テニスL特訓編「風紀の力」その1 投稿者:とーる

 真藤誠二は悩んでいた。
 片思いの相手である宮内レミィは、同じ風紀委員のとーるとダブルスでテニス大会
に出場している。
 このまま、手をこまねいていていいのだろうか?
 否。
 とーるはバレー部の新城沙織に惚れていたはずなのだが、彼女をパートナーにする
前に風紀委員会の任務としてレミィと組んだ。
 押し付けられたようなものなのだが、端から見ていて二人のコンビネーションは試
合を経験するたびに成長しているのがわかる。
 将来、これが恋に発展したりなんかした日には……。

「ぐおおおおおおっ、やってられっけぇっ!!」

 大絶叫。
 自分の思いがコントロールできていないのか、喉の裏のあたりにエラのような切れ
目がぱくぱくと口を開いていた。
 さすが魚人。
 だが、ここは水の中ではない。

「ぐぅおおおおおおおっ」

 真藤誠二、酸素欠乏による窒息死。

「……と、冗談で死んだりしないでください、真藤さん」

 放課後の教室で身悶える姿を見て、頭をかきながらとーるは机に突っ伏している誠
二を引き起こした。

「あ、なんだとーるか」
「なんだとはご挨拶ですね」

 我に返って、さっきまでの妄想の元凶が目の前に立っていれば、普通の人間なら多
少は気がめいったりするものだ。
 ここにいるのが魚人と強化人間だということはこの際置いておく。
 気を取り直して、とーるは誠二の席の前に腰を下ろした。

「それはさておき、今日はお願いしたいことがありまして」
「……何?」



「で、どーして俺は放課後のテニスコートになんかいたりするんだ?」
「もう授業が終わって、私のテニスの練習にお付き合いいただいてるからです」
「んなこたぁいわれんでも分かってるわ!」

 ふと気が付けば、テニス大会の練習でにぎわう特設テニスコートに立っている。
 なぜにこーいう理不尽が?
 すました顔で目の前に立つとーるを見ていると、むかっ腹が立つ誠二だった。

「トーナメントにも参加していない俺を連れてきてどーしようっていうんだ? テニ
スなんざやったこともないんだ、お前の練習相手だってできないしな」

 力いっぱいふてくされてそんなことをいう誠二の背後から、別の声が聞こえてきた。

「そうね、宮内さんのパワーショットは強力だから、小手先の技を増やすよりはショ
ットの強化と精度向上を狙ったほうがいいと思う」
「Wao! さすがねユカリ! ……っと、名前で呼んじゃうと委員長のユカリと区別つ
かないネ」
「別にいいじゃないですか、今は広瀬委員長はいらっしゃらないんですし」
「そーそー、細かいこと気にしてたらやってらんないわよ」
「そのとーりー!」
「あんたはちょっとは気にしなさい!」
「ふえーん、メグミがいじめるぅ〜」

 コートに男1人と女4人が入ってきて、にわかに騒がしくなってきた。
 姦しい中から、誠二は自分の想い人の元気な声を聞き分け、びっくりしながら振り
返った。

「レミィ!? 何でここに?」
「Hi! セイジ!!」

 集団の真中には、他ならぬ宮内レミィがテニスルックでラケットを小脇に抱えなが
ら立っていた。

「あれ、真藤さんじゃないですか」

 そういって右手を軽く上げて挨拶したのは同じ風紀委員のたくたくだ。
 彼の脇には同級生の吉井ユカリ、岡田メグミ、松本リカの3悪トリオが……。

「だぁれぇがぁ3悪だってぇ?」

 ……作者に向かってツッコミ入れないように。
 とにかく、たくたくたちはレミィについてテニスコートにやってきたのだ。

「Hi、トール! セイジ、連れてきたのネ?」
「ええ、お話した通りですよ」
「OK! セイジ、よろしくネ!」
「よろしくって……おい」

 ろくろく説明も受けずにこんな状況、ともなれば混乱しないわけがない。
 怪訝そうな顔を隠そうともしない誠二の目の前で、レミィは対照的にニコニコとし
ていた。いつもの、太陽のような笑みである。
 レミィ萌えの誠二でなくとも、この笑顔を見て不機嫌でいられるはずがない。
 苦笑をため息とともに吐き出して、誠二は改めてとーるに問い掛けた。

