Musician's Lメモ 2nd track "Fire beat"(4)  投稿者:とーる

「準備はできました……。始めますっ。
 プログラム展開! 召喚、アメノウズメノミコト!!」

 刹那、炎の壁も、瑞穂が作り出している光の結界も飛び越えて、天空より落ちてき
た光の柱がレミィを飲み込んだ。

「宮内さんっ!?」

 光の柱が薄れるにつれて、音楽室の中の空気が変わっていく。
 渦を巻き始めた風によって、とーるの耳に今まで聞こえにくかったドラムの音が聞
こえるようになってきたのだ。
 そして、すさまじい圧力のドラムの音に煽られるように現れたのは、天女の羽衣の
ごとき薄絹に身を包み、小さく分かれた風の精霊石を全身にちりばめたレミィその人
であった。

「……み、宮内さん……なんて格好に……」

 ただでさえナイスバディ爆裂系のレミィが、肌もあらわな羽衣姿になっているのだ。
 慌てて目をそらしたとーるは、これを引き起こしたであろうりーずに怒鳴りかけた。

「なにを、したんですかっ!?」
「レミィ君を媒介にして、アメノウズメノミコトを召喚しました」
「何のためにっ!!」

 りーずは淡々と言葉を継ぐ。
 轟音に近いドラムのビートの中で、聞こえるはずのないりーずの声は、とーるの耳
にはっきりと聞こえている。

「先ほど説明したとおりですよ。神楽舞を奉げることで、壁の向こうの『魔王』を呼
び出します」
「そんな無茶苦茶な……危険じゃないんですか!?」
「危険は承知の上です。加えて、レミィ君に向かって『人じゃなくてもかまわない』
といったのは君ですよね。そう聞いています」
「それはっ、そうですが……相手が悪すぎるのではないですか!? 魔術的なことは
わかりませんが、この向こうにいる存在がどれほど危険なのかは私にだってわかりま
す!」
「だからこそ、ですよ」

 覚えの悪い生徒に辛抱強く説明を続ける教師のように、りーずはとーるに向かって
噛んで含むように聞かせる。

「そのための、神楽舞です。古来の伝承は誇張だけではなく、真実の一端も担ってい
るのですよ」

 しゃぁん。
 たんたんっ。

 日本の舞踏神がタンバリンを構えるというのも奇妙な話だが、そもそも依代となっ
ているレミィが金髪碧眼のハーフなのだ。この程度のミスマッチはもはや気にならな
い。

「レミィ君が風を従え、音を従え、そして舞いが始まります。いい演奏を期待してい
ますよ」

 降臨しているアメノウズメノミコトの力と、りーずが貸し与えた風の精霊石の力に
よって、音楽室の中の『音』は完全に制御されている。
 レミィがするりと歩を進める。
 舞が始まったのだ。

「……」

 とーるはしばし、レミィの舞いに見とれていた。
 衣装もそうだが、それ以上に舞いは男を鼓舞せずにはいられないような、煽情的な
ものだった。
 見とれていたのは数分か、一瞬か。
 かすかな違和感に気づいて顔を上げると、神妙な顔をして響がキーボードを構えて
いる。
 とーるの視線に気づいた響は、ぶんぶん、と首を横に振ると、おもむろにキーボー
ドを叩き始めた。
 圧倒的な音の洪水。
 いつものごとく、慣れ親しんでしまったこの音の厚み。
 だが……?

「かみ合って、いない?」

 レミィの舞いと響のキーボードは、炎の向こうのドラムと微妙にずれている。
 ずれている、というよりはぶつかり合っている、といったほうが正しいのかもしれ
ない。
 呼びかけが届いていないのか。
 炎の向こう側へと、響のキーボードは手を伸ばしている。
 だが、それに答えが返らない。
 自分のドラムの音しか聞こえていないのだろうか。
 これじゃ……

「これでは、だめです……!」

 ひどく悲しげに眉をひそめて、とーるはギターをかき鳴らした。
 いったい何のために同じ音を出すのか。
 何のためにセッションをするのか。
 キーボードとドラムの微妙なずれの隙間へと、ギターのリフを滑り込ませていく。

