前世L『夢のマニマニ』 投稿者:TaS




 しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん しーとーぴっちゃん♪
 しぃとぉしとぴっちゃん しとしとぴちゃちゃのぴー

 後半ひどく適当なコーラスをBGMに、街道を男が歩いていました。
 粗末な上にひどく汚れた着物に身を包んではいるものの、その足取りにはいささかの澱
みもありません。腰の刀も多少汚れてはいますが、けしてナマクラではないようです。見
る人が見れば、それだけで彼の腕前が一流の物であると知れるでしょう。
 もっとも、貧乏も一流であるという事は、誰が見ても明らかですが。
 男の名は「拝XY−MEN」。無論、拝が名字です。
 そして、旅の浪人──よく考えれば結構無茶な設定かもしれませんが、それはこの際置
いておきます──である彼には、一人の連れがいました。
 いや、連れという言葉は不適当でしょうか? その時だけは僅かに顔を明るくして、自
分が押している乳母車に覗きこんだ拝XY−MENに、「連れ」はにっこりと笑いかけま
した。

「うきゅーっ」

 拝XY−MENの愛息、水五郎。
 旅に出て数年が経過しているにも関わらずちっとも成長しなかったりと、いくつか謎が
見え隠れするお子様ですが、とりあえずはかわいい息子です。
 ですから、普段無愛想な拝XY−MENも、水五郎に話しかける時だけは少しだけ柔ら
かい声になります。

「どした? 腹減ったのか、クソガキ?」
「うきゅーっ」
「ちっ。ろくに働きもしねぇくせに、ンな事ばかり一人前に……」
「うきゅーっ」
「その上、テメェはえり好みばっかりしやがって……生の腎臓なんて、そうそう売って
ねぇンだよっ」
「うきゅーっ」

 微笑ましい親子の会話、です。ほとんど配役が意味を為してないような気もしますが。
 ですが、その直後。もう少しだけ我慢するよう言いかけた拝XY−MENの優しい声
が、いきなり止まりました。

「うきゅ?」

 唐突に街道の脇から現れた二人の男が、拝親子の行く手を塞ぎます。振りかえって見る
と、背後にも一人の男が立っていました。
 ちなみに、顔はどう見ても悪人です。
 目つきが無闇に悪く、口元にはニヤニヤとした笑みが浮かび、身体全体から小悪党の
オーラを撒き散らしています。
 仮に、前の二人のうち、顔の長いのを藤田浩之、もう一人を藤井冬弥、後ろの一人は千
堂和樹と呼ぶ事にしましょう。
 無論、これはあくまで仮称です。実在の人物、団体などとは一切関係(以下略)
 さて。
 無言のまま油断なく男たちを見る拝XY−MENに対し、三人の男たちもニヤニヤと笑
みを浮かべながら近づいてゆきます。
 どう見ても友好的ではない彼らを睨み付けながら拝XY−MENが左手で鞘を探り当て
た時、三人のうちリーダー格とおぼしき男、藤田浩之(仮)が声を出しました。

「拝……XY−MEN、だな?」

 瞬間。
 右足で水五郎の乳母車を蹴飛ばして拝XY−MENが放った一刀は、前に立つ藤井冬弥
(仮)を袈裟に斬り、次の瞬間には後ろの千堂和樹(仮)をも斬り捨てていました。

「「扱いがひでぇッ」」

 見事に重なった二人の断末魔を余所に、残された藤田浩之(仮)と拝XY−MENとが
向かい合います。
 上段に構える拝XY−MENと、刀を収めたまま体勢を低くする藤田浩之(仮)。両者
の間隔はおよそ10m。中心より若干拝XY−MENに近い街道脇に佇む乳母車からは、
うきゅーうきゅーっという奇妙な泣き声が聞こえてきます。

「……追っ手……だな?」

 拝XY−MENの声は、質問ではなく確認のそれです。藤田浩之(仮)も、それに答え
ようとはしません。
 しばしの睨み合いが続きます。
 風、でしょうか。小さく藤田浩之(仮)の着物の裾が揺れた直後、

