Musician's Lメモ 3rd track "Silver fang , Silver moon"(1) 投稿者:とーる

 登校前の朝の風景。
 柏木楓を迎えに行くべく、腕を組んだまま飛ぶように走る西山英志に、一人の影が
追いついた。

「西山さん、おはようございます」
「ん? お前は確か、風紀委員の」
「とーると申します。で、唐突ですがお聞きしたいことが」
「なんだ?」
「西山さんは、普段どのような音楽を聞かれるのですか?」

 地面を蹴る足が見えないぐらいの早さで併走している二人の会話とはとても思えな
いぐらい和やかな質問だった。

「……そうだな、マス○ーアジ○の『男道・獣道』などはよい曲だな」
「……はぁ、参考になりました。ありがとうございます」

 走ったまま器用に頭を下げて別方面へと走っていったとーるをこれまた走りながら
見送って、英志は走りながら首をかしげた。

「……なんだったんだ、今のは?」



 昼休みの中庭は、穏やかな日差しと緩やかな風が満ちていた。
 こんな日だったら、やはり食事は外で食べたくなるものだろう。
 しかも、今日の食事が学食のパンなどではなく、料理では最強の虎・柏木梓と無敵
の龍・神岸あかりに比肩する腕前のお料理研のサードチルドレン・水野響の豪華6段
重ともなれば、ワクワクしないほうが無理と言うものだ。
 だが、とーるには納得できていないことがあった。

「しかし、相変わらず不思議なポシェットですねぇ」
「水野家の秘密なのです〜」

 重箱の大きさを考えると、どう見ても収まっているのが物理的におかしいのだが、
まぁ、まさぐったポシェットの中から重箱にティーポットにござまで出てくるとなれ
ば、こんなものかもしれないとあきらめもつけたくなるのが人情ではないだろうか。

「あの、でも、いいんですか? お呼ばれして」

 ござを敷きながら、藍原瑞穂が恐縮しながらそんなことを言う。
 とーるは苦笑しながら、ご遠慮なく、と瑞穂に言った。

「充分足りる、と水野くんもいっていますし、岩下さんをお呼びして、貴方を呼ばな
いわけにはいきませんからね」
「瑠璃子さんもいっしょなのです〜」
「ほら、水野くんも喜んでます」

 で、敷き詰められたござの上には響、とーる、瑞穂、信の他に瑞穂についてきた月
島瑠璃子がいた。

「響ちゃん、うまい棒は?」
「うまい棒は別腹なのです〜」
「小梅ちゃんもあるよ」

 微妙に会話の方向性が常識を逸脱しているような気もするが、そこに居合せた全員
が、『いつものことだ』と納得しているのはなにか問題があるような気もする。

「それよりもっと深刻な問題が一つ」
「それよりってどれより問題なんですか〜?」
「細かいことをツッコンでると大きくなれませんよ、水野くん」
「うきゅ〜」

 響をたしなめつつ、とーるはござの上のメンバーを見まわしてぼそりとつぶやいた。

「瑠璃子さんと藍原さんがここにいるというのに、一人欠けてると思いませんか水野
くんっ!?」
「……誰か欠けてるんですか〜?」
「そーいうことをいうのはこの口ですか、このくちぃっ!」
「はわわああ、ひひゃいへふ〜」

 響の小さな口を両手の人差し指で思いっきり横に引いてひとしきり復讐を堪能する
と、思い出したかのようにとーるは響の両肩をむんずと握り締めて力説した。

「新城さんがいらっしゃらないんですよ、新城さんがっ!」
「……あー、そんな人もいたよーな気がするです〜」
「そーいうことをいうのはこの口ですか、このくちぃっ!」
「はわわああ、ひょっへもひひゃいへふ〜」

 カット&ペースト。ちょっと修正済み。
 本日二回目のビッグチャンスを物にしたとーるはいたくご満悦な笑みを一瞬浮かべ
るが、それは本題から外れたものだとようやく気づく。

