テニス特訓L『勝利の女神は一人で笑う』 投稿者:TaS



「待ぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 
「うーす」 
「おはよ。今日は早いね」 
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAッ」 
 TPOを弁えない朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。 
 エルクゥのお庭に集う漢女たちが、今日も狩猟者のような無垢な笑顔で、背の高い門
をくぐり抜けていく。 
 汚れを知らない心身を包むのは、明るい赤の制服だったり私服だったり。スカートの
プリーツは乱さないように、手にした白刃は翻らせないように、ゆっくり歩くのがここ
でのたしなみ。 
 もちろん、白ランを着て高笑いを上げつつ走り去るなどといった、はしたない生徒な
ど存在していようはずもない。いないったらいないのだ。

 試立Leaf学園。 
 陽帝暦二十四年創立のこの学園は、もとは普通の学生のためにつくられたという、 
伝統ある普通の学校である。いや、であった。 
 石川県下。雨月の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚
舎から大学までの一貫教育がうけられる奇人変人の園。 
 時代が移り変わり、元号がが陽帝から三回も改まった緑帝の今日でさえ、 十八年通
い続ければ温室育ちの純粋培養SS使いが箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残
っている貴重な学園である。 

 ……いや、流行モノはやめとけって(笑)



  テニス特訓L『勝利の女神は一人で笑う』



 レバニラ炒めにチャーシュー丼、蟹玉と餃子、風呂吹き大根に麻婆豆腐と竜田揚げ。
 そこまで用意して、ふと川越たけるは手を止める。
 あれ。カフェテリアって、一体何の店だったっけ?
 これだけ大量に作っておいて、今更といえばずいぶん今更な疑問ではある。結構、熱
が入ると周りが見えなくなる性質らしい。とはいえ、普段調理を担当している電芹だの
あかりだのといった面子がいないのだ。多少いつもと違っても問題はないはず。多分。
 だからと言ってそこまで定食じみた料理ばかり作らんでも、という心の声はきっぱり
と無視して、エプロンをとって本職のウェイトレスにうつる。なに、今日の客に文句を
言う権利なんかある筈がない。
 なんせ、休業の看板をきっぱりと無視して「なんか食わせてくれー」だ。いくらオー
ナーだからって、ねぇ。

「あれ? あっきー珍しいね?」
「おう……って、なんか無駄にすごいな」
 確かに、秋山登は珍しい人間ではある。いや、そーゆー意味ではなく。
 こういった洒落た店にはなにか抵抗があるのだろうか、秋山がここに来るのは確かに
珍しい。どちらかと言えば場末の居酒屋が似合いそうな風貌を自覚しているのかもしれ
ないが。
 先のメニューに、カフェテリアの意地、特大パフェを追加した八皿を持ってホールに
出た、さながらどこかの雑技団のようなたけるに軽く応え、奥の席に向かう。
「燗で。肴はいらん」
「あいよっ」
「……だから、そーゆー店じゃないんだよ、ここは」
 先客の声はきっぱりと無視し、皿を置いてゆくたけると、さっさとつまみ始める秋山。
 何が楽しいのか──というより、これが普段の姿ではあるのだが──軽い足取りで厨
房へゆくたけるを横目で見ながら、二人は競うように食べ始める。
 六皿までが空になった頃、やっと口を開いたのは先客、菅生誠治の方だった。
「で?」
「ん?」
 そこで止まる。
 会話をするために来たのではない、という事だろう。秋山は顔を上げようとすらしな
い。
 なら──
「何しに来たんだ、君は。温めるような旧交があるとも思えんが?」
「当たり前だ。こっちもそんなに暇じゃあない」
 だが、そう言ったきり何をするでもなく、ついには立ち上がる。
 邪魔したな、そんな声だけを残して、秋山登はあっさりと立ち去る。
「……なにしに来たんだ、結局?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
 一人残された誠治の言葉に、追加の料理五皿を持ったたけるが答える。
「がんばれ、って言いにきたんですよ」