「くうっ……!!」

 強靭なビートがとーるのギターを引きずりまわす。
 腹の底に響くリズムは、さながらボディブローのようにとーる自身を打ちのめして
いく。

「すごい、この音……まるで……本当に殴られてるような気が……します……」

 のけぞったとーるの肩に、レミィの指がからむ。
 ぞくり、と背筋に戦慄が走った。
 そこにあったのは同級生の宮内レミィではなく、日本古来の八百万の神々の一人だ
った。
 センサーでは感知できない、この圧倒的なパワー!?
 こんなものを制御する神無月りーずの知識と能力に改めて驚く。
 そして、これだけの存在をもってしても『対抗する』ことしかできない魔王という
存在が、どれほど異質なのか、それにも気づかされる。

「けれど……いや、だからこそっ……!」

 とーるは握ったピックに力をこめる。
 力に力で立ち向かうことだけが解決方法じゃない。
 拳と拳で語り合うことだけがコミュニケーションじゃない。
 もっと違う方法があってもいいじゃないか。

「……戦術処理としては、間違っているのでしょうけど、でも」

 レミィに向かって、とーるが笑う。
 晴れ晴れとした笑みだった。

「真実は、一つではないんだ!」

 ビートを引き寄せる。
 リズムに乗る。
 メロディを引き出す。
 ダンスを呼び起こす。

 響のキーボードとレミィのタンバリンが絡み合い、炎の向こうのドラムの上で弾む。
 すべるように、染み込むように、とーるのギターがかぶさっていく。

「プログラム展開、召喚、ローレライ」

 アメノウズメノミコトを召喚したまま、りーずが別の悪魔を召喚する。
 ライン川のほとりで悲しい歌を歌い、船乗りを惑わせた伝説の美女が、ガンプによ
って形成された魔方陣から、瑞穂の背後に舞い降りる。

「あの、これは……一体?」

 背後の気配を感じて瑞穂が首をかしげる。
 りーずは、普段の調子を崩すことなく、瑞穂に向かって説明する。

「君の背後に立つのはライン川のローレライです。彼女が、君の声を炎の向こうに届
けます」
「私の、声を?」
「そうです。向こうにいる『彼』を呼ぶことができるのは、君だけですから」

 りーずがそう断言する。
 瑞穂以外に呼ぶことができない、『彼』。
 炎の向こうのドラマーに向かって、言葉を掛けられる者。言の葉をつむぐことを許
されている者。
 それが瑞穂だと、りーずはそう断言している。

「私は、音楽についてはよくわかりませんが」

 そんな風に前置きしながら、りーずは演奏を続けるとーると響、舞を続けるレミィ
をじっと見据えた。

「彼らが折り重ねる『神楽』には力があります。私の召還プログラムは、それを手助
けしたに過ぎません」
「でも、私には」
「伝えたいことがあるのではないのですか? 私が召還したローレライと、彼らによ
って築かれたチャネルが、瑞穂君、君の言葉を炎の向こうへ確実に届けます。ですが」

 そこでりーずは一度言葉を切る。
 真摯に自分を見つめるりーずの瞳の中に、瑞穂は抗いがたい強靭な意志を見た。

「橋は掛けられても人を渡すことはできません。なぜなら、私が知りたいのは『誰が、
どのように掛けられた橋を渡っていくのか』ということだからです。だから、橋は渡
るべき人が渡らなければならない」

 謎掛けのようなりーずの言葉に呪縛されたかのように、瑞穂の足は固く動かない。

「君が、呼びたいのは誰ですか? 話したいのは誰ですか? そして、互いの存在に
影響を与えるほどの強い絆を作ったのは、一体誰ですか?」

 言葉を継ぐ。SS使いの『言霊』を一身に浴びて、瑞穂はそれを受け入れている自分
を省みた。
 事象を捻じ曲げるSS使いの言葉。
 自分自身の行動すら左右するその強制力。
 だが、今自分の中にあるものは?
 反抗の意志も、諦観も、怨嗟も、何もない。
 レミィの舞いが。
 響のキーボードが。
 とーるのギターが。
 不安を感じていた自分の心を解き放つ。
 そして、背後から暖かい手が両の肩を支えるように後押しするのを感じたとき、瑞
穂は心の底から、今一番会いたい人の名前を言葉としてつむいだ。

「……信さん……信さんっ」

 刹那、壁という形の秩序を受け入れていた炎たちがにわかに荒れ狂い、一気に天へ
と駆け上った。
 そこでは、上半身にびっしりと不可思議な文様が浮かび上がった半裸の青年が、汗
を飛び散らしながら一心不乱にドラムを叩いていた。
 ジャッジの長。
 火使い。
 魔王オロチの依代……それは。
 3年生の岩下信。
 その人だった。