「ということで、私は新城さんを探しにいってまいりますので、皆さんはお先にどう
ぞ。あ、できれば二人分+αぐらい残しておいて頂けるとありがたいです」

 ではっ、と真っ白な前歯がきらーんと光るぐらいさわやかな笑みを浮かべながら、
とーるはその場を後にした。

「……なんだか、とーるさん、微妙にキャラクターが違うような」
「彼も思うところがあるらしいな」

 人一人壊れたぐらいでは動じない瑞穂と信であった。
 Leaf学園に慣れるというのはこういうことをいうのかもしれない。



「さて、新城さんはどちらにいらっしゃるのやら……」

 学食ほどの殺人的な人ごみではないにしろ、それなりに人は立っている。
 立ち話をしている連中の間を器用にすりぬけて、とーるは新城沙織の姿を探した。
 生体センサーから何からフル活用して、強化人間である自分の特殊能力はこんなと
きにしか使えないといわんばかりに索敵を行う。
 ……別に沙織が敵というわけではないのだが。
 とにかく、サテライトシステムまで使って探そうとしたところ、そこまでする前に
とーるは中庭の一角に沙織の姿を肉眼で発見した。
 テクノロジーとは、かくも無力なものである。

「あ、新城さ……?」

 沙織に向かって声をかけようとしたとーるは、当の本人がい合わせた屋台の主……
XY-MENと話をしているのに気づき、言葉を飲み込んだ。
 何を話しているのだろう?
 別にストーキングするつもりはなかったのだが、つい渡り廊下の板塀の向こうに潜
んでしまう。そこで、

「どうした? なにか面白そうな絵でも見えるのか?」

 やましいことをしているわけではないのに、顔だけを出してXY-MENの屋台を覗きこ
んだ背後から声をかけられて、とーるはぎくりと背筋を緊張させた。

「……気配もなく背後に立たないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「気配を消すのは盗撮の初歩だぞ」
「そんなことで胸を張らないでください……」

 動きやすいジーンズにカッターシャツ、音を立てないゴム底のスニーカー……ここ
までは完璧なのに、頭上で莫大な容積を誇るアフロが、彼がLeaf学園随一の隠蔽能力
者であることをにわかに信じさせない。
 獲物は55ミリのレンズ装備の一眼レフ。
 アフロ同盟のNo.2こと、デコイがとーるの背後に立っていた。

「ふーん、XY-MENと新城さんね。面白い取り合わせだが……ははぁん、昼飯でも一緒
に食おうと思って新城さんを誘いにいったらXY-MENと話が弾んでるから切り出しきれ
なくってここに潜んでるってところだな?」
「……なんていうか、その洞察力と観察力はすごいと思うんですけど」
「被写体の気持ちが見て取れなけりゃ、いい写真は撮れないんだよ」
「では、私はいつ新城さんのところにいけばいいと思います?」
「んなこと知るか。俺はカメラマン、お前は被写体。俺があーだこーだいって被写体
をいじるより、被写体のハプニングをカメラに収めるほうが面白いんだからな。いい
絵を見せてくれよ」

 まぁ、デコイにしてみればとーるが誰に惚れようが振られようが関係ない。そのと
きに起こったハプニングをカメラに収めることこそが第一義なのだから。
 デコイを頼っても答えは得られない。嘆息してとーるは視線を前に戻した。

「うーん、やっぱりメンくんのたこ焼きはおいしいなーっ。一品足りないなって思う
とつい食べちゃうんだよね」

 屋台の前で8個入りの紙皿を片手に、ペットボトルのウーロン茶を首から下げて沙
織はご満悦の笑みを浮かべていた。
 プロの端くれとして、目の前で自分が作ったものをおいしそうに食べてもらえるの
は嬉しい。料理人冥利に尽きるというものだ。
 だが、それはそれ、これはこれ。
 どうしても納得できないことがあって、眉間にしわを寄せたままXY-MENは沙織にこ
う尋ねた。

