シャッフルL「芹香先輩が昼休みにぼーっとして5時間目に遅刻したお話」(後編) 投稿者:とーる

Sight Edyfell 500 years ago...

 月の大きな晩だった。
 私、エディフェルの血を受けてエルクゥとして命を永らえたこの星の民、ジローエ
モンは、いつしかあの月以上に私の心の中で大きな場所を占めていた。
 ジローエモンの生まれたこの小さな島国では、公転周期をほぼ四分割して『季節』
を表すのだという。
 夏至を過ぎ、蒸し暑い季節が終わりを告げる頃、ここでは一番近くにあるこの星の
衛星を見るのだそうだ。
 ……ただの岩の塊を見て、何が楽しいというのだろう?
 山中に隠れ住むにあたりジローエモンが仮作りで建てた庵の端、二人で並んで座る
にちょうどよい岩の上に腰掛け、そんなことを思っていたら、ジローエモンは私の
『信号』をとらえて、あごをなでながらあまり品のよくない笑みを浮かべた。

「お前は風流を解するわけではないのだな」
「フーリュー?」
「天(あま)駆けて幾多の星を見たというお前の、えでぃふぇる達えるくぅの記憶とや
らは俺も見た。そんなお前達からすれば、確かに岩の塊を眺めて何が楽しいというだ
ろう。
 だがな、この日の本の民は自分が無限の天の星々の一つの上に立つなどとは思って
おらぬ。故に、あの天空に浮かぶ月の姿にさまざまなことを想うのだ」

 そういうと、ジローエモンは腰に佩いた無骨な太刀をすらりと抜き放ち、手入れの
行き届いた刀身に天の星と月を映した。

「今は乱世の世。お前ほどではないにしろ、俺も幾多の人を斬った。この刀も今でこ
そこのように月を映してはいるが、実際は血に濡れている。どんなに洗い落としたと
しても、俺の体から血の臭いは消えはせぬ」

 蒼白なジローエモンの貌。
『狩り』をするエルクゥとは違うのだ、と無言のうちに語られている。
 未だ、エルクゥとして生き永らえたことに得心がいかないのだろうか。
 そういう風に思うジローエモンの心が、なぜかとても悲しかった。
 悲しい、と思うこと自体、生を受け、狩りを続け、幾多の星を渡り歩く我が半生の
中で初めてのことだった。

「だからこそ、闇に食われ、欠けて無くなってもいずれ黄泉還る、そんな月に焦がれ
るのかもしれん」

 ジローエモンが太刀を振るう。
 ひゅんっ。
 ひゅんっ。
 月明かりの元、黄金色に光る薄(すすき)の原にジローエモンの太刀が鋭き烈光を放
つ。
 そのとき、私の耳にジローエモンの声が聴こえてきた。
 朗々たる、深い声。
『信号』はまったく伝わってこない。
 太刀を振るうジローエモンはまったくの無心だからだ。
 ジローエモンの言葉で声が聴こえる。
 言葉の意味は未だよくわからない。
 けれど、とても心に染み入る声だ。
 いつしかその声に聴き入った私は、刀の鍔鳴りが聞こえるまで自分が目を閉じてい
たことにすら気づかなかった。

「……退屈したか、えでぃふぇる?」

 ……この男、本当に無骨者だ。

「そうではない。ジローエモン、お前の声に聴き入っていた。不思議なものだな、言
葉の意味は分からないが、お前の声は私の中にたやすく入っていった」

 ほんの少しだけ侮蔑を込めた視線を向ける。
 だが、ジローエモンは片眉を浮かべて薄く笑みを浮かべ、あろうことか私の頭を手
でなでてきた。

「なっ、何を……?」
「今のは声ではない」
「声ではない? だがお前は確かに何かしゃべっていただろう?」
「違うぞ。あれは声ではなく『唄』というものだ」
「ウタ?」
「俺の唄でもお前の心に届くのか。だとすれば、俺もまだ大丈夫ということだな」

 どこかほっとするような、照れたような笑みが、私の心を熱くした。
 だから、夜風が冷たくなるまで、私はジローエモンの腕の中で月を眺めていたのだ。



Sight Kaede at Third

  ……その後、ヨークの情報からそれは銀河中心付近の戦闘調整種族に極めて有効
  な音波兵器だということはわかったのだが……。

 エディフェル。

  なんだ、楓?