「うきゅーーーっ!!」

 大きな、ひどく大きな水五郎の声が響きました。
 両者の影が交錯したのは、その直後。
 二人の立つ位置は正反対になり、互いに背を向けたままです。
 先に動いたのは、藤田浩之(仮)でした。
 いつのまにか抜刀していた刀は、半ばほどで見事に折れてしまっています。

「……流石だ」

 呟いた丁度その瞬間。
 小さく、赤い液体が宙に舞いました。
 そう、宙に舞ったのはほんの僅か。そのほとんどは、拝XY−MENの身体を真紅に染
めていました。

「さらばだ……拝XY−MEN」

 折れた刀を放り投げ、藤田浩之(仮)は歩き出しました。
 ですが、その歩調がふと止まります。
 少し何かを考えるようにしてから振りかえり、そして水五郎の乳母車へと歩みよりまし
た。

「まぁ……これも仕事なんでな」

 半ば自分に言い聞かせるように呟きながら腰の脇差を抜き、それをゆっくりと振りか
ぶって……



ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!



 乳母車の前面に隠されたガトリングガンは、その圧倒的な火力で藤田浩之(仮)を一瞬
で肉片に変えました。
 1分間、約600発の一斉射撃を終えた銃身はひどく熱くなり、返り血を蒸発させなが
らもカラカラと回っています。
 その中、水五郎は大好きな血の匂いを全身に浴び、とても楽しそうにしています。
 血と硝煙とが香る中でうきゅーうきゅー言ってるその生命体は、それから少し困ったよ
うな顔をして、懐から紙巻きタバコを取りだし、火をつけました。銘柄は良く覚えてませ
んが、珍しい物のようです。きっと、マリファナかなにかでしょう。
 それが半分ほどの長さになった頃、漸くなにか決断するように小さく頷き、そしてタバ
コを投げ捨てました。血で埋め尽くされた地面に落ち、ジュッという小さな音が聞こえま
す。
 その直後。
 自走モードに切り替えられた乳母車は、先ほどのタバコのそれとは比較にならないほど
に派手なエキゾーストノイズを響かせ、あっという間にその場から消えました。
 その時、父親拝XY−MENの死体を轢いたりもしましたが、さして問題ではないで
しょう。



 しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん しーとーぴっちゃん♪



                   §



 授業が終わってから少し経っている。
 放課後に入った直後と比べれば若干寂しくなっているが、それでもまだ残っている人影
は少なくない。いや、むしろ放課後という言葉の持つ開放感、あるいは寂寥感、そういっ
たものをより強く感じさせるような時間だ。
 そんな空気に満ちた試立Leaf学園の中庭で、XY−MENは少し悩んでいた。
 目の前にある、彼の商売道具であるところの屋台。その裏側に置いた、たこ焼きの具が
悉く食いつくされている。
 それはまぁ、いい。
 いや、無論なにひとつ良くはないのだが。
 問題は、その上。
 これ見よがしに置かれた名詞大のカード──猫を図案化したのであろう絵と、「きゃっ
つかーど」という汚い字が無闇に目立っている──の裏を見れば「おいしかったですー」
とだけ書かれていた。
 それはまぁ、いい。
 納得などとてもできないが、しかし些細な問題だ。
 問題は、その横。
 ご丁寧に口の横に蛸の吸盤を貼り付けたまま眠っている……

「……………………ぬいぐるみ?」
「猫ですーっ」

 起きたらしい。無論、猫でもぬいぐるみでもないように見えるが。
 その後、30秒ほど過ぎただろうか。
 見つめあう二人は、どちらからともなく微笑み、そして。

「金払えよな、こんちくしょう」
「やなこったですー」


 ここに、前世よりの因縁を引き継ぐ凄惨なる闘争が幕をあけた。




                   了


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 のーこめんと(笑)