「あのさ新城、オレのこと『メンくん』って呼ぶのはどーにかならんか?」
「あれ? それじゃあ『キッシー』とか?」
「同じだっての」
「じゃあ『ワンちゃん』」
「オレは犬じゃねえっ!」
「だったら『メンくん』でいいじゃない」
「……はぁあ〜」

 他人のことをやたらニックネームで呼びたがるのは、L学でもこの新城沙織と『愛
のニックネームマニア』来栖川芹香ぐらいだろう。
 魔術的に自身の真名を取られることを避けるために俗称をつける者も中にはいるよ
うだが(例:ミラン・トラムとポチョムキン、のようなもの)、彼女たちの場合はそ
こまで切羽詰った要因があるわけではないらしい。
 親愛の情なのだ。

「ま、常連さんには逆らえないってねぇ……」

 沙織に向かっていうでもなく、リズミカルに鉄板の上のたこ焼きを両手の串で返し
ながらXY-MENは鼻歌を口ずさんでいた。

「いい声だよねぇメンくん。今度カラオケ行かない? 志保とか一緒だと盛りあがる
と思うんだけど」

 たこ焼きが焼ける音はそれほど大きくないから、XY-MENの鼻歌もさえぎられない。
 みんなで遊ぼう! が大好きな沙織は、同じようにワイワイやるのが大好きな長岡
志保や宮内レミィともたまに一緒に遊びにいったりしている。
 だが、XY-MENはほんの少しだけ眉をひそめて首を横に振った。

「あ〜、長岡ねぇ。苦手なんだよなぁあーいうやかましいのって」
「ふーん。じゃあどういうのがいいの?」
「おしとやかっていうかもの静かっていうか、月とか湖とか、うまくいえないけどそ
んな感じかな」
「なるほど、だから楓っちなのね」

 どぐわっしゃん、じゅう〜ぅ。
 にまっっと笑った沙織の顔を見たか見ないか、XY-MENは思わず突っ伏して鉄板の上
に手を置いてしまった。
 香ばしい匂いが漂う。

「うわっちゃあああああああああっ!!??」
「……これじゃたこ焼きじゃなくって犬焼き?」
「冷静に分析するなああああああああっ!!」

 無敵の回復力を誇る銀狼も、さんさんと降り注ぐ太陽の下ではただの人間と変わり
がない。
 とりあえず、今できることをやる。
 沙織はさっきまで自分が飲んでいたウーロン茶を火傷したXY-MENの手にぶちまけた。

「さすがに、痛いよね。SS使いでも」
「……そーいう問題じゃねえ、って……」
「ごめんなさいっ。メンくんがそこまでうろたえるとは思ってなかったから」

 屋台の裏でうずくまるXY-MENの目の前にしゃがみこみながら、沙織はダバダバとお
茶をかけて手を冷やしている。

「保険室に行ったほうがいいですね」

 頭上から別の声がかかり、沙織はびくっとしながら見上げた。

「あ、とーるくん」
「こんにちは、新城さん。探していたんですよ」

 声をかけてきたのがとーるであるのを確認して、沙織は肩から力を抜いた。
 とーるはXY-MENに会釈すると、真っ赤に腫れ上がっているXY-MENの手のひらを一瞥
した。

「手をついたのは一瞬だけですから、深度1の軽症で収まってますね。保健室に行っ
て軟膏でも塗っておけば、午後の授業には影響はないと思いますよ」
「お、おう……でも、痛いものは痛いぞ」
「火の始末だけしていってください。手当ての間、屋台は見ていますから」
「悪い。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 軽く手を上げて、XY-MENは第1保健室へと向かった。相田響子先生が不在ならばそ
のまま帰ってくることだろう。
 そして、屋台にはとーると沙織が残された。