 その認識は極めて微妙だから表に出さないでください。

「巨人型の宇宙人?」
「つーきーしーまーさぁんっ」

 ぜいぜいぜい。
 世の中には触れてはいけないお約束というものもあるというのに。

  楓は心配性だな。

「本当だね」

 だーれーのーせーいーでーっ。
 ……泣きたくなってきました。

  だがな、私は代わりに唄ってくれる楓の唄が好きだ。
  ジローエモンには、遂に唄を聴かせることはかなわなかったからな。

 まっすぐな渇望。
 本来、エルクゥとは欲望に忠実な性向を持っています。
 やりたいと思ったことはその場でやってしまう。
 やってしまってから後悔する。
 ……そういう意味では梓姉さんが一番エルクゥらしいのかもしれません。
 ではなくて。
 エディフェルから、次郎衛門とあぁんなことやこぉんなこともしたかったのにでき
なかったという愚痴を延々延々と聞かされ続けてきた私は、彼女に引きずられるよう
にして始めたことが多々あります。
 今からすることもその一つ。

  では、始めるとしようか。

 エディフェルが静かに心の奥へと引いていきました。
 観客がいるところで唄うのは初めてです。
 ちょっとだけ、照れます。
 でも、まだ、耕一さんに聴かせるには、自信が……。

「大丈夫だよ」
「月島さん……?」
「楓ちゃんなら、大丈夫だよ」

 事実無根。
 根拠レスの断言なのに。
 なんだか大丈夫な気がしてきました。
 あの時、次郎衛門とエディフェルがいっしょに見ていた月の光のような。
 そんな輝きを月島さんの瞳の奥に見たような気がします。

「楓ちゃん、電波、届いた?」
「……遠慮します」

 月島さんの電波の輝きはとりあえず置いておくとして。
 いい風が吹きました。
 高く蒼い秋の空。
 大きく手を広げて、目をつぶり、息を吸いました。
 今日は明るい恋の唄にしよう。
 そんなことを思いながら、私は唄い始めたのです。



Sight Ruriko at Second

 楓ちゃん、いい声。
 エディフェルちゃんが聴き入ってるのも納得。
 誰かに何かを伝えたい、という想いがいっぱい。
 楓ちゃんの周りの電波が、渦を巻いて天に昇っていく。
 でもね。
 この歌を聴いてほしいのは、私じゃないんだね?
 だったら、ほんの少しだけ。
 ……長瀬ちゃんも手伝ってくれる?
 ありがとう。
 楓ちゃん、こんないい歌、屋上だけで終わるのはもったいないよ。



Another Sight

「瑠璃子? ふむ……ほう」
「会長? 月島さん?」

 怪訝そうにする太田加奈子の問いかけに一つうなずくと、月島拓也は生徒会室の窓
を大きく開いた。

「今日はいい天気だ。こんな日の風は、きっと気持ちいいに違いない。そう思わない
かい、太田さん?」
「は? はい、そうですね……」

 真っ青な高い空に向かって大きく伸びをする拓也を見て、ちょっとキャラ違うかも、
と一瞬だけ考え、加奈子は大きく首を振った。

「どうかしたのかな?」
「い、いえっ、なんでもありませんっ」



「瑠璃子さん? ……これは」
「どうした長瀬? そのぐらいでもう腹いっぱいか?」

 購買でたまたま鉢合わせした長瀬祐介と山浦は、教室にもどって昼食をとっていた。
 祐介は購買のパン、山浦は寮食の特製『どんぶりおにぎり』である。
 ちまちまとスポーツドリンク片手にパンを食べる祐介に比べて、山浦は体格相応の
健啖さをあらわしていた。

「……ふーん、わかったよ。僕も手伝う」
「また電波でも受け取ってるな。食事の時にはテレビもラジオもダメだっていわれな
かったのか?」

 ずいぶんと古風なことをいいながら、山浦は最後の一口を飲み込んだ。



 その日の昼休み、風にのった恋の歌が学園を通り過ぎていった。

(完結編(……さらばではない(謎))に続く)