シャッフルL「芹香先輩が昼休みにぼーっとして5時間目に遅刻したお話」(中編) 投稿者:とーる

Sight Kaede at First

 4時間目が体育だと、何かと面倒なことが多いんです。
 お弁当を持ってきている私、柏木楓はいいんですけど、毎日学食へ通う長岡志保さ
んや宮内レミィさん、早弁(女の子なのに……)してお昼のお弁当が手元からなくな
っている新城沙織さんなんかは着替える時間だけでも致命的なロスタイム。
 これで、担当の先生が河島はるか先生じゃなかったら、毎週この日は行き倒れる人
が多数出ていたことでしょう。

「楓っち、お先〜。ごっはんっ、ごっはんっ」
「こぉらさおりーんっ、あたしをおいていくなぁっ!」

 噂の新城さんと長岡さんが私を追い抜いていきました。
 元気が有り余っているようです。
 新城さんも長岡さんも、さっきのバスケットボールのときにあれだけ走り回ってい
るのに。

「ほんと、志保とさおりん、元気だよね〜」

 後ろから、神岸さんが追いついてきました。
 普段の黄色いリボンではなく、体育のときはお下げにしています。
 同性の私から見ても、かわいいな、と思う女性です。

「柏木さんはいいよねぇ。運動も勉強もできるし」
「そんなことない。運動は苦手だし、勉強だって……」
「えー? でも、レミィや綾香さんの動きについていける人って、さおりん以外には
柏木さんぐらいしか思いつかないよ」

 そんなことをいわれても……。
 勉強自体は嫌いではありません。知らないことを知っていくのは楽しいですから。
 運動は、実はあまり楽しくありません。
 全力でやることができないからです。少なくとも、普通の人たちといっしょでは。
 走ることが好きな梓姉さんも、『本当の力』を発揮できずにいます。一時期、ひど
く落ち込んでいたこともありましたが、Leaf学園に入学してからはそんなこともなく
なりました。
 私たちには、エルクゥ、と呼ばれる特殊な力があります。
 この学校には、同族がたくさんいるのです。
 人としては、過ぎた力。
 普通に生活していくならば、隠していかねばならない力。
 でも、この学園ならば、エルクゥであっても気になりません。
 ……それ以上に『デタラメな』力を持っている人がたくさんいるから。
 SS使い、と呼ばれる方たち。
 ある意味、私たちは彼らに救われているのでしょう。
 事実、私は梓姉さんが『耕一さん以外に全力で殴り飛ばせる』人が存在することを
にわかに信じられなかったのです。

「……あの、柏木さん? もしかして、怒った? ごめんね? 別に深い意味があっ
たわけじゃなくって……」

 ほんの少しだけ、押し黙っていたようです。
 神岸さんが私の顔を覗き込んでいます。泣きそうな顔です。

「いえ、別にそんなことは」
「ううん、私が唐突だったんだね。ごめんね、本当に」

 常人(つねびと)である神岸さんには、私の苦悩は関係ないのです。
 関係してしまうことこそ、問題ともいえます。
 そう、自分がかつて、エルクゥの皇族であったことなど、常人たる侍と恋に落ち、
破滅したなど、今の私たちには関係がない、ないことのはずなのです。
 でも、その記憶が私にはある。
 妄想なのでしょうか?
 だとしたら、私の近くに常にある堅き拳を持つおさげの青年は?
 鋼の体を持ち逆立つ髪の毛を振るう戦士は?
 全霊を以って護ることを誓った少女を優しく愛でる逆刃の刀を携える剣士は?
 彼らの記憶も妄想なのでしょうか?
 詮無いこと、なのです。
 神岸さんの心配を和らげるべく、私は不自然にならないように微笑みました。