「あ、新城さん、お昼は……」
「ん? お弁当は2時間目の休み時間にもう食べちゃったよ? 学食によってから昼
練しに体育館に行ったらバスケ部が使ってて、しょうがないから戻ってきたんだ」
「そ、そうだったんですか」

 途端にとーるは肩を落とす。
 その様を見て、沙織は眉根を寄せた。

「どうしたの? とーるくんも昼練しに行こうと思ってたの?」
「いえ、その……」

 がっくりと首を落としたまま、とーるは沙織に響の6段重の話をした。

「せっかくですからごいっしょにと思ったのですが……昼食が終わった後では……」

 ところが、当の沙織はにんまりと笑みを浮かべている。

「とーるくん、何で私が食べに行かないと思うの?」
「え? だって、もう昼食は」
「お料理研のスペシャリストのお重でしょ。あかりんもこないだいってたわ、『和食
の腕前は私の数段上、あの味付けはいつか盗まなきゃ』ってね。当代きっての料理人
にそこまで言わせる6段重、この機会を逃したら一生後悔するわ!」

 どういう経緯かは謎だが、同級生の神岸あかりから響の料理の腕前の話を聞いてい
たらしい。目を輝かせて両のこぶしを握り締め、沙織は力説した。
 この光景におののいて一歩引いたとーるに、背後から声がかかる。

「おうい、俺も昼飯まだなんだけどさ、一緒に行っていいか?」
「あ、デコちゃん、やっほ」
「いよっ」

 実に気安く、背後からアフロが現れた。
 バレー部の練習後のノゾキなどでそれなりに迷惑もこうむっているが、写真の腕は
確かだし、友達の長岡志保とのコンビもよく見ている。
 ついでにいえば目の前のとーるもアフロ同盟の末席にいる。
 意外とアフロへの耐性が高い沙織であった。

「ちょうどあいつも戻ってきたことだしな」
「あいつ?」

 デコイが背後を立てた親指で指すと、そこには両手を包帯でぐるぐる巻きにして
XY-MENが戻ってくるのが見えた。

「メンくんおかえりぃ。手、大丈夫?」

 沙織が心配そうに声をかける。自分が原因だし、当然ではある。
 XY-MENはそんな沙織に、困ったような笑みを返した。

「相田先生が丁寧に治療してくれやがったおかげで、両手がこんなになっちまった。
ま、明日になりゃ治ってるだろうさ」
「ごめんね、本当に」
「気にするなって。今日はこれで店じまい、でないとオレも飯が食えないし」
「あ、それじゃ私たちと一緒に行かない? 水野くん、今日は6段重なんだって」
「は? 何の話だ? デコイまでいっしょに」
「ただ飯食おうって話だよ」