 よーするに、だ。
 Yinは考える。
 よーするに、懲りない人間が勝つんだ。“懲りない”を“諦めない”とすれば聞こえ
はいいのかもしれないが、それは絶対に正確じゃない。
 懲りないんだ、あれは。
 高笑いは慣れた。奇行暴走もいつもの事だ。意味のわからない物言いも、この際気に
しない事にしよう。
 だがそれでも、あの問答無用のポジティブさ……いや、そんな耳障りのいい言葉は相
応しくない。あの前しか見えない珍走っぷりは、そうか。珍走って言葉はこーゆー時の
ためにあるのか。
 今も、Yinの目の前にはその珍走が繰り広げられている。
 テニスだ。それはいい、認めてやる。
 ちょっとやそっとの奇声や怪しい挙動(自称、ダンス)くらいなら、どこぞの週間漫
画誌で見慣れてる。テニスってそーゆースポーツなんだろう、きっと。
 だが。
 なにか妙な違和感がある。
 テニスをしているはずなのにBGMに70'Sなディスコミュージックがかかってたりとか
そういった問題ではなく、やはりどこかが違う。
「……顔、か」
「Oh、失敬ナッ!」
 聞こえてたらしい。
 TaSと電芹、何の因果か決勝トーナメントまで生き残ってしまったこの急造コンビは、
今はデコイ&緒方理奈を相手にのんびりと練習をしている。
「つーか、特訓とかじゃないんですか、こーゆー場合?」
「もう一週間切ってるんだし、今更焦ってもしかたないでしょ?」
 Yinのぼやきに、理奈が汗を拭きながら答える。どうやら、そののんびりとした練習
ももうお終いらしい。
「……あんたら、勝つ気ないだろ」
「マスマス失敬ナッ! 今ヤ、勝つ気が暴走しスギテおーばーどらいぶギミだといいマ
スのにッ!!」
 汗の一滴も垂らさないままに言われても、これっぽっちも説得力がない。てか、その
横でいかにもな感じで汗を拭いている電芹の方がよほど人間らしいとは、一体どういう
ことか。
「しかたない、って言ったでしょ?」
 不満、というより諦めが強いYinの顔を見ていたのか、理奈がなだめるように言う。
「理奈先生って、もっと拘るタイプだと思ってましたけど?」
「だから、よ。TaS君の右手、これ以上悪くするわけにもいかないでしょ?」
「そりゃ、まぁ……って、え?」
 理奈の意外な言葉に、つい顔を上げる。見れば、デコイはもとより電芹までも驚いた
顔をしている。代表で、という訳でもなかろうが、最初に口を開いたのは電芹だった。
「──右手、とは?」
「あれ? みんなは知らなかった? ほら、葛田君の。一回戦の終わり」
「あ……」
 言われてみれば、だ。コキッ、なんて音が観客席まで届くほど派手に捻られたのに、
なにもないほうがどうかしている。
 もっとも、いろんな意味でどうかしすぎているTaSが相手なのだ。挙句、二回戦三回
戦と、普通──とはいえないにしろ、TaSはしっかりプレイしていた。むしろ、それに
気づいた緒方理奈の眼を誉めるべきだろう。
「西山君たちの時は、まだある程度使えてたみたいだけどね。電芹ちゃんのサポートの
おかげ、かな?」
「Yes。ぱわーしょっとに頼る試合でもアリマセンでしたシ」
 シレッと言ってのける。
 だが、それはその通りだ。たとえTaSが十全であったとしても、単純な腕力や瞬発力
といった身体能力では、西山英志はおろか柏木楓にすら及ぶまい。電芹とて、それは同
じ事だろう。
 身体能力に劣る事。それを前提にして駆け引きと戦略と、そして“流れ”を支配する
事で戦う。
 それこそが彼らの唯一の道であり、それだけに自身の能力低下は非常に痛い。