「で、俺に何をやらせたいんだ? たくたくまで呼んで」
「あ、それは私も聞きたいです。吉井さんたちもきちんと呼んできましたが……」

 たくたくの言葉を聞いたか聞かないか、ユカリたちも怪訝そうな表情を浮かべる。
 そんな視線を一身に浴びたとーるは、説明を始めようとはせず、右手でたくたくと
誠二を押しとどめた。

「まだ来てない方がいらっしゃるので、もう少し待ってください」
「あと誰が来るんだ?」
「えぇとそれは……」

 説明をしようと思ったとーるは、テニスコートに現れた新たな人影を見てほっと小
さく息をついた。

「いらっしゃいましたよ。お待ちしていたのはあの方々です」

 そこには、ふよふよと浮く海月のような謎の物体を従えて、ロングヘアーを二本の
お下げにした少女と、これ以上ないというぐらい豪華な金髪縦ロールの女性が立って
いた。二人とも、真っ白なテニスウェアに身を包んでいる。

「お蝶婦人? と……あのお下げの娘(こ)は誰? 神岸さんじゃないみたいだけど」

 メグミが首をかしげると、お下げの少女がゆったりと大きくお辞儀した。

「あ のー 、お ま た せ い た し ま し たー」

 ……この一言を言い終わるまでに23秒。
 にこにこ、にこにこ。
 満面の笑みを浮かべるお下げの少女に、恐る恐るたくたくが尋ねる。

「あの、もしかして、隼、くん……いや、隼さん、ですか?」

 その名前を聞いたとき、たくたくと隣の金髪縦ロール以外全員がギョッと背筋をび
くつかせる。

 風紀委員の中でも特異な、男でも女でもどっちにも化けられるという稀有な『趣味』
を持つこの『少女』こそ、
 
「は いー 、私 はー 確 か に 隼 魔 樹 で すー」

 名乗りが上がるまでに17秒。
 流石に人間同士の会話のテンポではない。
 にこにこにこと笑みを浮かべる魔樹に辟易としながら、生来短気なメグミがわめき
散らす。

「あーもおっ、うざったいからその喋り方どうにかなんないのあんた!?」
「そ う は い わ れ ま し て もー」
「ケンカ売ってんのかこのガキゃあぁっ!!」
「こ の 古 式 ゆ か し い コ ス プ レ で は 、こ う や っ
 て 話 す の が お 約 束 で す の でー」
「うっきぃぃぃぃぃっ!!」
「どうどうどう」

 リカが両肩を叩いてなだめるが、マッハキレスン(死語)のメグミはそう簡単に止ま
らない。

「あああ、落ち着いて落ち着いて」
「あんぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 たくたくが羽交い絞めにしているが、ずりずりと引っ張られている。
 怪獣大決戦の様相を呈しそうになったテニスコートにそのとき、いかにもな高笑い
が響き渡った。

「おーっほっほっほっ、そのぐらいで平常心を失っていては、試合には勝てませんわよ」
「お ね え さ まーっ」

 これ以上なく外見を裏切らない、金髪縦ロールの女性がメグミを見てそうたしなめ
る。
 一瞬ひるんだメグミをこれ幸いとユカリとリカとたくたくの3人がかりで押さえつ
ける。

「うあ、あれ、あたしは……っていうか重いんだけどぉっ」
「メグミが悪いんでしょうに」
「そーそー。っていうかリカは重くないぞっ」
「あ、いや、さすがに3人のしかかったら私でも重いというでしょうけど」

 そんな光景を見て一つため息をつくと、とーるは魔樹の隣の金髪縦ロールに声をか
けた。

「テニスのできる格好をしてきてくださいと頼みはしましたが、コスプレまではお願
いしていませんよ、芳賀さん」

 え゛?
 先ほどと同じ戦慄がとーる以外の全員の背筋を急降下していった。

「にゃははっ、やっぱバレちゃった?」
「声紋データの検索に該当しない声帯模写というものは存在し得ないんですが」
「あたし、コスプレに命かけてるからねー」

 やろうと思えば血を一滴も引いていないはずのエルクゥの血の暴走すら再現して見
せて、なおかつそれをコスプレといってのけるコスプレ界のアルテイスト、芳賀玲子
が金髪縦ロールの正体だった。

「日本人は形から入らないと」
「そういうものですか?」
「にゃはは、そういうものそういうもの」

 さて、ここまできても未だに現状が把握できない者が一人。
 誠二はやかましいことこの上ないテニスコートで間をもてあましていた。

「なぁレミィ」
「Yes?」
「俺、帰っていいか?」

 至極場違いな感じがする、というかこの異常な雰囲気に慣れたくないと切に願う誠
二は、その場で唯一救いの女神になってくれそうな自分の想い人に正直な思いを吐露
した。

「No! 帰っちゃダメネ」

 満場一致で否決された。

「な、なんで、かな?」
「セイジにはお願いしたいことがあるから、来てもらったノ。だから、帰っちゃダメ」

 そういって、レミィは誠二の右腕を取る。
 ふよん。
 こっ、この感触わぁっ?