 デコイの言葉を引き継ぎ、とーるが改めて、響のお重をいっしょに食べましょう、
と沙織を誘いにきたことを告げた。

「2、3人増えても大丈夫ですよ、どうですかXY-MENさん?」
「そーだな、購買に行っても千鶴パンしかないだろーし、んじゃ、ゴチになるかな」

 手早く屋台を片付けると、XY-MENはとーるたちと一緒にその場を後にした。



「あ、みずぴー、やっほー」
「こんにちは……えーっと、さおりん」

 ほどなくして、響たちのところにとーる一行が戻ってきた。あだ名で呼ばないと怒
る沙織に、がんばって挨拶をした瑞穂であったが、ぎこちなさは隠し切れないようだ。

「あ〜、犬さんです〜」
「だぁれぇがぁ犬かぁっ!!」
「アフロもいっしょなのです〜」
「……怒ると俺のほうがにらまれるってのは理不尽だよなぁ、まったく」

 端的な事実を素直に表現する響に、対照的な返答をするXY-MENとデコイであった。

「先にご相伴に預かってるけど、まだたくさん残ってるからな」

 瑞穂の傍らに座り込み、信は太巻きをぱくついていた。言葉の通り、お重はまだ3
段ほど手付かずで残っているようだ。

「皆さんで食べてほしいです〜」
「すみませんね、水野くん」

 そういうと、響はポシェットをごそごそとまさぐり、人数分の塗り箸を取り出した。
 箸が全員に行き渡ってから、改めて響がポシェットをまさぐっている。

「……? まだ何か必要ですか?」

 怪訝に思ったとーるが尋ねるが、ほどなく目的のものを見つけ出して響はにんまり
とした。

「犬さんに特別メニューなのです〜」

 ぱんぱかぱーん、というファンファーレとともに響が高々と掲げたものは……。

「……ほねっこ、だな」
「ほねっこですね」

 デコイととーるが改めて確認するまでもなく、愛玩犬用の骨型のガムであった。

「ふぇふぇえ、ひーほひょうひへんな! ……げほっ、げほっ、げほっ」

 包帯でぐるぐる巻きの両手では、食べられるものも限られる。とりあえず手近のお
にぎりから食べていたXY-MENは、口の中の飯粒をおおっぴらに撒き散らしながら響に
食って掛かっていった。

「ちょちょちょっ、落ち着けXY-MEN!」
「水野くんもやりすぎですよ」
「うゆ〜」

 デコイがXY-MENを羽交い絞めにして止めている。とーるは響をたしなめているが、
当の響はまったく堪えていないようだ。

「ったく、このっ、お子様のくせにっ、うめえじゃねえかちくしょう」
「……食べるか怒るかどっちかにしたらどうかな?」
「岩下先輩は黙ってて……って、何でこんなところにあんたがいるんだ?」

 XY-MENは改めてござの上のメンバーを見渡す。学年も所属団体もばらばらのメンバ
ーを見て、どういうつながりでここに集まっているのか疑問に思う。
 素直にそのことをたずねると、とーるが答えた。

「バンドを始めたんですよ」
「バンド?」
「ええ、私と水野くんのユニットに、岩下先輩がドラムで加わって」

 信がドラムを叩けるという話は聞いたことがない。事実として知っていたのは瑞穂
ぐらいで、とーるにしろ響にしろ先日の騒動までは知らなかった。

「意外だな。もっとおカタい人だと思ってた」
「人前で叩いたことはなかったのでね」

 肩をすくめる信を見て、XY-MENはますます意外さを深めていった。
 ジャッジの長、生徒会副会長。
 魔王オロチの依代。
 ドラムへイメージがつながらないのだ。

「ふーん、ま、いいんじゃないすか」

 持ちにくいおにぎりと格闘しながら、XY-MENはそっけなく答える。
 デコイは猛然と箸を進め、とーるはかいがいしく沙織にお重からおかずを取り分け
ている。
 うまいものへの賛辞は、言葉ではなくそれを平らげること。
 そんな風にしばしお重の周りでは皆言葉がなくなっていた。



「ふいー、食った食った」

 だらしなく足を伸ばし、XY-MENが腹を叩いている。
 6段のお重はすっかり空になった。

「うわさ以上のできだったわぁ。あかりんが気にするのもわかるわね。ありがと、水
野くん」
「おそまつさまです〜」

 ぺこちゃん。
 沙織の掛け値なしの賛辞に、学芸会の舞台挨拶のように腰を深々とまげて響が頭を
下げた。
 その隣では小梅ちゃんを口の中で転がしながら、瑠璃子がちょこんと座っている。

「そういや、バンドのメンバーってここにいる3人だけなのか?」

 これまたほうじ茶をすすりながらまったりしているデコイが、何の気になしにとー
るにたずねた。
 とーるは苦笑しながら、

「あちこちに声はかけているのですが、何せリーダーが頑固で」

 リーダーといいながらとーるは響を指差している。
 片眉を上げて、デコイは無垢な笑みを浮かべる響を見た。

「頑固、ねぇ」
「音楽に関しては妥協しない人ですよ、水野くんは。お眼鏡にかなうメンバーを見つ
けるのに苦労がたえません」

 風紀委員会の仕事もあり、生体コンピュータであるとーるの頭の中には、膨大な
L学の生徒のデータが収まっているはずだ。個人情報までは無理だとしても、音楽と
いう特殊なスキルの持ち主ならば情報も集まるだろう。信のように、隠しているので
もない限りは。
 そのとーるが、見つけるのに苦労する、と言っている。
 よほど高いレベルを要求しているのか、単にわがままなのか。
 一芸へのこだわりという部分で、デコイは響をちょっとだけ見直した。
 ただのおこちゃまじゃないってことか……。