「大丈夫。ちょっと、おなかがすいてただけだから」

 気の利いた冗談のつもりでした。
 ……次の瞬間、私と神岸さんのおなかがくーっと鳴ったりしなければ。

「……」
「……ふふっ」

 神妙な表情で神岸さんが私の瞳を見つめています。
 刹那、二人で同時に噴き出してしまいました。

「お昼、だね。今日もお弁当?」
「はい」
「一緒に食べない? 志保もさおりんも学食で何か買って戻ってくると思うよ」

 神岸さんからのせっかくのお誘いでしたが、私は首を横に振りました。

「今日は、ちょっと用事があって……」
「そ、っかぁ……用事があるんじゃしょうがないよね」
「ごめんなさい。明日は、ごいっしょしてもいいですか?」
「うん! 喜んで!!」

 ……まるで初音のような笑み。
 こういう友達がいるから、私はまだ人間でいられるのかもしれません。
 神岸さんと更衣室に向かい、教室にもどるころにやっと4時間目終了のチャイムが
鳴りました。
 これだけのアドバンテージがあれば、新城さんも好きなものが買えたことでしょう。
 お弁当の包みを一抱え。
 神岸さんに会釈して、私は教室を後にしました。



Sight Ruriko at First

 結局、4時間目はずーっと屋上の給水塔の上にいたの。
 気がついたら、お昼休み。
 おなかをすかせた、みんなの電波が漂っている。
 長瀬ちゃん、今日はお弁当なんだ。
 ……ううん、私のことは気にしないで。
 今は山浦くんたちといっしょで。
 放課後、私を迎えにきてくれればいいよ。

  るりこぉぉぉぉぉおにいちゃんはさびしいぞぉぉぉぉぉぉ。

 お兄ちゃん、邪魔。

  るぅりぃこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……。

 長瀬ちゃん、電波で苦笑してるのが丸わかりだよ。
 お兄ちゃんもいいかげんに私から離れてくれればいいのに。
 妹離れできないお兄ちゃん。
 お兄ちゃんのこと好きだっていう女性(ひと)もいるのにね。
 物好きだと思うけど。

  え゛ぇ〜う゛ぅ〜。

 ……電波に泣き声を乗せるのはやめて。
 本っ気でなさけないよ、お兄ちゃん。
 ……。
 …………。
 やっと静かになった。
 お兄ちゃんが沈黙してしまえば、電波の流れはいつもの昼休み。
 どう見ても聞いてもごちゃごちゃ。
 だけど、アンテナをきちんと向ければ、誰の電波かはよくわかるんだよ。
 学食前で悦に入ってるのと世界が回ってる電波は風見くんと赤十字さん。
 厨房裏でじっと息を潜めているのはRuneくんと雛山さん。
 葛田ちゃんはハイドラントくんとお茶をすすってる。でも、とてもおなかがすいて
るみたい。お弁当持ってきてないのかな?
 中庭の屋台はXY-MENくん。……あれ? 誰かを探しているみたい。
 誰だろ? 電波に乗ってるイメージは……。

 ばたんっ。

 そのとき、私の足元、屋上の出口のドアが開いた。
 ドアの向こうからちょっとだけ、屋上の様子をうかがっている。
 大丈夫だよ、屋上には誰もいないから。
 電波に乗せるつもりはない言葉。
 頭の中にそれが浮かんだだけなのに。

  すまん、邪魔をする。

 ドアから出てきた彼女はXY-MENくんの電波に乗っていた想い人、柏木楓ちゃんだっ
た。
 でも、私の電波に答えたのは、楓ちゃんによく似た、凛とした強さを持った大人の
女性だった。



Sight Kaede at Second

 屋上の入口を開け放ちます。
 風が気持ちいい……いい天気でよかった。
 大きく伸びをして、深呼吸。
 ついでに、先客がいないか見回して確認。
 ……視界の範囲にはまだ誰もいません。
 ご飯を後回しにして上がってきて正解です。
 これなら大丈夫。

  いや、そうとは限らんぞ、楓。

 ……そう思っていたのに、脳裏にそんな言葉が浮かび上がってきました。
 完全に一体化しているはずの記憶が、まれにこうやって別人格として語りかけてく
ることがあります。
 浮かぶイメージは、そう、私みたいで私ではなく、千鶴姉さんにも似ていないこと
はない、気の強そうな成人女性。
 彼女が過去世の私、エルクゥ皇族第3皇女エディフェルであることを知っているの
は、同じエルクゥである数名だけ。
 で、どういうことなんですか?