「やってほしいことはこれから説明するから、ネ?」
「あうあうあうあうあうあうあう」

 む、胸っ、胸っ。
 アドレナリン全開。
 総員抜刀突撃開始。
 数秒前の提案を自ら忘却の彼方へと追いやる。
 刺激強すぎです、宮内さん。

「トール?」
「あぁ、はい。そうですね、時間も惜しいですから」

 逃げられないように、とでも思っているのか、誠二の腕をとったままでレミィがと
ーるを呼ぶ。
 集まっているみんなの視線がとーるに集まる。

「お忙しいところすみません。皆さんにお集まりいただいた目的は1つ。私と宮内さ
んの特訓にお付き合い願いたいのです」
「「「「「特訓?」」」」」

 すでに説明を受けているのか、玲子と魔樹は別に驚いてはいないが、それ以外のメ
ンバーは異口同音にとーるの提案を繰り返した。

「はい。曲者ぞろいの決勝トーナメントです。このままでは勝てません。そのための
特訓です」

 相手プレイヤーにコスプレのエキスパート2人を選んだ理由は、それが一番攻撃に
バリエーションが出るからということらしい。
 確かに、やろうと思えば千鶴さんにも耕一にもなりえる玲子と、じぇりーずアリで
手数を増やした魔樹のコンビなら、急造とは思えないコンビネーションを発揮するだ
ろう。

「相手プレイヤーはいいけど、そしたら俺とかたくたくはなんで呼ばれたんだ?」
「真藤さんとたくたくさんには彼女たちといっしょに、作戦の立案と指示をお願いし
ます。今想定される私と宮内さんの弱点の洗い出しをしたいのです」

 要するに、客観視できる存在が必要なのだ。
 とーるの言わんとすることを咀嚼して、たくたくが一つうなずいた。

「なるほど。戦術型コンピュータも、自身の能力を加味した分析は難しいということ
ですか」
「良くも悪くも、私は機械であり続けることはできないようです」

 某国のスパイという経歴を持つたくたくならば、情報の適時判断はとーる並かそれ
以上のものを持つ。
 判断材料の方向性を増やすために、岡田達3名も呼んだのだろう。
 ならば、俺は何のためにここにいる?
 誠二は改めて今ここにいる理由を考えてみたのだが、やはり答えは思い浮かばない。
 レミィに引き止められて帰る気は失せているのだが、違和感はぬぐえないのだ。

「では、ウォーミングアップもかねて、軽く打ち合いをしてみましょうか」

 とーるが促すと、玲子と魔樹はコートの反対側へ足取りも軽く走っていく。

「セイジ、よろしくネ!」
「あ、ああ……」

 誠二にウインクを一つ飛ばして、レミィはとーるが立つコートの前面へ立つ。
 とーるのサーブから、ゲーム形式のウォーミングアップが始まった。
 ポジションは、サーバーのとーるが後衛、レミィが前衛。対する玲子・魔樹ペアは
玲子が後衛で魔樹が前衛だ。