「どなたか心当たりはありませんか?」

 とーるにしても、明確な情報を求めているわけではない。話の流れで何とはなしに
聞いてみた、といったところだろう。

「心当たりといっても、理奈先生とか特殊な例を除けば志保ぐらいしか知らないぞ。
なんなら声をかけてやろうか?」
「あ、女性ボーカルに関してはちょっとアテがありまして」
「ほほぉ。美人か?」
「本決まりになったらお教えします」
「なんだよ、慎重だな」
「そういわないでくださいよ」

 と、そこまで話をしているところで、にゅっ、とアフロを押しのけるように沙織が
首を突っ込んできた。

「ねね、メンバー探してるの?」
「ええまぁ」
「私、いいヴォーカリスト知ってるんだけどなぁ」

 にんまり、と笑みを浮かべると、沙織は自分の背後を指差した。
 そこには……

「ん? オレがどうしたって?」
「XY-MENさん、ですか?」
「そう! メンくん、歌うまいんだから。絶対いいと思うんだけどなぁ」

 まじまじと眺めるとーるの視線を受けて、XY-MENは眉根を寄せる。
 ふぅ、とため息をついて、XY-MENはゆっくりと立ち上がった。

「悪いけど、その話は受けられねえ」
「えっ? どうして?」

 ここまで悪し様に断られるとは思っていなかった沙織は、意外そうに目を見開きな
がら問い返した。

「こう見えても結構忙しいんでね。屋台の仕込みと風紀の特務、日銭稼がないとおま
んまの食いあげって身分じゃな」

 目深くかぶる前髪をうっとうしそうにかきあげながら、もうひとつ、XY-MENはため
息をつく。

「……オレは、お前たちと遊んでるヒマはないんだよ」

 昼飯ごっそさん、と響に軽く手を上げて挨拶して、XY-MENはその場を後にした。

「苦学生だしな、XY-MENも」

 デコイが肩をすくめる。そういう意味ではHM研での検体で生活費を捻出するとーる
や、使い人として里からある程度の報酬を手に入れられる信も、勤労学生といえるの
かもしれないのだが、裸一貫で金を稼ぐという意味合いとは少し違う。

「私、悪いこといっちゃったかな」

 なんか今日はメンくんに迷惑かけどおしだな……。
 ずずーんと縦線を背負う沙織を見て、とーるがおろおろする。なんと慰めたものか。

「新城君は別に悪くないだろう。彼には彼の事情がある。それだけのことだ」
「そうよさおりん、XY-MENさんだって気にしてはいないと思います」

 信と瑞穂がフォローするが、沙織の顔色は晴れない。

「ま、そもそもバンドリーダーのお眼鏡にかなわないとならないんだろ? だったら、
今あせって結論を出す前に、XY-MENの歌を聞いてみる必要があるんじゃないか?」
「なるほど、それもそうですね」

 デコイの意見にとーるも相槌を打つ。
 やっと、沙織の顔から暗雲が晴れていった。

「そういうことなら、やっぱりメンくんをカラオケにでも誘う必要があるわね。こう
なったら是が非でも引きずり込んでやるんだから」
「あ、あの新城さん……?」
「ふっ、まかせておいてとーるくん。この新城さおりんが万端整えてあげるわっ!」

 妙なことになってきた。
 困ったような笑みを浮かべるとーるの耳に、昼休み終了のチャイムが聞こえてきた。