 ふらふらと踊っているTaSのその姿だけ見れば、そんな重症であるようにはとても見
えないのだが、
「ナニ、のーぷろぶれむ。アト十日もスレバ治りマス」
「……やっすい身体してんなー」
「つーか、十日じゃ間に合わんでしょ、決勝トーナメント」
「いやホラ。右手が駄目ナラ、左手使えバいいだけデスシ」
 ……話を聞いても重症であるようには聞こえない。ある意味、才能だ。
 Yinもいい加減慣れている。とりあえずそっちは無視して、比較的まっとうな人間で
ある理奈に顔を向けて話を続ける。
「で、予選決勝ではあれか……あの逆立ち戦法なら、とりあえず問題ないんじゃ?」
 正直、あれを戦法と呼ぶのに若干引っかかる部分はあるが。だが、そんな事を気にし
ていてはアフロの顧問は務まらない。流石はアイドル。
「無理」
 の一言で斬って捨てた。
「勿論、まったくダメって事はないでしょうけど……おんなじ事やってたんじゃ、客受
けはよくないしね」
「Right! その通りデスッ!」
「いやまて。そーゆー問題なのか?」
「もっちろっんデスッ! イヤむしろソレコソ最重要ぽいんつッ! ユエに──電芹サ
ンッ!」
 いきなり振られて驚く電芹。瑠璃子とのにらめっこには試合放棄で決着がついた。
「ソーユー訳でッ! 次ノ主役はアナタデースッ!」
「──はぁ。しかし──」
「悩む必要ハなっしんぐッ! アナタがめいん、ワタシがさぽーと、コレで勝利ハ確実
ニッ!」
 言い切られても普通は困る。そして、電芹は比較的普通だ。多分。
「──客受けする芸と仰られましても、私に出来るのは歌舞伎十八番の台詞暗誦くらい
ですし……」
 普通だ。
「──あ。なんでしたら、古今亭志ん朝師匠の物真似なども……」
「こぉの軟弱者がぁぁぁぁッ!!」
 その時。天地を裂く声が響いた。
 見上げた空に聳えるは、雄大と評するに相応しき威容。爛々たるその眼光は、毫ほど
の嘘も見過ごすまい。
「──あなたはッ!」
「そうッ、俺はッ!!」
「「謎の覆面コーチXッ!」」
 まぁ、明らかに秋山登な訳だが。
「ええいッ、無粋な解説などいらんッ! 電芹、とりあえずこれを持ていッ!」
「つーか、あんたどっから現れたよ?」
「いらんと言ったッ!」
「──こ、これはッ!?」
 現実的なデコイのツッコミをきっちり無視し、懐からラケットケースを取り出す覆面
コーチ。つーか、いちいちツッコミ入れてるときりがないっぽいので流す。
「これを使え、電芹ッ! 飛騨高山の神木を削って作ったこのラケットならば──」
「──こ、これならば──」

「「いかな敵をも、必ずや打ち倒せるッ!」」

 倒すな。いちおーテニスだ。


 そんな光景を遠く眺めながら、
「大丈夫みたいね、これなら」
「……そーかなー……」
「大丈夫、よ。つまらない試合にはならない、きっと」
 理奈は、一人笑う。
 確信はない。だがまぁ、
「大丈夫よ」
 三度、繰り返した。





                  了



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 ……いつ以来だ、L書くの?(笑)
 とりあえず、テニス特訓Lです。特訓してないけど。
 なんかもー、あんまりに久しぶりすぎて、文章のいろはからわからんよーになってた
り。
 つか、前半部も後半部も、予定してたネタの半分くらい切ってるとゆーのはどーゆー
事か。まぁ、気が向いたらなんかで使うかもしれませんが(笑)

 よっしーさんへ。
 TaSの右手のネタ、本編で使おうとしてたらごめんなさい(笑)

 むぴゅーさんへ。
 見ーたーでー(笑)