  すまん、邪魔をする。

 だから、誰と話をしているんですか?
 ……なんで、自分の記憶に無視されなければいけないのかしら……。
 理不尽です。
 そう思っていたら、とん、とん、とん、と給水タンクの上から足音が近づいてきま
した。
 誰かが、上から降りてきたみたいです。

「エディフェルちゃん、電波、届いた?」

 ……たじっ。
 どこか茫洋とした瞳で、私のことを見ていないようで見ているような。
 お願いだから、話をするんだったらきちんと降りてきて。
 コアラかセミみたいに梯子につかまったままでは、落ち着いて話もできないと思う。

  ふむ、エルクゥの『信号』と似たようなものなのかもしれんな。
  お前が、月島瑠璃子、だな。

「そうだよ」

 あああ。
 おーねーがーいーだからー。
 落ち着いて会話してないでくださいー。
 だーっとワカメ涙を流すこと2.3秒。
 ……つい、エディフェルが目の前の月島さんと意志を通じているものだから、私ま
で声を出すことを忘れていました。

「あ、あの、月島さん……?」

 ふいっ。
 びびくぅっ。
 な、なんというか、その、怖い……。
 言ってみると、その、エルクゥ全開の耕一さんやマ神が降りてきている阿部先生み
たいな瞳……あ、でもエルクゥ全開の耕一さんだったら迫ってきても……。
 はっ。
 つい妄想にふけってしまいました。

「楓ちゃん、若いね」
「……うわあっ」

 いつの間にか、月島さんは梯子から降りて私の目の前5センチのところに立ってい
ました。

「あの、確か月島さんって私と同じ学年じゃ……」
「気分の問題だよ」

 だ、だめ。
 このペースにはついていけそうにない。
 目の前で薄い笑みを浮かべている月島さんから視線を外しつつ、私は一歩あとずさ
ろうとしました。

  楓は成長期なのだ。これからいくらでもいい女になる。
  なにせ、私の生まれ変わりなのだからな。

「しょってやがるぜこんちくしょー」

 しーてーたーのーにーっ。
 ……もー、なんていっていいのかわからない。
 こんな台詞ひらがなで棒読みする月島さんも月島さんなら、微妙に胸を張っている
……イメージが伝わってくる……エディフェルもエディフェルです。
 私、今までずーっとマイペースできたから、私のペースを突き崩す人に弱いみたい。
 というか、ここまで自分のペースを崩さずにいられる人ってすごいと思います。

「楓ちゃん、昼ごはんなの?」

 ほら、また唐突。
 月島さんは目ざとく私の手の中のお弁当箱を見つけたみたい。
 ……あげませんよ。

  すまんな、こう見えても楓は梓の手弁当に目が無くてな。
  よっぽど気に入った相手で無い限り、おかずの交換すら受け入れん。

「残念だよ」

 って、エディフェルも何いってるんですかっ。
 そーいう問題じゃなくって。

「でも平気。電波でおなかいっぱいだから」
「つ、月島さん?」
「冗談だよ」

 抜けるような青い空を見上げて、月島さんが気持ちよさそうに伸びをしています。
 彼女の言っていること、どこから本当でどこまで嘘なんでしょう。

「扉を開いていない人には、電波を感じられない人には、みんな嘘なんだよ」

 まるで私の心を読んだかのように、月島さんが言いました。

「それで、いつ始めるの?」
「は、はい?」
「そのために来たんだよね、屋上に」

 本当にこの人は、月島さんは私の心の中が見えているのでしょうか?
 そう。
 梓姉さんのお弁当も大事だけど、それ以上に大事なことが今の私にはあります。
 そのために、誰もいない屋上にやって来たのですから。

(後編(願望)に続く)