Musician's Lメモ 2nd track "Fire beat"(5) 投稿者:とーる

 荒々しいまでのドラム。
 打楽器の炸裂音は、御霊鎮めの意味をなす。
 太古の昔、さまざまな形で神への慰みとして奉じられてきた『神楽』は、現世にお
いてはファイアフラッシュの模様が入ったブルーメタリックのドラムセットによって
放たれていた。
 燃え盛る炎のように、吹き上がる爆炎のように、罪を焼き滅ぼす劫火のように。
 信のドラムは、内に秘めた炎そのもののような荒ぶるものだった。
 攻撃的かつ内向的なそれは、誰かに聞かせるためのドラミングではなかったのだ。

 魔王オロチ。

 彼のものにささげる供物。
 それが信のドラムだったのだ。
 だから、響のキーボードは戸惑い、音に隙間が生じてしまった。
 どんなに精巧で重厚なドラミングでも、他人にあわせると言う意志がなければそれ
はバンドの音にならない。
 ではどうする?

「1対1で向かい合って会話にならないのなら、誰かが仲立ちになればいいのです」

 とーるは、ギターでそれをやろうとした。
 未だ稚拙なとーるのギターでは、一朝一夕にそれがかなうわけもない。
 だが、少なくとも響にドラムの音がどう言うものなのかを気づかせるには十分だっ
た。
 炎の壁が消えうせた瞬間、響のキーボードの音が変わった。
 音楽的には素人であるりーずにも、その変化は感じ取れた。

「いつもの、水野君らしい音になりましたね。そんな気がしますよ」

 へたり込んでいる頭上でそういったりーずの言葉を、瑞穂は首をかしげながら聞い
ていた。

「何かが変わったんですか?」
「少なくとも、力に対して力で対抗しようとはしなくなりました。どんな脅威にも、
あの顔と声で近づかれては警戒心も失せると言うもの。殴り合いではなく、そう言う
アプローチに変えたようですね」

 そう言われて、瑞穂はやっと魔法に頼ることなく聞こえてきた信たちの演奏に耳を
傾ける。
 セッションと言う形になれば、信のドラムも一級品のタイトなビートを刻んでいる
のだ。自由奔放に聞こえる響のキーボードのリフが、確固たるリズムに裏打ちされる。
相乗効果は著しい。
 あいもかわらずついていくので手一杯のとーるのギターも、ヒートアップしていく
演奏につられて一段と激しさを増すレミィの舞も、その場を高揚させていく。

 それは、ほんの数分の出来事だったのかもしれない。
 もしかしたら、1時間以上だったのかもしれない。

 だが、その場にいた者は全て、セッションが終わり、とーるが信のシンバルのブレ
イクショットに合わせてジャンプした着地の足音が聞こえるまで、時間を失念してい
たのだ。



 彼は肩で息をついていた。
 普段の、ジャッジでの活動でも、学校生活でも、あんなに汗を搾り出し、息も絶え
絶えになっていることはない。
 しかも、へとへとになっているであろうことは見て取れるのに、今までに見たこと
がないぐらいのいい笑顔を浮かべている。
 結構、悲壮な覚悟で音楽室に踏み込んだはずなのに。
 今はもうどうでもいい。
 ただ、彼の汗をふいてあげたい。
 そうしなければ風邪を引いてしまう。
 私はそう思った。

 ふと気がつけば、自分の中にあったとてつもない力が、暴走寸前の力が、満足した
かのようなまどろみにたゆたっている。
 炎を呼び起こさない、破壊以外の行為では決して満足しなかったはず。
 だが、それは今は沈黙している。
 誰を頼りにするわけにもいかない、それは孤独を強いる戦いだったはずだ。
 真白き陵辱者を内に秘める鋼の戦鬼である彼も。
 黄金の終末を従える漆黒の具現者たる彼も。
 力の大半を学園地下に封じられた飄然とした写し身の彼も。
 他人に委ねることを許されない戦いと隣り合わせなのだ。
 だから、誰にも見せたくなかった。
 だから、誰にも聞かせたくなかった。
 彼女に見せたくはなかったのだ。
 でも、それももうどうでもよくなりつつある。
 戦いでは決して手に入らない充足。
 これなら、彼女に見せてもいいだろう。



「あの、信さん、これ、タオルです……」
「あ、ありがとう、藍原くん……」

 玉のような汗をふくためのタオルを渡すだけで、ゆでだこのように真っ赤になれる
カップルと言うのももはや皆無に近いだろう。天然記念物かはたまた人間国宝か。
 普段なら放っておくだけでいいのだが、そういうわけにもいかない。
 なぜなら、とーると響は、彼に用事があるのだから。
 それを無視しては、成り行きとはいえ命がけになりかねなかったここまでの苦労が
報われない。

