『これ』です」
 浩之の問いに、おさげを握り締めたたくたくは、憮然とした表情で頷く。
「保科さん……いつぞや、あなたのおさげが勝手に動いた事がありましたよね?」
「確か、そないな事もあったような」
 不安げに答える智子に、たくたくは盛大な溜息を吐いて頭を振った。
「その時に、保科さんのおさげを苗床にして成長したのが、『これ』の親にあ
たるものだそうです。こいつらは雌雄同体で、本来は一対のつがいがいなけれ
ば繁殖はできないそうなんですが……人間のおさげを苗床として繁殖する事も
可能だそうで」
「それじゃあ、何か? 委員長のおさげを苗床にして、これが繁殖しようとし
てるってのか?」
 たくたくのおさげを摘み上げた浩之の言葉に、たくたくは苦々しい表情で頷
く。
「本人は、繁殖が目的じゃないとは言っていますがね。最近は、ただでさえ妙
な事に関心を持ってますから、この寄生生命体は」
 おさげの知的好奇心は、現在、人間の身体構造に向けられている。
 おさげに身体を預けて、まかり間違って智子を押し倒しでもしようものなら、
しばらく前の寮での一件――魔樹に手を出したというか、出しかけたというか
――以上に顰蹙を買うだろう。
 結果として想定されるのは、吉井との間柄に修復不可能な絶望的亀裂の発生
や、風紀で直属の上司であるディルクセンに命の一つや二つは狙われそうな事
態である。
「とりあえず、意思力で圧倒しておくのが一番なんでしょうけど……最近、と
みに睡眠不足でして」
「なるほどなぁ……」
 半ば、諦めたように唸る浩之。
「とりあえず、保科さんには出来るだけ近付かないよう努力はします。これ以
上、迷惑を掛けるのは難ですし、吉井さんに嫌われるのもまっぴらですので」
「たくたくくん……ホント、物言いがストレートやね」
 もうどうでもいい的に呟く智子。
 そして、ふと思い出したように浩之が呟いた。
「そういや吉井の奴……どこ行ったんだろうな」
「そう言えば、さっきは『これ』のせいで行きそびれましたっけ。私は吉井さ
んを探しに行きたいんですけど……いいですか?」
「とりあえず、後の事は俺と委員長でどうにかしとくよ」
 浩之は苦笑し、智子に目配せする。
 智子は溜息と共に軽く頷き、邪魔者を追い払うように手を振った。
「とっとと行き。吉井と仲直りしたら、ちゃんと睡眠とっておくんやで?」
「はい、ご忠告感謝致します。では!」
 ばたばたと保健室を駆け出していくたくたくを見送ってから。
「しっかしなぁ……異界生命体に好かれるぐらいにパーフェクトなおさげだっ
たんだな、委員長のって」
「……藤田くん?」
 怒りの篭った低い声で制され、浩之はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

        ○   ●   ○

 それから数日――例の一件は、単なる寝惚けとして扱われ、事実は噂の中に
紛れて消えていった。
「ふふふ……仕事の無い日は、夜勤のまま寝るという荒業により! 睡眠不足
は解消されました! これで貴様の好きにはさせませんよ!?」
 仕事中に寝るなとかいうツッコミはさておき。
 自信満々のたくたくに、おさげは不満そうに呟く。
<残念な限りだ。他人の初恋をそんな形で妨害して嬉しいかね?>
「黙りなさい、異界生命体。恋だの愛だのそういう感情は、単独行動が可能に
なってからにして下さい。ていうか、どうせ知識で知ってるだけでしょうに」
 相変わらずの独り言モードで、廊下を歩いていくたくたく。
 そして、ふと――誰かと擦れ違った瞬間。
<美しい……>
 おさげが、溜息でも漏らしそうな声で一人呟いた。
「……今度は誰ですか」
 廊下の向こうには、おさげを揺らしながら悠々と歩いていく一人の男子生徒
――西山英志の姿があったりしたのだが、これはまた別の話。

 どっとはらい。

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 どもども、随分とお久し振りなたくたくでございます。
 今回はしばらく前に思い浮かんだ小ネタです。
 しかもオチから。
 一発ネタになるか続きが出来るかは、今後の展開次第……というか、展開さ
せたくは無いですが。
 特にオチのネタは。

 今回のごめんなさいは、オチに使ってしまった西山英志様。
 私個人としては、薔薇ネタは勘弁なのでこれ以上展開はしませんので、どう
ぞご容赦下さい。(笑)