「はっ!」

 とーるのサーブが魔樹の右手を抜けていく。

「おーっほっほっほっ」

 高笑い一つ。余裕の表情で玲子がこれを打ち返す。

「芳賀さん、その高笑いは必要ないのでは……っ!」
「今のワタクシはお蝶婦人。そんなことではウインブルドンは目指せませんわよ……
っ!!」

 よくわからないラリーとセリフの応酬に、やや高めに浮いたボールめがけて魔樹が
割り込んだ。

「ゆ き ま す わ よー」

 セリフに似合わない、鋭いスマッシュがとーるめがけて飛ぶ。
 守備範囲ぎりぎりのスマッシュをとーるが打ち返す。

「だ め で すー」

 セリフが間延びしているのに反応は鋭い。
 バックハンドの体勢の魔樹は、ラケットを使わずじぇりーずの一体を使ってこれを
打ち返した。

「Oh!」

 レミィがクイックターンのボールをすくい上げるように打ち返す。
 ロブショットになったボールは魔樹と玲子のちょうど間に落ちる……。

「ま だ ま だー」

 はずだったのだがこれもじぇりーずによって打ち返された。

「……あれって、反則だよな?」

 ある意味不毛ともいえる今のラリーを見て、誠二がぼそっと突っ込む。
 だが、隣で同じ光景を見ていたたくたくは、

「なるほど」

 と腕を組んで一つうなずいていた。

「なるほど、って、お前、何か聞いてるのか?」
「いえ。別に何も聞いてはいませんけど」
「だったら何がなるほどなんだよ?」

 ややいらつくように先を促す誠二に対して、たくたくはコートを見据えながらゆっ
くりと話し始める。

「隼さんのプレイを見て、誰かを思い出しませんか?」
「あ?」

 俊敏な動き。
 絶対に2本以上あるとしか思えない腕の反応。
 それによって導き出される、前衛での鉄壁のブロック……。

「……kosekiが代打ちで組んだ、雛山、理緒?」
「今大会にて、屈指のプレイヤーであることが判明した一人ですね。おそらく、ダブ
ルスの前衛としてなら参加者でも1・2を争う腕前だと思います。惜しむらくは、生
来持ちえた、闘争心をも上回ってしまったあの謙虚さですか」
「要するに、じぇりーずを使ってその動きを再現しているってわけか」
「おそらくは。そして、後衛の芳賀さんは……」

 たくたくの言葉を打ち消すようにどぎゅん! という擬音と共に風を切って玲子の
トップスピンがレミィの逆サイドを打ち抜いた。

「生身の女性の体でありながら、この学園でも屈指の『心やさしき砲手』kosekiくん
の必殺ショットを体現できる、そういう人なわけです」
「……はぁ……なるほどね」

 軌道解析が間に合いかろうじてとーるがそのスマッシュを打ち返す。
 だが、あまりの威力に打ち返すのが精一杯。そのチャンスボールを見逃すことなく、
魔樹は難なくレミィととーるの間にピンポイントショット。
 ハイタッチの玲子と魔樹を見つつ、とーるは頭をかいた。

「球筋は見えたんですけどね」
「見えてるんならNo probrem!! 次は返そうネ!」
「Yes」

 この程度のことは予測の範疇内なのだろう。組み手の相方の実力に手ごたえを感じ
取り、とーるとレミィも再びポジションへ立つ。

「そして、私と真藤さんの役目は、まずはとーるさんとレミィさんの実力を丸裸にす
ること。だからこそ、私達をコートの外に立たせているのだと思いますよ」

 コートから一瞬も目を話すことなく、たくたくは誠二にそう語りかけた。

「そりゃ、お前は元スパイなんだから、そういうのも得意だろうけどな」
「……元じゃなくって今でもスパイなんですけどね……」
「細かいことは気にするな。お前の役割はよくわかったが、俺は未だによくわからん。
こんなところでテニスを見せられたところで、何もできないんだぞ?」

 辟易するような誠二に、たくたくの方が今度は盛大にため息をついてみせる。

「本当に、そう思うのですか?」
「どういう意味だよ?」
「本当に何もできないような人を、あんな風にレミィさんが頼りにすると思いますか
?」

 サーブのモーションに入る玲子を尻目に、レミィはふと顔を上げた誠二に向かって
手を振っていた。

「随分と余裕ですわ……ねっ!」
「Oh!!」

 その一瞬の隙を逃さない玲子のスマッシュサーブを、レミィは7割方勘ではじき返
す。

「……なにやってんだか」

 そんな光景を見て誠二は嘆息する。が、

 ずびしゅっ。

「何しやがる!?」

 たくたくの脳天唐竹割りチョップをまともに食らって、誠二は噛み付くように振り
返った。
 だが、当のたくたくは至って涼しげだ。

「ぶーたれるヒマがあるなら、しっかりとレミィさんを見てあげてください」
「は?」
「まずは、レミィさんととーるさんを完膚なきまでに叩きのめす。その上で、その弱
点をカバーするための作戦を練る。それが私たちへの依頼、というわけです」
「叩きのめす、ったってなぁ……」

 困り果てた誠二の目の前で、とーるたちの練習は続くのであった。