「……って、ここまでト書きにしてもまだ見詰め合っているんですか、藍原さんと岩
下先輩は……」
「ラブラブなのです〜」

 いつものこととは言え、やっぱりあきれるとーると響であった。
 気を取りなおして、とーるはあえてその絶対拒否障壁をこじ開けにかかる

「えーと、ジャッジの岩下先輩ですね。私は……」
「2年生、風紀委員のとーる君だね。その向こうにいるのは1年生の水野君かな」
「よくご存知ですね」
「団体の一つも率いていれば、学内の有名人のことは頭に入れてるさ。そうしなけれ
ばならないからね」
「そういうものですか?」
「SS使いである君たちなら、わからない道理ではないと思うが?」

 大分息も落ちついたようだ。
 普段の調子を取り戻しつつ、信は椅子に座ったままでとーると響を見据える。
 変わり身の早さにちょっとだけ唖然としつつ、とーるは単刀直入に本題を切り出し
た。

「岩下先輩、お願いしたいことがあります。私たちと……」

 だが、信はそこで言い募ろうとするとーるを制した。

「今まで、ドラムを叩くことは自分のためでしかなかった。だから、ドラムを叩くと
言うことを誰かにいったこともなく、また、極力誰にも見せなかった」
「わかるような気はしますよ。今晩のことを見ていれば、なおさら」
「だが、それは、半ば正しく、半ば間違っている」
「……?」
「音楽ならば、自分も、他人も楽しむべきだ。……さっきのセッションで、そんな簡
単なことを思い出した。だから、自分のためのドラムであったとしても、独りになる
必要はない」

 独白に近い信の言葉だったが、それを聞いたとーるの面に喜色が浮かぶ。

「では……!?」
「君たちのギターとキーボードと、一緒に演奏してみたい。そう思った。だから、こ
ちらからお願いさせてもらうよ。とーる君、水野響君、君たちと組んで演奏したい」

 心からの言葉に、とーると響は思わず両手を伸ばしてハイタッチを交わす。

「よろしくおねがいします、岩下先輩!」
「こちらこそ」

 信が伸ばした右手を、とーるががっちりと握り返した。

「やっとバンドらしくなってきたです〜」

 喜色満面の響に、瑞穂も笑みを返す。
 短いようで長かった一夜が、もうすぐ明けようとしていた。


                                 (Fade out)


P.S.


「君たちに足りないものは、パワーとパッションだね。そのためのドラムだというこ
とか」
「ええ、水野くんは打ちこみのドラムでは満足できなかったようですね」
「思った以上に、彼もこだわるんだな」
「頑固ですよ、水野くんは」

 登校途上の道を、そんなことをいいながらとーると信が歩いている。
 始業にかなり余裕のある時間だが、風紀委員の責務があるとーるにたまたま信が付
き合っているといったところか。
 早起きの人間にだけ許される余裕。
 だが、それをかき消すように、とーるの足元にかかかっという擬音と共に鋭利な刃
物が3枚突き刺さった。
 にわかに辺りを警戒して、とーると信が背中あわせに立つ。

「なんだ? 手裏剣と言うよりは、魚の鱗のような……」
「誰ですか!? 姿を見せてください!」

 とーるの誰何の声とは別に、はるか後方からどどどどどという爆音と共になにかが
接近してきた。

「……き、着ぐるみ……?」

 唖然とする信の真横を、茶色のちょっと見にはラブリーな着ぐるみが地響きと土煙
を上げて駆け抜けていく。
 今さっきまで話していたとーるを力いっぱいふっとばしながら。

「な、なんだったんだ今のは?」

 ダイナマイトタックルで吹っ飛ばされたとーるは、切りもみしながらかろうじて意
識を手放すことなく10数mの向こうに着地しようとした。
 多分、それはうまくいっただろう。
 そこに巧妙に仕組まれた極細のワイヤートラップと、間断なく埋められた超指向性
の対人地雷さえなければ。

「なんで朝からこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 ちゅどーん。

 指向性の高い爆発の衝撃で、校門方向に的確に吹き飛ばされながら、とーるは己の
身に降りかかった理不尽な不幸を呪った。

「ふん、我が愛しのレミィに不埒を働いた報いだ」

 ちゅどーん。ちゅどーん。
 
「ふもっふ、ふもっふ(いや全くその通り)」

 ちゅどーん。ちゅどーん。ちゅどーん。

 どうやら、とーるにおぶされて明け方近くに家まで送られ、あげく筋肉痛で

「No〜、カラダ動かないよ……エルクゥの霍乱デス……」

 と、今日の校門チェック当番をキャンセルしたいと早朝に電話したレミィから状況
を事細かに聞き出した真藤誠治と、その話を聞かされて一も二もなくこの復讐劇に賛
同した雅ノボルの共同戦線だったらしい。
 なお、この騒ぎのおかげで通学路が寸断され、普段よりも遅刻者が2割ほど増えた
という事実は、関係各位によって念入りに隠滅させられた。

「……まったく、はた迷惑な話しですね」

 とは、通学路を迂回せずにハーピィを召還して難なく学校に到着した神無月りーず
の言葉だとか。

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次回予告

「……オレは、お前たちと遊んでるヒマはないんだよ」

「本当に彼が必要なのか?」
「彼以上のヴォーカルはいませんよ。断言します」

 もう、一人じゃない、あなたが、いるから……。


                 Next Track is "Silver fang , Silver moon" .